1話 私の初めての〇〇。
エルピス魔法学園。古代の言葉で「希望」を意味する言葉を冠するこの学園は我が国アルカディア王国が誇る各地から魔法使いの卵たちが集まり、国を豊かにする優秀な魔法使いを輩出する名門校の1つである。この学園は本来花紋が発現している者が優先的に入学出来ていた。しかし今年からこの学園にかぎり「何故か」学区内の15歳になった子供は全員入学できるようになった。学園からは「魔法教育の活性化」と説明された。この学園に進学できることは基本的にメリットしかない為、疑問に思う者は誰1人居なかった。もしもこの時、違和感に気づけていれば私の運命も少しは変わっていたのかもしれない・・・・・・。
清々しい朝。窓から差し込む朝日は私の門出を祝ってくれているかのようだった。私、ノア・アイフィールは今年で15歳になり、国の指定によりエルピス魔法学園に入学する事となった。なんでも今年から全国の魔法学園の入学規定が変更となり、15歳になった子供は全員入学することとなったらしい。
「まさか私があのエルピス魔法学園に通えるなんてね。」
母親への些細な問いかけには嬉しさと寂しさが滲む。これから1年間、私は学園で寮生活となるのだ。
「そうねぇ。でもお母さん嬉しい。ノアが立派な魔法使いになっていっぱい人様の役に立ってくれたらね。」
朝ご飯を作る母の背中にも同じく嬉しさと寂しさが浮かんでいた。
「今年から制度が変わるみたいよ?魔法の授業が増えるみたいじゃない。大丈夫なの?」
「らしいね。だからまだ花紋が発現してない私みたいな子も入学できるようになったわけだし。国としても、優秀な魔法使いを沢山欲しいんだろうね。私からしたらあのエルピス魔法学園に行けるなんて凄く嬉しいけど。」
「そうね…。ほらノア。ご飯出来たわよ。」
「ありがとう。お母さん。いただきます!」
もうこのご飯も…しばらくは食べられないんだよね…。
これから私は3年間寮生活となるのだ。
いざ自覚すると胸に来るものがある。しかし母親を心配させるわけにはいかない。心に浮かんだ一抹の不安を振り払うように、私は母が作ってくれた具材たっぷりのトーストを頬張ったのだった。
約15年を共に過ごした我が家ともこれでしばしの別れである。見慣れた玄関。いつもは気にもとめなかった木の壁の模様に何だか視線が惹かれてしまう。
「それじゃあお母さん。…行ってきます。」
「ええ。行ってらっしゃい。立派な魔法使いになるのよ。」
名残惜しそうに手をこちらに振る母に別れを告げ、私はドアを開け、玄関に吹き込む朝の風が体を家に押し戻しそうになるのを堪える。そうして一歩を踏み出すのだった___。
エルピス魔法学園が位置するのは王国でも王宮に近い中心部である都市アルトリア。国の重要機関が多く集まる城下町だ。その大通りを歩く少女が居た。
「ほわあ……ここがアルトリア……。凄い、なんかなんでも大っきい……!」
ブロンド髪をたなびかせる長髪の女の子。私、ノア・アイフィールである。目に映るのは別れを告げた自宅などミニチュアのおもちゃなんじゃないかと錯覚するほどの大きな建造物。ノアから感嘆とも恐れとも取れる感想が漏れる。少し進むたびに様々な店舗が顔を見せるこの街は、一般的に「田舎」として呼ばれる王国南部出身の私にとって新鮮そのものだった。
「私の故郷は南部の中でもそこまで田舎じゃないって自信あったのに…こんなの見せられちゃったら自信なくなっちゃうよ……。」
心細さを掻き消すように独り言を呟きながら足を進める。
「エルピス魔法学園…⋯こっちで合ってるよね⋯…。」
ふと横を見ると美味しそうなお菓子の店。道路を挟んで向かいを見るとおしゃれなお洋服のお店。ここに住む人達はこんなにも多くのお店に囲まれながら暮らしているか。羨ましい限りである。
「でも私も今年からここに住めるんだ〜♪」
訪れるであろう自分の新生活に胸を踊らせながら鼻歌を歌う。トラブルになんて巻き込まれずに、楽しい学園生活を謳歌するのだ。
その時、進行方向の奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「ひったくりよ!捕まえてーー!」
何ということだろう。アルトリアに来ての私の最初の願いは数秒で儚く散ってしまった。しかもそのひったくり犯がこちらに向かって町の人達を突き飛ばしながら逃げてくるではないか。そしてこちら側を歩いていてひったくり犯の逃走ルートと被っている人は残念なことに私ただ一人だった。自然と周辺の人々の視線が私に集まる。
「えっ、あっえっ」
なんて自分でもなんて言ってるんだというセリフを吐きながらひったくり犯と直面してしまう。
(魔法を使う?いや、でも発現してない私の魔法なんてたかが知れてるし⋯⋯)
私が一瞬の思考の末に導き出した答え。
「とっ、止まれーー!!!」
ノアの決死の呼びかけも虚しくひったくり犯は止まらない。
「ちっ、クソ!邪魔だっ!!」
