第六話 新生活スタート
目が覚めたのは、八時ちょうどだった。
時計より先に身体のほうが起きていた。
布団から出て顔を洗いに行く。
この家に来てまだ数日だが、動線はもう大体頭に入っている。
古い家だが無駄に広くない分、覚えやすかった。
簡単に朝食を済ませて、工場へ向かう。
歩いて十分。
サツキネクサスにいた頃は電車と徒歩で四十分近くかかっていたから、それだけで楽になった。
九時ちょうどに工場の扉を開けると、すでに何人かが作業を始めていた。
「小山さん、おはようございます」
「おはよう」
挨拶を返しながら、俺は自分の作業スペースに向かう。
まだ完全に自分の場所という感じはしないが、工具は既に一通り揃えてもらっていた。
使い慣れたものではないが、悪い道具じゃない。
その日の仕事は、香織さんの機体の調整だった。
決闘の時の負荷が、あちこちに残っている。
膝関節、股関節、駆動系のモーター。
一つずつ数値を確認していく。
「これ、意外と酷使されてますね」
「そう? 普段通りのつもりだけど」
香織さんが隣でモニターを覗き込んでくる。
俺は肩をすくめた。
「普段からこれなら、機体の寿命が縮みますよ」
「……マジ?」
「マジです」
軽口を叩きながらも、手は止めない。
ログを見ながら、必要な部分の交換や調整を進めていく。
作業をしていると、やはり落ち着く。
若い整備士の一人が近づいてきた。
前に補正の件で話しかけてきた、坂本くんだ。
「小山さん、ちょっといいですか」
「ん、何だ」
「その……そもそもの話なんですけど。ガードナーって、いつから今の形になったんですか?」
手を止めずに、俺は答えた。
「歴史の話か」
「小山さん、詳しそうだから」
「詳しいってほどじゃないけどな。でも、整備するなら知っといて損はない」
俺はドライバーを置いて、作業台に腰を預けた。
「今のガードナーって、最初からスポーツ用だったんですか?」
「開発が始まったのは二〇〇五年。最初は軍事用だった」
「軍事用……ですか」
「そう。人型の機動兵器としてな。それが二〇一〇年に第一世代って呼ばれる機体になった」
「第一世代ですか……。今のより大きいんですよね」
「大きいなんてもんじゃない。全高二十メートルだ」
「二十メートル!?」
坂本くんの声が裏返った。
それを聞いて興味がわいたのか、他のメンバーも作業の手を止めてこっちを見る。
「今とは比べ物にならないくらいデカい。全高二十メートルだからな。軍事用らしく、とにかくパワー重視だった」
「じゃあ、今の大きさになったのは……」
「二〇一五年、第三世代からだ。この時に大幅な小型化に成功して、人の三回りほど大きいサイズになった」
「三回りって、今の感じですね」
「そうだ。この年から、ガードナー開発の水準を競うためにガードナースポーツが始まった。年に四回開催されてる」
「四回ですか。そういえば、もうすぐ新シーズンが開幕しますよね」
「そうだな。もうすぐだ」
もう俺はサツキネクサスとは関係ない。
「話を戻すぞ。二〇二〇年に、皐月ホールディングスが大幅なレスポンス向上と軽量化を発表した。あそこが業界トップに躍り出たのは、この時からだ」
「それって、今のガードナーにも使われてる技術ですよね?」
坂本が聞く。
「ああ。今の機体の基礎になってる」
俺はそこで一度、言葉を止めた。
「……ただな。あの技術、皐月が一から作ったわけじゃないって話もある」
「え?」
「当時、よく似た研究をしていた他の会社があった。軽量化とレスポンス向上。昔の資料を見る限り、研究内容はかなり近かった」
「じゃあ、皐月がその会社から盗んだってことですか?」
「そこまでは俺には分からない」
俺は首を横に振った。
「表向きには、皐月ホールディングスが独自に開発したことになってる。俺が知ってるのは、発表の少し前に何かが起こったということくらいだ」
「……それ、かなり問題じゃないですか」
「まあな」
俺は工具を手に取った。
「しかも、その後、その会社は一気に苦しくなったらしい。研究費も、人も、スポンサーも離れたと聞いた」
坂本は黙っている。
俺はそれ以上、話さなかった。
