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・02話



<O-286(紀元前490/489)年><冬-春><ペルシャ帝国のキッシア地方><アンペという町にて>



 ――アンペという町は、スーサの都からそれほど離れていないところにあって、とても大きなティグリス河のすぐ傍に、そして海からも割と近くにありました。ただ、海と言ってもこちらの海(※地中海のこと)とはまた別の『紅海』と呼ばれてる海(※ペルシャ湾等のこと)で、僕たちが知るエーゲ海の景色とはずいぶん趣きが違っていて、もっと平らで砂っぽい場所でした。


 この町には歴史家さんが言ってたとおり、今から五年ほど前にミレトス(柔①)の町から連れ去られて来た人々が割と普通に暮らしていました。この人々は「反乱を率先して仕出かした最悪の捕虜」としてはるばるスーサの都までペルシャ軍に連行されて来て、大王ダレイオスの前に突き出されたそうです。けれど、大王ダレイオスは彼らのその姿を見ると急に哀れを催してか、それ以上酷い罰を与えることはありませんでした。そのかわり、彼らが故郷に戻ることは固く禁じ、この町に暮らすことを厳命したという話です。――



    助手-ヒッポダモス

「おお、キモンか! 長旅ごくろうさん、ここまでの旅はどうだったかい? きっと知恵熱が出るくらい面白い旅だったんじゃないのかい?

 まあいいや、それらの積もる話は食事の時にでもするとして、先生、ここに住んでる元ミレトス(柔①)人の名簿はあともう少しで完成します。これがこの町の地図で、自作ですけどこのほうが判りやすいでしょ」

    歴史家-ヘカタイオス

「フムフム、これは見やすいな」

    助手-ヒッポダモス

「住所、氏名、年齢、簡単な履歴などなど、調査はまだ途中ですが、だいたいは把握できましたよ。――爺さん、この町はぱっと見、のんきに見えるが、住民たちはお互い監視するように命じられてて、おかしな動きを見せたらお互いを密告させられてるそうで。そして『徒党を組んで騒ぎ立てるなら、今度こそ皆殺しにしてやる』と脅されてるものだから、みんなかなりビビッて暮らしてる。実際ここを逃げ出そうとした人はすぐに発覚して酷い目に遭わされたらしい。だからこっちも、知り合いだからといって気安く話してたら、すぐにペルシャ人にバレるだろうから、せいぜい気をつけるよう――」

    歴史家-ヘカタイオス

「――なるほど、気をつけよう――」



 ――このヒッポダモスという助手も歴史家さんと同じ、今は亡きミレトス(柔①)市の出身で、親や親戚はみんなペルシャ軍によって殺されるか行方知れずになっているという話です。だから、彼の将来の夢は「今は廃墟になってるミレトス(柔①)の町を自分の手で復活させること」なんだそうです。

 けれど、今みたいにペルシャ軍に占領されてるかぎりそんなことは絶対無理だから、とにかくペルシャ帝国の内情を調べて彼なりにその隙をうかがっているんだとか。もちろん、彼のそういう夢もペルシャ人に知れるとかなり不味いので、僕たちは絶対おおっぴらに話したりしませんが。


 ちなみに、この可哀想なヒッポダモスは僕たちと同い年で、そう頻繁に会えるわけではありませんが、普段はキモン君に憎まれ口を叩いたりするような、そんな気安い仲だったりします。でも彼は、昔のことを語ると嫌なことを思い出して感極まって泣き出してしまうこともありますので、キモン君は彼に同情して一緒に泣いてあげたり、彼の夢を「必ず助ける」って言ってあげたりしてます。

 僕だって彼の願いが叶うといいなぁと思いますが、諸事情のことを考えるとそれを実現するのは難しいと思います。もちろん、彼には絶対言えませんけど。



 それはともかく、ヘカタイオスさんも彼と小声で二こと三こと話して内情を確認したあとは、「大王へ奉献する歴史書に記すための公式調査だ」と称して、この町の人々への聞き取りを始めました。

 そして、どうやらその中には昔の知り合いも少なからず居たようで、歴史家さんは時に笑い、時に涙ぐみながら調査をしていました。――



    元ミレトス人

「おお、またずいぶん懐かしい顔だ、ヘカタイオスよ! それにしても、あんたはずいぶん上手く立ち回ったようだなあ? ミレトス(柔①)人を反乱にけしかけこんなザマにした張本人の一味のくせになあ。いやまあ、その件に関してはもうクドクドとは言うまい。しかしこんな俺たちを哀れに思うのなら、大王なりペルシャ人なりに言って、俺たちが故郷に帰るのを許可してくれるよう上手く掛け合ってくれないか? ペルシャ人も認める有名な学者さまなら、当然それくらい出来るだろう?」

    歴史家-ヘカタイオス

「……わかった、出来る限りのことはやってみると約束しよう。大王に直接会うのは二度目であるから、確かにとは言えない所ではあるが……」



 ――こうして数日の間、僕たちはアンペの町での聞き取り調査に従事してました。ここキッシア地方は、夏の暑さがかなり酷く大王も避暑のためメディア高原にあるエグバダナに移ったりするほどだと聞きましたが、冬や春の間は逆に温暖でそこそこ過ごしやすい場所でした。


 ところで、今から半年ほど前のマラトン(萩)の戦いの時にも、このアンペの町のミレトス(柔①)人と似たような運命に見舞われた人々がいました。ペルシャ軍はマラトン(萩)に上陸する前、そのすぐ北に浮かぶエウボイア(山陰道)島のエレトリア(出雲松江)市も襲ったのですが、この町を攻め落とすと少なく無い数の市民たちを捕え、彼らをスーサの都の大王の前へ引っ立てて来たらしいのです。

 エレトリア(出雲松江)市はアテナイ(山口)市とともに、イオニア(浦上)の反乱に援軍を送って加担した数少ないヘラス(大和)本土のポリスでしたので、ペルシャ軍から報復としてそのような目にあったという訳です。けれど、大王ダレイオスは連行されてきた彼らを見ると、また哀れをもよおしてか、それ以上の罰を加えることなく、都からそう遠くない「アルデリッカ」とかいう王直轄の地に彼らを住まわせたというのです。


 この話を耳にしたキモン君は「彼らにも絶対会いに行きたい」と強く希望してましたが、アルデリッカを調査する許可は残念ながらおりなかったそうです。まだ移住して間もないので、同胞に刺戟されて里心がつき、逃亡すること等を警戒してのことでしょうか。

 それはともかく、僕たちアテナイ(山口)人も、マラトン(萩)の戦いでペルシャ軍に負けていれば彼らと同じような運命に陥っていたかもしれないことを思うと、彼らの境遇は決して他人事ではなく、とても身につまされる話でした。



 さて、こうして僕たちは、アンペの町での事情聴取の資料整理を手伝ったりしつつ、スーサの都でさらに数日を過ごしていましたが、ついに大王のもとから連絡が来ました。――



    歴史家-ヘカタイオス

「やあ、待たせたなキモン君、喜びたまえ、君の兄上を訪ねることは許可されたぞ。ただし、あくまで正しい歴史を書くための調査の一環として、彼に『反乱当時のことを事情聴取する』という態で会うわけじゃから、果たして君が身分を明かしてメティオコス氏との打ち解けた兄弟話など出来るかどうかまでは不明じゃぞ。もしもこの調査に邸の警備兵なども立ち会うというのであれば、全て大王やペルシャ人に筒抜けになるじゃろうからな」

    小早川ピライオス家の次男-キモン

「解りました、ではその場合には口を開かず、兄の顔を見るだけで満足します」


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