第十三話 美濃帰還
堺を発って、幾日。
俺たちはようやく、美濃へ戻ってきた。
馬上から見える景色が、少しずつ見慣れたものへ変わっていく。
山。
川。
田畑。
そして、明智の領地。
「……ようやく戻ってきたな」
思わず呟く。
堺で鉄砲を手に入れた。
京では二人の医師と繋がりを持った。
三淵藤英。
薬種商の薬師寺宗安。
今井宗久。
そして、松永久秀。
短い旅だったが、得たものは大きい。
だが――。
俺には一つ、気がかりがあった。
お見の方の容体。
出発前に届いた書状には、
――容体に変化あり。
そう書かれていた。
悪化したのか。
それとも、快方へ向かったのか。
それだけが分からない。
「急ぐぞ」
「はっ」
俺は馬の速度を上げた。
*
明智城。
城門をくぐると、家臣たちが出迎えた。
「十兵衛様、お帰りなさいませ」
「ああ」
「長旅、お疲れでございましょう」
「休むのは後だ」
俺は馬から降りる。
「叔父上は?」
「奥の間におられます」
「分かった」
俺はすぐに向かった。
*
「十兵衛か」
部屋に入ると、明智光安が座っていた。
「ただいま戻りました」
「うむ。無事で何よりだ」
光安は俺の姿を見て、少し安心したようだった。
「堺と京では、どうであった?」
「ご報告があります」
俺は持ち帰った書状を並べた。
「まず、鉄砲十丁を調達しました」
「十丁も?」
「はい」
「よく手に入れたな」
「今井宗久殿のご助力がありました」
光安が目を細める。
「今井宗久……」
「堺の商人です」
「名のある商人だな」
「はい。今後も鉄砲を仕入れられるよう、繋ぎを作りました」
「なんと、そこまで……」
光安は驚いている。
俺は続けた。
「火薬と弾薬も確保していまいりました」
「鉄砲を扱う兵を育てるつもりか」
「はい」
「斎藤家にも?」
「道三様から支度金をいただいています。その代わり、鉄砲の扱いを学んだ者を斎藤家にも提供するつもりです」
光安はしばらく黙っていた。
「……お前は、何を考えている?」
「これからの戦に備えについて考えております」
「それだけか?」
俺は光安を見る。
「それだけです」
光安は俺の目を見つめる。
だが、それ以上は聞かなかった。
「分かった。お前に任せよう」
「ありがとうございます」
*
「それと、医師についてです」
俺は話を変えた。
「京で二人の医師と話をつけました」
「二人も?」
「はい」
「お見の方のためか」
「はい」
光安の表情が少し曇る。
「……そのことだ」
「はい」
「お見の方の容体だが――」
俺は息を止めた。
「どうなりました?」
「ここ数日は、少し落ち着いている」
「……本当ですか?」
「ああ」
胸の奥から、力が抜けていく。
「良かった……」
思わず呟いた。
「だが、まだ安心はできぬ」
「分かっています」
「だからこそ、京の医師を呼んだのだな」
「はい」
「二人とも来てもらえるのか?」
「近日中に美濃へ向かう手筈です」
光安は深く頷いた。
「よくやった、十兵衛」
その言葉が、胸に響いた。
*
報告を終え、部屋を出る。
外へ出ると、夕暮れの明智城が見えた。
長い旅だった。
だが、まだ終わっていない。
鉄砲を兵に教えなければならない。
医師を迎えなければならない。
薬師寺宗安との繋がりも、大切にしなければならない。
そして――。
妻木家。
煕子。
ふと、その顔が浮かんだ。
現代の記憶を持っている女性。
俺が現代で助けた女性。
そして、この時代では妻木煕子として生きている。
だが。
彼女はまだ知らない。
俺が誰なのか。
俺と彼女が、現代で一度出会っていたことも。
俺はまだ、それを話していない。
「……煕子殿」
小さく名前を呟く。
その時だった。
「十兵衛様」
背後から声がした。
振り返る。
家臣が立っている。
「妻木家から使いが参っております」
「妻木家?」
「はい」
俺の胸がわずかに高鳴る。
「何用だ?」
「煕子様からの文を預かっているとのことです」
「……分かった」
俺は文を受け取った。
封を切る。
そこには、短い言葉が書かれていた。
――お帰りを、お待ちしておりました。
俺はしばらく、その文字を見つめていた。
現代の記憶を持つ彼女。
だが、俺の正体は知らない。
それでも。
こうして待っていてくれる。
「……帰ってきたんだな」
俺は空を見上げた。
美濃の空。
堺とも京とも違う。
ここが、俺の今いる場所だ。
そして。
ここからまた、歴史を変えるための時間が始まる。
遠くで夕暮れの鐘が鳴った。




