第七話 ガードナースポーツ
「――というわけで、ウチも出るぞ」
朝礼で、司さんがそう切り出した。
工場中がざわついた。
「出るって、何にですか? まさかトイレ」
「何を言ってる。決まってるだろ、ガードナースポーツだ」
一瞬、誰も声を出さなかった。
俺も驚いた。
この工場に来て数週間、そんな話は一度も出たことがなかった。
「社長。今までエントリーしたこと、なかったですよね」
「してなかった。だが今回はする」
司さんは腕を組み、全員を見渡した。
「今期の開幕戦まで、あと一ヶ月しかない」
「一ヶ月……」
誰かが小さく呟いた。
一から大会準備をするには、あまりにも短い。
「時間がないのは分かってる。それでも出る」
いつもの司さんとは、少し違っていた。
声は落ち着いているが、目は笑っていない。
「今の皐月があるのは、ウチの技術を盗んだからだ」
工場の空気が、一気に張り詰めた。
「二〇二〇年、あいつらが発表した軽量化とレスポンス向上の技術。あれはウチで研究していたものだ」
誰も口を挟まなかった。
全員が司さんを見ていた。
「修二――皐月ホールディングスの社長だな。六年前、アイツが研究データを持ち出した。直後に皐月株式会社を立ち上げて、同じ技術を発表したんだ。おかげで、ウチは資金も人も失った」
司さんの拳が、ゆっくり握られる。
「親父は全部、自分の責任にした」
司さんが一度、視線を落とした。
息を飲む音が、どこかから聞こえた気がした。
「……そして、死んだ」
工場が静まり返った。
「俺は、あいつらを許すつもりはない」
司さんは顔を上げた。
「だから出る」
怒鳴っているわけじゃない。
むしろ、静かだった。
だからこそ、余計に重く響いた。
「スポーツで勝つ。それが今の俺にできる、せめてもの復讐だ」
周囲がざわめいたままだ。
それはそうだ。
こんなことを聞かされて、落ち着いていられるはずがない。
俺も、何と言葉を返せばいいのか分からなかった。
「小山。お前、プレイヤーとして出ろ」
「……は? どういうことですか」
思わず聞き返した。
「整備の腕は分かった。決闘で、お前がガードナーをどう動かすかも見た」
「いや、待ってください。俺はサービスとして雇われたはずですが」
「兼任だ。給料も上乗せする」
「上乗せ……」
正直、迷った。
プレイヤーとして表舞台に立つ気はない。
サービスとして機体を整える方が性に合っている。
「どれくらい上乗せしてくれます?」
「今の給料の二割増しだ」
「……悪くないですね」
自分でも現金だと思う。
でも、生活基盤が変わったばかりだ。
金の話は死活問題だ。
「決まりだな」
「まだ返事はしてませんが」
「顔がもう決まってる」
司さんは笑いながら、俺の肩を叩いた。
俺は小さく息を吐いた。
さっきまでの張り詰めた空気が、少しだけ緩む。
「じゃあ、あとは頼んだ」
「……頼んだ、とは?」
「試合に向けたプランだ。編成と機体の調整、それから戦術の叩き台を頼む」
「ほとんど丸投げじゃないですか」
「お前の方が詳しいだろ、こういうの」
サツキネクサスにいた頃、サービスが戦略を立てることはなかった。
それでも長年現場にいれば、機体の負荷と戦術が無関係じゃないことくらい分かる。
「分かりました。少し時間をください」
「明日までに頼む」
「……本気ですか?」
「一ヶ月しかないんだ」
文句を言っても仕方がない。
俺はその日のうちに、これまでのログや各メンバーの練習データを集めて回った。
☆
翌朝までに、大まかなプランをまとめた。
ほとんど寝ていないせいで目は重かったが、やることが決まっている分、頭は動いた。
「編成はこうします。香織さんをエースに据えて、残りは援護中心の動き。機体の世代差がある分、単騎での押し合いは避けたい」
「なるほどな」
「あと、これは前提の話ですが……五人必要ですよね」
俺は資料の一部を指した。
「……ああ、そうだったな」
「今、司さんと香織さんと俺の三人しかいません」
「二人足りないな」
「他人事みたいに言わないでください」
「まあまあ」
司さんは苦笑しながら頭を掻いた。
「そこは俺に任せろ。二週間後に、助っ人を二人連れてくる」
「当てがあるんですか」
「昔の伝手がある」
それ以上は詳しく教えてくれなかった。
気にはなるが、今は任せるしかない。
昨日の話を聞いた後だと、あまり深く詮索するのも気が引けた。
「分かりました。それまでは今のメンバーで、できる範囲の調整を進めます」
「頼む」
それから二週間、俺たちは限られた人数で基礎練習と整備を続けた。
香織さんの右肩の癖を直しながら、機体の反応速度も少しずつ上げていく。
ログの数字も、以前より良くなっていった。
作業の合間、頭の片隅ではずっと昨日の話が引っかかっていた。
復讐、という言葉。
司さんの表情。
誰もあれ以上、その話題には触れなかった。触れられる空気でもなかった。
☆
約束の二週間が経過した。
「連れてきたぞ」
司さんの後ろから、二人の男女が入ってきた。
「よろしく。大和田健二だ」
がっしりとした体格の男が、片手を上げて挨拶した。
「早坂真央です。よろしくお願いします」
もう一人は、まだ若い女性だった。
丁寧に頭を下げる仕草が印象的だった。
「小山高吉です。整備とプレイヤーを兼任してます」
「聞いてる。決闘で社長と香織ちゃんを二人相手にしたんだろ?」
「かなりギリギリでしたけどね」
「あの二人を相手にして勝ったんだろ。十分おかしいぞ」
大和田さんは笑った。
悪意のない声だった。
「大和田は昔、地方チームでプレイヤーをやってた。真央はその頃からの後輩だ」
「腕は保証する」
「頼りにしてます」
俺は二人と、あらためて握手を交わした。
これで、なんとか五人揃った。
ぎりぎりだが、間に合ったことにはほっとした。
顔合わせが一段落した頃、事務所の奥にあるテレビから、聞き覚えのある単語が流れてきた。
『――サツキネクサス所属の白銀シオン選手が、練習中の事故により重傷を負い、入院したことが分かりました』
俺は反射的にそちらを見た。
画面には、シオンの映像が流れている。
「……シオン?」
「知り合いか?」
大和田さんが尋ねてきたが、答える余裕がなかった。
『関係者の話によると、右膝の負傷が原因で、全治は一ヶ月とみられ――』
全治、一ヶ月だと?
ただの怪我じゃない。
俺は十三年間、あいつのガードナーを見てきた。
シオンは無茶な操作をするタイプじゃない。
「小山さん?」
霜山さんが心配そうに声をかけてきた。
「ずっと見ていた後輩なんです。ちょっと、見舞いに行ってきます」
「今からか?」
司さんが聞いてくる。
「はい。すぐ戻ります」
「プランの続きは――」
「戻ってからやります。今日中には仕上げるつもりです」
それだけ言って、俺は工場を出た。
シオンがどこの病院に運ばれたのか分からない。
だが、ニュース映像の背景に映っていた建物には見覚えがあった。
サツキネクサスが提携している病院だ。健康診断で何度か行ったことがある。
駅までの道を、早足で歩いた。
頭の中では、さっきの映像が何度も繰り返されていた。
電話をかけようか迷ったが、繋がる保証もない。
直接行った方が早そうだ。




