第二十七話 ガードナーリビルダー
第六世代は、立派なトレーラーに乗ってやってきた。
工場の前に、大型のトレーラーが三台、ゆっくりと入ってくる。
ほんの数ヶ月前まで軽トラで機体を運んでいた会社の前に、だ。
運転手が荷台のシートをめくると、白と灰色の機体が五体、きれいに並んで固定されていた。
「おお……」
後ろから、誰かの声が聞こえた。
近くで見ると、写真で見た以上に細身だった。
第三世代の、ずんぐりした太さがない。
肩から腕にかけての線も、すっきりしている。
それでいて、装甲の表面に触れると、ひやりと硬い。
ここまで来たか、と思った。
納入の手続きを済ませているところに、もう一台、車が入ってきた。
「お久しぶりです」
降りてきたのは、大和田さんと早坂さんだった。
「出向という形で、こちらに戻ってきました。社長から、頼まれましてね」
大和田さんは、少し照れくさそうに頭をかいた。
「研究のほうは、いいんですか」
「落ち着いたら、いつでも戻ってこい、という話になってます。あの素材の件で、ウチの会社も、こっちに人を預けるのが最善と考えたようで」
早坂さんは、きちんと頭を下げた。
「またお世話になります。小山さん」
「こちらこそ。お世話になります」
あの日、助っ人として来た二人。
それが、今はうちの研究の中心にいる。
不思議なもんだ。
☆
その日の午後、五体の機体の動作確認が始まった。
乗り込むのは、シオン、司さん、香織さん、大和田さん、早坂さんの五人。
担当サービスは、あらかじめ決めてあった。
シオンと香織さんは、俺。
司さんと大和田さんは、霜山さん。
早坂さんは、坂本。
「小山さん、大丈夫ですか。二体も」
坂本が、不安そうに言った。
「大丈夫だ。お前は自分の担当に集中しろ」
「はい。頑張ります」
工場の裏の空き地に、五体が並ぶ。
最初に起動したのは、シオンの機体だった。
『……』
無線の向こうで、シオンが黙った。
「どうした」
『軽い』
「軽い? どういうことだ」
『いつもの感覚で足を出したら、出すぎた。反応も速い。ボクの動きより、機体のほうが先に動く感じがする』
そのとき、香織さんの声も、無線に入った。
『わわっ! 何これ!?』
香織さんの機体が、一歩目で、大きく前に出た。
体を戻そうとして、また行きすぎる。
『勝手に走るんだけど!』
「落ち着け。力を入れすぎだ。第三世代の感覚で入力すると、反応が過剰になる。半分でいい」
『半分で!?』
「半分だ」
二人とも、慣れない手つきで機体を動かしていた。
だが、悪い意味だけじゃなさそうだ。
『すごい。本当に、足が地面に張りついてくれる』
シオンが、静かに言った。
『三世代機だと、ここで、一拍遅れる。これは、遅れない』
『もう、ボクの体の一部だ』
「まだ、調整してないんだがな」
俺は、モニターの数字を見ながら、細かく指示を出し始めた。
「シオン。足首の補正を三つ下げる。出力の立ち上がりが急すぎるから、そこを一段、なだらかにする。香織さんは、旋回のときの腰の補正だ。今の設定だと、機体が曲がりすぎる」
『了解』
『はい!』
指で操作して、数字を打ち込んでいく。
新しい機体は、設定の項目が、第五世代より、さらに増えていた。
素材が硬くなったぶん、機体のしなりが、ほとんどなくなっている。
今まで「しなる」ことを前提にして入れていた補正を、そのまま残しておくと、補正が二重にかかってしまう。
どこかで見た光景だった。
一つひとつ、重なっている補正を、外していく。
その間にも、別の場所から、声が聞こえてきた。
「霜山。そこは、触らないほうがいいんじゃないか」
「え、でも、こっちの数字が」
「それは出力の設定だろ。足首の補正は、こっちの項目だ」
