第1件 王家の婚約と、千二百袋の麦
婚約は解かれていた。麦は、すでに食べられていた。
残ったのは、誰がその代を払うかという争いである。
第1項 事案と争点
本件は、王国歴1642年、オルデンナ王国における、王家内庫とローヴェル伯爵家との貸麦返還に関する裁定である。
王太子アルノート・アルデンと、伯爵家の娘エルナ・ローヴェルとの婚約が解かれたのち、婚約中に王家へ渡された麦の返還を、王家内庫が拒んだ。内庫とは王家自身の家産を扱う蔵であり、国の租税を納める国庫とは帳を分ける。本件の借り手も、返還を命じられた者も、王家内庫である。
争点は三つ。
すでに引き渡された麦は、婚姻の成否によらぬ贈り物であったか。
婚約を解くとの合意は、その麦を返す義務まで消すか。
王太子の新しい婚姻を妨げぬため、貸し手に返還請求を控えさせることができるか。
なお、エルナが王太子を愛していたか、王太子の新しい愛が真実であったかは、争点に含まれない。双方とも、その点の判断を求めていない。
第2項 成立した約定と貸麦の記録
一、婚約証書の抄。
王国歴1641年 白霜の月 6の日、アルデン王家とローヴェル伯爵家、婚約を定む。
婚姻の儀は、翌年の日盛りの月20の日とす。
本人双方の願いにより縁を解かんとするときは、双方の家の印をもって、その旨を書に残すべし。
縁の解消に際し、すでに授受したる財の清算は、それぞれの証文に従うべし。
二、別紙貸麦証の抄。
王家内庫、救荒の用に供すべく、ローヴェル伯爵家の蔵より、麦千二百袋を借り受く。
婚姻の儀成り、本人双方の署名ある婚書を納めたる日に、その時なお返されざる麦をエルナの持参財に振り替え、以後、王家に返還を求めず。
婚姻に至らず縁を解きたるときは、解消書に双方の家印を置きし日より四十日のうちに、残る麦を返すべし。
返還は、同じ質および量の麦、または一袋につき剣と冠の銀貨二枚をもって行う。いずれによるかは借り手が選ぶ。
貸麦の利足は取らず。運送の費えは、受け取るまでを貸し手、返すに要するものを借り手の負担とす。
末尾に、内庫長と伯爵の署名、双方の家印がある。麦袋の大きさについては、王都穀倉の検量印を押した同じ型を用いると定められている。
三、受払帳の照合。
白霜の月9の日より16の日まで、三度に分けて千二百袋が王都に入った。伯爵家の出庫帳、荷車方の運送控え、王家内庫の受取書は、いずれも同じ数を記す。
麦は、その冬、王領の水損を受けた地区へ救荒麦として配られた。
翌年、芽吹きの月23の日、王家内庫より伯爵家へ二百袋が返された。伯爵家の蔵番の受取印があり、この返還についても争いはない。
したがって、婚約解消時の未返還は千袋。銭で返す場合は、銀貨二千枚となる。
編者注。王家は麦を民へ無償で配った。だから伯爵家も王家へ無償で渡したはずである、という説が後に流れた。受け取った者がその先で何に使ったかは、受け取る前に結んだ証文の文言を変えない。本件では、この二つの受け渡しが、しばしば一つの話にされている。
第3項 婚約の解消と返還拒否
青葉の月13の日、王太子は宮中の席において、エルナとの婚約を解き、別の女性との婚姻を望む旨を述べた。
宮中日録は、次の言葉を載せる。
「私は、家のために心を偽ることをやめる。真実の愛を得た以上、この婚約を続けることはできない」
同じ日録によれば、エルナは、婚約を続けることを求めず、解消を書面にするよう願い出た。王太子の言葉だけで、その場にて婚約証書が失効したものではない。
青葉の月17の日、本人双方の願いを受けた両家が解消書に印を置き、婚約は約定どおりに解かれた。解消書には、婚礼および持参財の新たな給付を求めぬこと、すでに渡された財は各証文により清算することが、改めて記されている。
18の日、伯爵家より内庫へ、未返還千袋について、日盛りの月17の日を期限とする通知が届いた。この暦のひと月は四十日である。解消書の日より四十日という期限に、食い違いはない。
24の日、内庫は書を返した。要旨を写す。
「当該の麦は、王家との縁組みに伴う厚志として、すでに救荒に用いたものである。縁組みの解消を承知しながら、その後も麦を請求するは、縁組みに伴う利のみをなお求むるに等しい。新たな婚礼を控える王家の出費に鑑み、返還の催促は慎まれたい」
