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ガードナー・リビルド ~大手をクビになったおっさん整備士、無名チームと駆け上がる~  作者: ねこぱんだ
一章 ガードナーリビルダー

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第八話 病室にて

 駅を出ると、目の前に小さなケーキ屋があった。


 シオンの好物は、昔からイチゴショートだ。

 練習後に差し入れすると、いつも嬉しそうな顔をしていた。

 感情表現が乏しいあいつにしては、珍しい反応だった。


「三つでいいか」


 見舞いに手ぶらで行くのも気が引けた。

 俺はそのまま店に入り、箱を一つ受け取った。

 中にはイチゴショートが三つ。

 ちょっと多いかと思ったが、まあ余れば誰かにでもやればいい。


 病院に着いたのは、夕方になる少し前だった。

 受付でシオンの名前を伝えると、最上階にある個室だと案内された。


「……個室か」


 サツキネクサスの契約選手なら、それくらいの待遇は当然かもしれない。

 十三年間自分がいた会社の規模を、こんなところで思い知らされる。


 エレベーターで最上階まで上がり、廊下を歩く。

 病室の名札を一つずつ確認していくと、見覚えのある名前が目に入った。


『白銀シオン様』


「ここか」


 俺は迷わずドアノブに手をかけた。

 四年間、あいつの部屋に遠慮なく出入りしてきた癖が抜けていなかった。

 ノックもせず、そのまま開ける。


「シオン、調子は――」


 言いかけて、言葉が止まった。


 室内には看護師が一人いて、右脚を動かせないシオンの着替えを手伝っていた。

 病衣の前が開いていて、腰のあたりまで露わになっている。


 細い鎖骨。

 白い肌。


「……は?」


 俺は固まった。


「ちょっ!?」


 シオンも固まっていた。

 看護師が慌てて病衣の前を直す。


「す、すみません!」


 俺は反射的にドアの外へ飛び出した。

 廊下の壁に背中を預けて、天井を見上げる。


 頭の中が整理できない。


 四年だ。

 四年間、あいつのガードナーを見てきた。

 声も何度も聞いたし、動きだって何度も見てきた。

 それなのに、俺は何も知らなかった。


「マジか。……女だったのか」


 思わず声が漏れた。

 しばらくして、看護師が病室から出てきた。


「お待たせしました。どうぞ」


「あ、はい……。すみません、いきなり」


「シオンさんも大丈夫だと言っていますので」


 看護師は小さく笑って去っていった。

 俺は深呼吸をしてから、もう一度病室のドアを開けた。

 今度はちゃんとノックしてから。


「……すまん。ノックもせずに」


 ベッドの上で、シオンがこちらを見ていた。

 病衣はきちんと整えられている。


「別に気にしてない」


「いや、気にしろよ……」


「今さらだろ」


 シオンは小さく笑った。

 いつもの落ち着いた声は、変わっていない。

 ただ、改めて聞くと、それが少し高めの声質だったことに気づく。

 今まで意識したことがなかった。


「……お前、いつから」


「最初からだよ」


 シオンはあっさりと答えた。


「声、作ってたのか」


「作ってない。地声だし。一人称も、口調も、昔からこれ」


「じゃあ、なんで誰も……」


「言う必要がなかったから。でも桜華は知ってる」


 シオンは肩をすくめた。

 それ以上、特に説明する気はないらしい。

 俺も聞かないほうがいいだろう。


「そうか。……まあ、いい。それより、容体はどうなんだ」


 俺は椅子を引いて、ベッドの横に座った。


「右膝の靭帯損傷。全治一ヶ月」


「全治一ヶ月って、軽傷じゃないだろ」


「軽傷ではないな。開幕戦には間に合わない」


 シオンは淡々と言った。

 感情の読みにくい表情のまま。


「……何があった」


「出力設定を上げすぎた。着地の瞬間、膝に負荷が乗りすぎた」


「出力って、お前が前から言ってたやつか」


「そう」


「誰が許可した」


「皐月雄介。アイツが統括責任者になった」


 俺が抜けた後、統括責任者になったのは御曹司だったらしい。

 自然と声が低くなる。


「標準値のまま運用してたのは、ちゃんと理由があったんだぞ。関節の負荷分布も、駆動系の寿命も、全部計算してある。それを負荷も確認せずに上げるなんて――」


「分かってる」


「分かってるなら、どうして止めなかった」


「どうしてだろ。でも、誰も管制室で見てなかった」


 その一言で、言葉が出なくなった。

 管制室でログを追う人間がいない。

 それが、どういうことを意味するか。


 俺がいなくなった後、こんなことになっていたのか。


「あんたが気にすることじゃない」


 シオンがぽつりと言った。


「分かってる。分かってるけど」


 俺は拳を握った。

 誰に怒っているのか、自分でも分からなかった。

 雄介なのか。

 会社なのか。


 それとも、俺がいなくなっただけで、ここまで簡単に崩れたことへの苛立ちなのか。


 それとも、俺がいなくなっただけで、ここまで簡単に崩れたことへの苛立ちなのか。


「……あんた、そんな顔するんだな」


 シオンが小さく微笑む。


「なんだよ」


「いつも落ち着いてるイメージだったから」


「俺だって怒るときは怒る」


「初めて見た」


 シオンはくすりと笑った。

 その表情を見て、俺はふと気づいた。

 今まで何度も見てきた笑顔なのに、今日は違って見える。

 いや、違う。

 変わったのはシオンじゃない。俺の見方の方だ。


「……最近さ、つまらないんだ」


 シオンがふと、天井を見上げた。


「つまらない?」


「アイツがチームに来てから、練習も緩くなった。誰も厳しいことを言わない。数字が悪くても流される。あんたがいた頃は、違ったのに」


「……そうか」


「このまま怪我が治っても、また同じことの繰り返しだろうな」


 シオンの声は、いつもより少しだけ弱かった。

 俺は少し迷ってから、口を開いた。


「なあ、……シオン」


「何?」


「ウチに来ないか」


 シオンが、初めて目を見開いた。


「……は?」


「今、ウチは人を集めてる。ガードナースポーツに出るためにな。お前の実力なら、十分戦力になる」


「あんたがいる、アークライトホライズンだろ?」


「よく知ってるな。俺は知らなかったけど」


「配信、見たからな」


「見てたのか」


「バズってたし」


 シオンはしばらく黙っていた。


「……本気で言ってるのか」


「本気だ」


 シオンは少し考え込むように視線を落とした。


「考えさせてくれ」


「ああ。急かす気はない」


 開幕戦には間に合わない。

 だからといって、今すぐ答えを出せる話でもない。


「とりあえず、これ」


 俺は手にしていたケーキの箱をテーブルに置いた。


「イチゴショート。三つあるから、全部食うなよ」


「……覚えてたのか」


「当たり前だ。忘れるわけないだろ」


 シオンは箱を見つめて、小さく頷いた。

 表情の変化は少なかったが、何となく嬉しそうに見えた。


「じゃあな。また来る」


「またケーキよろしく!」


 俺は病室を出た。

 振り返ると、シオンがケーキの箱を開けているところだった。


  ☆


 病院の外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。


 時計を見ると、思っていたより長く話し込んでいたらしい。

 街灯の明かりが点き始めた通りを、俺は駅に向かって歩き出した。


 頭の中は、まだ色々なことで埋まっていた。

 雄介への怒り。

 シオンのこと。

 そして、シオンの反応。


 今日中に仕上げると約束したプランのことを思い出して、俺は少しだけ足を速めた。

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