第四話 新しい仲間
工場の中はそれほど広くない。
天井も低いし、機材だって並んでいる。
ガードナー三体が本気で動き回るには狭すぎた。
「表に出るぞ」
司さんの一言で、俺たちは工場の裏手にある空き地へ移動することになった。
舗装されていない土の地面が、思っていたより広い。
端の方には的当ての跡らしきものが残っている。
普段から訓練で使っている場所なんだろう。
周りに集まってきたメンバーたちが、遠巻きに様子をうかがっている。
誰も声を出さない。
空気だけが張り詰めていた。
俺は先ほどのガードナーに乗り込み、操縦席に身体を沈めた。
シートベルトを締め、両手をコンソールに置く。
向かいでは、司さんと香織さんがそれぞれの機体に乗り込んでいく。
動きに迷いがない。
「武器はこれを使う」
外部スピーカー越しに司さんの声が届いた。
手にしているのは、見覚えのある小銃だった。
「二十三式だな」
よく見ると、銃身の形状が違う。
グリップの位置も、少し前方に寄っている。
銃身の下には見慣れないパーツが増設されていた。
「その通りです」
霜山さんが頷いた。
「この決闘は、ガードナー協会の規定に沿っています。武器も標準規格です」
「なら、問題ないですね」
俺は二十三式を見た。
改造されているように見えるが、規格そのものは外していないらしい。
アークライトなりに、ちゃんとルールを守っている。
「弾も公式準拠のペイント弾です。命中すれば機体に色が付きます」
「五発当たれば敗北、ということでいいですね」
「はい。五発の着弾が確認された時点で、そのガードナーは脱落扱いになります」
俺にも同じ銃が支給される。
「小山さん、準備はいいですか」
「いつでも」
俺は二十三式を構えた。
多少重心が違うが、撃てないほどじゃない。
「では――開始します」
霜山さんの声が響いた瞬間、司さんと香織さんの機体が左右に分かれた。
二人で挟むつもりらしい。
俺は動かなかった。
まだ、この機体の限界が分からない。
反応速度も、旋回の癖も、実戦の中でしか掴めないものがある。
司さんが先に仕掛けてきた。
銃口がこちらを向く。
発砲。
俺は一歩だけ機体を横へずらした。
白いペイント弾が肩をかすめる。
表面を削っただけで、ペイントは弾けなかった。
背後で土煙が小さく上がった。
速い。
さっきの動作確認とは違う。
戦闘になると、機体の反応の遅さがはっきり分かる。
入力してから動き出すまで、わずかに間がある。
次は香織さん。
踏み込みが深い。
一発、二発。
避ける。
三発目で、俺の足元をペイント弾が抜けた。
土に白い染みができる。
踏み込む前に、右肩がほんの少し下がる。
癖だ。
もう一度、香織さんが動いた。
右肩が下がる。
俺は先に機体を動かした。
弾道から外れる。
そのまま銃口を司さんへ向け、一発。
白い塗料が胸部に弾けた。
「一発……!」
司さんの声が響いた。
俺は追撃しなかった。
二人の動きを見る。
司さんは射撃の精度が高い。
その分、撃つ前の動作が綺麗だ。
狙いを定める瞬間、機体の重心がわずかに沈む。
次に撃つタイミングが読める。
香織さんは速い。
踏み込むときに右肩が下がる。
桜華と似ているが、同じじゃない。
けど、十三年間、桜華のガードナーを見てきた俺には分かる。
踏み込んだ後、重心が前に流れる。
そこを狙えばいい。
「……なるほど」
俺は小さく呟いた。
司さんが撃つ。
俺は機体を横へ滑らせた。
白い弾が脇を抜ける。
そのまま銃口を司さんへ向けた。
一発。
白い塗料が胸部に弾けた。
「二発目……!」
司さんが距離を取る。
そこへ香織さんが入ってきた。
俺は一歩下がった。
香織さんの機体が横を抜ける。
その背後から司さんが撃ってきた。
危ない。
俺は身体をひねって避ける。
二人とも上手い。
司さんは香織さんの動きを邪魔しない。
香織さんも、司さんの射線には入らない。
その距離まで、二人で決めているらしい。
正面から崩すのは難しい。
だったら、先に司さんを落とす。
俺は香織さんの踏み込みを一度だけ受け流した。
右肩が下がる。
次の動きが読めた。
香織さんが横を抜けた瞬間、俺は反転した。
司さんの機体が見える。
銃口を向ける。
一発。
命中。
「三発……!」
司さんの声が低くなる。
だが、すぐに反撃が来た。
白い弾が肩をかすめる。
紙一重だった。
俺は舌打ちした。
この機体、やっぱり遅い。
避けたつもりでも、わずかに遅れる。
司さんが撃つ。
俺は横へ動く。
その動きを読まれた。
今度は香織さんが待っていた。
ペイント弾が肩を直撃する。
「くっ……」
機体が流れた。
衝撃がコックピットまで伝わってくる。
司さんは残り三発。
俺は二発。
まだ終わっていない。
俺は一度、距離を取った。
司さんが追ってくる。
狙いを定める。
重心が沈む。
来る。
俺はその瞬間だけ前へ出た。
弾が背後を抜ける。
銃口を司さんへ向ける。
一発。
胸部に白い塗料が弾けた。
「四発……!」
司さんの動きが止まる。
その一瞬だった。
香織さんが横から飛び込んでくる。
速い。
俺は避けた。
けれど、完全には間に合わない。
肩をかすめる。
白い塗料が広がった。
残り一発。
俺は香織さんから距離を取った。
司さんが追ってくる。
五発目を狙っている。
俺は逃げなかった。
司さんが撃つ。
