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ガードナー・リビルド ~大手をクビになったおっさん整備士、無名チームと駆け上がる~  作者: ねこぱんだ
一章 ガードナーリビルダー

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第五話 新生サツキネクサス

 小山が去った翌日。


「今日から、僕がこのチームの責任者を兼任することになりました」


 朝礼で、皐月雄介はそう告げた。

 にこやかな笑みを浮かべながら、丁寧な口調で。


「小山さんが抜けた穴は大きいですけど、みんなで力を合わせていきましょう」


 拍手はまばらだった。

 それは誰もが戸惑っていたからだ。

 ガードナーセクションの部長だった雄介が、今度はサービスの責任者も兼ねるという。

 社長――父親の一存で決まったことらしい。

 誰も異論を挟める空気ではなかった。


 朝礼が終わると、あちこちで小声のやり取りが交わされた。


「大丈夫なのか、あれ」


「知らないよ。上が決めたことだろ」


 不安を口にする者はいたが、それ以上突っ込んで話す者はいなかった。

 皐月家の話に、下手に首を突っ込みたい人間はいない。


 雄介の指導は、最初のうちは悪くないように見えた。

 誰に対しても愛想がいい。

 若手にも気さくに声をかける。

 厳しかった小山とは正反対の空気を、チームに持ち込んだ。


 ただ、注意する人間はいなくなった。


「今日は少し早めに切り上げていいですよ」


「無理しなくていいですからね」


 優しい言葉が、次第にチーム全体を緩ませていった。

 誰も強く注意しない。

 誰も叱らない。

 数字が悪くても「まあ次、頑張りましょう」で流された。


 そんなある日、シオンが雄介に声をかけた。


「雄介さん、出力設定の件なんですけど」


「ああ、シオンくん。どうしました?」


「以前から相談してたやつです。もう少し上げてもらえませんか」


 小山が最後まで慎重だった項目だ。

 引き継いだ後輩も、その数値だけは標準値を守っていた。


「……分かりました。上げましょう」


 あっさりと、雄介は頷いた。


「あの、雄介さん。これ、前任の小山さんが慎重にって言ってた項目でして……」


「大丈夫ですよ。シオンくんも希望してることですし」


 誰も反論できなかった。

 若手はタブレットを片手に、それ以上何も言えず引き下がるしかなかった。


  ☆


 管制室に座ってログを追い、複数の選手の状態を把握する。

 それが、小山がずっとやってきた仕事だ。


 だが雄介は、管制室にいる時間よりも訓練場にいる時間のほうが長かった。


「桜華さん。今の動き、とてもよかったですよ」


「桜華さんはやっぱり、ウチのエースですね」


「桜華さんがいれば、他のスタッフは要らないですね」


 何かあるごとに桜華に話しかけていた。

 管制室にいるより、訓練場で桜華の側にいたかったのだ。


 そうなると周囲への目配せは緩慢になっていく。

 シオンの調整も、他のメンバーに任せきりだった。

 数字だけを見て、あとは若手に丸投げする。

 桜華のところにだけは、自分から足を運ぶのは変わらない。


 開幕戦を数日後に控えた、夜の練習場。


「今日はいつも通りでいいですよね?」


 シオンが確認するように言うと、雄介は軽く頷いた。


「大丈夫ですよ。シオンくんの要望通り、出力を上げたので確認して下さい」


 シオンのガードナーが動き出す。

 以前より鋭い加速。

 反応速度も上がっている。


「おお……」


 周囲から声が上がった。

 見た目の動きだけなら、確かに良くなっている。


 管制モニターには別の数字が表示されていた。

 膝関節への負荷だけが、設定値を大きく上回っている。

 だが、管制室にはログを細かく追う人間がいなかった。


 そのことに気づく者は、誰もいない。


 旋回から着地に入った瞬間、想定以上の負荷がシオンの右膝に集中した。


「――ッ!」


 コックピットの中で、シオンの身体が大きく揺れる。

 機体の膝関節から、鈍い音が響いた。


