5話 あなたの名前は?
「わたくしの名前はレイア・グレイス。花紋はトリカブト。花言葉は【騎士道】ですわ。」
「……!?」
「グレイスっ!?グレイスってあの……王家直属の宮廷魔法使いの一族じゃ……!?」
田舎者の私でも知っている。【グレイス家】。一族は優れた花紋を持つ発現者を多く生み、そのほとんどが王家直属の魔法使いとなる。この国の中でも名家中の名家。にも関わらず彼女はその名前で呼ばれることを嫌がっている様子だった。
「皆さんのご想像の通りそうです。あのグレイス家の者ですわ。まあ、だった。と言うのが今は正しいですが。」
「ちょっと待てよ。だったらどうしてグレイスって名を嫌がってるんだ?グレイス家なんて、街で名前を出せば全部の店がただで食えるぐらいの名家だぞ?」
「少々事情がありまして……。」
「おいおい。さっき自分の口から嘘は言いたくないっていったばかりじゃないか?」
ガラの悪い生徒がガタッと席を立ち、歩み寄ってくる。
「こんな状況だ。明らかになにか隠してるやつがクラスを仕切ろうとしてるのは納得できねえ。」
今にもレイアに掴みかかりそうな剣幕で迫る。止めたほうが良いだろうか。我慢できずに声をかけようとする。
「や、やめ――」
「やめてください……!!!」
私が声を少し上げると、それとほぼ同時にレイアの隣の女の子が声を上げる。女の子は小柄な体を大の字に広げてレイアと男子生徒の前に立ちふさがっていた。
「あ?なんだお前。俺は今こいつと話を……」
「おやめなさい。」
女の子をどかそうと伸ばした男子生徒の手をレイアが掴む。
「ルナも。座りなさい。」
ルナと呼ばれた女の子はレイアに手を引かれ座っていた席に戻る。
「すいませんお嬢様……。出過ぎた真似を……。」
「謝る必要はないわ。私から話すから。」
ルナを優しく座らせたレイアはこちらに向き直る。
「この子はルナ。私の侍女ですわ。」
「皆さん。わたくしの事情については今は……まだ話せないのです。これはわたくしの問題。ですがわたくしが皆さんに何かをするために情報を隠している訳ではないことはグレイス家の名前に誓います。今言えるのは……わたくしはもうグレイス家の人間では無いということだけですわ。どうか……ご理解下さい。」
レイアが頭を下げる。名家のお嬢様がだ。そこから察するに相当な事情があるらしい。
「………っ。なんか俺が悪者みたいじゃねぇか……。」
ガラの悪い男子生徒も流石にバツが悪くなったのかすこし焦っている。根は優しい人のようだ。
「……悪かったよ。突っかかって。許してくれ。」
「いえ、こんな状況です。無理はありません。わたくしが変なことを言っているのは……分かっていますわ。」
「あとお前も……ごめん。」
椅子に座っているルナにも謝罪の言葉を伝える。なんというか律儀だ。
「いえ……。」
ルナは少し怯えていたが謝罪を受け入れる。
「俺はレオン・ツヴァイだ。花紋はサルビア。花言葉は……まだこれってもんが決めきれてない。」
花紋には複数の花言葉を持つものもあり、発現者は一つ、信条とするものを心に決めることで魔法の成長がより進みやすくなるのだ。私はまだ発現すらしていないので発現しているだけでも羨ましい。
「感謝いたしますわ。では私から見て左回りで行きましょう。ルナ。ご挨拶なさい。」
レイアの隣にちょこんと座っている女の子、ルナが立つ。
「ルナ・セーラです……。レイアお嬢様の侍女として付き添わせていただいています……。花紋はまだ発現してません……。っ……ごめんなさい役立たずで……。」
話し出すうちになぜかだんだん泣きそうになってしまった。自信がなさげといった感じでおどおどしている。
「ルナ、自分に自信を持ちなさいっていつも言っているでしょう?私はあなた以外の侍女なんて考えたくもないわ。」
レイアが慣れた手つきでルナの頭を優しく撫でる。
「皆様、ごめんなさい。この子は少々内気なところがありまして……。とってもいい子なのでどうぞよろしくお願いしますわ。」
「お嬢様……!」
ルナの目が輝き、そこには自分にとっての神を見るかのような一種の崇拝的な視線が映っていた。
「じゃあ次は僕かな?」
待ってましたと言わんばかりの様子で後ろの男子生徒が立つ。
「僕の名前はオスカー・レヴェル。花紋はフユザクラ。花言葉は「冷静」さ。みんな、安心してくれ。僕が君たちのことを守るよ。」
彼の第一印象を一言で表すならばナルシストという言葉が最もふさわしいことは火を見るより明らかだった。
「みんな混乱しているだろう……。わかるよその気持ち。だけどこのクラスにこの僕が居たことがみんなにとって一番の喜びになるだろうね……!」
「なあ……あいつ講堂に居たとき泣いてたやつじゃね?」
「……それは黙っていてやれ。」
早速ボロが出たようだが当の本人はあまり気にしていない様子だった。
「次は……私ね。」
オスカーの横の黒髪の女の子が立ち上がる。
「私はシエラ・レイン。花紋はワスレナグサ。花言葉は「私を忘れないで」。こんな状況だけど、よろしく。」
冷静、というよりも自分に自信があるといった感じだった。淡々とした話し方。立ち上がった彼女の足には鈍く黒色に光るホルスターのようなものがついていた。しかしなぜか中身は空だ。いったい何を入れるものなのだろう?
