第十四話 災の夜
第十四話 災の夜
とりあえず、桜華を外に立たせたままにするわけにもいかない。
「桜華、入れ」
「お邪魔します」
玄関の鍵を開けて、俺は中に通した。
背後でシオンが何とも言えない顔をしているのが分かったが、今は説明より先にやることがある。
とにかく司さんに連絡を入れないと。
スマホを取り出したところで、画面が光った。
「司さんからだ」
出ると、開口一番に言われた。
『小山、今大丈夫か? 緊急事態だ』
「どうしたんですか」
『鳳来って選手が、お前の家に向かったらしい』
正直、驚いた。
まだ十分も経ってないはずだ。
『この辺は顔見知りばかりだからな。噂にでもなったんだろ、タクシーで乗り付けた女がいるって』
「田舎のネットワーク、怖いですね……」
俺は軽くため息をついて、事情を説明した。
サツキネクサスで監禁されていたこと、そこから逃げ出してきたこと、現状うちの寮に転がり込んできたこと。
話しながら、自分でも荒唐無稽な話だと思った。
『監禁って、穏やかじゃないな』
「俺も驚いてます」
『とりあえず、今夜は泊めてやれ。夜中に放り出すわけにもいかないだろう』
「ですよね」
『詳しい話は明日聞かせてもらう。今日はゆっくり休ませてやれ』
司さんらしい判断だった。
細かい事情は明日以降でいい、という割り切り方が、らしいといえばらしい。
「分かりました」
電話を切って振り返ると、リビングで嫌な空気が流れていた。
「……なんでシオンが、この家にいるのよ」
「ボクはここに住んでる。文句あるか」
「あるに決まってるでしょう!」
「桜華、声でか」
「黙りなさい!」
二人の間に、バチバチと火花が散っているのが見えた気がした。
「おい、落ち着け二人とも」
「高吉は黙ってて!」
「いや黙れないだろ、俺の家だぞここ」
俺が割って入ると、二人はようやく口論を止めた。
とはいえ、睨み合いは続いている。
「とりあえず、桜華。飯は食ったのか」
「食べてない」
「じゃあ、何か作るから座って待ってろ」
「はーい」
桜華は意外と素直にソファに座った。
シオンもその隣にちゃっかり腰掛ける。
二人の雰囲気がまた不穏だったが、気にせずキッチンに向かった。
冷蔵庫の中身を確認しながら、手早く作れるものを考える。
卵と野菜、それから昨日の残りの肉があった。
チャーハンでも作るか。
背中で二人の気配がしていた。
振り返ると、また睨み合いが始まっている。
「あんたさ、高吉と何か特別な関係なわけ?」
「別に。高吉は高吉。それだけ」
「あやふやな言い方しないでよ!」
「桜華こそ、何でそんなに食いつくんだ」
「う、それは……。べ、別に、何でもないわ!」
お玉を持ったまま、俺は振り返った。
「飯、抜きにするぞ」
その一言で、二人がぴたりと黙った。
「……冗談よね?」
「本気だ。これ以上、騒ぐなら食わせない」
「静かにします」
「ボクも静かにする」
現金なものだ。
二人とも、一瞬で大人しくなった。
☆
出来上がったチャーハンを三人分、テーブルに並べる。
「「「いただきます」」」
三人揃って手を合わせてから、食べ始めた。
「美味しい!」
桜華が意外そうな顔で呟いた。
「一人暮らしが長いからな」
「へえ……」
「昔、作ったことなかったか?」
「言われてみれば、何度かあったわね」
思い出したように、桜華が頷く。
その横で、シオンも黙々と食べ進めていた。
食事をしながら、工場の設備やサツキネクサスにいた頃の話をした。
いつの間にか、張り詰めていた空気も和らいでいた。
☆
食事が終わると、風呂の順番を決めることになった。
「じゃんけんで決めるぞ」
「異議なし」
「分かった」
「最初はグー、じゃんけんぽん」
結果、俺、桜華、シオンの順になった。
