第7件 二人で破った婚約
二人とも、別れたかった。二つの家とも、別れたと言われたくなかった。
誰も解かない婚約は、二年のあいだ、誰のものでもなかった。
第1項 事案と争点
本件は、王国歴1663年、南の港町オルメにおける、婚約解消の手続きと、それに伴う清算の裁定である。
船主ハッダード家の次男カリムと、香辛料商ザヒル家の娘ヤスミンとの婚約は、王国歴1659年に結ばれ、婚姻の儀は三年のうちと定められていた。三年が過ぎ、四年目に入っても、儀は行われず、解消もされなかった。本人二人は、それぞれの家に、縁を解いてほしいと願い出ていた。両家は、相手方の家が先に解くべきだとして、動かなかった。四年目の春、本人二人は、両家を経ず、自らの名で神前法廷に訴え出た。
争点は三つ。
両家の印を欠いたまま、本人二人の願いだけで、婚の約は解けるか。
解く側が負うと定められた費えは、双方が同時に解くとき、誰が負うか。
婚約と同じ日に結ばれた、両家の共同の船荷の約は、婚約と運命を共にするか。
なお、二人がなぜ別れを望んだかは、争点に含まれない。二人とも、その理由を法廷で述べることを望まず、法廷も求めなかった。
第2項 成立した約定と、二年の書簡
一、婚約証書の抄。
王国歴1659年 青葉の月 8の日、ハッダード家とザヒル家、次男カリムと娘ヤスミンの婚約を定む。
婚姻の儀は、三年のうちに行う。
ハッダード家は、婚約の印として銀貨三百枚をザヒル家に渡す。婚姻の儀成りたるときは、これを婚礼の費えに充てる。
縁を解かんとするときは、解かんとする側の家が、その旨を書に記し、相手方の家に示すべし。解きたる側の家は、婚約の印を相手方に留め置き、または返し、かつ相手方が婚礼の支度に費やしたる銭を負う。
末尾に、両家当主の署名と家印がある。本人二人の署名もある。
編者注。この証書には、本人の願いによる解消の一条がない。港の商家の証書には珍しくない。縁を解くのは家であり、本人は家に願い出る、という作りである。証書は、双方の家が同時に解こうとする場合を、想定していない。
二、共同の船荷の約の抄。
同日、ハッダード家とザヒル家、定む。
ハッダード家の船一艘の一航海につき、ザヒル家は香辛料の荷を積み、売り上げより船の費えを引いた利は、ハッダード家六分、ザヒル家四分に分ける。
この約は、婚姻の儀ののちも、五航海まで続く。
末尾に、両家当主の署名と家印がある。婚約にかかわる文言は、五航海の期限の定めのほかにない。
三、航海の帳。
王国歴1660年と1661年に、二度の航海があった。二度の利は合わせて銀貨千二百枚で、六分四分に分ければ、ハッダード家七百二十枚、ザヒル家四百八十枚となる。ハッダード家の帳には、ザヒル家の取り分四百八十枚が「婚姻の儀まで預かり」として留め置かれている。ザヒル家は受け取っていない。
四、両家の家令の往復書簡。
王国歴1662年 青葉の月より1663年 芽吹きの月まで、両家の家令のあいだで二十六通の書簡が交わされた。争点にかかわる四通を抄する。
ハッダード家家令よりザヒル家家令へ、1662年 青葉の月 10の日。「三年の期限が過ぎた。ご息女が儀を望まぬのであれば、ザヒル家より解消の書を賜りたい」
ザヒル家家令よりハッダード家家令へ、同月14の日。「ご子息こそ儀を望まぬと聞く。ハッダード家より解消の書を賜りたい。当家より出せば、港の者は当家の娘に咎ありと見る」
ハッダード家家令より、同年 実りの月 2の日。「当家より出せば、港の者は当家の次男に咎ありと見る。かつ当家は印の三百枚と支度の費えを負うことになる。ご息女の側から出されたい」
ザヒル家家令より、同年 刈入れの月 20の日。「同じ理由により、当家からは出さぬ。なお、船荷の取り分四百八十枚は婚約と別の約である。速やかに払われたい」
編者注。二十六通のうち、解消をどちらが言い出すかを論じたものが二十一通、船荷の取り分を論じたものが五通ある。本人二人の名は、二十六通のどこにも出てこない。
五、本人二人の連名の訴状の抄。
王国歴1663年 芽吹きの月 18の日付。
「私たちは、二人とも、この縁を解くことを望みます。それぞれの家に願い出て二年になりますが、家は動きません。家が動かぬのは、どちらが解いたと言われるかを恐れてのことで、私たちの縁とはかかわりがありません。
私たちは、自分の名で、縁を解くことを願い出ます。解く側が負うと定められた費えについては、私たちのそれぞれが、自分の家の分を負います。家の面目については、法廷に量っていただくことはございません」
