第二十六話 新素材タカキチスチール
その後も、俺たちは何度も討伐ミッションに呼ばれた。
呼び出しは、三日に一度のこともあれば、一週間空くこともあった。
壁の内側には、いつの間にか異形が増えている。
多い日も、少ない日もある。
それを壁の上から射撃するのが仕事になった。
壁の上には、サツキネクサスの機体も毎回来ていた。
足場のずっと端に、いつも同じ場所に並んでいる。
向こうは討伐が終わると、すぐ別の出口から引き上げていく。
ただ、桜華の機体を見かけることはなかった。
☆
最初の討伐は、怖かった。
膝が震えて、弾倉を替える手がもたついた。
夜になっても、あのうごめく地面が目の裏に残って、眠れなかった。
三回目から、手の震えは止まった。
五回目には、銃身を交換しながら、今日の昼飯は何だろう、と考えていた。
慣れというのは、怖いものだ。
壁の中の異形は、今では格好の的になっている。
うろこのやつが倒れるのを見ても、ああ、あれは硬いやつだな、と思うだけだ。
「今日も、五時間で終わりそうだな」
無線から聞こえる声が、昼休みの雑談みたいだった。
「帰りに、ケーキ買うぞ」
「いいね」
ホテルのバイキングにも飽きて、俺たちは帰り道に、小さな洋菓子店を見つけていた。
イチゴショートの専門店だ。
シオンは、そこの常連になりつつある。
☆
討伐が終わると、俺は必ず、壁の内側に入った。
あの日と同じように、手袋とマスクをつけて、体液でぬかるんだ地面を歩く。
うろこと角を拾って、袋に入れる。
いつの間にか、それが習慣になっていた。
門を操作しているのは、自衛隊の隊員だ。
最初のうちは、渋い顔をされた。
「また入るんですか」
「すみません。すぐ戻ります」
「臭いですよ」
「知ってます」
そんなやりとりを何度か繰り返すうちに、隊員のほうが鍵を持って待っているようになった。
「今日も、ですよね」
「お願いします」
三十歳くらいの、日に焼けた隊員だった。
あるとき、袋を持って門に着くと、隊員の足元に、大きな缶が置いてあった。
「それは?」
「いや、その」
隊員は、頭をかいた。
「小山さんが、毎回、拾ってるじゃないですか。あれ、俺たちが片づけのときに、ついでに集めておいたら、楽かなと思って」
缶の中には、うろこと角が、きれいに分けて入っていた。
「……いいんですか」
「どうせ、捨てるものですから」
隊員は、少し照れたように笑った。
それからは、拾うどころか、缶を受け取るだけで済むようになった。
お礼に買ってきた菓子を渡すと、次はこれがいいです、と細かく注文がつくようになった。
☆
一ヶ月が経った。
最近、亀裂から異形が溢れなくなった。
それに伴って、俺達はアークライトホライズンに戻っていた。
俺は工場で、シオンの機体の調整をしていた。
「小山」
司さんが、事務所から顔を出した。
いつもより、足取りが速い。
「ちょっと来い。大和田から連絡が入った」
「大和田さんからですか?」
事務所に入ると、霜山さん、香織さん、坂本の主要メンバーが集まっていた。
みんな、少し落ち着かない顔をしている。
司さんは、机の上に一枚の紙を置いた。
「あの二人が、お前の持ってきた、うろこと角を調べた結果がでた」
全員の目が、紙に集まった。
「結論から言う。異形の遺物から、未発見の物質が見つかった」
「未発見……ですか?」
「どの元素にも当てはまらない構造を持っている。うろこにも、角にも、同じ物質が含まれていたらしい」
事務所が、しんとなった。
「それで、その物質の名前なんだが――」
司さんは、ちらりと俺を見た。
「見つけた人間の名前を、つける習慣がある。今はまだ、仮の名前だが」
「はい」
「タカキチエックスだ」
「え? なんですかそれ」
思わず声が出た。
「もう一度、言うぞ。タカキチエックス」
誰かが我慢できずに吹き出した。
「ちょっと待ってください。俺の名前ですか」
「そうだ。発見者だからな」
「いや、発見したのは、大和田さんたちじゃないですか。俺は、ただ袋に入れて持って帰っただけで」
「拾ってきたのは、お前だろう。それが、一番大事なところだ」
「エックスって、何ですか」
「まだ正体が分からない、という意味らしい。未知のエックスだな」
香織さんが、肩を震わせて笑いをこらえていた。
坂本は、手で口を押さえていた。
「タカキチエックス、って。響きがひどいですね」
「香織さんまで」
「ごめんなさい、でも」
司さんは、咳払いをして続けた。
