表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

・03話



<O-286(紀元前490/489)年><春><ペルシャ帝国のスーサの都><メティオコスの邸にて>



 ――キモン君の腹違いのお兄さんであるメティオコスさんのお屋敷はかなり立派なもので、ペルシャ人の平均がどのくらいかは知らないけど、僕たちの基準で言えばそれはとても豪勢なもので、内装にもかなりお金とこだわりが投じられてるように見えました。そう言えば、メティオコスさんは芸術方面に才能がおありの方でしたから。――



    小早川ピライオス家の長男-メティオコス

「やあやあ、これはようこそいらっしゃいました、ヘカタイオスさん。あれはたしか、ケルソネソス(津軽半島)を放棄する直前だったでしょうか、あなたが突然訪ねて来られて、私や父に、ペルシャ人への降伏を勧めておられたのは」

    歴史家-ヘカタイオス

「左様です、イオニア(浦上)の反乱でミレトス(柔①)市などの惨状を目の当たりにした者としましては、総督からの命令が無かったとしても、あなた方には『無駄な抵抗は止めたほうが賢明である』と是非にも伝えねばと思いましたので」

    小早川ピライオス家の長男-メティオコス

「フフフ、あの最後の宴は面白かったな。劇作家のプリュニコスがミレトス(柔①)の陥落を題材にした悲劇をやってくれたりしてましたよね。それで、ペルシャ軍が接近してきたというので、お客人の方々にはお引き取り願ったあと、ようやく父がアテナイ(山口)から帰って来たのです。父はペルシャ人に降伏するなんて考えはこれっぽっちもなく、船に乗ってアッティカ(長州)へ戻ることを決定し、私もそれに従ったのだけど、なんの因果か私の指揮する船だけペルシャ海軍に捕捉されてしまってね。おかげで、私は今こうしてここに居るという訳ですよ」



 ――このメティオコスさんはミルティアデスさんの長男ですので、小早川ピライオス家の四代目を継ぐことになってました。けれど、みんなでケルソネソス(津軽半島)を捨ててアッティカ(長州)に逃れる時、運悪しくメティオコスさんだけがペルシャ軍に捕まってしまい、その後の消息がわからなくなってしまいましたので、次男のキモン君が跡継ぎになるという話が出たりしてたのです。

 けれど、メティオコスさんはどうやらスーサの都に連れて行かれたあと、「そこで邸を与えられ生きている」という噂が届いたため、ミルティアデスさんの許可を得てキモン君が直接確かめに来たという訳なのです。


 けれど、繰り返しになりますが、キモン君は身元がバレる訳にはいきませんので、あくまで「歴史家さんの付き人として訪れた」という態で、お兄さんの邸に通され、およそ三年半ぶりの再会を果たしたのでした。――



    小早川ピライオス家の長男-メティオコス

「さあさあ、お付きの方々も中へ。私の妻が、せっかく酒や肴を用意してくれたのです。堅苦しい調査だけでなく、もう半ば忘れかけている故郷の話などもぜひ聞かせて欲しいものだ」



 ――部屋の中には、メティオコスさんとその奥方と思わしき女性とその通訳?と、その他にもう二人だけ居ました。けれど、どうやらその二人は監視役かなにからしく、メティオコスさんはキモン君や僕のことに当然気づいた筈が、素知らぬ振りをして、話も際どいところへは決して行きませんでした。


 ちなみに、メティオコスさんの隣に座ってる女性はペルシャ人の某貴族のご令嬢らしく、すらりと背が高くいかにも豪奢な衣装や装飾品を身にまとってました。ヘカタイオスさんの情報によれば、大王・ダレイオスの肝いりで嫁入りして来たらしく、その目的はメティオコスさんを監視させるためか、あるいは反逆者で有名なミルティアデスさんの息子を懐柔するためか、逆に反逆者の息子を寛容に処すことによって自分の器の大きさを内外に宣伝するためか、のいずれかではないかとのことです。


 そのいずれが正解かは判りませんが、少なくともメティオコスさんはペルシャ人の奥さんを大事に扱って、夫婦仲は悪くないように僕の目には映りました。けれど、奥さんの存在はともかく、もう二人の監視役と思わしき同席者は記録をこまめに取ってることからして、大王か誰かへの報告が義務づけられてるのはほぼ間違いないでしょう。

 しかも二人の容姿や声音からすると、彼らはおそらく宦官かんがんというやつです。宦官というのは男のあれを去勢して女っぽくさせられた人々で、ペルシャの宮廷では官僚としては最も従順で使いやすいという理由から大量に召し抱えられてる存在なのです。きっと、このような監視役の任務にはうってつけなのでしょう。


 それと歴史家さんが言うには、ミレトス(柔①)の町が陥落した時、少女はみんな王宮などに連れ去られ、少年はみんな去勢されてしまったという話ですので、酷い話ですが、もしかすると大王の宮殿には元ミレトス(柔①)人の侍女や宦官も大勢居たりするのかもしれません。――



    小早川ピライオス家の次男-キモン

「メティオコス様、聞き取り調査にご協力いただけるお礼として、またあなた様の故郷でもあるエーゲ海からのお土産として、このようなものを持って参りました。詰まらぬ物ではありますが、よろしければお受け取り下さい」



