第二十四話 討伐ミッション
朝の十時、司さんが顔色を変えて事務所に入ってきた。
昨夜の出来事は、朝になってもテレビで流れ続けている。
自衛隊の一万人が一晩で飲まれたこと。
株も円も、ひどい値をつけていること。
工場の中も、いつもより静かだった。
俺は、桜華のことを考えていた。
昨日の突入のあと、あいつは戻れたのか。
皐月ホールディングスからは、何の発表もない。
確かめようがなかった。
「全員、集まってくれ」
事務所に全員が集まった。
霜山さん、香織さん、坂本、シオン、それに工場のメンバーたち。
「協会から連絡が来た」
司さんはみんなの顔を見回して言った。
「ウチも、討伐ミッションに参加しないといけなくなった」
事務所がざわついた。
「参加って、あの亀裂にですか!?」
「討伐って、何をするんですか!?」
「落ち着け。順番に話す」
司さんは机に手をついた。
「政府はガードナーを壁の上に並べて、異形を銃で撃つ方法を採った。最初は爆撃機を使う話も出たらしいが、壁の崩壊を懸念したらしい」
「壁の上から、撃つ……ですか?」
「壁には二メートルの足場がある。そこに機体を立たせて、ひたすら撃ち下ろす。内側には入らない」
入らない、と聞いて、少しだけ空気がゆるんだ。
あの中に入るのがどれだけ無茶かは、ニュースの映像だけで分かる。
霜山さんが手を上げた。
「社長。その、異形というのは、どういう生き物なんですか」
司さんの顔が固まった。
それから、ゆっくりと首を横に振った。
「話せない」
「え?」
「話したら、飯がマズくなるからな」
事務所が、しんとなった。
「社長、真面目に聞いてるんですが」
「俺も真面目だ。昨日、協会で映像を見た。思い出したくない。このあとの昼飯が食えなくなる」
誰も何も言えなかった。
香織さんが、口の端をひくつかせた。
坂本は、半歩うしろに下がった。
霜山さんは、「そこまでですか」と小さくつぶやいた。
全員が、同じ顔をしていた。
ドン引き、というやつだ。
あの司さんが「飯がマズくなる」と言った。
それだけで、どれほどひどいものなのかは、なんとなく分かった。
司さんは、コホン、と咳払いをした。
「話を戻す。要請はプレイヤーとサービスを一人ずつ出せ、という内容だ。うちから、誰を出すかはもう決めている」
全員が、息を止めたのが分かった。
「プレイヤーは、シオンだ」
司さんは、シオンのほうを見た。
「今のうちの最大戦力は、お前だ。世界ランクがどうなろうと、それは変わらない。……頼めるか」
「いいよ」
シオンは、少しも迷わなかった。
「ええっ!?」
声を上げたのは、香織さんだった。
「シオンさん、そんなにあっさり!?」
「うん」
「危ないんですよ!? 昨日、五十体全部がやられたんですよ!!」
「知ってる」
シオンは、あっさりと言った。
「ボクが断っても、別の誰かが行くことになる。それなら、ボクが行く」
「本当にいいんですか、シオンさん」
霜山さんも、心配そうに聞いた。
「いいって言ってる」
全員が顔を見合わせた。
「その代わり、条件がある」
シオンは、俺のほうを向いた。
「サービスは、高吉にして」
「……は? 俺?」
「うん。あんたが整備した機体以外、ボクは乗らない」
乗らない、ときたか。
「小山」
司さんが俺を見た。
「どうだ。やれるか」
やれるか、じゃない。
シオンはもう受けている。
ここで断れるわけがない。
「分かりました。やります」
「助かる」
司さんは短く言って、続けた。
「それと、今日の午後には現地に出てもらう」
「午後ですか!?」
全員の声がそろった。
「早すぎませんか!?」
「協会からの要請だ。ミッションは明日の朝。前の日の夜までに、現地入りしてほしいと言われた」
「今日の午後に出て、明日の朝に討伐ミッションですか」
坂本が、青い顔で指を折っていた。
「準備、間に合うんですか」
「間に合わせるしかない」
司さんの声は、重かった。
☆
午後一時、俺は軽トラのハンドルを握っていた。
荷台には、シオンのガードナーが固定されている。
助手席には、シオン。
出発の前に、霜山さんと坂本が、荷台のロープをもう一度、確かめてくれた。
「小山さん、シオンさん、気をつけて」
「無事に帰ってきてください」
「うん」
「行ってきます」
軽トラは、工場の前を出た。
バックミラーに、香織さんが立っているのが映った。
腕を組んで、じっとこっちを見ていた。
高速に乗って、しばらく走る。
反対側の車線は、車が詰まっていた。
荷物を山のように積んだ車が、のろのろと進んでいる。
避難する人たちだろう。
こっちの車線は、がらがらだった。
亀裂の方へ向かう車なんて、ほとんどいない。
「……大変なことになったな」
俺が言うと、シオンは窓の外を見たまま答えた。