伯爵家は王領裁き所へ訴えた。裁き所は、内庫が援用する婚約証書の審理を王家の婚姻担当へ回した。担当は婚約解消書の成立を確認し、これをもって本件も済んだものとした。
だが、その確認の場へ、貸し手としての伯爵家は呼ばれていなかった。貸麦証についての判断も、記録にない。
日盛りの月18の日、返還期限を過ぎた伯爵家は、欽定緑律教団の神前法廷に訴え出た。
第4項 双方の申し立て
一、ローヴェル伯爵家の申し立て。
借り受けた事実と、千袋の未返還は、証文と帳面によって明らかである。持参財への振替は婚姻の成立を条件とし、その条件は成らなかった。
婚約の解消は争わない。婚姻の再考も、王太子の謝罪も、本件では求めない。
求めるのは、千袋の麦、または約定の銀貨二千枚の返還である。
二、王家内庫の申し立て。
受け取った量、返した量、貸麦証の文言に争いはない。ただし、その給付全体は、将来の王太子妃を迎えるための両家の結び付きのうちに置かれていた。
伯爵家が縁組みの解消に同意した以上、王家のみがその結び付きから生じた負担を残すのは、釣り合わない。
また麦は救荒に費やされ、現物は残らない。直ちに同量を返せば、王家の新たな婚礼と、家産の支払いに大きな支障を来す。
仮に返還義務ありとするなら、返済条件の協議を求める。
三、エルナの陳述書の抄。
「持参財になるものとして麦を出すことは、私も承知しておりました。婚姻が成らねば戻ることも、同じ日に説明を受けております。
私は婚約の解消に同意いたしました。家が貸した麦を贈り物へ変えることには、同意を求められておりませんし、私一人の名で家の蔵の財を処分する印も持っておりません。
殿下の新しい婚姻につき、私の署名を求めるべきことは、もうございません」
編者注。この末尾は、その後、王都で多く写された。後世の芝居では、相手の女性に向かって述べた言葉に変えられている。陳述書の宛先は、法廷である。
第5項 神前審理の抄
日盛りの月25の日、王都の教団広場にて開廷。
裁定者ハルネ、原告代理たる伯爵家の家令、被告代理たる王家内庫の内庫長は、白き貫頭衣を着し、欽定緑律の法のもとに立った。三者の手に緑の茨の証が現れたことを、法廷日録は記している。
家令と内庫長は、それぞれ家印のある委任書を示し、本件の弁明と履行条件の合意をなす権限を確認された。証文の真正と麦の数は、双方が認めた。以下は、その後の審理から抜き書く。
裁定者、内庫長に問う。
「婚姻の儀は成ったか」
答え。
「成っておりません」
「貸麦を持参財へ振り替える条件は、満たされたか」
「証文の文言に従えば、満たされておりません」
「では、文言以外の、何をもって返還を不要とするか」
「両家の結び付きが失われたことです。伯爵家も、それを承知したはずです」
「その承知は、受け取った麦を返さぬことについての承知でもあったと、確認したか」
「確認はしておりません」
裁定者、家令に問う。
「婚約が解かれたのちも、婚礼を行うよう求めたか」
答え。
「求めておりません」
「新たに持参財を渡すか」
「渡しません」
「すでに返された二百袋を、請求に含めたか」
「含めておりません。千袋のみです」
裁定者、双方に問う。
「両家の縁が解かれたことには争いなく、解消後に新たな持参財を渡す義務もなく、まだ返されていない麦が千袋ある。この三つについて、異議はあるか」
双方、なしと答う。
内庫長、申し添える。
「ただ、世には、婚約を解かれた腹いせの取り立てと見る者もございます」
裁定者、問う。
「腹いせでない日に請求されれば、返す借りであるか」
内庫長、しばらく答えず。その後、証文の読み方を明らかに願う、と述べる。
裁定者、告げる。
「ゆえに、そのために証文を読んでいる」
内庫長、返還について、銭での支払いを選ぶ旨を述べた。家産からの銭の取りまとめに日数を要するとして、猶予を願った。
家令は、裁定の日より二十日の猶予に同意した。ただし、猶予の代わりに婚約の復活や別の縁組みを約すことはしない、と付言した。内庫長、これを承知した。
第6項 裁定
日盛りの月27の日、裁定書を交付す。主文ならびに理由の要部を写す。
一、王領における婚約解消の確認をもって、貸麦返還の訴えまでも済んだとする取り扱いは、貸し手の申し立てを聞かず、別紙の貸麦証を検めぬものであった。この取り扱いを、本件を終える裁きとして認めない。