ただ、皐月ホールディングスにとって、二〇二〇年が転機だったことだけは間違いのない話だ。
「その会社、ウチとかだったらドラマみたいですね」
「そうだな。じゃあ話を戻すぞ」
俺は一息ついた。
「そして二〇二五年、皐月ホールディングスの子会社としてサツキネクサスが発足した。同時にガードナースーツも発表してる」
「ガードナースーツ?」
「ガードナーに乗るときに着るスーツだな。プレイヤーのバイタルを読み取ったり、衝撃を緩和したりするんだ」
「なるほど……」
「じゃあ、第三世代が出てからまだ十年ちょっとなんですね」
「そうだな。まだ十年ちょっとだ」
「詳しいですね、本当に」
「長い間、毎日ログ見て機体触ってりゃ、嫌でも頭に入る」
俺は笑って、ドライバーを取り直した。
「ちなみに、世界中どこを探しても、ガードナーが実戦投入された記録はまだない」
「そうなんですか?」
「スポーツ用に開発が進んでるだけだ。軍事転用の話も昔はあったらしいが、今はガードナースポーツの方が儲かるからな。おかげでこっちに開発リソースが集中してる」
坂本が感心したように頷く。
他の何人かも、話を聞いていたらしい。
「面白いですね、そういうの」
「整備する側からすれば、知っといて損はないってだけだ。さ、油売ってないで手を動かすぞ」
「あ、はい!」
俺たちは作業に戻った。
☆
十二時になると、昼食の時間になった。
工場の休憩スペースで、みんなが思い思いに弁当を広げる。
俺は近くのコンビニで買った弁当を開けた。
「小山さん、こっちどうぞ」
霜山さんが向かいの席を勧めてくれる。
座ると、周りにいたメンバーたちが自然と会話に加わってきた。
「小山さんって、料理とかするんですか?」
「一通りはするぞ。一人暮らしが長いからな」
「今度なんか作ってくださいよ」
「材料揃えるならな」
そんな他愛もない話をしながら、昼食は過ぎていった。
大手だと、休憩時間も分刻みで動いていることが多い。
ここは、その点だいぶ違う。
☆
午後になると、実戦訓練が始まった。
今度は俺自身が乗るのではなく、香織さんの動きを外から見る側だ。
「じゃあ、いつも通りやってみて」
「はーい」
香織さんのガードナーが動き出す。
俺はモニター越しに、動きと数値を照らし合わせていく。
「右肩、下がってるぞ」
「え、今の一瞬で?」
「踏み込みの直前だ。決闘の時から直ってない」
「マジか……」
香織さんが機体を止めて、もう一度構え直す。
何度か繰り返すうちに、少しずつ癖が薄れていくのが分かった。
完全には直らないだろうが、意識するだけでも違う。
こうして誰かの動きを間近で見ながら指摘するのは、久しぶりだった。
管制室でログを追うのとは違う。
やっぱり、こっちのほうが性に合っている。
☆
十九時になると、その日の作業は終わりになった。
工場の一角にある食堂で、社員全員が集まって夕食を取る。
誰かの当番制で作られた料理が並んでいた。
今日は霜山さんが担当らしい。
「霜山さん、これ美味いですね」
「本当ですか? よかった」
大皿に盛られた炒め物を、みんなでつつく。
こういう食事の光景も、サツキネクサスにはなかったものだった。
食事が終わると、何人かが機材を持ち出してきた。
「小山さん。この後撮影あるんで、よかったら映ってもらえますか」
「撮影?」
「動画サイトの更新です。うち、定期的に投稿してるんですよ」
そういえば、アークライトに来たのも動画がきっかけだった。
あの時は視聴者側だったが、今度は撮られる側らしい。
「別にいいけど、何を話せばいいんだ」
「今日の作業内容とか、簡単な自己紹介でも大丈夫です」
カメラの前に立たされて、簡単に自己紹介と今日の仕事について話す。
慣れないながらも、以前の配信よりは落ち着いて話せた。
撮影を終えて、みんなで片付けをしてから、工場を後にした。
☆
寮に帰り着いたのは、二十一時過ぎだった。
シャワーを浴びて、軽く伸びをする。
今日一日を振り返ると、色々なことがあった気がするが、疲労感は意外と悪くなかった。
布団に入ったのは、二十二時。
「……明日も、こんな感じか」
そう思いながら、俺は目を閉じた。




