第十二話 二度目の堺入り
京を出て、数日。
俺たちは再び堺へ入った。
一度目とは違う。
初めて堺を訪れた時は、何も分からなかった。
町の規模。
商人たちの力。
鉄砲の流通。
そして、この町に集まる情報。
だが今は違う。
今井宗久という伝手がある。
堺の商人たちとも、少しずつ繋がりができ始めていた。
「若様」
同行していた家臣が声をかける。
「鉄砲の受け取りは、本日でしょうか?」
「ああ」
俺は頷いた。
「今井殿から、準備が整ったと書状が来ている」
今回の目的は明確だった。
鉄砲十丁。
火薬。
弾薬。
そして――。
鉄砲鍛冶との顔合わせ。
*
今井宗久の屋敷。
「これはこれは、明智様」
宗久が笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ。代物はご用意致しました」
「ありがとうございます。」
「京では、良い医師と薬師は見つかりましたかな?」
「はい」
俺は頷いた。
「三淵様のご助力もあり、二人ほど美濃へ来ていただけることになりました」
「それは何より」
宗久は満足そうに頷いた。
「ほう、どなたです?」
「薬師寺宗安という方です」
「宗安殿ですか」
宗久の表情が変わった。
「それは良い薬師を得られましたな」
「ご存じですか?」
「京では、それなりに知られた方ですよ」
やはり。
商人同士の繋がりは広い。
「今後、薬が必要になれば相談してみるとよいでしょう」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
そして本題に入る。
「ところで、鉄砲は?」
「もちろん、ご用意しております」
宗久が手を叩く。
しばらくすると、男たちが木箱を運び込んできた。
蓋が開かれる。
中には――。
鉄砲。
十丁。
「……これが」
思わず声が漏れる。
手に取る。
ずしりと重い。
現代の資料館で見た、火縄銃だ。
やはり、エアガンのライフルとは違うな。
これが、この時代の戦を変える。
俺は銃身を確かめる。
作りも悪くない。
「一丁ずつ確認していただいて構いません」
「お願いします」
俺は家臣とともに検品を始めた。
傷。
火縄。
火皿。
銃身。
一つずつ確認する。
「問題ありません」
家臣が答えた。
「では、こちらが火薬と弾薬です」
別の箱が運び込まれる。
これで揃った。
*
「ところで、明智様」
宗久が声をかける。
「はい」
「鉄砲鍛冶をご紹介しましょう」
「ありがとうございます」
宗久に連れられ、別の場所へ向かう。
そこには、一人の職人がいた。
「こちらが鉄砲を作っている職人です」
職人は俺を見る。
「明智十兵衛と申します」
「……鉄砲を十丁も注文する武士とは、珍しいですな」
「これから必要になると思っています」
「これから?」
「はい」
職人は少し笑った。
「面白いことを言う方だ」
俺は鉄砲を見せてもらった。
「一つ、お願いがあります」
「何でしょう?」
「同じ規格で、同じ部品を使えるように作れませんか?」
「同じ規格?」
「はい」
職人が眉をひそめる。
「鉄砲は一本一本、作りが違いますよ?」
「だからこそです」
俺は説明する。
「同じ形の部品を使えるようにすれば、壊れた時に交換できます」
職人は黙った。
「……なるほど」
すぐには理解できないだろう。
だが、これは重要だ。
大量運用するなら、修理のしやすさが必要になる。
「すぐには難しいですが……」
「研究していただけますか?」
「考えてみましょう」
「ありがとうございます」
*
屋敷へ戻る途中。
宗久が口を開いた。
「十兵衛様」
「はい」
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「なぜ、そこまで鉄砲にこだわるのです?」
俺は少し考えた。
「戦の形が変わると思うからです」
「それだけですか?」
「……それだけではありません」
俺は堺の町を見る。
「できるだけ、人が死なない戦をしたい」
宗久は黙った。
「鉄砲でも人が死ぬのでは?」
「その通りです」
俺は答える。
「だからこそ、抑止力として使いたい」
「抑止力?」
「戦を始める前に、相手に戦うことを諦めさせる力です」
宗久はしばらく俺を見つめた。
「……不思議な方ですな」
「そうでしょうか」
「武士なのに、戦を避けようとするとは」
「戦を避けるために、戦う力が必要なこともあります」
宗久は小さく笑った。
「なるほど」
*
その夜。
宿で鉄砲を眺めていた。
十丁。
これだけでは、何も変わらない。
だが。
最初の十丁だ。
ここから始める。
兵を集める。
訓練する。
火薬を確保する。
鍛冶職人との繋がりを作る。
そして、斎藤家にも技術を渡す。
すべては未来への備えだ。
俺は窓の外を見る。
堺の夜は静かだった。
しかし、その静けさの向こうには海がある。
海の向こうには異国がある。
そして、いずれ来る本能寺の日。
信長と信忠を生かすためには、国内だけでは逃げ切れない。
船。
航路。
異国との繋がり。
今から少しずつ準備しなければならない。
「……まだ時間はある」
俺は自分に言い聞かせる。
焦る必要はない。
一つずつ。
確実に。
歴史を変えるための準備を進めていく。
その時。
廊下から家臣の声がした。
「十兵衛様」
「何だ?」
「明日の朝、今井様がお会いしたいとのことです」
「……分かった」
まだ、堺での用事は終わっていないらしい。
俺は鉄砲を木箱へ戻した。
明日は何の話だろう。
その答えを知るのは、翌朝のことだった。




