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明智十兵衛、天下を統べる  作者: 岡崎 隆幸


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第九話 堺入り(後編)


 翌朝。

 俺は再び、今井宗久の屋敷を訪れていた。

 昨日の商談だけでは、まだ足りない。

 鉄砲十丁。

 それだけなら金を払えば手に入る。

 だが、それでは意味がない。

 鉄砲は消耗品だ。

 火薬が必要になる。

 弾も必要になる。

 故障すれば修理も必要だ。

 そして何より――。

 十丁の鉄砲を手に入れたところで、扱える者がいなければただの鉄の筒に過ぎない。

「お待ちしておりました」

 宗久が出迎える。

「昨日の話の続きですな」

「はい」

 俺は座敷に腰を下ろした。

「本日は少し、話を変えたいと思っています」

「ほう?」

 宗久が茶を置く。

「鉄砲十丁の購入だけではなく、今後も継続して鉄砲を仕入れたい」

「継続して?」

「はい」

「どの程度をお考えで?」

「まずは十丁」

「その後は?」

「必要に応じて増やします」

 宗久は俺を見る。

「明智家が、それほど鉄砲を必要と?」

「明智家だけではありません」

 俺は答えた。

「斎藤家もです」

 宗久の目が細くなる。

「なるほど」

「今回の購入資金は、斎藤道三様から支度金として出していただいています」

「それはまた、大きな後ろ盾ですな」

「だからこそ、今後も安定して仕入れられる道を作りたいと存じます。」

 宗久は腕を組んだ。

「しかし、鉄砲は堺の商人だけで作っているものではありません」

「承知しております」

「ならば、仕入れ先まで確保したい、と?」

「その通りです」

 宗久が少し笑った。

「十兵衛殿」

「はい」

「私は武士というのは、もっと目の前の戦のことだけを考えるものだと思っておりました」

「私は違うようです」

「どう違うので?」

「戦が起きてから武器を探していたのでは遅い」

 宗久の笑みが消えた。

「……なるほど」

「戦が起きる前に、武器を揃える」

「そして?」

「作れる者を探し。扱える者を育て。兵站を確保する」

 俺は宗久を見た。

「それを今から始めたい」

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて宗久が口を開く。

「面白い話です」

「では?」

「条件次第では、お力になりましょう」

「その条件をお聞かせてください」

「まず、今後の取引を明智家だけの一度きりのものにしないこと」

「お約束します」

「それから、斎藤家との取引について、私どもの名を表立って出さないこと」

「承知致しました」

 宗久は頷いた。

「もう一つ」

「何でしょう?」

「堺で得た情報を、他の商人へ無闇に流さないこと」

「情報ですか」

「商人にとって、金より価値があることもあります」

 俺は頷いた。

「それも約束致します」

 宗久は満足そうに笑った。

「では、こちらからも一つ提案しましょう」

「何でしょう?」

「鉄砲を売るだけではなく、扱い方を知る者を紹介します」

「職人ですか?」

「鉄砲鍛冶と、火薬に詳しい者です」

 俺は目を見開いた。

「本当ですか?」

「ええ」

「それは助かります」

「ただし、紹介料はいただきます」

「……やはり」

 俺が苦笑すると、宗久も笑った。

「商人ですからな」

 *

 交渉はさらに続いた。

 鉄砲十丁。

 火薬。

 弾薬。

 硝石。

 鉛。

 修理の伝手。

 そして、鉄砲鍛冶との繋がり。

 一つずつ条件を詰めていく。

 最後に宗久が書状を取り出した。

「こちらを」

「これは?」

「堺の取引先をいくつか記したものです」

 俺は受け取った。

「これを見せれば、話が通りやすくなるでしょう」

「……ありがとうございます」

「ただし」

 宗久が念を押す。

「これは私と明智家の間だけの話です」

「分かっています」

 書状を懐へしまう。

 これで、ただ鉄砲を買っただけではない。

 堺に一つ、足場ができた。

「今井殿」

「何でしょう?」

「一つ、お願いがあります」

「まだございますか?」

 宗久が苦笑する。

「医者を探しています」

「医者?」

「はい」

 俺は続けた。

「美濃の斎藤家で病人が出ています。腕の立つ医者を探したいのです。」

 宗久は少し考えた。

「京なら、それなりに伝手があります」

「本当ですか?」

「商人は品物だけを運ぶものではありません」

 宗久は穏やかに笑った。

「人も、情報も運びます」

 その言葉に、俺は納得した。

「では、京の医者を紹介していただけますか?」

「探してみましょう」

「助かります」

 *

 屋敷を出る。

 朝の堺は、昨日以上に活気に満ちていた。

 俺は懐に入れた書状を確かめる。

 鉄砲。

 弾薬。

 火薬。

 鍛冶職人。

 そして、医者。

 一度の交渉で、これだけのものを手に入れた。

 だが――。

 まだ足りない。

 俺が欲しいのは、物だけではない。

 繋がりだ。

 斎藤家。

 今井宗久。

 堺の商人。

 鉄砲鍛冶。

 京の医者。

 そして、昨日出会った松永久秀と三淵藤英。

 少しずつだが、人の輪が広がっている。

 この繋がりが、いつか必ず役に立つ。

 俺はそう確信していた。

 ただし。

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 堺で築いたこの繋がりが、十数年後――。

 日本の歴史を大きく変えるための、重要な土台になることを。

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