2話 エルピス魔法学園
お互いにアルトリアに来ての初めての友達となった私たちは一緒に学園に向かって歩きながらお互いについて色んなことを聞いた。ミラの出身は私とおなじ王国南部であること。好きな食べ物もなんと私と同じでマカロンであること。逆に嫌いな食べ物は野菜全般であること。苦笑して野菜はちゃんと食べなきゃダメだよ、なんて言いながら共に歩みを進める。どうやら私たちは思ってたより気が合うらしい。
「ねえミラ。ミラの花紋が鈴蘭ってさっき教えてくれたと思うんだけど、良かったらミラの魔法についてもっと詳しく教えてほしいな。」
「私の魔法?」
「うん。私の故郷では発現してる人がそんなにいた訳じゃないからさ、その⋯⋯興味があって。」
「⋯⋯。ノアは魔法が好きなの?」
「⋯⋯。うん。私が小さい頃よくお母さんが私にきれいな魔法をいっぱい見せてくれたんだ。」
母の話によると幼い頃の私は泣き虫だったらしく、そのたびに母が自分の魔法で泣き止ませてくれたらしい。その頃から私は魔法が好きになっていった。しかし私の故郷が田舎であるため、花紋が発現した人達はここアルトリアの様な都会に出ていってしまいミラのような個性的な魔法を見る機会が少なかったのだ。
「私の鈴蘭の魔法はね、花言葉からも分かる通り回復魔法とか、他の人をサポートする魔法に適性があるんだよ。」
「ふーん⋯、発現したときの話、聞いてもいい?」
「⋯⋯。それはー。まだ内緒っ!」
一瞬ミラの目が曇ったように見えたが気のせいだろう。
「うん。無理にとは言わないよ。ごめんね。」
「ううん、気にしないで!」
ミラはまたすぐに笑顔に戻った。そうして二人は魔法学園に歩みを進めるのだった。
「「ここがエルピス魔法学園⋯⋯!」」
私とミラが口を揃えて声をあげる。私たちの目にはとてつもない大きさの学園が映っていた。都市アルトリアが誇る国内でもトップクラスの魔法学園であるとは聞いていたがまさかここまでとは。
「すごいねノア!私たちここに入学するんだよ!」
はしゃぐミラを横目に再び学園に目を向ける。黒と白のレンガをベースにし、所々に金色で華やかな装飾が施してある。校門の前に立つ私たちの横を他の新入生であろう少年少女たちが通り過ぎて行く。入学の受付を校門の先で行っているようだ。
「ミラ、行こ?遅刻しちゃうよ。」
未だきゃっきゃしているミラに声を掛ける。
「うん、行こ行こ!」
私の隣に駆け寄ってきたミラと共に校門へと歩いていく。
校門の前に来るとミラが突然立ち止まった。
「ん?ミラ、どうかした?」
「⋯⋯、ねえノア!せーので一緒に校門跨がない?」
「えー。いいけど。どうして?」
「えへへ⋯⋯、なんとなく!」
入学式を目の前にしてこの自由さである。私も見習いたい。ミラはもうスタンバイ出来ているようだ。
「ねえノア。」
「なに?」
「この1年、絶対楽しくなるよ!」
「⋯⋯うん!そうだね。」
「いくよー?せーのっ!」
ミラの元気いっぱいの掛け声に合わせて私たちはエルピス魔法学園の校門を跨いだのだった。
係の人に案内されたのは大講堂。そこには多くの新入生がひしめき合っていた。席順はどうやら来た順だったようで、私とミラは無事に隣の席に座ることができた。まだ入学式の開始まで少しの時間があるらしく講堂はまだ少しざわついていた。講堂には約300人ほど人数が集められており、様々な反応を見せていた。生徒を見回している者、とてつもなく緊張している者、目を輝かせて私の肩を揺らしている者。最後の人物は言うまでもなくミラである。
「ノア!すごい人数だね!ここに居る人たち皆新入生なのかな。」
「確かにすごい人数だね⋯⋯。エルピスは大きめの学園だから多分他の学園より多く生徒が集まってるんだろうね。」
「ふーん。」
椅子に座ったまま足をぷらぷらさせるミラと共に雑談をしながら式の開始を待つのだった。
――キーンコーンカーンコーン――
