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明智十兵衛、天下を統べる  作者: 岡崎 隆幸


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第一話 現代からの転生者



 2023年六月の朝は、少しだけ暑かった。

 窓を開けると、湿った風が部屋へ流れ込んでくる。

 「……いい天気だな」

 俺は窓の外を眺めながら呟いた。

 今日は久しぶりの休日だった。

 仕事の予定もない。

 誰かと会う約束もない。

 だから、前から計画していたソロキャンプへ行くことにした。

 必要な荷物をまとめ、リュックを背負う。

 テント。

 寝袋。

 ランタン。

 小さなコンロ。

 食材と飲み物。

 それから、暇つぶし用の本。

 その中でも一番楽しみにしているのが、戦国時代に関する本だった。

 「やっぱり歴史って面白いよな」

 俺は本を一冊手に取った。

 表紙には、戦国時代の武将たちが描かれている。

 織田信長。

 豊臣秀吉。

 徳川家康。

 そして――。

「明智光秀か」

 ページをめくる。

 明智光秀。

 通称、十兵衛。

 織田信長の家臣として頭角を現し、丹波を平定し、坂本城主となった男。

 そして。

 日本史上、最も有名な謀反人の一人。

 本能寺の変。

 天正十年六月二日。

 明智光秀は軍勢を率いて本能寺を襲撃し、主君である織田信長を討った。

「……本当に、何で裏切ったんだろうな」

 俺は本を閉じた。

 怨恨。

 野望。

 信長との確執。

 朝廷との関係。

 足利幕府との関係。

いろいろな説がある。

 けれど、確実なことは分からない。

 「歴史って、面白いけど不思議だよな」

 独り言を呟き、本をバッグへしまった。

 時計を見る。

 「そろそろ行くか」

 玄関を出る。

 今日は車を使わない。

 最寄り駅まで電車で向かい、そこからキャンプ場までは徒歩。

 少し時間はかかるが、それも今回の楽しみの一つだった。

 人の少ない山道を歩きながら、景色を眺める。

 都会の喧騒から離れて、何も考えずに歩く。

 それだけで、日頃の疲れが少しずつ抜けていく気がした。

 駅を降りてから三十分ほど歩いた。

 住宅街を抜ける。

 道路沿いの店が少なくなっていく。

 やがて、周囲には緑が増えてきた。

 スマートフォンを見る。

 目的地までは、もう少しだった。

「天気もいいし、最高だな」

 そう呟きながら歩く。

 ふと、道路の向こう側にあるコンビニが目に入った。

 飲み物でも買っていこう。

 そう思って、横断歩道の前で立ち止まった。

 信号は赤。

 俺は何気なく周囲を見渡す。

 少し離れたところに、一人の女性が立っていた。

 二十代くらいだろうか。

 白いシャツに、淡い色のスカート。

 片手には小さなバッグ。

 どこにでもいる、ごく普通の女性だった。

 やがて歩行者用信号が青になる。

 女性が歩き出す。

 俺も続こうとした。

 その瞬間。

 遠くから、異様なエンジン音が聞こえた。

 低く、重い音。

  「……?」

 振り返る。

 大型トラックが交差点へ近づいてくる。

 速度がおかしい。

 そして――。

 赤信号を無視した。

  「危ない!」

 考えるより先に、身体が動いていた。

 女性が振り返る。

 トラックが迫る。

 距離がない。

 俺は走った。

 女性へ向かって。

 手を伸ばす。

「逃げろ!」

 女性の身体を引き戻したが自分が飛び出した形になった。

 その瞬間。

 轟音。

 強烈な衝撃。

 身体が宙に浮く。

 視界が回る。

 痛みは、意外なほど短かった。

 地面に落ちる。

 遠くで誰かが叫んでいる。

「大丈夫ですか!」

「救急車!」

「誰か、119番!」

 声が遠ざかっていく。

 俺は動かなかった。

 動けなかった。

 視界がぼやける。

「暫くは朦朧とした意識の中、カバンの中から散らばった名札に目が行く煕子の文字が目についた」

 さっきの女性が見える。

 地面に倒れながらも、こちらを見ている。

 泣いている。

 何か叫んでいる。

 けれど、もう聞き取れない。

 俺は思った。

 ――助けられたなら、それでいい。

 それだけだった。

 意識が暗闇に沈んでいく。

 最後に頭へ浮かんだのは、さっきまで読んでいた本の表紙だった。

 そこに描かれていた男。

 明智光秀。

 いや――。

 明智十兵衛。

 そして、意識が完全に途切れる直前。

 誰かの声が聞こえた。

「……十兵衛様」

 知らない女性の声だった。

 なのに。

 なぜか、懐かしかった。

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