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 住民の避難が済んだという報告を受けて、望は槃瓠を走らせた。夜の風は、昼の熱がまだ残っている。じわじわと汗は滲んだ。

 木々の茂る祠の周りは、星明かりがなかなか届かない。それでも槃瓠は迷うことなく辿り着いた。一匹二匹と、蛙たちが後ろから顔を見せている。うっすら広がる霧にまかれて、鈎蛇も姿を現した。店にいた男の姿だ。

「準備はできたのか」

 昼間と変わって、表情はやや硬い。大犬の背から下ろされながら、蝋梅は頷いた。

 星守の読見によれば、この後大型の怪物が出現。玫瑰を標的にするという。

「牢は霊符で彼女の気配を遮断するようにしました。あなたの見立て通りに、玫瑰の纏う術を弱ったあなただと誤認してくれるなら、引き取った呪いを感知して、私を狙ってくるはずです」

 蝋梅は懐の、菓子の包みを入れたあたりに手を重ねた。

「いいのか」

 鈎蛇はちらと目線をよこす。

 よくない、という台詞を、望は飲み込む。代わりに「必ず守りぬく」と言い切った。

「作戦を確認しよう。やつの姿を確認したら、霊符の封印を緩める。蝋梅はそれに集中してくれ。俺は槃瓠と回避に専念。低空なら投石機で羽を狙って撃ち落とすから、それを止めてくれ。霊符で再封印する」

 蝋梅は、拝したのちに祠の扉を開く。昼間納めた石を取り出すと、望の元へ戻ってきた。普段通りだ。恐怖に取り憑かれている様子はない。望はその頬にそっと触れた。夜露に潤された花弁のようなそれを、優しく辿ってゆく。不思議そうに見上げてくる瞳に唇を寄せると、彼女ははにかんだ。

「どうか、無茶はなさらないでくださいね」

「どの口が。お前こそ」

 つい、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 星神の霊符の影響下にあるのなら、封印を制御できる。昼間そう提案したのは彼女自身だった。

「星守さまから鳴蛇とみられる空飛ぶ大蛇があらわれるとうかがいました。兵には手に余る。そこであなたの力をお借りしたいのです。我々に恩を売っていただきたい」

 それが玫瑰を助ける理由になるのだと。作戦は宮殿で占卜の結果を元に、大まかには練られていた。蝋梅がこの役目を負うのも、織り込み済み。

(できることなら、呪いじゃないものには関わらせたくないんだがな)

 望は銀糸を撫でながら思う。結果ありきのそれを実現するのは、自分たち。何もせずそのとおりになるわけではない。結果が読見通りなら、どれほど重い怪我をしようが、その作戦は吉。

(星守が読むのは、晶華の存続する未来。そこに蝋梅の生存は必ずしも含まれない。次が生み出されるだけ)

 その意味を、何度もかみしめる。

「殿下」

 つい力の入ってしまっていた腕を緩める。腕の中で夜明け前の空の瞳は、翳ることなく微笑んでいた。うっとりと胸に顔を寄せている。望は肺いっぱいに香を吸い込んだ。

 と、大きな衝撃が足元に響く。ぐらりと傾ぐ細い身体を支えて、望は周囲を見渡した。

「……本当に来るとはな」

 鈎蛇が、いち早くその姿を捉えた。四枚の蝙蝠のような羽を生やした、大蛇。夜闇の中では、その体の形を知るので手一杯だ。ましてや、空を飛んでいるとあっては。その動きは、羽の動作確認でもするかのように慎重だ。ひとしきり準備運動が済んだのだろう。石を叩いたような咆哮を上げた後、低空を旋回する。

 鈎蛇は舌打ちした。

「そろそろ封印を解け」

 望は蝋梅を槃瓠の背に乗せる。落ちないように腕の中に抱え込むと、彼女は石に貼られた霊符に触れた。手の甲の北斗が、星屑を纏う。それに同調するように、鈎蛇の体が人間ではなく本来の姿、そして大きさへと変化していった。しかし、昼間のように我を失った様子はない。じっと上空の羽つき蛇を睨み据えていた。

 その相手といえば、何かを探すように左右を見渡す。そこへ投石機からの一撃が放たれた。どうやら想定していなかったらしい。鳴蛇は怒りを露わにするように、体をくねらせる。そして、存在感を増してゆく彼ではなく、逆の方へ首を向けた。

望が訝しんでいると、伝令役の蛙が慌てた様子で跳ねてきた。

「オヤビン、お嬢がお見えです!」

「はあ?」

「男と二人で!」

「はあ?」

 そうしている間に、鳴蛇はそのまま山裾の一角へと急降下した。

 マズい、と大蛇はその巨体で這ってゆく。望は槃瓠を走らせた。

 先行した望が見たのは、梧桐だった。衣を小脇に抱えて、木々の間にうまく滑り込んで追跡をかわしている。空飛ぶ蛇は枝で羽が痛むのが嫌なのか、深入りしない。それでも切れ目がないか、威嚇しながら執拗に追いかけてきていた。