なお、婚約解消書そのものの有効を否定するものではない。
一、千二百袋の麦は、貸麦証に従う貸付である。うち二百袋は返還され、残る千袋の返還義務は、王家内庫に存する。
麦が救荒に用いられたことは、その使途の証しであり、貸し手が返還を免じたことの証しではない。
一、婚姻の成立を条件とする持参財への振替は、その条件が成らざるため効を生じない。縁組みの解消は、約定のうちにあらかじめ定められた手順によって行われた。ゆえに本件では、婚姻を強いて行わせることによって契の律を満たす必要はなく、解消に伴う清算の約定を履行すべきである。
一、相手方が婚約の解消を承知したことから、同じ相手方が貸麦の返還をも免じたとはいえない。解消書は、すでに渡した財を各証文によって清算すると明記している。終わった縁を理由に、すでに受け取った財を保持することは、均の律にかなわない。
一、王太子の新たな婚姻は、貸し手が銭を出して成就させると約したものではない。新しい婚礼の出費があることを、既存の借りを返さぬ理由とすることを認めない。王家もまた、縛の律の外にはない。
一、被告の選択に従い、返還は銀貨二千枚をもって行う。原告の同意した猶予を認め、実りの月7の日を最終の支払期日とする。貸麦証には利足を取らぬ旨があり、原告は本件の猶予についても利足を求めなかった。よって、本裁定に利足の支払いは含めない。
一、これは貸した麦の返還であり、王太子が別の者を愛したことに科す罰ではない。履行は、借り受けの名義たる王家内庫の財よりなすべし。
裁定ののち、双方は履行の方法を記した書に印を置いた。
第7項 履行の記録
本件の履行は、私が検分人の職に就くより二十年以上前のことで、私は立ち会っていない。以下は、当時の検分人の控えと、双方の受取書、出納の帳面による。
日盛りの月32の日、王家内庫は銀貨八百枚を支払った。
実りの月7の日、残る千二百枚を支払った。伯爵家の受取書に、二度の入金と、完済の記載がある。
内庫の出納控えによれば、前の八百枚は家産の銀器の売却、後の千二百枚は内庫の手元金と、取りやめた婚礼支度の返戻金によって調達された。本件の返済のために新しい税を定めたという記録はなく、民へ配った麦を取り戻した形跡もない。
王太子の婚礼については、この綴りに、その後の記載がない。
宮中の噂を集めた別の本は、祝宴が小さくなったことも、ならなかったことも語っている。いずれも内庫の帳面とは照合できなかったため、本書には採らない。
伯爵家の貸麦帳の当該の頁には、次の三行がある。
未返還千袋。代銀二千枚にて受領。
貸麦、済。
持参財への振替、なし。
第8項 編者考
本件を、王太子が婚約を破棄したため、銀貨二千枚を罰として取られた裁定、と紹介する者がいる。それでは、数も理由も正しくない。
二千枚は、初めから定められた千袋の代である。婚礼が成れば免じられるはずだった返還義務が、婚礼が成らなかったため、そのまま残った。返還を求める者が恨んでいたかどうかは、その数を変えない。
もう一つ、私がこの案件を最初に置いた理由を記す。
書庫に入った年、師が最初に写させた綴りが、これだった。当時の私は、王太子の言葉のほうを覚えて帰り、麦の数を覚えていなかった。師は何も言わず、翌日、貸麦証だけをもう一度写させた。
王家内庫の申し立てには、伯爵家も縁組みの解消を承知したではないか、とある。承知している。だから婚礼は行われなかった。持参財も新たに渡されなかった。双方の、これから先の約束は解かれた。
それでも、すでに誰かの蔵を出たものまで、出なかったことにはならない。
この区別を怠ると、婚約を解く書面を、相手方の過去の働きまで消す紙として扱うことになる。穀倉の番人や、布を織った者や、冬の道を荷車で来た者にとっては、それで済むはずがない。
検分人になってから、私は伯爵家より、貸麦帳を写す許しを得た。問題の頁の次には、何事もなかったように、秋の種麦の貸し出しが続いていた。
ある村への三十袋の貸し出しの脇に、見慣れぬ細い字で、運賃は収穫ののちでよい、と書き添えてある。綴りを見せてくれた家令に訊くと、エルナの字だという。
宮中日録から消えた名が、こちらの帳面では仕事をしていた。
私が写して持ち帰ったのは、裁定書と、二枚の受取書と、その次の頁までである。