「なんだろうあれ……。」
「僕の名前はアレン・ブライヤ。花紋はまだ発現してない。なんだか大変なことになっちゃったけど……みんなの力になれるように頑張るよ。」
こちらはオスカーの変人ぶりを中和するように優しそうな生徒だ。
「ほら、次は君の番だよ?」
アレンが隣で寝ている白髪の女の子の肩を叩く。さっきから気になっては居た。ずっとうつ伏せで寝ている女の子。もしかして泣いているんじゃと思っていたがどうやらほんとに寝ているらしい。
「ん…………。」
女の子がもぞもぞと体を動かして顔を上げる。ぽわぽわした様子で
「……メル……。メル・アステラ……。花紋は…ラベンダー……。花言葉は……「沈黙」……。」
うつ伏せでもみんなの話はきちんと聞いていたらしく、自己紹介を済ませるとまた電池が切れた様にがくんとうつ伏せになる。
「だ、だいじょうぶかい…?」
アレンも心配そうにしている。
「じゃあ…次はあたしでいいのかな?」
ポニーテールの少女が立ち上がる。
「あたしはリゼット・アークライト。あたしも花紋はまだ。思ったより花紋発現してる人が多くてびっくりしちゃった。」
元気ハツラツの元気っ子といった感じを漂わせる女の子だ。
「あたし全然頭よくないし、正直まだ何が起こってんのか分かんないけど……とにかく皆とは仲良くなりたいな!」
次はリゼットの隣の男子だ。
「俺はノール・ルーヴェ。花紋はまだ発現してないが、基礎魔法に関しては昔に稽古をつけてもらった経験があるから少し自信がある。力になれると思うから、よろしく頼む。」
ガッシリとした肉体で私たちの中で一番体格が良かった。魔法なんて使わなくてもそんじょそこらのチンピラなら楽々成敗できてしまいそうだ。
「ノールくんすごいね〜。めっちゃガタイ良いじゃん。」
リゼットがちょうど私も思っていたことを言ってくれる。
「好きなんだ。自分を高めていくのが。筋トレのメニューなんかだったらいつでも教えよう。」
「あはは〜。遠慮しとく〜。」
「そうか……」
クラスの中から小さな笑いがもれ、ノールは少ししょんぼりして席に座る。
「僕はユリウス・アーデン。このクラスは変人が多いな。気苦労しそうだ。それこそ、今僕たちが命の危機にあるってことを忘れてしまいそうなぐらいね。」
和やかになってきていたクラスの雰囲気がまた少し下がる。
「も〜。なんでそういうこと言うわけ?せっかくいい感じだったのにさ〜。」
リゼットが不満を漏らす。
「……いや、別に君たちを馬鹿にしてるわけではない。友人として仲を深めることは大切だ。だが君たち、本当に理解しているのか?いま僕たちは正体不明の男に監禁されているんだ。少々危機感が足りないのではないか?命の危機に、今、さらされているんだ。」
事実だった。私たちはいま、ヴォルドーによってこの学園に監禁されている。その事実は変わらない。しかしみんなの自己紹介を聞いているとそのことを少しの間だけ忘れることができていた。実際、それは私だけではないはずだ。
「ユリウスさんと言ったかしら。今、その話をする必要はありませんわ。現在私達に必要なのは互いのことをもっと知って結束力を高めようと努力することではなくて?」
レイアが反論する。
「……それもそうだな。すまない。野暮なことを言った。謝罪するよ。自己紹介の続きだが花紋はベゴニア。花言葉は「公平」だ。よろしく頼む。」
ユリウスが椅子に座ると隣の席の男子が気まずそうに立ち上がる。
「……。俺この空気の中で自己紹介しなきゃいけないの?おいどうしてくれんだよユリウス。」
ユリウスを小突く。
「悪かったって言ってるじゃないか。それと、馴れ馴れしく呼ばないでくれるかな。君とはたまたま席が隣だったから先に名前を教えてやっただけだ。」
「名前を知ったらもうそいつとは友達なんだよ、俺の中ではな。」
ユリウスは諦めて肩をすくめる。
「俺の名前はカイル・グランツ。花紋はまだだ。魔法はそんなに得意じゃないが運動はめっちゃくちゃ自信あるぜ。自分の命は自分で守れるぐらいの力はあるつもりだ。よろしくっ!」
「うわうわ、暑苦しいわ。この部屋の温度5℃ぐらい上がったんじゃねぇの?」
レオンが椅子をゆらゆらと傾けながら野次を飛ばす。