見ると、霜山さんが、司さんの機体の前で、画面とにらめっこをしていた。
眉間にしわが寄っている。
向こうでは、坂本が、早坂さんの機体の調整をしていた。
「あれ、おかしいな。さっきと、数値が変わらない」
「坂本くん、設定を保存してから、再起動しないと反映されないわよ」
「あっ! そうでした。すぐに保存します」
早坂さんに、教えられていた。
霜山さんも、坂本も、決して腕が悪いわけじゃない。
ただ、この機体は、今までの常識の外にある。
俺だって、一日触って、ようやく掴んだところだった。
☆
二体の調整を終えるのに、一時間半かかった。
額の汗をぬぐって、顔を上げる。
坂本が、困り果てた顔でこっちを見ていた。
「小山さん。助けて下さい」
「どうした」
「早坂さんの機体、うまく調整できなくて」
見ると、画面の数字が、あちこちで食い違っていた。
早坂さんの動きが、不自然でぎこちない。
「見せてみろ」
俺は、坂本の隣に立って、数字を追った。
「ここと、ここ。補正が、二重に入ってる」
「二重……ですか?」
「今までの機体は、素材がしなる前提で補正を入れてた。第六世代は、剛性が高いからほとんどしならない。だから、前と同じ補正を入れると、動きの先を、二回、直してしまう」
坂本の目が、大きくなった。
「あ……! 小山さん来た時の」
「そういうことだ。ガードナーの調整は、数字を合わせるものじゃない。機体が、どう動きたがってるのかを見ろ。その上で数字で後押しするんだ」
「はい。ありがとうございます!」
「分からなくなったら、乗ってる人間に聞け。動きにくいと言われたら、それが答えだ」
「分かりました」
坂本は、メモ帳に、一生懸命、書きつけていた。
それを見て、俺は少しだけ、息をついた。
新しい機体には、昔の勘が通用しない。
そう思っていたが、基本は同じだった。
機体の声を聞くこと。
乗る人間の声を、聞くこと。
十三年間、やってきたことが生きている。
☆
全員の調整が終わったところで、空き地の真ん中が空いた。
『模擬戦、やらない?』
最初に言い出したのは、香織さんだった。
『やろうよ。ボクはいつでもいいよ』
シオンが、あっさりと答えた。
「待て。まだ、調整が終わったばかりだぞ」
『大丈夫。ペイント弾だから』
無線から聞こえる声は、二人とも楽しそうだった。
止める理由もない。
「分かった。審判は、霜山さんにやってもらう。五発当てたほうが勝ち。それ以外のルールはない。司さん、いいですよね?」
「いいぜ。俺も見てみたい」
霜山さんが、白い旗を持って前に出た。
空き地の両端に、二体の機体が、向かい合って立つ。
白と灰色の細い影が、二つ。
「始め!」
旗が振られた。
二体が、一気に踏み込んだ。
次の瞬間には、空き地の真ん中で、二体の機体が交差していた。
速い。
ただ、速いだけじゃない。
狙いもブレていない。
シオンの射撃が、香織さんの肩をかすめた。
香織さんは、半歩ずらして避けて、そのまま、体を沈めて、懐に入る。
「すごい……」
誰かが、息をのんだ。
調整を終えた全員が、空き地の端に集まって、二体の動きを見ていた。
司さんも、大和田さんも、早坂さんも、機体から降りて、口を開けたまま、立ち尽くしていた。
「あれが、第六世代の動きか……」
大和田さんが、うめくように言った。
「研究室で想像していた動きを、はるかに超えています」
香織さんの右肩が、もう下がらなかった。
踏み込みの前の、あの癖が完全に消えている。
シオンは、それを見てさらに動きを鋭くした。
一発。
二発。
お互いに、当て合って、三発目を狙う。
最後は、シオンの一発が、香織さんの胸に入った。
『……参りました』
香織さんの声が、無線で聞こえた。
その声は、悔しそうだった。