署名、カリム・ハッダード、ヤスミン・ザヒル。二人はいずれも成人である。
訴状には、港の代書人ラシードが二人の代理人として名を連ねている。
第3項 申し立ての経緯
二人の訴状を受けた法廷は、両家に出廷を求めた。両家は、それぞれ、本人の訴えは家の印を欠き成り立たない、と答えたうえで、出廷には応じた。
花冠の月3の日、法廷は審理に先立ち、代理人ラシードに、二人の利害が食い違う点はないかを問うた。ラシードは、解消を望む点で二人は一致しているが、費えを誰が負うかについては、二人がそれぞれの家の立場に立てば食い違いうる、と答えた。法廷は、解消の願いについては共通の代理人を認め、費えの分担については本人がそれぞれ自らの名で述べることを求めた。
第4項 双方の申し立て
一、本人二人の申し立て。
縁を解くこと。婚約の印と支度の費えについては、自分の家の分は自分の家が負うこととして、両家に諮る。船荷の取り分は、婚約と別の約であり、法廷の判断に委ねる。
二、ハッダード家の申し立て。
縁を解くことに異議はない。ただし、証書は家が解くものと定めており、本人の訴えは成り立たない。解くのはザヒル家であるべきで、その場合、印の三百枚は当家に返され、当家の支度の費え百五十枚はザヒル家が負う。
船荷の取り分四百八十枚は、婚姻の儀まで預かる約であり、儀が成らぬ以上、預かりは続く。
三、ザヒル家の申し立て。
縁を解くことに異議はない。ただし、解くのはハッダード家であるべきで、その場合、印の三百枚は当家に留め置かれ、当家の支度の費え二百枚はハッダード家が負う。
船荷の取り分四百八十枚は、船荷の約に従い、直ちに払われるべきである。婚姻の儀まで預かるという文言は、船荷の約のどこにもない。
第5項 神前審理の抄
花冠の月9の日、オルメの教団広場にて開廷。
裁定者ラミア、原告たるカリム・ハッダードとヤスミン・ザヒル、その代理人ラシード、被告たる両家の当主二名は、白き貫頭衣を着し、欽定緑律の法のもとに立った。六者の手に緑の茨の証が現れたことを、法廷日録は記している。
裁定者、ハッダード家当主に問う。
「次男が縁を解きたいと願い出たのは、いつか」
答え。
「一昨年の青葉の月です」
「二年、家はどうしたか」
「ザヒル家が解くのを待ちました」
「ザヒル家が解くのを待つあいだ、次男の縁は、どうなっていたか」
当主、しばらく答えず。その後、そのままでした、と述べる。
裁定者、ザヒル家当主に問う。
「娘が縁を解きたいと願い出たのは、いつか」
答え。
「一昨年の花冠の月です」
「二年、家はどうしたか」
「ハッダード家が解くのを待ちました」
「解きたい者が二人いて、解く者が誰もいない。それは、証書がそう定めたからか、証書が定めていないからか」
当主、証書が定めていないからです、と述べる。
裁定者、両家当主に問う。
「解いたと言われることを恐れたのは、次男と娘か、家か」
二名とも、家です、と答える。
裁定者、カリムに問う。
「家の分の費えを負うと訴状にあるが、あなた自身の財で負うのか、家の財で負うのか」
答え。
「家に願って、家の財で負ってもらいます。願いが通らねば、私の財で負います。私は船に乗っていますので、幾らかはあります」
裁定者、ヤスミンに問う。
「同じ問いに」
答え。
「家に願います。通らねば、私の財で負います。私は父の店の帳を付けていますので、幾らかはあります」
裁定者、代理人ラシードに問う。
「二人の利害は、いま食い違っているか」
答え。
「食い違っておりません。二人とも、自分の側の費えを自分の側が負うと申しております。食い違うのは両家で、私は両家の代理人ではございません」
裁定者、ハッダード家当主に、船荷について問う。
「船荷の約に、婚姻の儀まで取り分を預かる、という文言はあるか」
答え。
「ございません。当家の帳に、そう書いたのです」
「相手方の同意はあったか」
「ございません」
裁定者、双方に問う。
「本人二人は成人であり、二人とも縁を解くことを願っている。両家も縁を解くことに異議はない。船荷の約に、婚姻を条件とする文言はない。この三つについて、異議はあるか」
両家当主、なし。本人二人、なし。
第6項 裁定
花冠の月12の日、裁定書を交付す。主文ならびに理由の要部を写す。
一、婚の約は、本人の座にかかわる。本人二人が成人であり、二人ともに縁を解くことを願い、両家もこれに異議を述べない以上、婚の約は解けている。証書が家の印による解消のみを定めているのは、家が解こうとする場合の手順であって、本人二人が解こうとし、家がそれを妨げない場合に、婚の約を縛り続ける定めではない。座の律により、婚の約は本人二人の願いをもって解けたものとする。解いた日は、訴状の日、芽吹きの月18の日とする。