「あ?なんだよ。お前もユリウスと同じ感じか?繊細な心の俺が頑張ってこの空気の中で自己紹介したってのに。」
「繊細?岩石の間違いじゃねえのか?」
「あ?」
「あ?」
二人が席を立ち詰め寄る。バチバチとレオンとカイルが火花を飛ばしている。
「二人とも。そこまでにしておきなさい。今はクラスの中で喧嘩なんてしている場合ではないですよ。」
セレナ先生の一言で二人はすごすごと席に戻る。
後ろに座っているレオンは先程自己紹介を済ませているので次は隣の女子だ。
「私はエマ・クレイ。みんなみたいな特に自慢できるようなこともないな……。出身も普通の家庭だし。特技は……あっ、お菓子作りとかかな!花紋もまだだし、力になれるかはわかんないけど……よろしく!」
普通の人代表アレンが少しうれしそうにしていたのが見えた。このクラスの人物はなんというかみんな濃い。親近感というものだろうか。
「僕はフィン・ローレンス。花紋はプラタナス。花言葉は「好奇心」。家族が研究職についてて、魔法に関してずっと研究してるんだ。僕もちょっと手伝ったりしてるんだ。運動は苦手だけど、魔法に関する知識でなら力になれると思うよ。」
「フィン・ローレンス!?もしかして最年少で魔法研究コンテストの最優秀賞を取ったっていうあの?」
アレンが少し興奮したようにガタッと席を立つ。
「そうなのか?俺は聞いたことねえな。」
「ふっ、君気づいていなかったのか?本当にバカのようだな。」
ユリウスがカイルを自然に煽る。
「いやいや、それはもう昔の話だよ……。恥ずかしいな。」
「わたくしも聞いたことがありますわ。若くして魔法研究で多くの成果を上げている人物がいると。」
「たまたま魔法が好きだっただけだよ。そんなに凄いことじゃない。みんなの花紋についてももしよかったら色々知りたいな。よろしく。」
私たちを除けば最後のクラスメイトだ。女の子が立つ。
「私はリリア・クロリス。……よろしく。」
座った。
「いやいや、それだけかよ?流石に短すぎんだろ!」
レオンが私たちの疑問を代弁してくれる。リリアと名乗った少女は心底不思議そうな顔をして、
「それだけ?なにか問題でも?それとも私のもっと細かいプライベートについて知りたいのかしら。救いようがない変態ね。」
「そこまで言ってねえよ!?」
「リリアさん、といったかしら。それはわたくしたちのことが信用ならないということでしょうか?」
「……別にそういうわけじゃないわ。ただあまり好きじゃないの。自分について語ることが。特にぎゃーぎゃー騒がしいやつにはね。」
ちらりとレオンを一瞥。
「なんでこっち見るんだよ?」
「とにかく。多く語る気はないわ。別にあなた達が嫌いだとかそういうわけじゃない。私の個人的な理由よ。気にしないで。」
「リリアさん、せめて花紋を教えていただけませんこと?魔法の情報は私たちにとっても大切ですわ。あなた、発現しているでしょう?」
「はあ……。さすがいいとこのお嬢様ってところね。花紋はホウセンカ。花言葉は……ご想像にお任せするわ。」
「ありがとうございますわ。」
そしてついに私とミラの順番がやってきた。
「ねえミラ、どっちからやる?」
「ええー。私もちょっと緊張する……!ノアからやってよ……!」
「うう……。」
二人でこそこそ話し合っていると周囲の視線が痛い。
「コホン?」
レイアの咳払いが響くとミラが覚悟を決めた様子で立ち上がる。
「私の名前はミラレア・アッシュフォードです!花紋は鈴蘭。花言葉は「幸せの再来」です!お願いします!」
ミラは勢いよくお辞儀をする。緊張した様子で、しかし大きな声での自己紹介。おそらく今までの中で一番ハキハキとしたものだっただろう。
「あ、あとミラって呼んでくれたら嬉しいです!」
「よろしくお願いしますわ。ミラさん。」
「よろしくね!ミラちゃん!」
レイアとリゼットが優しく挨拶を返す。
次はいよいよ私の番だ。
「わ、私はノア・アイフィールです!花紋はなくて、そのっ、よろしくお願いしまひゅ!」
最後に噛んでしまった。我ながら緊張しすぎだ。
「へへ、噛んでやんの。」
レオンが嫌味を飛ばしてくる。
「っ……。」
