第十五話 政府の決定
第十五話 政府の決定
正午。
臨時記者会見場に、各局のカメラが一斉に向けられた。
「総理より、緊急の発表がございます」
官房長官の前置きに続いて、壇上に総理大臣が姿を現した。
「本日未明、樹海において大規模な地盤の異常が確認されました。政府はこれを受け、緊急事態宣言を発令いたします」
会見場に、カメラのシャッター音が重なった。
「現場付近では、これまで確認されたことのない生物も目撃されております。政府としましては、国民の安全を最優先に、速やかな対応を行ってまいります」
総理は手元の資料に目を落としながら、淡々と続けた。
「最優先施策として、現場周辺に緊急の防護壁を建設いたします。未確認生物による被害の拡大を防ぐための措置です。並行して、自衛隊によるドローン調査を実施し、現場の詳細な把握に努めます」
記者の一人が手を挙げた。
「他国でも同様の事例は確認されているのでしょうか」
「現時点では、この現象が確認されているのは我が国のみです」
その一言に、会見場がどよめいた。
「詳細については、追って発表いたします。以上です」
質疑応答もそこそこに、会見は切り上げられた。
☆
夕方になる頃には、現地の様子が大きく変わっていた。
亀裂を中心とした半径一キロメートルの範囲に、急ピッチでバリケードが設置されていく。
重機が土をならし、鋼鉄製のフェンスが次々と立てられていく様子が、ヘリコプターからの中継で繰り返し流された。
封鎖区域には、迷彩柄の車両が次々と入っていく。
土嚢が積まれ、仮設のプレハブ小屋が並び始めていた。
『自衛隊の拠点が、現地に設置された模様です』
アナウンサーの声が、どのチャンネルでも同じように流れていた。
この日、全国のテレビ局は通常番組を切り替え、特別番組や速報を流し続けていた。
どのチャンネルも、映しているのは樹海の亀裂だった。
人々は、画面の向こうの出来事を固唾を呑んで見守っていた。
☆
その日の夜。
都内の高級料亭。
個室の障子を隔てた向こうから、静かな庭の水音だけが聞こえていた。
上座に座る防衛大臣は、杯を傾けながら、向かいに座る皐月修二を見ていた。
「それで、今日はどういったご用件で」
「単刀直入に申し上げます」
修二は箸を置いて、姿勢を正した。
「樹海の件、ガードナーを投入させていただきたい」
一瞬、大臣の表情が固まった。
「……ガードナーを、ですか」
「はい。スポーツ用として開発された機体ですが、あの現場での作業には十分対応できます。事実、アークライトとかいう田舎の企業が、交通事故の救助で実証しているでしょう」
「存じております。しかし」
大臣は杯を置いて、首を横に振った。
「ガードナーを、民間企業が国家の危機対応に投入する。そのような前例は、これまで一度もございません」
「前例がない、ですか」
修二は、わずかに口角を上げた。
「前例がないなら、作ればいいだけの話です」
「作る、とおっしゃいますと?」
「今回がその第一例になればいい。そう申し上げているんです」
大臣は、しばらく黙って修二を見つめた。
沈黙が個室の中に流れる。
「皐月社長のお気持ちは分かります。ですが、こればかりは私の一存では決められません。法整備の問題もありますし、世論の反応も読めない」
「もちろん、承知しております」
修二は穏やかな笑みを浮かべた。
「ですが、大臣。来年の選挙、楽な戦いではないと伺っております」
「それが、何か……」
「サツキホールディングスには、関連企業も含めて、多くの従業員がおります」
「そうでしょうね」
「社員だけではありません。取引先も多い。来年の選挙で、彼らがどこを向くか――」
修二は、そこで言葉を切った。
「それは大臣次第、ということです」
大臣の表情が、目に見えて変わった。
「なるほど。そういうお話でしたか」
「もちろん、公の場で申し上げるようなことではありません。あくまで、個人的な応援の話として」
大臣は、杯の中身をゆっくりと見つめていた。
しばらくして、小さく頷く。
「まずは、関係各所と調整させていただきます」
その声には、さっきまでの慎重さは感じられなかった。
「ありがたいお言葉です」
修二は深々と頭を下げた。
顔を上げたとき、その口元には笑みが浮かんでいた。
料亭を出ると、黒塗りの車が待っていた。
「お疲れ様でした」
運転手がドアを開ける。
修二は後部座席に乗り込みながら、スマホの画面を眺めていた。
「うまくいきそうだ」
誰に言うでもなく、呟きが漏れる。
前例さえ作れば、あとは早い。
「ガードナー事業に国家予算、か」
修二は、車窓に流れる夜景を眺めていた。
☆
それから、一週間が経った。
『速報:ガードナーの危機対応活用、緊急閣議決定』
テレビの画面に、そのテロップが流れた瞬間、国中が色めき立った。
『政府は本日、樹海の亀裂――通称「ダンジョン」への対応として、民間企業が保有するガードナーの投入を可能とする特例措置を、緊急閣議決定いたしました』
アナウンサーの声が、淡々とそれを読み上げていく。
『これにより、認可を受けた企業のガードナーが、政府の要請のもと、現場での作業にあたることが可能になります』
画面の端には、「史上初」の文字が躍っていた。




