第二十一話 異形の巣窟
最悪な朝だった。
黒服にインターホンで起こされて、顔を洗う時間もないまま車に乗せられた。
着いたのは、あの分厚い壁。
そこで車から降ろされて、ガードナーに押し込まれてた。
中に入ると気がついたら、列の一番前に立たされていた。
分かってる。
皐月修二が、わたしを先頭にしたかったんだ。
サツキのエースが先頭で突入する。
どうせ、テレビ映えを狙ったんだ。
わたしは、物じゃないんだけど!
☆
照明弾が光った。
モニターが一瞬、真っ白になって、それから色が戻ってきた。
足元から、斜面が下へのびている。
その先に、体育館を何個もつなげたみたいな広い空間があった。
そこが、全部、動いていた。
壁に張りついてる赤いでっかいやつ。
さっき、テレビに映ってたやつだ。
あれは動かない。
巣みたいなものなんだと思う。
その下を、うろこのやつが歩いてる。
魚みたいなうろこで、口が横に裂けてて、足のかたちがおかしい。
蔦のやつは、壁も床もおおって、ずるずる動いてる。
根っこのあたりに、何かがいるけれど見えない。
見たくもない。
大きいので三メートルくらい。
小さいのは、猫より小さい。
五十センチもない。
それが、床をびっしり埋めてた。
数なんか、数えられない。
無線に、叫び声が入った。
『うわあああっ!』
声が裏返っている。
誰かは分からない。
たぶん自衛隊の誰かだ。
その後は、誰もしゃべらなかった。
わたしも、動けなかった。
認めてあげる。
最初の数秒は、わたしも動けなかった。
そのとき、パン、と乾いた音がした。
誰かが、撃った。
続けて、もうひとつ。
ばらばらと、撃つ音がつながっていく。
『撃つな!』
『射撃やめ! 撃つな!』
『誰だ、撃ったのは!』
無線で、怒鳴ってる。
でも、銃声は止まらない。
怖いから撃つ。
それを見た連中も撃つ。
最悪の流れだ。
弾が当たった異形は、体液を流して崩れていった。
緑とも黒ともつかない汁が、床にぶちまけられる。
うろこのやつが一体、倒れた。
続いて二体。
小さいやつは、潰れるように何匹も倒れていく。
『効くぞ! やった!』
誰かが、喜んだ声を出した。
喜ぶのが、早い。
そう思った瞬間、洞窟全体が動いた。
☆
一斉に動いた。
床が、黒く染まる。
異形が、全部こっちを向いていた。
床を埋めてた異形が、いっせいにこっちへ向かってきた。
うろこのやつも、小さいのも、蔦までも、まとめて斜面を駆け上がってくる。
ほとんどのガードナーは、動けなかった。
ビビって、棒みたいに突っ立ってる。
さっきまで威勢よく撃ってたくせに、足が止まってる。
「ふざけないで!」
口に出して、言ってやった。
「動きなさいよ!! 突っ立ってたら、死ぬだけでしょ!!」
誰にも届かない。
無線は、悲鳴ばっかりだ。
二十三式小銃を構えた。
今日は実弾だ。
指を引く。
三発。
もう一回、三発。
連射はしない。
弾の数は決まってる。
右下の残りの数が、どんどん減っていく。
「くそっ、最悪……!」
撃ちながら、後ろに下がった。
斜面を、背中のほうから上っていく。
『助けてくれ!』
『足が! 足がっ!』
無線の声が、ぶつぶつ切れていく。
半分くらいの機体が、群れに飲まれた。
モニターの端で、機体が踏みつぶされるのが見えた。
フレームが曲がる音なんか、聞こえるわけがないのに、聞こえた気がした。
見てる暇はない。
弾が、なくなった。
引き金を引いても、カチ、と鳴るだけ。
わたしは銃を捨てた。
「もう、逃げる」
撃ち合いは終わりだ。
生き残るのが先。
☆
斜面の上に、白い光が見えた。
外の日差しだが遠くで光ってる。
あそこまで行けば、助かる。
そう思ったとき、その光の前に、黒い影が立った。
出口をふさぐみたいに、いちばんでかいやつがいた。
三メートルくらい。
うろこの体に、腕が四本。
口が縦に割れていて、よだれみたいな汁が垂れてる。
舌打ちが出た。
「そこをどきなさい! 邪魔!」
迷わなかった。
止まったら、後ろから来るやつらに追いつかれる。
わたしは、そのまま突っ込んだ。
異形が、腕を振り上げる。
右に体を倒すふりをして、左足で床を蹴った。
機体が、わたしの動きに合わせて、ぐっと沈む。
反応が遅い、と思った。
右足の戻りが、いつもより遅い。
あの人がいたら、毎朝、直してくれてた。
今日はいない。
だから、わたしが先に合わせた。
異形の腕が、右に空ぶった。
その下を、すり抜ける。
背中のほうで、壁を引っかく音がした。
振り向かなかった。
出口の光が、どんどん大きくなる。
そこで、気づいた。
後ろから、誰も来ない。
無線を聞く。ノイズだけ。
悲鳴も、もうほとんど聞こえない。
わたしの後に、一体も続いてこなかった。
まぶたを、一回だけ、強く閉じた。
声は出さなかった。
口を開けたら、感情が爆発しそうだったから。
胸の中で、思いきり怒鳴った。
皐月修二。
あんた、こうなるって分かってたの?
五十体も並べて、国の金を使って、手柄がほしくて、中にいる人間のことなんか、一回も考えなかったんでしょ。
ふざけないで。
目を開けた。
光の中に、飛び出した。
☆
外は、まぶしかった。
機体を止めて、降りた。
足が、がくがくしてる。
膝が笑うって、こういうことなんだと思った。
壁の中の広場には、自衛隊の車とテントが並んでいる。
その前から、一人、駆け寄ってくる人がいた。
あの陸佐だった。
「鳳来選手! 無事か!」
「無事に見える?」
つい、きつい言い方になった。
「中は」
「ほとんどやられた。今すぐ、みんなを下がらせて。壁の中の人も、基地の人も、全員、早く逃げて」
「落ち着いてくれ」
陸佐は、静かな声で言った。
「調査を始めてから、一ヶ月。あの亀裂から外に出てきたものは、一匹もいない。だから、今回も大丈夫だ」
わたしは、陸佐の顔を見た。
真面目な顔だった。
うそを言ってる顔じゃない。
ただ、本気で信じてるんだ。
平和ボケ。
心の中で、そう思った。
口には出さなかった。
言ったって、どうせ聞かない。
「……そう。勝手にして」
わたしは、背を向けた。
振り返らなかった。
壁の出口を歩いて抜けると、いつもの黒服が、車の横で待っていた。
何も言わずに乗り込んだ。
窓から、壁が小さくなっていくのが見えた。
部屋に戻って、ドアの閉まる音を聞いた。
外から鍵のかかる音も、聞こえた。
ベッドに腰を下ろして、自分の手を見た。
まだ、震えてる。
昼は、大丈夫だった。
出口の手前までは、でかいやつが立ってたのに、光の中に出たあとは、足音が追ってこなかった。
太陽が出てる間は、あいつら、外に出られないのかもしれない。
でも。
陽がない夜は、どうなるの。