鐘の音が講堂に響き渡る。静まり返る生徒達。前方のステージに金色の魔法陣が浮かび上がる。一瞬強い光が放たれると、そこに大きな髭を生やした老人が姿を現した。エルピス魔法学園の学園長だ。
「ふぉふぉ、新入生の諸君、ようこそエルピス魔法学園へ。」
おお、これは凄い。これぞ学園長、とでも言うべきお爺さんが出てきた。学園長はこちらを満足そうに眺めながら続ける。
「歓迎するよ生徒諸君。私はこの学園長である、ドナルド・ブラ―――」
その言葉が最後まで発される事は無かった。
「ビチャッ」
何か大きい物が、粘度の高い液体の上に落ちる音。
学園長の、頭だった。
「え?」
私の頭は真っ白になった。⋯⋯???止まらない疑問符。なんだこれは?ドッキリ?新入生を驚かせるとかそういうやつ?頭の中で様々な可能性を思考する。刹那の沈黙。遂に誰かが堪えきれずに悲鳴を上げた。それが合図だった。講堂の中が阿鼻叫喚の嵐となる。泣き出す者、逃げ出そうとする者、しかし扉は施錠されているらしく、
「開かねぇぞ!?!? おい!誰か!助けてくれ!!!」
扉をドンドンと叩くがそんな力では開くはずもない。
「ねえ!これ、ドッキリでしょ!?流石にやりすぎだって!!!」
大声で問いかける者も居たが答えはない。
「え……、何……これ……?」
頭を抱えて泣き出す者もいた。
隣のミラを見ると私と同じく脳がこの現実に追いついてない様子だった。ミラが震える口を開ける。
「ねえ、ノア⋯⋯入学式のプログラムにこんなのあったっけ⋯⋯?実は私ちゃんとは見てなくてさ⋯⋯。」
現実逃避だった。私も全く同じ気持ちだ。目線の先には首が無くなったのにも関わらず何故か直立している学園長。その首からは血がとめどなく流れていた。
「ん⋯⋯?ねえノア⋯⋯。なに?あれ。」
ミラが震える指でステージを指す。
その先には学園長の血溜まりがあった。ステージの上を伝って流れている。いや違う。引き寄せられている。まるで何かに導かれる様にステージの上を広がっていく。そしてそれは円形を形作っていく。
「なに⋯⋯?あれ。もしかして⋯⋯魔法陣⋯⋯?」
血がさらに広がっていくとステージに巨大な赤黒い魔法陣が完成する。
「なんだ⋯⋯?あの魔法陣⋯⋯?」
騒いでいた他の生徒たちも次第にステージの異変に気づく。
瞬間、暗転。照明がバチッと全て消えた。何も見えない。
「っ⋯⋯?ミラ!いる!?」
「大丈夫!ノアこそ!」
二人で即座に安全を確認し合うと、電気が再び一斉に付いた。
「眩しっ⋯⋯!」
閉じた瞳をゆっくり開けると赤黒い魔法陣の中心には黒いスーツを身にまとった30代程の男⋯⋯?が佇んでいた。性別に対して疑問符を用いたのには理由がある。その人物は、「仮面」を着けていた。不気味なほどの黒1色。そして恐らく口元であろう部分にだけ、血のような赤の線が入っていた。まるで⋯⋯笑っているかのように。仮面の人物は私達をぐるりと見回すとステージの中心に立つ。
「新入生の皆さん♪こんにちは。私の名前はアビス・レイブン・ヴォルドー。今年からこの学園の学園長となります。よろしくね。」
この異常な雰囲気に合わない軽薄さをを見せた学園長と名乗ったその人物から一瞬だけ、魔力が放出される。
「っ⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
「なに⋯⋯あの人⋯⋯!」
恐怖から自然とミラと手を椅子の上で合わせる。
放出された魔力を受けて、全身の体温が急激に下がる気がした。冷や汗が吹き出す。指が震える。目を合わせるなと脳が全力で警告している。あの仮面に目など付いてないはずなのだが。私は自分の魔法の腕は全く人に誇れるものでもない事を自覚している。しかしそんな私にも理解できる。理解せざるを得ない。この人物は、私が知っている「人間」という生き物と決定的に何かが違う。
仮面の人物は不気味に「微笑んだ。」動いたのだ。仮面の口元が。ぐにゃりと仮面の口が歪む。
「それでは、エルピス魔法学園入学式を始めます。」