一、証書は、解いた側の家が印を留め置きまたは返し、相手方の支度の費えを負う、と定める。本件では、解いたのは本人二人であり、双方が同時に解いた。証書はこの場合を定めていない。定めのないところは、均の律による。すなわち、婚約の印三百枚はハッダード家に返し、支度の費えは、それぞれの家が自らの分を負う。ハッダード家の百五十枚はハッダード家が、ザヒル家の二百枚はザヒル家が負う。いずれの家も、相手方に支度の費えを求めない。
一、船荷の約は、婚約と同じ日に結ばれたが、別の約である。約には、五航海の期限のほかに婚姻にかかわる文言がなく、取り分を婚姻の儀まで預かるとの定めもない。ハッダード家が自らの帳に記した預かりは、相手方の同意を欠き、約を変えない。ハッダード家は、二度の航海の取り分四百八十枚を、ザヒル家に直ちに払うべし。契の律により、約は約のとおりに履行される。
一、船荷の約の残る三航海については、婚約が解けたことによって終わるものではない。ただし、両家が合意によって約を解くことを妨げない。本裁定はこの点を命じない。
一、両家が二年のあいだ、いずれが解いたと言われるかを恐れて動かなかったことについて、法廷はこれを裁かない。名の律は人の名を守るが、家の面目を量る秤を、法廷は持たない。
一、これは、本人二人の願いによる解消の効と、証書の定めなき場合の清算と、別の約の履行を定めた裁定であり、二人がなぜ別れたかを量ったものではない。
裁定ののち、本人二人は、それぞれ自らの名で、自らの家が負う費えの額を記した書に署名した。カリム・ハッダード、百五十枚。ヤスミン・ザヒル、二百枚。両家当主は、その書に家印を置いた。
第7項 履行の記録
本件の履行には、私が検分人として立ち会った。以下は私の控えによる。
花冠の月20の日、教団の詰所にて、ザヒル家よりハッダード家に婚約の印三百枚を返す。受取書あり。同じ席で、ハッダード家よりザヒル家に船荷の取り分四百八十枚。受取書あり。二つの受取書は、同じ卓で、同じ刻に書かれた。
支度の費えについては、各家が自らの帳に自らの分を記した。ハッダード家の帳に百五十枚、ザヒル家の帳に二百枚。いずれも「解消の費え、当家分」とある。私は両家の帳を検分し、他方に請求した形跡のないことを確かめた。
港の慣わしでは、縁を解かれた家は、市の日に店の戸に黒い布を掛ける。両家とも、掛けなかった。私は花冠の月の市の日に両家の店の前を通り、これを確かめた。慣わしは裁定に含まれず、これは私の控えの外のことである。
王国歴1663年 実りの月、ハッダード家の船は三度目の航海に出た。ザヒル家の香辛料を積んでいる。船荷の約は続いている。
カリム・ハッダードは、その船に乗った。ヤスミン・ザヒルは、父の店の帳を付けている。王国歴1664年の春の時点で、二人とも婚姻していない。
第8項 編者考
この案件を、両家が二年も面目を張り合った話、と紹介する者がいる。そのとおりで、それ以上のことはない。二十六通の書簡を読んで、私はそれ以上のことを見つけられなかった。
だが、書簡に一度も出てこない二人の名が、訴状にはあった。それが、この案件の全部だと思う。証書は家が解くものと定め、家はどちらも解かず、解きたい二人は二年、証書のどこにもいなかった。裁定者は、婚の約は本人の座にかかわる、と書いた。第4件で読んだのと同じ一行が、ここでは逆の向きに使われている。あちらでは母が娘の名で承けを書き、こちらでは家が本人の名で解消を書かなかった。書いても書かなくても、他人の座は他人のものである。
費えのことも書いておく。証書は、解いた側が負うと定めていた。二人が同時に解いたとき、その定めは使えなくなった。裁定は均の律を持ち出して、それぞれの分をそれぞれが負うとした。両家の家令が二十一通を費やした問いの答えは、それぞれが自分の分を払う、という一行だった。二十一通は、その一行を書きたくないために書かれたのだと思う。
裁定のあと、二人はそれぞれの額を書に記して署名した。私は、その書を見た。カリム・ハッダードの字は大きく、ヤスミン・ザヒルの字は帳付けの字だった。二人は互いの書を見なかった。自分の額だけを書いて、自分の名だけを署名して、別々に詰所を出た。そのあとで両家当主が印を置いた。順序として、それが正しいと思う。