「そこまで!」
霜山さんが、旗を下ろした。
歓声があがり、拍手が起きた。
俺は、少し離れた場所で、二体の機体を見つめていた。
あいつにも見せてやりたい。
そう思った。
☆
模擬戦が終わって、全員が事務所に集まった。
テーブルの上には、お茶と、霜山さんが用意した菓子が並んでいる。
シオンの前だけ、イチゴショートが置かれていた。
「さて。ひとつ、報告がある」
司さんが、全員の顔を見回した。
事務所が、静かになった。
「ガードナースポーツの新シーズンが、始まる」
全員が、顔を上げた。
「協会から、正式な通知が来た。開幕は、来月だ」
「新シーズン……」
香織さんが、小さく呟いた。
「前のシーズンは、うちは出られなかった。あの事故があったからな。だが次は絶対に出る」
「亀裂は、大丈夫なんですか」
霜山さんが、心配そうに尋ねた。
「ここ数週間、亀裂から異形が出てくる数は減ってきた。このところ、討伐の呼び出しがないのが、その証拠だ」
「落ち着いてきた、ということですか」
「協会はそう見ている。ただし油断はできない」
司さんは、少し声を落とした。
「協会の考えでは、亀裂の中で異形が増え続け、一定数を超えると、また外へあふれ出してくるらしい」
「また、あんなことが……」
「その現象に協会は名前をつけた。スタンピードらしい」
スタンピード。
牛や馬の群れが、一斉に走り出す現象のことだ。
「いつ起きるかは、分からない。ただ、起きる可能性が高いのは確かだ。だから、今のうちに備えるんだ」
「その備えの中に、新シーズンも入ってるんだ」
シオンが言った。
「そうだ。ガードナースポーツは、ただの競技じゃない。機体の性能を、実戦に近い形で試す場だ。そこで結果を出せば、スポンサーが付く。金が回れば、機体も人も増やせる」
司さんは、机の上に、一枚の紙を置いた。
「スポンサー各社から、うちに問い合わせが来ている。事故のときの救助。素材の発見。第六世代。どれも世間の注目を集めた。どこも、ウチに期待している」
「期待、ですか」
「そうだ。だから、新シーズンには絶対に出る」
司さんの目が、いつもの鋭い光を宿した。
「皐月に勝つ。堂々とスポーツの場で。それが俺の一番の目的だ」
誰も何も言わなかった。
☆
話が終わって、全員が立ち上がった。
俺も湯呑みを片付けようとした。
そのときだった。
「小山」
司さんが、俺の肩を、ばしんと叩いた。
「痛いです」
「うるさい」
司さんは、にやりと笑った。
「今日の調整を見てた。お前の腕は本物だ。第六世代を、ここまで使えるようにしたのは、お前だ」
「いえ。俺はただ、いつも通りしていただけです」
「それでもだ。この後も頼んだぞ――」
司さんは、俺の目をまっすぐに見た。
「ガードナーリビルダー!!」
「はい?」
「機体を作り直す人間。世代が変わるたびに、古い機体を新しくする。お前に、ぴったりの呼び名だろう」
「タカキチスチールの次は、リビルダーですか」
「気に入らないか」
「どちらかというと、恥ずかしいですね……」
「まあ、そこは慣れろとしか言えん」
司さんは、そう言って、もう一度、俺の肩を叩いた。
シオンが、少し離れたところで、口を押さえて笑っていた。
香織さんが、『ガードナーリビルダー』と、小さく繰り返して、肩を震わせていた。
霜山さんは、「いい名前じゃないですか」と、真面目な顔で言った。
俺は、ため息をついた。
それでも、悪い気は、しなかった。
「分かりました。やります」
「それでいい」
司さんは、満足そうに、頷いた。
窓の外は、夕暮れだった。
空き地には、五体の第六世代が、並んで立っている。
夕日が、白と灰色の装甲に、赤く映り込んでいた。
これから、やることが増えそうだ。




