第十一話 ありふれた日常
ガードナースポーツのシーズンが、本格的に始まった。
といっても、俺たちアークライトホライズンは開幕戦を逃した身だ。
出場できるのは次の試合からになる。
それでも、世間の反応は想像していた以上に大きかった。
「社長、また電話です」
「俺が出る」
司さんは最近、ずっとこの調子だ。
事故現場での一件が新聞やネットで広まってから、取材の申し込み、スポンサーの打診、同業他社からの挨拶まで、ひっきりなしに連絡が来るようになっていた。
「悪いが、しばらくこっちに付きっきりになる。現場の方は任せた」
「分かりました」
司さんが電話を切った直後、また別の電話が鳴った。
「……休む暇ないですね」
「今だけだ」
そう言いながら、次の電話を取った。
☆
大和田さんと真央さんは、出場が流れたこともあって、いったん自分たちの持ち場に戻っていった。
「また呼んでくれよ、次こそ試合出たいからな」
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました。またお願いします」
大和田さんも真央さんも本業がある。
試合や練習のときに来てもらう約束だ。
二人を見送って振り返ると、工場の中が少し広くなった気がした。
☆
香織さんの成長は、傍で見ていてもはっきり分かった。
決闘のときに指摘した右肩の癖も、最近はほとんど出なくなっている。
「右肩、下がってないか確認してみてください」
「……うん、意識はしてる」
香織さんは動きを止め、モニターを確認する。
「前よりいいですね」
「本当?」
「はい」
「よし。もっと頑張るぞ!」
霜山さんたちサービスメンバーの腕も上がってきた。
最初は俺が一つ一つ教えていた調整作業も、最近では任せられる部分が増えている。
「小山さん、このログ見てもらえますか?」
「ん、どこだ」
「ここ、負荷の数値がちょっと気になって」
坂本が持ってきたデータを見ると、確かに小さな異常の兆候があった。
「よく気づいたな」
「小山さんに教わった通り、毎日見てるんで」
坂本は嬉しそうに笑った。
「そうか」
俺も画面をもう一度見る。
以前なら、自分で見つけることはできなかっただろう。
「じゃあ、次からは原因まで考えてみてくれ」
「はい」
☆
俺自身の生活も、だいぶ落ち着いてきた。
朝は八時前に起きる。
工場までは歩いて十分。
仕事をして、昼飯を食べて、午後からまた整備。
練習が終われば、夕飯を食べて風呂に入る。
サツキにいた頃と比べれば、随分と楽になった。
まあ、暇になった分だけ、夜が長いけどな。
時間ができると、アークライトホライズンの公式HPを覗くのが習慣になっていた。
掲示板には、相変わらず色々な書き込みがある。
『Fクラスなのに事故救助とか意味分からん』
『次の試合いつ?』
『小山って人、サツキにいた人だよな。詳しい人いる?』
たまに自分の名前が出てくると、なんとも言えない気分になる。
これには、いまだに慣れない。
☆
そうしている間に、二週間が経った。
ある日の午後、工場のインターホンが鳴った。
「はい」
「ここ、アークライトホライズンでいいんだよな」
応答した霜山さんが、声の主を聞いて目を見開いた。
「あなた……。白銀シオンさん、ですよね?」
「ああ、そうだ」
モニター越しの声は、間違いなくあいつのものだった。
俺は慌てて入り口に向かった。
扉を開けると、荷物を一つだけ持ったシオンが立っていた。
「シオン。何しに来た?」
「決まってるだろ」
シオンは、いつもの落ち着いた調子で言った。
「ここで、プレイヤーをやらせてくれ」
☆
その日の夜。
テレビのニュースで、思わぬ報道が流れた。
『サツキネクサス所属だった白銀シオン選手が、本日付で退団したことが分かりました。サツキネクサス側は本人からの申し出を受け――』
「シオン、本当に辞めたのか」
俺は画面とシオンを交互に見た。
「言ったろ。ここで働かせてくれって」
「いや、辞めてくるとは聞いてない」
「言ったら止めただろ」
その通りだったので、何も言い返せなかった。
「社長、どうします」
司さんは短く息を吐いた。
「シオンの腕なら、俺も知ってる。小山が保証してるなら、なおさら断る理由はない」
「ありがとうございます」
シオンが頭を下げた。
こうして、あっさりとシオンの加入が決まった。
「それで、住むところは?」
霜山さんが尋ねると、シオンは少し考えるような顔をした。
「まだ決めてない」
「じゃあ」
俺は仕方なく口を開いた。
「うちに来るか。部屋は余ってる」
俺が住んでいる社員寮は一戸建てで、一人で暮らすには広すぎるくらいだった。
「いいのか」
「嫌なら他を探せ」
「いや、助かる」
シオンはあっさりと頷いた。
俺の社員寮にはシオンも住むことになった。
「……同居、ね」
香織さんが何か言いたそうにこっちを見ている。
何か言われる前に、俺は話を切り上げた。
☆
翌日。
アークライトホライズンの公式HPの掲示板は、ちょっとした騒ぎになっていた。
『シオン加入ってマジ?』
『マジ。公式見ろ』
『サツキのシオンだよな?』
『そう』
『なんでFクラスにいるんだよw』
『小山がまた何かやったらしい』
『小山って誰だよ』
『元サツキのサービス』
『あー、桜華との写真の人!』
シオンの加入は、思っていたより大きな反響を呼んでいた。
コメント数は、事故の件の時よりも伸びている。
「……すごいことになってるな」
俺がパソコンの画面を眺めていると、霜山さんが横から覗き込んできた。
「これも見てください」
「ん?」
霜山さんが指差したコメントに、俺は目を留めた。
『そういえば、サツキの桜華選手、シーズン中に契約解除したって噂あるよな』
『マジ? 聞いてない』
俺は画面をスクロールする指を止めた。
『どこかで見た。行方不明になってるとかなんとか』
『え、それやばくない?』
「……桜華が? 嘘だろ」
俺は画面を閉じた。
けれど、頭からその書き込みが離れなかった。




