表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掟破りだと追い出された結果、国を守護していた“存在”が誰の言うことも聞かなくなったらしい  作者: キョウキョウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/7

第03話 掟破り

 ティアナが当主である父親から呼び出されたのは、選定の儀から三日後のことだった。


 大広間へ足を踏み入れると、そこには家族が勢ぞろいしていた。父アルドリック、母ミレーユ、そして姉のイザドラ。さらに――壁際には、第二王子ジークハルトまでいた。その全員が、ティアナに視線を向ける。とても好意的とは思えない、硬いまなざしだった。


 ただならぬ気配に、ティアナの胸がざわついた。


「ティアナ」


 父の声には、ティアナへの不満が隠しもせず滲んでいた。厄介事を早く済ませたいとでもいうようだった。


「お前に、確かめねばならぬことがある。――お前は、曜獣さまのもとへ、ひとりで会いに行っていたな?」


 詰問するような言葉に、心臓が跳ねた。


 姉だけでなく、父にも知られていた。レグルスのもとへ、ひそかに通っていたことを。ティアナは咄嗟に俯いた。たしかに、禁じられていた森へ幾度も足を運んだ。


「……はい」


 絞り出すように、ティアナは認めた。


「行って、いました。ごめんなさい」


「やはりな」


 父が深く息を吐く。だがその目の奥に光ったのは、落胆ではなく――どこか、安堵にも似た色だった。


 もちろん、それはティアナにとって都合の良いものではない。


「ならば、話は早い。よいか、ティアナ。我が家には、古くからの掟がある。許しなく曜獣さまに近づいた者は、一族から追放される。これは、絶対の掟だ」


 掟。


 ティアナは、はっと顔を上げた。そんな掟を、これまで一度も聞いたことがなかった。当主の口から、今この瞬間に生まれたかのように。けれど――その違和感を、ティアナは口にすることはできなかった。


 なぜなら、近づいてはならぬと言われていた森へ勝手に踏み入ったのは、まぎれもない事実なのだから。


「お前は、その掟を破った」


 父の断罪が、重く落ちる。その横でイザドラの紅い唇が、勝ち誇ったように吊り上がる。


「わかるでしょう? 自分が何をしたのか」


「……姉さま」


「貧相なくせに、こそこそと曜獣さまにまとわりついて。みっともない。この家の品位を、どれだけ汚したと思っているの」


 言葉のひとつひとつが、刃のようにティアナを刺した。けれど、ティアナは言い返さなかった。言い返せなかった、と言うほうが正しい。


(そうだ。わたしは、言われたことに逆らって、会いに行ってしまった)


 心の中で、自分の犯した罪を悔いる。レグルスに会いたい一心で、両親の言いつけに背いた。それは確かに、咎められて当然のことだった――たとえ、その「掟」が、今この場で初めて聞かされたものであっても。


「アルドリック殿」


 それまで黙っていたジークハルトが、ようやく口を開いた。退屈そうな、けれど有無を言わせぬ声音だった。


「王家としても、曜獣さまにまつわる不始末を見過ごすわけにはいかぬ。――この娘の追放、王家の名において認めよう」


 その一言が、すべてを決定づけた。


 言い終えたジークハルトへイザドラが送った一瞥には、二人だけに通じ合う密やかな色がにじんでいた。


 王族の言葉だ。もはや、覆る余地などない。たとえどれほど無理のある裁定であっても、王家が認めると言えば、それは「正しいこと」になってしまう。


「……わかり、ました」


 ティアナは、深く頭を下げた。


 不思議と取り乱しはしなかった。悲しくないはずがない。それでも、腹の底に、奇妙なほど静かな覚悟があった。


 レグルスから授かった、強い回復の力。危うくなれば逃げるすべ。生き延びるための、数えきれない知恵。それらが、ティアナの心を支えていた。家を追われても、きっと、なんとか生きていける。そう思える自分が、確かにいた。


 そして何より――ここで抗えば、レグルスに迷惑がかかるかもしれない。あの優しい銀の光が、自分のせいで責められるようなことだけは絶対に避けたかった。


「もちろん異論は、ないでしょう?」


 イザドラが念を押す。


「はい。……処分を、お受けします」


 その従順さが、かえって拍子抜けだったのだろう。イザドラの眉が、わずかにひそめられた。が、すぐにまた、満足げな笑みへと戻る。望んだものが、ようやく手に入る。邪魔者は、これで消える――そう、信じて疑わない笑みだった。


「明日の朝までに、屋敷を出ていきなさい」


 父が、感情のない声で告げた。


「貴族の身分も、今この時をもって剥奪する。お前はもう、アーデンフェルの人間ではない。それを肝に銘じよ」


 母ミレーユが、冷ややかに言い添えた。


「この一件、けっして他言することは許しません。この家の名を、これ以上汚さぬように。……もっとも、お前にはもう、関わりのない名ですけれど」


「はい」


 ティアナは、もう一度だけ頭を下げ、ひとり広間を後にした。


 廊下に出ると、夜風が頬を撫でた。窓の向こう、屋敷の奥の森が闇の中にひっそりと横たわっている。屋敷を追われ、この地を去る。もう二度と、あの銀の光のもとへ会いに行くことは許されない。


(レグルス……)


 胸の奥で、その名を呼ぶ。


 別れの挨拶すら、許されないだろう。けれど、それでいい。自分が黙って去ることで、あの御方を守れるのなら。


 ティアナは涙をこらえ、最後の夜を過ごすために自分の部屋へと戻っていった。


 ――それが、レグルスとの別れにはならないことを、まだ知らないままで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