「そうだな」
「お前、本当によかったのか。断ってもよかったんだぞ」
「断ったら、桜華に怒られる」
「桜華?」
「ボクが逃げたって聞いたら、すごく怒る。たぶん」
そうかもしれない、と思った。
それきり、二人とも黙った。
しばらくして、シオンが言った。
「ホテルって、ケーキある?」
「食べ放題なら、あるんじゃないか」
「イチゴショートが食べたい」
「はいはい。着いたら聞いてみるよ」
そのあとは、どうでもいい話ばかりした。
昼飯に何を食ったか。
香織の最近の動きが、どれだけよくなったか。
この軽トラは、時速八十キロを超えるとハンドルが震えること。
重い話は、したくなかった。
きっとシオンも同じだったと思う。
☆
三時間かかって、現場の近くに着いた。
道の先に、壁が見えてくる。
近づくにつれて、息が詰まった。
高さ十メートルの壁は、遠くから見てもでかかった。
その手前に、新しい工場が建っていた。
ガードナーを整備するための工場だ。
入口には、何台ものトラックと、各社の旗が並んでいる。
あちこちのビルダーから、機体と人が集まっていた。
「ここで預けるのか」
受付で名前を書いて、シオンの機体を係員に預けた。
係員の顔は、疲れきっていた。
「アークライトホライズン様ですね。整備や点検が必要なら、Fー5に機体を格納するので、今夜中に済ませて下さい。明日の朝、防御壁前に移動するのでお願いします」
「分かりました。あとで来ます」
工場を出て、歩いてすぐのところに、ホテルがあった。
亀裂対策で建てられた、と聞いていた。
まだ新しい、白い建物だ。
ロビーには、同じような姿をした人が何人もいた。
プレイヤーらしい人もいれば、作業服の人もいる。
誰もが暗い表情をしていた。
受付の女性が、鍵を二つ渡してくれた。
「お部屋は、お一人ずつご用意しています。お食事は、バイキング形式で、食べ放題です。お代はいただきません」
「そうですか。ちなみにイチゴショートはありますか?」
「イチゴショートですね。食堂に連絡しておきます」
タダなのはありがたい。
考えてみれば、最後の食事になるかもしれないから、ということじゃないのか。
一瞬だけ思ったが、その思考をはねのけた。
鍵を受け取って、シオンと別れ、部屋に向かった。
夕飯は、シオンと一緒に取った。
食堂には、肉も、魚も、ご飯も、山のように並んでいた。
シオンは、トレイにケーキを六つ並べて、無言で食べ始めた。
「六つは、多くないか」
「食べ放題だから」
イチゴショートは用意してくれたようだ。
俺は、あまり食えなかった。
味噌汁だけは、全部飲んだ。
☆
夕飯のあと、俺は一通りのことを済ませた。
工場に戻って、シオンの機体の整備をする。
明日は壁の上からマシンガンを撃ち続ける。
機動力より、射撃時の安定性と耐久性が重要になる。
まず、フレーム側の負荷限界を確認した。
問題はない。
次に駆動系の設定を見直す。
普段より応答を少し落として、関節に余裕を持たせる。
装甲も可能な範囲で厚くする。
当然、機体は重くなる。
でも、明日は走る必要がない。
壁の上で踏ん張って撃つなら、重くなった方がいい。
マシンガンの連射で機体が暴れないよう、足回りの補正も調整する。
撃つたびに姿勢が崩れれば、それだけで時間を取られる。
シオンなら、この程度の変化には対応できる。
ほかのビルダーは、新しい世代の機体を持ってきている。
うちの機体は三世代機だ。
明日の戦い方なら、その方が都合がいい。
できることは、全部やった。
部屋に戻って、シャワーを浴びる。
ベッドに腰を下ろして、ふう、と息を吐く。
カーテンを、何気なく開けた。
七階の部屋なので、下の景色がよく見えた。
窓の向こうに、あの壁が見える。
壁の上には、強いライトがいくつも並んでいた。
白い光が、壁の内側を照らしている。
地面が、動いていた。
最初は、何かの影かと思ったが違った。
赤いもの。
緑のもの。
黒いもの。
それが、ごちゃごちゃと重なって、うごめいている。
かたまりになって、波みたいに揺れていた。
ここからでも分かるくらい、数が多い。
ところどころで、何かが壁に張りつこうとしているのが見えた。
ずるずると壁を上ろうとして止まる。
そして、また上ろうとする。
背筋が、冷たくなった。
窓ガラスの向こうは、静かだった。
音は、何も聞こえない。
それが、余計に怖かった。
あれが、壁の内側にいる。
何千か、何万か分からない。
あの映像を見た司さんが「飯がマズくなる」と言った理由が、少し分かった。
整備は、できるだけやった。
それでも、足りない気がした。
窓の外から、目が離せない。
昨日、桜華は、あの中に入ったんだ。
そう思ったら、手が少しだけ震えた。
明日の朝、あの壁の上に立つ。