 視界に入っていないのを利用して、大蛇がその尾で頭を張り倒す。よほど小さな標的に集中していたのであろう。相手は音を立てて倒れ込んだ。体が大きい分、体勢を立て直すにも時間がかかる。望は梧桐を回収して離脱した。

 鈎蛇の後ろに退くと、梧桐はすぐさま助けられた礼を口にする。その衣の中からは、小さな蛇が顔を出していた。模様が、鈎蛇そっくりだ。

「それは……」

「……玫瑰?」

 望の肩越しに後ろを覗き込んだ蝋梅が、目を瞬く。小さな蛇は、怯えたように縮こまっていた。

「そうです。突然こうなっちまって。それよりも、なんなんスか、あれ」

 指差した方角では、鳴蛇が頭を上げて体勢を整えようとしているところだった。

「やつは鳴蛇。現れると大旱魃を起こす。俺とは相性最悪だからな。若い頃はよく縄張り争いをしたもんだ」

 面白くなさそうに、鈎蛇は吐き捨てる。

「やつも呪いに?」

 望の問いに、蝋梅は横に首を振った。

「それらしきものは見えません。しかし、鈎蛇や人間へ向けて、憎しみのこもった怨念を発しています」

「無理もないか。俺が要石だったんだからな」

「どういうことだ」

 望の問いにも、大蛇は標的から目を逸らさない。

「俺がやんちゃだった頃、俺とあいつで喧嘩して、俺が勝ったんだ。消耗していた俺は、虚をつかれてあいつごと封印された。どっちも人間にとっちゃあ厄災だ。俺が目覚めたことであいつも起きちまったんだろ。短時間ならいけるかと思ってたが、そうはいかなかったんだな」

 鋭い尾は、飛ばすまいと羽を狙って追撃する。それに相手は噛みついた。牙の刺さったところから、血が流れ出る。後ろからの投石にも、振り払おうとする動きにも、離そうとしない。

「……のやろっ!」

 鈎蛇の頭が近づくと、相手はぱっと上空に飛び上がった。口を開け、短く息を吐くような動作をする。

「来るぞ!」

 大蛇が身を盾にするや否や、上空から熱風が襲いかかった。直接当たっていないのに、その熱さは真夏の直射日光よりも暑く、激しい。木々の葉が、水分を失って萎れてゆく。

(それで旱魃、か)

 頭上で鈎蛇が苦悶の声を上げた。

 攻撃はそう長くは続けられない。もう一度大きく息を吸い込んで、それから二度目の熱風が発された。今度はそれを、光る蝶たちが集まってきて防壁になった。意地になって吐き続ける鳴蛇の上を、碁盤の目のような光の線が走る。わからないまでも、本能で逃げようとする対象の動きを封じた。頭は動かせても、体の位置がずらせない。

「足手まといだ、下がってろ!」

 鈎蛇は尾を伸ばして、喉を締め上げようとする。が、逆に鳴蛇の尾が絡められ、動きを封じられた。互いに絡み合い、牙を立てる。両者拮抗しているかにみえたが、羽つき大蛇の方が不意に口を離す。熱風を放つ先は、鈎蛇の頭の方ではなくその向こう。それを防ごうと、鈎蛇は頭から相手の口に突っ込んだ。いかな大蛇でも、そんな攻撃を受け続けていられるわけがない。

 望の腕の中で、蝋梅は顔を伏せている。脂汗が額に滲んでいた。封印石に、望は手をかける。

「それ以上出力を上げるな」

 蝋梅は小さく首を横に振る。

「ダメだ。封印の調整なんて慣れてないだろ」

「鈎蛇は守ろうとしているのです。それに応えなければ」

 石を握る手は強い。望は歯噛みした。そういう人間だ。彼女は。

(まだ話はできる。限界まではまだ少しだけ猶予がある)

 望が槃瓠に指示を出そうとすると、後ろからびっくりするほど大きな声が上がった。

「鈎蛇、さま! 食事でも何でもいくらでもつくりますから、どうかどうか…! 勝ってください! 私まだ、何も聞けてません! あなたのこと、私のこと。知りたいんです! 蝋梅さまがたを死なせるわけにもいきません。どうかお願いします!」

 小さな体で、蛇は声を張り上げる。泣きそうな声だ。自分の命運がわからないまでも、何とかしようともがく。声は届いたようで、鈎蛇は牙に力を込めた。


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