迫る危機に耐えられずノアは目を瞑り腕を前に出し尻もちまでついてしまう。
「きゃっ……!」____。
しかし目を瞑った私が耳からキャッチした情報は3つ。1つ目は自分の右前から聞こえてきた「えいっ!」と言う若い女の子の声。2つ目は「ぐあっ!」と言う情けない男性の声。3つ目は恐らくその男性が盛大につまずいたであろう地面に人が倒れ込むズザザーーッ!!!っと言う音。
「…………………?」
恐る恐る目を開けるとそこには地面にぶっ倒れているひったくり犯。その足には植物のツタのような物が絡み付いていた。どうやらあれに足を掴まれ転倒したみたいだ。そしていつの間にか右前に現れた見知らぬ銀髪の女の子が杖を片手に静止していた。その時丁度誰かしらが通報したのであろう警備隊も到着した。手際よく倒れた男に拘束魔法を使う。
「お前を窃盗の容疑で現行犯逮捕する!」
………。一度深呼吸を挟み私は視界に入った情報を整理する。
「あ、ありがとう……?」
どうやら私を助けてくれたと思われる見知らぬ女の子にまずはお礼を言う。するとその女の子はスタスタと尻もちをついたままのノアに歩み寄ると手を差し出してきた。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
ノアはその手を取って体を起こし、スカートについた砂埃を払う。
「あなたがその⋯魔法を使って泥棒さんを転ばせたんだよね…?」
問いかけられた女の子は構えていた杖をクルクルと回しながら答える。
「うん!なんだかあなたが困ってるみたいだったから。路地裏歩いてたんだけど我慢できなくて飛び出してきちゃった。あの人ひったくり犯だったんだね。私悪いことは許せないんだよ!」
女の子はふんすと鼻を鳴らして得意げだ。しかし私の中に疑問が浮かぶ。
「ねえ、あなたってもしかしてもう⋯」
目線の先には先程泥棒の足に絡み付いていた植物のツタ。
「うん!私、もう発現してるんだ。」
「発現者」。「花紋」の発現により一般よりも優れた魔法を使うことができる人達。
「凄い⋯!私はまだなんだ⋯。」
私は興奮した様子で目を輝かせる。女の子は少し驚いた様子で、
「元気そうでよかった!」
私は少し申し訳なさを表しながら再び生まれた疑問をぶつけてみる。
「その⋯⋯、もし良かったらなんの花紋なのか教えて欲しい⋯。」
人はみな、生まれつき「花紋」と呼ばれる魔法の素質ををその身に宿している。しかし自分がどんな花紋を持っているかを理解する時期は人によって違う。生涯で初めて何か心に強い意志が芽生えた時、本人の目の前に1輪の花が咲く。それが、その人の「花紋」。そしてその花が持つ意味⋯⋯「花言葉」はその者が扱える魔法の性質を決定するのだ。私のように花紋が発現していない者でも一般的な魔法は訓練することで使うことができるが、発現者は使える魔法の種類、強さがそれぞれ増加、強化されるのだ。花紋とはその人の魂の性質を表す花。それゆえ、自分の花紋を聞かれることを嫌がる人も少なくない。
「⋯⋯⋯⋯。」
女の子、暫しの沈黙。私は慌てて
「あっごめんね。嫌だったら全然言わなくてもいいんだけど⋯!」
しかし女の子も慌てて
「あぁいやいや!嫌とかじゃなくてさ、初めて人から自分の花紋聞かれたからびっくりしちゃっただけ。」
女の子は満面の笑みで言葉を続ける。
「私の花紋は鈴蘭。花言葉は「幸せの再来」だよ!だから私、人を攻撃する魔法は得意じゃなくてさ、だからさっきもツタで転ばせるぐらいしか出来なかったんだ。回復系の魔法とかは得意だよ!⋯⋯⋯。ところでそのその制服⋯もしかしてあなたもエルピス魔法学園に行こうとしてる?」
そこで私は気づく。今までは慌てていて気づかなかったがその女の子も自分と同じ制服を着ていることに。
「え、もしかしてあなたも?」
聞き返すと女の子は顔をぱあっと明るくした。
「うん!私も今年の新入生なの!」
「そうなんだ。あの……私この街に来て一人でさ、ちょっと……いやかなり心細くて。」
私は指をいじりながら小さい声で話す。
「もしよかったら一緒に学園まで行かない?あと……お友達になってほしい!」
女の子が一瞬キョトンとすると、私の言葉を理解した様子で
「うん!もちろん!」
満面の笑みを見せて私の提案を快く了承してくれた。てくてくと女の子が隣に歩いて来る。すると女の子が私の顔を見て、
「あ!大事なこと聞いてなかった!あなたの名前はなーに?」
そうだ。私たちはお互いの名前をまだ知らない。
「私の名前はノア・アイフィール。よろしくね。あなたは?」
私が先に名乗ると女の子は1歩前に出てこちらを振り向いて言う。
「私?私はミラレア・アッシュフォード。ミラって呼んでくれたら嬉しいな。よろしくね!ノア!」
背中に陽光を浴びながらこちらに微笑むミラの顔は、まるで1輪の鈴蘭の様に見えた。
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