「現状は、簡単にしか調べられていない。それでも、分かったことがある。この物質を、スチールに混ぜると、剛性が五割上がる」
「五割……!? それは凄い!」
霜山さんが、声を上げた。
「五割、硬くなるということですか」
「そうだ。しかも重さは、ほとんど変わらない」
その場にいた全員が、息をのんだ。
ガードナーの機体は、鋼でできている。
鋼が強くなれば、同じ強さのまま、薄く、軽くできる。
つまり、軽量化と耐久性を、同時に上げられる。
「それから、もう一つ」
司さんは、少し声を落とした。
「特許は、もう出してある」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
「大和田と早坂に頼んで、調べが済む前に、申請の書類を作ってもらっていた。アークライト株式会社の名前で、すでに特許を出してある」
司さんの声が、少し震えていた。
「二度と同じ轍は踏まない。アイツには絶対に奪わせない」
誰も、何も言わなかった。
霜山さんは、黙ったまま、うつむいていた。
事務所が、一気にわいた。
「やった!!」
「すごい! ついにウチが新素材を見つけたんだ!」
坂本が、飛び上がった。
香織さんが、シオンに抱きついた。
シオンは迷惑そうな顔をしていたが、振りほどかなかった。
「おめでとう」
シオンが、俺に言った。
いつもの、感情が分かりにくい声だった。
ただ、口の端が、ほんの少しだけ上がっている。
「いや、俺は、何もしてないんだが」
「拾ってきたのは、あんただ」
「袋に、入れただけだ」
「分かってないな。それが、すごいんだ」
司さんが、俺の肩をバシバシと叩いた。
「お前を雇って正解だった」
「司さん、痛いです」
「やかましい。今日は祝いだ。今夜は全員で飲むぞ」
事務所の中は、笑い声でいっぱいになっていた。
☆
さらに、一ヶ月が経った。
その日、工場の前の広場には、見たことのない数の記者が集まっていた。
カメラが、何十台も並んでいる。
簡単な舞台が組まれて、後ろには大きなスクリーンが立っていた。
ウチの工場の前の広場が、こんなに人であふれたのは、初めてだった。
俺は、舞台の袖で、そわそわと待っていた。
「緊張してるの?」
隣で、香織さんが聞いた。
「俺が話すわけじゃないから大丈夫だ」
「でも、顔が真っ青ですよ」
「そうか?」
舞台の中央に、司さんが立った。
いつもの無精ひげは、きれいに剃られていた。
スーツも新調したようだ。
「本日は、お集まりいただき、ありがとうございます」
司さんは、落ち着いた声で言った。
「アークライトホライズンから、新しい素材を発表します」
スクリーンに、一枚の写真が映し出された。
うろこの、拡大写真だった。
「亀裂の異形から採取された遺物の中から、これまで知られていなかった物質が見つかりました。この物質を、スチールに加えることで、強度が大きく向上することが分かりました」
会場が、ざわついた。
「名前は、『タカキチスチール』です」
一瞬、会場の誰もが、きょとんとした。
それから笑い声が漏れた。
司さんは、舞台の上から、こちらに向かって、にやりと笑った。
スクリーンの映像が、切り替わった。
そこには、一体のガードナーが映っていた。
白と灰色のボディ。
無駄のない細身の輪郭。
肩から腕にかけての装甲は、薄く、滑らかに見える。
画面の隅には、第五世代を上回る試験結果が表示されていた。
「この新素材を使った機体です。以前から開発していた次世代機に採用しました。第五世代より、さらに軽量化されています。そのうえで、耐久性は大幅に向上しました」
会場から、どよめきが起きた。
「製造にあたっては、複数の企業の協力を得ました」
司さんは、スクリーンの隅に、いくつかの会社名を映した。
鉄鋼の会社、部品の会社、電気制御の会社。
どれも、見覚えのある名前だ。
あの事故のあと、アークライトに支援を申し出てくれた会社。
あのとき、メールボックスに並んでいた名前が、表示されている。
「この新型を、私たちは――」
司さんは、少し息を吸った。
「第六世代と名づけました」
スクリーンに、大きな文字が映った。
『第六世代』
会場が、割れるような拍手に包まれた。
シャッターの音が、嵐みたいに鳴り響いた。
俺は、袖の暗がりで、その光景を眺めていた。
隣で、シオンが、小さく息を吐いた。
「やったな」
「ああ」
それだけ言って、俺たちは、また舞台のほうを見た。
司さんの背中が、いつもより、ずっと大きく見えた。