 ――キモン君は歴史家さんの付き人らしい控えめな態度で前に出ると、お土産として持参した品々の影に葉書を忍ばせて、ちらっとだけ目配せしながらメティオコスさんに渡したのでした。お土産の中には歴史家さんの最新の著書などもあり、メティオコスさんはさっそくそれを開いてパラパラと読むふりをしながら、キモン君からの葉書にも素早く目を通したのです。――



    小早川ピライオス家の長男-メティオコス

「やあやあ、これはこれは心憎い土産をどうもありがとう。私ももう故郷を離れて四年ほどにはなるから、こうした地元を思い出す土産はありがたいよねぇ~。これをいただいたからには、あなた方の調査にも快く応じねばなりませんね。もちろんこれは、大王陛下からのご命令であるから、たとえ不快だったとしても喜んで応じることに違いは無いけどね。

 いずれにせよ、そろそろ本題に移ろうか。ケルソネソス(津軽半島)からこちらに連れて来られた私の身の上話しを詳しく調査したい、との事でしたね?」

    歴史家-ヘカタイオス

「フムフム、大王陛下より『イオニア(浦上)反乱の顛末を歴史書にまとめて提出せよ』と命じられております。あるいは、言いたく無いこともあるやもしれませぬが、よろしくお願いします」

    小早川ピライオス家の長男-メティオコス

「いえいえ、この私に隠すほどの事など何もありませんから、どうぞ遠慮なさらずに忌憚なく何でも尋ねて下さい。

 さて、ご覧の通り、私は大王陛下にとても良くしてもらっていますよ。なにしろ、これほどの大豪邸を用意していただくのみならず、加えてペルシャ人のかくも美しきお嬢さんを妻にいただけるというこの上なき栄誉にも預かっているのだから、これ以上に望むものは何も無いほどだよ。

 それだから、わが父を筆頭にヘラス(大和)民族のみんなは、ペルシャ人に降伏すれば辛い目に遭わされるとか、屈辱を強いられるとか悪いことばかり考えてそれを断固拒絶しようとする人が多いだろうけど、それは間違いなく間違った考え方だね。嘘だと思うなら、この私を見れば良い。あのミルティアデスの息子にも関わらず、大王陛下に臣従し、その意に叶えば、このようにあり得ないほどの優遇をいただけるのだから。

 だから君たちも故郷に帰ったなら、同胞たちにそのように伝えてあげてもらいたい。下手に抵抗をして、ミレトス(柔①)市やエレトリア(出雲松江)市のように町を破壊されたり、遠く離れた場所に強制移住させられたりするような不幸な目に遭うよりかは、こうして大王陛下の御前に跪けば、才覚次第で過分な地位を得られたりもするのだから……」



 ――メティオコスさんのこのような発言が、監視役の人を気にしての嘘なのか、それとも本心を語ってるのかは見分けづらいところがあり、歴史家さんの調査が終わってお屋敷を退出したあとも、キモン君はどうにももどかしい思いをしてるようでした。


 でも後日、メティオコスさんから返礼の品々が届けられ、そこに自作の詩も一つ葉書に書かれていて、キモン君によるとそれはお兄さんと昔やった暗号遊びの一種らしく、こう読み取れたそうです。――



『私は満足だ、早く帰れ、捕まる前に』



 ――キモン君はこのとても短い文章を繰り返し繰り返し読み込んでました。「暗号が他にも隠されてるかも」と考えたからでしょうか。それとも「解釈の仕方が間違ってるかも」と考えていたのでしょうか。

 けれど結局、これの他には暗号を見つけられなかったようです。


 そうこうする内に、ヘカタイオスさんは大王・ダレイオスに会いに行き、マラトン(萩)の戦いに関する調査報告をしましたが、大王はそれに満足しなかったらしく、「さらなる調査をして再び報告せよ」との命令が下されたそうです。

 おかげで、ヘカタイオスさんはすぐさまエーゲ海のほうへ戻らねばならなくなってしまいました。キモン君はもっと粘ってお兄さんの本音をもっと明らかにしたいと望んでましたが、さすがに僕たちだけでスーサの都に残るのは危険過ぎるから、歴史家さんも僕たちの安全を考慮して、エペソス(柔④)の港まで同行することを強く勧めてくれました。


 キモン君は「一度やると決めたら絶対諦めない男」ですが、さすがにこれ以上ここに居て身元がバレてしまったら、歴史家さんやお兄さんにも多大な迷惑がかかるだろうし、それに当のお兄さんの暗号に「早く帰れ」と書かれてしまってるからには諦めるしか無く、泣く泣く帰国することに同意したのでした。



 帰りの道中は、見るもの全てが珍しかった行きほど楽しくは無く、とにかく先を急ぐような感じになってしまいました。

 けれど、三ヵ月の道のりはやっぱり遠くて、アジアの暑過ぎたり寒過ぎたりする地方をなんとか通り過ぎてようやく懐かしの、勝手知ったるエーゲ海の鮮やかな青を目にした時には、キモン君と僕とは二人してしかと抱き合い雄叫びを挙げたものでした。――



    二人

「「やー! 海だー! 海だー! 海だぞー!」」



 ——季節はもうすっかり夏でした。——


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