指摘されるとさらに恥ずかしくなり顔を赤くしてしまう。
「はいそこうるさいよ〜。」
リゼットが援護してくれる。
「皆さん、ありがとうございました。これで自己紹介が全員分終わりましたね。私たちは現在、監禁されています。その事実は変わりません。しかし、みなさんと友達として、仲間として。ともに生き延びましょう。」
レイアはおそらく無自覚なのだろう。しかしそのリーダーたる立ち振舞いは、私たちに勇気を与えてくれていた。きっとセレナ先生にだって。
「それともう一つ決めておかないことがあるのですが……。」
自己紹介を見守っていたセレナ先生が話す。
「ふざけた話ですがヴォルドーから各クラス委員長を男女各一名決めておいてくれと言われていまして……。」
「あいつマジでなんなんだよ……。」
みんなの顔に呆れが浮かびだす。
「女子はレイアちゃんで良いんじゃない?一番適任でしょ。」
リゼットが皆を見回す。
「ええ、異論はないわ。」とシエラ。
「私もです!」とエマ。
他のみんなも異論は無さそうだ。
「皆様が期待してくださるのでしたら、喜んで引き受けますわ。」
「じゃああとは男子か……。誰かやりたい人いる?」
リゼットはレイアとはまた違ったリーダーシップの持ち主のようだ。クラスの会話をうまく回してくれる。
「アレンとかどうだよ?一番まともそうだぜ?」
カイルが提案する。
「それは自分がまともでないという自白かしら?」
「おいリリアとか言ったなお前。俺にあたり強くねえか?」
「そんなことないわ。バカが嫌いなだけよ。」
「こいつぶっ飛ばしていいか?」
言い争う二人を横目にレイアがアレンに近寄る。
「アレンさん。あなたはどうお考えですの?」
「僕がそんな大事な役職につくなんてちょっと心配だけど……。他に誰も居ないなら僕にやらせてほしいな。僕もなにか皆の役に立ちたいんだ。」
「皆さんも異論はないですわね?」
皆が頷く。
「では委員長はレイア・グレイス、アレン・ブライヤの二名で連絡しておきます。はあ……監禁されてるっていうのになんで私、こんなことしてるんでしょうか。」
皆も苦笑い。現在の状況を改めて確認すると正体不明の男によって学園に監禁。その男から伝えられた「最強の魔導兵を作る」という謎の目的。眼の前で殺された学園長。まあアレは偽物だったらしいが。かなり強烈だった。今でも思い出すと少々吐き気がする。それらを除けば至って普通の入学式。自己紹介をして、委員長を決めた。学園長以外に殺された人も居ないらしく、先生も不思議に思っているようだ。
「本当にあの男の真意が分かりません……。単に最強の魔導兵を作りたいなら私たち教師を惨殺してあいつ本人がたっぷり訓練でも洗脳でもすれば済む話でしょう。なのに一ヶ月前、学園長だけを殺して私たちにはヴォルドーが作った教育プログラムを渡されただけ。しかも、その授業内容は教師として認めざるを得ない完成度でした。」
「もしかしてヴォルドーさん?って悪い人じゃないのかも……?」
「いや、人殺してんだぞ?そこは変わらねえよ。」
「それはそうだけどさ……。」
教室が沈黙に包まれる。そこに耳障りなノイズが走る。
『あーあー♪これ聞こえてます?私こういうの初めて使うもので使い方がなかなか……。』
ヴォルドーだ。校内放送を使って喋っている。
『これより皆さんの実力を簡単にですが、測るために第二訓練場で戦闘試験を行います♪あ、死人が出るようなやつじゃないので安心していいですよ♪……多分♪』
ブツッと放送が切れる。
「私なにも聞いてないんですけど……。」
セレナ先生のうんざりするようなため息が漏れる。
「まあ皆さん、ということだそうです。訓練場に急ぎましょう。遅れたら何をされるかわかりませんから。」
皆が席を立ち始める。いまだに寝ているメルを必死に起こすアレンを横目に私はミラに問いかける。
「ミラ、私たちもいこっか。あと元気になったみたいで良かった。自己紹介の前まで顔色がすっごく悪かったから。」
「うん。ありがと、ノア。皆いい人たちでなんだか安心しちゃった。私、完全復活だよー!」
戦闘試験。ヴォルドーは危険なものじゃないって言ってたけど……ほんとかな。