「シオンッ!?」


 周囲が一斉に駆け寄る。

 機体が緊急停止し、シオンがコックピットから運び出された。

 膝を押さえていた。

 表情には出さないようにしているのが見て取れた。


「大丈夫、です……これくらい」


 シオンは立ち上がろうとしたが、右脚に力が入らない。

 すぐに医務室へ運ばれていった。


 診断結果は、翌日にはチーム全体に伝わった。

 全治一ヶ月の靭帯損傷。

 その報せを聞いたとき、練習場の空気は重く沈んだ。


 ガードナースポーツの公式シーズンは、もう目前に迫っていた。

 開幕戦のスケジュールを、今さら動かすことはできない。


 サツキネクサスは、世界ランク十五位のプレイヤーを欠いた状態で、シーズンに突入することになる。


 シオンは整った顔立ちで、女性ファンも多い。

 その上、桜華との相性もいい。

 練習中に自然と会話が弾んでいるところを、雄介は何度も目撃していた。


 そのシオンが、しばらく現場からいなくなる。


(これは、チャンスだな)


 雄介は、誰にも見えないように口元を緩めた。


  ☆


 診断結果が出た翌日。


 チームは急遽、開幕戦のスターティングメンバーを組み直すことになった。


「シオンの代わりは、どうしますか?」


 サービス担当の一人が尋ねる。

 雄介は少し考えるように視線を落とした。


「……そうですね。僕が出ましょう」


「雄介さんが?」


「はい」


 周囲がざわつく。


 雄介はガードナーセクションの責任者を務めているが、もともとはプレイヤーだ。

 試合から離れていたわけでもない。


「シオンくんの代わりなら、僕でも問題ないでしょう」


「ですが、サービスの責任者も兼任していますよね」


「そこは他のみんなに任せます。今はチームの穴を埋める方が先ですから」


 もっともらしい言葉だった。

 誰からも反対の声は出なかった。


 そして開幕戦のスターティングメンバーが決まった。


 その日の練習後。


「桜華さん」


「何ですか?」


「開幕戦、よろしくお願いします」


「……こちらこそ」


 桜華はそれだけ言って、機体の確認へ戻っていく。

 雄介は、その背中を見送った。

 これで、シーズン中は桜華と一緒に行動する機会が増える。


 試合も同じコートに立てる。

 遠征があれば、移動も一緒だ。

 シオンが抜けたのは残念なことだ。


 それでも――。

 雄介は、誰にも見えないように笑った。


「……悪くない」


 そう呟いて、桜華の後を追った。


  ☆


 シーズン開幕前夜。最後の合同練習が行われていた。


「桜華さん、お疲れ様です」


 最後の調整を終えた桜華に、雄介は声をかけた。


「お疲れ様です。今日はもう終わりです」


「そうですか。それなら――」


 雄介は、努めて軽い調子で切り出した。


「この後食事でもどうですか。シーズン前の景気づけに」


 桜華は動きを止めた。

 振り返って雄介をまっすぐに見る。


「お断りします」


 短い返事だった。


「……そんなに即答しなくても」


「二人で食事に行く理由がありません」


「チームメイトとして、親睦を深めるのも大事だと思うんですが」


「必要ないです」


 桜華は、それ以上取り合わなかった。

 荷物をまとめて、さっさと練習場を後にする。

 その背中を、雄介はしばらく見つめていた。


(まだ、これからだ)


 断られたことよりも、諦めきれない気持ちの方が強かった。

 桜華も、いずれは手に入るはずだ。

  時間の問題だと、雄介は思っていた。


  ☆


 そして、ガードナースポーツの公式シーズンが開幕した。


 サツキネクサスの初戦は、主力の一角を欠いたまま始まることになる。

 スタジアムは大歓声に包まれていた。


 スコアボードに映る「サツキネクサス」の文字を、雄介はベンチから見つめていた。


 シオンのいないベンチ。

 その隣には、桜華がいる。

 雄介は、誰にも見えないように口元を緩めた。


 今日は、隣に座っている。

 それだけで十分だった。

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