第三話 決闘
「今の設定を見直せば、もう少し反応速度を出せる。無理に最新機と同じ動きをさせる必要もない」
若い整備士の顔が少し明るくなった。
「……やってみたいです」
「じゃあ、ログを残しておいてください。次に調整するとき比較できます」
「はい!」
その返事を聞いて、俺は少しだけ笑った。
ここなら、まだ機体を良くできるかもしれない。
そんなことを考えていたときだった。
「小山さん」
振り返ると、霜山さんが真剣な顔をしていた。
「単刀直入に聞きます」
「はい」
「うちに来てくれませんか」
「え?」
思わず聞き返した。
「整備の腕は文句なしです。それに操作までできる」
「操作くらいなら……」
「普通はできないんですよ」
霜山さんが笑う。
周囲を見る。
さっきまで作業をしていたメンバーたちも、こちらを見ていた。
「霜山さん、俺も賛成です」
「俺もです」
「小山さんが来てくれたら、もっと機体を良くできそうです」
ありがたい話ではある。
でも、早すぎる。
昨日までサツキネクサスにいたんだ。
いきなり別の会社へ、というのも簡単には決められない。
「……いきなり言われても、すぐには決められませんよ」
「それはそうですよね」
霜山さんが苦笑した。
その時、事務所の扉が開いた。
「霜山、また何か揉めてるのか」
低く、よく通る声だった。
振り返ると入ってきたのは、がっしりとした男だった。
着崩したスーツに無精髭。
それでも、妙に様になっている。
「社長――」
霜山さんが姿勢を正した。
「こちら、きのう話した小山さんです」
「小山高吉です」
俺が先に名乗る。
男は俺をじっと見た。
「聖光司だ。ここの社長をやっている」
「よろしくお願いします」
「聞いてるぞ。凄腕のサービスなんだってな」
「買いかぶりすぎです」
「謙遜するなって!」
司さんは笑いながら俺の肩を軽く叩いた。
「なあ、小山さん。うちに来る気はないか」
「社長も同じことを……」
「全員一致だ」
司さんは周囲を見回した。
「珍しいことだよ。こんなに意見が揃うのは」
「……ありがたい話ですけど」
「気乗りしないって顔だな」
「正直、まだ決めきれません」
俺がそう答えると、司さんはしばらく黙って俺を見た。
それから、にやりと笑う。
「じゃあ、こうしよう」
「……?」
「整備の腕は分かった」
司さんの目が、俺の方へ向く。
「だが、俺はもう一つ確認したい」
「何をです?」
「プレイヤーとして、ガードナーをどう扱うのかだ」
「……それを、どうやって?」
「簡単だ」
司さんは腕を組んだ。
「俺か香織、どちらか一人と戦ってもらう」
「……香織さんですか?」
「ああ。うちのエースだ。会えば分かる」
「そこまでする必要は――」
俺が言いかけた、そのときだった。
「父さん、帰ったよ」
事務所の扉が、再び開いた。
入ってきたのは若い女性だった。
長身で、鍛えられた身体つきをしている。
俺が最初に目を向けたのは足、次に腰。
そして肩。
身体の軸がブレていないかだ。
「香織、いいところに」
「誰、この人?」
香織さんは俺を一瞥した。
視線が俺の足元から顔まで一度だけ動く。
値踏みするような視線だった。
「小山さんだ。今日来てもらったサービスの人だ」
「へえ」
香織さんはそれだけ言うと、手にしていた週刊誌をテーブルの上へ置いた。
「それより父さん、これ見た?」
「なんだ、これ?」
司さんが週刊誌を手に取る。
「帰りに見かけたから買ってきた。このおじさんが載ってたよ」
司さんがページを開く。
そして、次の瞬間。
そこに写っていた写真を見て、息が止まった。
嫌な予感がした。
俺と、桜華。
例の写真だった。
「これ……」
「サツキネクサスの記事だよ」
香織さんが言う。
「専属サービスマンがどうとかって」
司さんの顔から、笑みが消えた。
「……小山」
声も、さっきとは違っていた。
「はい」
「お前、サツキネクサスにいたのか?」
「……はい」
「何年だ?」
「十三年ほどです」
司さんの視線が、週刊誌の写真へ落ちる。
そして、再び俺を見る。
「そうか」
低い声だった。
「サツキの……あいつの会社にいた人間が、なんでうちにいる」
「社長……?」
霜山さんが戸惑った声を上げる。
だが、司さんは俺から目を離さなかった。
さっきまでの気さくな雰囲気は、もうどこにもない。
「決めた」
「え?」
「さっきの話は無しだ」
事務所の空気が固まった。
「勝負の条件を変える」
司さんが俺を見る。
「俺と香織。二人がかりで、本気で相手をする」
「……二人ですか?」
「ああ。お前がどこまでできるのか、まとめて見せてもらう」
「嫌なら帰れ」
「……」
俺は司さんを見る。
怒っているのは分かる。
ただ、俺に怒っているわけではないようだった。
何か別のものを見ている。
そんな気がした。
「二人の方が都合がいいです」
「……何?」
「一人ずつ相手にすると、機体の違いが分かりませんから」
司さんの眉が動いた。
「機体の違い?」
「はい」
俺は香織さんを見る。
次に司さんを見る。
「二人の機体を見れば、整備状態も、癖も、操縦の違いも比較できます」
「……お前」
司さんの表情が変わった。
「戦う前から、もう整備のことを考えてるのか?」
「サービスですから」
俺はそう答えた。
霜山さんが困ったように俺を見る。
「小山さん、これは……」
俺は司さんの目を見た。
さっきまでの笑みは、完全に消えている。
「……小山」
低く、鋭い声に変わった。
「今からだ。準備しろ」
「……今からですか?」
「ああ」
俺は小さく息を吐いた。
どうやら、仕事の話をする前に、もう一仕事することになったらしい。
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