第十四話 道三への報告、義龍との対話
美濃へ戻った翌日。
俺は稲葉山城へ向かった。
目的は一つ。
斎藤道三への報告である。
堺で入手した鉄砲。
京で築いた医師との縁。
そして、今後の鉄砲運用方針。
これらはすべて、道三に正確に伝えておく必要があった。
*
「入れ」
広間から道三の声が響く。
「失礼いたします」
俺が入室すると、道三は上座に控えていた。
「戻ったか、十兵衛」
「ただいま戻りました」
「堺と京では、どうであった?」
「ご報告いたします」
俺は深く頭を下げた。
「まず、鉄砲十丁を購入いたしました」
「十丁か」
「はい。」
「見せてみよ」
「こちらがその一丁になります。」
「残りはすでに明智城にて保管しております」
「そうか」
道三は満足げに頷いた。
「火薬と弾は?」
「確保しております」
「よい」
道三は顎に手を当てる。
「約定は果たしたな」
「ありがとうございます」
「だが、鉄砲は入手しただけでは意味がない」
「承知しております」
「兵に運用させるのだな?」
「はい」
「何名ほど育成する?」
「まずは十名を想定しております」
「一丁につき一人か」
「初期段階では、その形が最も確実かと存じます」
「少ないな」
「鉄砲は習熟に時間を要します」
俺は続けた。
「射撃技術のみならず、火薬の取り扱い、火縄の管理、装填手順、整備に至るまで習得が必要です」
道三が目を細める。
「随分と詳しいな」
「堺にて職人より教示を受けました」
「なるほど」
道三は納得したように頷いた。
「では、斎藤家からも兵を出そう」
「ありがとうございます」
「明智家の兵と併せて訓練させよ」
「承知いたしました」
*
「それから、もう一点ございます」
俺は話を続けた。
「京にて医師と薬師を確保いたしました」
「そうか」
「はい」
道三の表情がわずかに和らぐ。
「それは助かる」
「加えて、薬種商との縁も得ております」
「薬種商か」
「薬師で薬種商人の薬師寺宗安という者でございます」
「聞き覚えがある」
道三は頷いた。
「京で薬を扱う者だな」
「左様でございます」
「お見の方の薬についても、今後相談が可能となります」
「よくやった」
道三は短く言った。
その声には、確かな感謝が含まれていた。
*
その時である。
「父上」
広間の外から声がした。
「入れ」
襖が開く。
入室した男を見て、俺は一瞬だけ身を引き締めた。
斎藤高政(後の一色義龍)。
道三の嫡男であり、後に父と対立することになる人物。
「高政か」
「はい」
高政は俺に視線を向ける。
「十兵衛、来ておったのか」
「高政様」
俺は頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「堺と京へ行っていたと聞いたが」
「はい」
「何を得てきた?」
その問いは鋭かった。
「鉄砲と、医師との縁でございます」
「鉄砲か、いかほど手に入れたのだ」
義龍の眉がわずかに動く。
「十丁ほど」
「十丁……!」
高政は俺を見据える。
「明智に、それほどの鉄砲を扱える兵がいるのか?」
「これから育成いたします」
「これから、か」
高政は短く沈黙した。
「随分と先を見ているのだな」
「備えは早いほど有効かと存じます」
「それは父上の方針でもあるのか?」
高政が利政へ視線を向ける。
「儂が支度金を出した」
「父上が?」
「左様」
利政は笑みを浮かべた。
「十兵衛の進言を聞いてな」
高政は再び俺を見る。
「なるほど」
しかし、その目に笑意はない。
「鉄砲は運用次第で家中の勢力図を変え得る」
「その通りでございます」
「であれば、明智が独自に鉄砲隊を持つことを、父上はどうお考えなのですか?」
空気が一段と張り詰める。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「斎藤家全体として運用可能な兵力を増強する所存です」
「明智家単独の戦力にはしない、と?」
「はい」
「理由は?」
「斎藤家に仕える明智家が、その力をもって斎藤家に寄与するのは当然の責務と考えております」
高政は沈黙した。
やがて、わずかに口元を緩める。
「……なるほど」
利政が口を開く。
「高政」
「はい」
「十兵衛は儂の命に従って動いておる」
「承知しております」
高政は俺に視線を戻す。
「失礼した」
「いえ」
「だが――」
高政は続ける。
「お前には興味がある」
「私に、でございますか」
「ああ。」
その視線は鋭く、試すようでもあった。
「幼馴染ではあるが以前会った時より、明らかに変わった」
心臓が一瞬跳ねる。
「左様でございますか」
「ああ」
「京と堺を見聞した影響かと存じます」
「外の世界を知ることで、人はそこまで変わるものか?」
「見聞は思考に影響を与えるものと考えております
高政はしばし俺を見つめた。
そして――。
「また話をしたい」
「いつでもお応えいたします」
「その際は、鉄砲について詳しく聞かせてもらおう」
「承知いたしました」
高政は一礼し、広間を後にした。
*
高政が去った後、道三が口を開く。
「気をつけよ」
「高政様のことでございますか」
「ああ」
「何かご懸念が?」
「高政は、そなたを注視しておる」
俺は黙した。
「だが、今は敵意があるわけではない」
利政は続ける。
「だが、己の把握していないところで力を持つ者には警戒を示す」
「心得ました」
「それに――」
利政は俺を見据える。
「高政の言う通り、そなた自身、以前とは異なる」
「……」
「儂はそれを否定はせぬ」
利政は笑った。
「むしろ興味深い」
「ありがとうございます」
「だがな」
声がわずかに低くなる。
「才ある者ほど、敵を生む」
「肝に銘じます」
「それでは、これにて失礼致します。」
俺は深く頭を下げた。
*
稲葉山城を後にする。
利政との対話。
高政との応酬。
想定以上に重い一日となった。
空を見上げる。
高政。
利政。
この二人の間に横たわるものを、俺は知っている。
いずれ必ず、父と子は刃を交える。
歴史を知る者として、それを回避する道もあるかもしれない。
しかし――。
歴史を変えるということは、単なる知識では成し得ない。
人の意思そのものに介入しなければならない。
「……容易ではないな」
思わず呟く。
それでも。
やるしかない。
信長と信忠を生かす。
本能寺の結末を変える。
そして、自らの未来すらも変える。
そのためには、まず目の前の人間と向き合うことだ。
それが、俺の選んだ道である。