「よし、先に入ってくる」
湯船に浸かりながら、俺は今後のことを考えていた。
桜華の処遇。
司さんへの説明。
明日以降、どう動くべきか。
考えることが多すぎて、頭の中が整理しきれない。
風呂から上がると、リビングで桜華とシオンが並んで座っていた。
「次、桜華な」
「はーい」
桜華が風呂に向かうと、俺はシオンの隣に座った。
「……大丈夫か、お前」
「何が」
「桜華のこと。急にこんなことになって」
「別に。桜華が来たいなら、来ればいい」
シオンはあっさりと答えた。
その顔を見ていると、少し安心しているようにも思えた。
しばらくして、桜華が風呂から上がってきた。
「シオン、次よ」
「ああ」
シオンが風呂に向かうと、今度は桜華が俺の隣に座った。
「……ねえ」
「ん?」
「シオンと、ここでずっと暮らしてるの?」
「ずっとじゃない。最近になってだな」
「……ふうん」
それ以上、桜華は何も言わなかった。
ただ、何か考えるような顔をしていた。
風呂が全員分終わる頃には、だいぶ夜も更けていた。
「じゃあ、それぞれの部屋で」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
三人、それぞれの部屋に別れて布団に入った。
今日一日で、色々なことがありすぎた。
横になった瞬間、どっと疲れが押し寄せてきて、俺はすぐに眠りに落ちた。
☆
目が覚めたのは、突然の揺れだった。
家全体が、ぐらぐらと大きく揺れている。
棚から何かが落ちる音がした。
「地震か!?」
俺は飛び起きて、廊下に出た。
「桜華!! シオン! 大丈夫か!?」
「ボクは平気だ!」
シオンの声が返ってきた。
彼女の部屋のドアが開き、無事な姿が見える。
「桜華は!?」
返事がない。
「桜華!」
揺れがまだ続く中、俺は桜華の部屋に飛び込んだ。
「桜華、大丈夫か――」
そこで、俺は言葉を失った。
桜華は、ぐっすり眠っていた。
この揺れの中で。
「マジか……」
隣でシオンも覗き込んできて、同じように呆れた顔をしている。
「……こいつ、本当に大物なのか、鈍いだけなのか」
「分からない」
揺れが収まっても、桜華は目を覚まさなかった。
布団の中で、何事もなかったように寝息を立てている。
「……まあ、無事ならいいか」
これ以上どうしようもない。
俺とシオンは顔を見合わせて、それぞれの部屋に戻った。
☆
翌朝。
目覚まし時計より先に、テレビの異様な音量で目が覚めた。
リビングに行くと、桜華がテレビをつけていた。
顔が画面に釘付けになっていた。
「桜華、どうした」
画面には、緊急ニュースのテロップが流れていた。
『樹海に大規模な亀裂 未確認生物の目撃情報も』
「樹海に亀裂?」
アナウンサーが原稿を読み上げている。
『昨夜の地震の後、樹海の一部に大規模な亀裂が発生していることが確認されました。調査のためドローンを飛行させたところ――』
映像が切り替わる。
亀裂の奥、薄暗い空間の中に、何か黒い影のようなものが映っていた。
輪郭がはっきりしない、生物とも機械とも分からない何か。
『この亀裂について、専門家は地下空間が形成されている可能性がある、と指摘しています』
画面の下に、大きくテロップが表示された。
『一方、SNSではこの現象を「ダンジョン」と呼ぶ動きも広がっています』
リビングが静まり返った。
シオンもいつの間にか起きてきて、画面を見つめている。
「……ダンジョン、って」
桜華が呟いた。
「ゲームの話じゃないわよね、これ」
「どう見ても、現実の話だな」
俺たちは三人とも、ただ画面を見つめることしかできなかった。
テレビの中では、専門家が亀裂について説明を続けている。
俺たちは、誰も口を開かなかった。




