第十三話 桜華の冒険
ベッドの上で、わたしは三日連続で同じ格好のまま転がっている。
テレビをつけっぱなしにしたまま、スナック菓子の袋に手を突っ込む。
画面の中では、優勝インタビューを受ける霜月レジデンスの選手が爽やかに笑っていた。
「……は、何よそれ。別に強くもないくせに」
誰も聞いていない独り言を吐きながら、わたしは菓子をぼりぼり頬張った。
ここは、都内にあるタワーマンションの最上階。
サツキホールディングスが所有する物件の一室で、わたしはこの一週間、ずっとここにいる。
シーズンが総合二位で終わった、あの日から一週間。
あのとき、わたしは部屋を出ようとした。
もう我慢の限界だった。
雄介の指示で練習がぐだぐだになり、シオンは怪我をして、わたしは機体に乗る気力さえ失いかけていた。
だから、部屋を出て、どこか遠くに行こうとした。
「どこに行くんですか、鳳来さん」
その一言とともに、わたしは黒服の男たちに囲まれた。
「……は?」
気がついたら、この部屋に軟禁されていた。
鍵は外側からかけられ、外に出ようとすると、ドアの前に立つ男たちが丁寧な口調でそれを止める。
「鳳来さんの安全のためです」
安全のため、ね。
誰の安全よ、それ!
☆
わたしは、人前ではちゃんとしている。
プレイヤーとしての顔も、取材対応も、そつなくこなしてきた自負がある。
でも、一人になると、途端にだらける。
これは昔からの性格だから仕方がない。
問題は、その『だらけ具合』が、最近さらに悪化しているということだ。
雄介がチームのトップに立ってから、誰も何も言わなくなった。
練習をサボっても、だらしない生活をしていても、誰も咎めない。
注意する人間が、もういない。
高吉がいた頃は、違った。
「桜華、また夜更かししたのか。肌荒れたら困るのはお前だぞ」
あの小言が、今になって妙に恋しい。
細かいところまで気が利いて、言うことはいちいちキツかったけど、それが全部こっちのためだったって、今なら分かる。
あの事故があってから、どうもずっと調子が狂っている。
シオンが運ばれていったあの夜から、何もかもが噛み合わなくなった。
高吉が辞めて、シオンが怪我をして、気づいたら、わたしの居場所がどこにもなくなっていた。
「暇すぎる」
スマホを眺めながら、わたしはぽつりと呟いた。
軟禁っていっても、食事もネットもある。
外に出られないだけだ。
退屈すぎて、わたしはウーバのアプリを開いた。
「……ピザでも頼も」
別にお腹が空いてるわけじゃない。
ただ、何かしてないとおかしくなりそうだった。
☆
三十分後、インターホンが鳴った。
『お届け物です』
画面に映るのは、キャップを被った配達員だった。
「今、解除するから上がってきて」
エントランスのロックを解除する。
しばらくすると部屋のインターホンが鳴った。
『鳳来さん、お食事のお届けです。お部屋まで運ばせていただきます』
意外にも、配達員が直接部屋まで通された。
あの黒服達が受け取ると思っていたのに。
考えてみれば当然か。
黒服たちは、わたしが部屋から出ないかを監視しているだけで、食事の受け取りまで細かく管理しているわけじゃない。
ピザの箱を受け取りながら、わたしの頭に、ふとアイデアが浮かんだ。
「ねえ、あなた」
「はい?」
「体格、わたしと近くない?」
「そんな、めっそうもない」
「いいから。ちょっと、服、交換してくれない? 秘密にしてくれるなら、これ全部あげる」
配達員は目を丸くしていたが、わたしが差し出した現金の束を見て、あっさりと頷いた。
世の中、だいたいのことはお金で解決する。
「……これ、本当に全部?」
「全部」
「分かりました。わたし、やります!」
配達用のウェアとキャップを受け取って、わたしは手早く着替えた。
鏡を見る余裕もなかった。
帽子を深く被れば、ぱっと見では分からないはずだ。
空の保温バッグを肩にかけて、わたしはドアを開けた。
廊下には、相変わらず黒服の男たちが立っていた。
数えてみると、ざっと十人はいる。
たかが一人の女を監視するのに、大げさにもほどがある。
そのうち二人がこちらを見た。
「お疲れ様です」
「どうも」
わたしは配達員のふりをして、軽く頭を下げた。
男たちは特に気にする様子もなく、通路を空けてくれた。
心臓がバクバクいっていたけど、表情には出さないように気をつけた。
エレベーターに乗り込むまで、何事もないふりを貫く。
一階に降りて、自動ドアを抜けた瞬間、わたしは小走りで建物から離れた。
「やった!! これで自由よ」
夜風が気持ちよかった。
久しぶりに吸う、外の空気だった。
☆
とはいえ、どこに向かえばいいのか分からない。
このまま適当に歩いても仕方がない。
そこで、ふと思い出した。
シオンが教えてくれたURLのことを。
「そうだ。確かスクショしてたはず」
スマホで写真を探ると残っていた。
『アークライトホライズン』の公式サイトのアドレス。
所在地も、トップページに書いてあった。
わたしは大通りまで出て、タクシーを拾った。
「ここまで、お願いします」
「お客さん、結構遠いですよ」
「構いません。急いでください」
窓の外を流れる街の灯りを眺めながら、わたしはこれからどうするかを考えていた。
☆
アークライトホライズンに着いたのは、すっかり夜になってからだった。
町工場然とした建物の前で、わたしはタクシーを降りた。
あたりは静かで、灯りもまばらだ。
「ここに高吉がいる」
とりあえず、近くで見かけた人に尋ねてみることにした。
「あの、小山高吉さんって方、ご存知ですか」
「小山さんなら、そこの会社の人だよ」
「社員寮は?」
「ああ、あそこ。工場から歩いてすぐ」
親切に道順を教えてもらって、わたしはその方向へ歩いた。
古い一戸建てが見えてくる。
表札はないけど、ここで間違いなさそうだ。
わたしはインターホンを押した。
しばらくして、玄関の明かりがつき、扉が開いた。
「……は?」
顔を出した高吉は、わたしを見て固まっていた。
「桜華……。なんでお前がここに」
「久しぶりね、高吉」
わたしは、できるだけ平然とした顔を作った。
ここまでの道のりの大変さなんて、おくびにも出さない。
そのとき、高吉の後ろから、ひょこっと顔を覗かせる人物がいた。
「……誰か来たのか?」
シオンだった。
部屋着姿で、くつろいだ様子でそこに立っている。
わたしの頭の中で、何かがぷつりと切れる音がした。
「……シオン」
「ん、桜華? どうした」
「なんでシオンが、こんな時間に、高吉の家にいるのよ!!」
わたしの声が、夜の住宅街に響き渡った。