銃口がわずかに下がった。
来る。
俺は横へ滑る。
弾が脇を抜けた。
すれ違いざまに銃口を向ける。
一発。
白い塗料が司さんの胸部に広がった。
五発目。
司さんの機体が停止した。
『司さんの機体、五発着弾を確認。脱落です』
霜山さんの声が響く。
「……くそ」
司さんの機体が膝をついた。
俺は銃を下ろした。
これで一対一だ。
香織さんが動いた。
「あの父さんが……」
香織さんの機体が、ほんの一瞬だけ止まった。
だが、すぐに顔を上げた。
「まだ、あたしがいる!」
香織さんの機体が一気に踏み込んできた。
速い。
さっきまでとは違う。
俺は防戦に回った。
かわす。
かわす。
かわす。
一発が肩をかすめたが、ペイントは弾けなかった。
この速度に、この三世代機では完全には対応できない。
それでも、右肩が下がる。
踏み込みの癖は変わっていない。
俺は待った。
香織さんが踏み込んでくる。
右肩が下がる。
来る。
俺は一歩だけ前へ出た。
一発。
香織さんの胸部に白い塗料が広がった。
続けて二発。
三発。
香織さんが避けようと身体をひねる。
だが、一歩遅い。
四発。
香織さんが避けようと身体をひねる。
それでも止まらない。
「まだ、まだよ……!」
もう一度、踏み込んでくる。
俺は一歩下がった。
速い。
ここまで追い込まれても、まだ動けるのか。
最後の一発を撃った。
白い塗料が胸部に弾ける。
『香織さんの機体、五発着弾を確認。脱落です』
静かになった。
俺は銃を下ろした。
手のひらが汗で濡れている。
呼吸が思ったより荒くなっていた。
思ったより、ぎりぎりだった。
☆
コックピットから降りると、香織さんが機体を降りて近づいてきた。
汗だくで、悔しそうな顔をしている。
「……完敗ね」
「さすが、ここのエースプレイヤー。本気でついていくのが大変でした」
「……あんた、何者なの」
「ただのオッサンですよ」
「……そう。よろしくね、ただのおっさん」
そう言いながらも、口元はほんの少しだけ緩んでいた。
司さんも、少し遅れて降りてくる。
息が上がっている。
肩で呼吸しながら額に汗が浮いていた。
「……小山」
「はい」
「悪かった」
司さんは頭を下げた。
「感情的になって悪かった。お前に当たることじゃなかった」
「……」
「お前の腕は本物だ。整備だけじゃなく操縦もだ」
俺は何も言わなかった。
あの怒りの理由については、触れようとも思わない。
俺から聞くことでもない。
「改めて聞く。うちに来てくれるか」
「喜んでお受けします。よろしくお願いします」
俺がそう答えると、周りで見ていたメンバーたちから拍手が起きた。
「よっしゃ!」
「霜山さん、採用決まりましたね!」
霜山さんも、ほっとしたような顔をしている。
「小山さん、これで正式に仲間ですね。明日から忙しくなりますよ」
「よろしくお願いします」
「あんな動き、初めて見ました。三世代機で……」
若い整備士が興奮した様子で話しかけてくる。
俺は曖昧に頷きながら、機体から少し離れた。
鼓動が落ち着くのは、もう少しかかりそうだ。
☆
事務所に戻ると、すぐに契約書が用意された。
雇用条件、給与、勤務時間。目を通しながら、いくつか質問をする。
「給与体系はこっちに」
「勤務時間はこのあたりが基準です。現場によって変わります」
「休日はどうなってますか?」
「基本は週休二日。繁忙期は調整が入ります」
一つずつ確認していく。
サツキネクサスにいた頃と比べると、給料は下がる。
それでも、無職だった身としては十分ありがたい条件だった。
「これで正式にうちの社員だ」
契約書にサインをすると、司さんは右手を差し出す。
「ありがとうございます」
握手を交わす。
「住むところは決まってるのか」
「いえ、まだ何も」
「なら、ちょうどいい。うちの社員寮に空きがある。霜山、案内してやれ。そうそう、小山。帰ったらアークライトの公式アカウントを確認しとけ」
霜山さんが案内してくれたのは、工場から歩いて十分ほどの一戸建てだった。
古いが、手入れはされている。
玄関先の植木鉢には、誰かが水をやっているらしく、枯れずに残っていた。
「元々は独身寮として使ってた家です。今は誰も住んでないので、好きに使ってください」
「……ありがたいです」
鍵を握ったまま、俺は家を見上げた。
昨日まで住んでいた部屋とは、広さがずいぶん違う。
古い家だが一人で暮らすには十分だ。
中に入ると、埃っぽい匂いがした。
しばらく使われていなかったんだろう。
それでも、畳も床も傷んではいなかった。
☆
その日の夜。
俺は畳の上に座り込んでスマホを開いた。
司さんに言われた公式サイトを見るためだ。
『新加入のサービス、小山高吉さんの紹介』
今日の決闘を撮影した映像が、もう編集されて使われていた。
俺の名前と一緒に、簡単なプロフィールが表示されている。
コメント欄には、早速いくつかの反応がついていた。
『三世代機であの動き、化け物では』
『アークライトに凄い人来たな』
『社長と香織ちゃん両方倒したの草』
『サツキネクサスにいた人らしいけどマジ?』
最後のコメントを見て、少しだけ手が止まった。
サツキネクサスにいたことは、もう知られているらしい。
まあ、隠していたわけでもない。
俺はスマホを机に置いて、天井を見上げた。
今日から、ここが俺の職場だ。




