・01話
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<O-286(紀元前490/489)年><冬-春><ペルシャ帝国のキッシア地方><スーサの都にて>
歴史家-ヘカタイオス
「どうだねキモン君、これが噂のスーサの都、ペルシャ帝国で最も大きな町の一つじゃ」
小早川家の次男-キモン
「はい、エーゲ海にあるどの町よりも遥かに大きいようです。さすがですね」
歴史家-ヘカタイオス
「フムフム、ここには大王の巨大な宮殿があり、帝国の官僚たちも大勢暮らしておるからの」
語り部-エウティッポス
「でもさぁキモン君、この町には堅固な城壁は無いようだよ、噂に聞くバビロンやエグバタナと違って。ちょっと不用心だよね」
小早川家の次男-キモン
「たしかにな」
歴史家-ヘカタイオス
「フムフム、なかなか良いところに目をつけた。つまるところこれは自信の現われと見るべきじゃろうな。世界広しといえど、ここまで攻め込めるような殊勝な輩は、事実上皆無と言うことじゃ。わがヘラス(大和)民族の中に、たまに『ペルシャ帝国を倒してやる』などと嘯いておる輩もおるが、エーゲ海からここまで片道三ヵ月もかかるのじゃからな。馬鹿者の戯れ言か、もの知らずの夢物語に過ぎんよ」
――このなんでも知ってる物識りのお爺さんは有名な歴史家のヘカタイオスさんで、イオニア(浦上)地方のあのミレトス(柔①)市の出身だそうです。そうです、イオニア(浦上)の反乱の時に町を完全に廃墟にされてしまったあのミレトス(柔①)のことですので、今は故郷を喪失してしまわれた可哀想な方です。
でもヘカタイオスさんはその博識ぶりを敵方のペルシャ人にも買われ、イオニア(浦上)の反乱に与した市たちのため単身サルディス城に乗込んで、降伏の条件が少しでも穏便なものになるようにと様々に尽力されたとのことで、その縁もあって反乱鎮圧後はペルシャ帝国内を自由に歩き回ることが特別に許されているのです。
ただ、その条件として「エーゲ海方面のヘラス(大和)民族の動向を事細かに調査し、定期的に総督や大王へ報告せよ」と命じられていて、「それを誠実に履行する限りにおいては反乱に加わったイオニア(浦上)の諸市に対してもある程度は寛大に取り扱ってやる」と言われているそうなのです。
そういう訳で、この旅もスーサの都に住む大王・ダレイオスに報告するためのいわば公務のようなものだったりする訳です。しかも、「今年の夏にあったマラトン(萩)の戦いに関するあれやこれやをエーゲ海で詳しく調査した結果を大王に直接報告するため」というこれ以上ないほどの確かな理由がありますので、この旅の道中はペルシャ帝国が奇麗に整備している街道や立派で清潔な宿屋を堂々と疑われることなく使わしてもらえるという訳なのです。
おかげで本来なら、すぐペルシャ人に捕まってもおかしくないはずのキモン君と僕も、ヘカタイオスさんに便乗させてもらうことによってここまで何事もなく快適にやって来れたという訳なのです。なにしろキモン君は、マラトン(萩)の戦いでペルシャ軍を散々に打ち破ったアテナイ(山口)軍の総指揮官の息子さんなわけですからね。
もしかするとまだその件については大王の耳に詳しく届いていないかもしれないけど、その前のイオニア(浦上)の反乱の時や、もっと昔のスキュタイ遠征の時にも、ミルティアデスさんは大王とペルシャ軍を裏切ろうとした前科もある方だから、その息子のキモン君がこんなところに居ると知れば、どう考えてもただで済むわけ無いのです。
でもおかげさまで、歴史家さんの助手か付き人ということにしておけば関所などで怪しまれる事は全然なく、ペルシャ帝国の中心たるスーサの都まで難なく潜り込めてしまったという訳なのです。もちろんそうはいっても、実際には凄い重たい荷物持ちを手伝わされたりして、辛かったりもしたのですけどね。
それはともかく、キモン君が何故、捕まる危険を冒して、わざわざ三ヵ月もかけてこの遠いスーサの都までやって来たかというと、――
歴史家-ヘカタイオス
「キモン君、あの右手に見えるお屋敷が例のお屋敷じゃ。ミルティアデス殿の長男・メティオコス氏の」
小早川家の次男-キモン
「あれが、異母兄さんの……」
語り部-エウティッポス
「わあ~、ずいぶん大きいんですね~! 大王に厚遇されてるっていう話は本当だったんだ~」
歴史家-ヘカタイオス
「とはいえじゃ、門前に物々しい警備兵が居ることからも解る通り、彼に行動の自由はないので、いきなり訪ねていけば変に怪しまれることじゃろう。そこで、わしはこれから大王陛下にお会いいただけるよう役所に申請を出すが、その際にメティオコス氏をお訪ねして良いかの許可も同時にいただいてこよう。このわしならば、調査関連の理由で、彼に会ったとしても別に怪しまれる事は無いじゃろう」
小早川家の次男-キモン
「はい、よろしくお願いします」
歴史家-ヘカタイオス
「フムフム、とはいえじゃ、それまで少なくとも数日、下手をすればもっとかかるじゃろうから、わしは先にアンペという町へ調査に行くつもりじゃ。そこはイオニア(浦上)の反乱の時に、陥落したミレトス(柔①)の町から連れ去られた人々が住まわせられておる所で、いわば反乱を起した罪でそこに強制的に移住させられておるという訳なのじゃが、ペルシャ帝国に逆らえばどういう事になるかという見せしめにもなっておる。
そこで大王はわしにも、『歴史書に詳しく記すため、上洛の際には良く見聞しておけ』と命じられておるのじゃ。わしとしても、かつての同胞に会えるのであれば願ってもないことであるから、有り難く見聞調査に赴こうと思っておる。そこでじゃ、その町はここからそう遠くはないらしいので、君たちも後学のため見学しておくが良いと思うが、どうするかね?」
小早川家の次男-キモン
「わかりました、私もそれに興味があります。もしも出来ることなら彼らを救い出してあげたいところですが、それが無理でも彼らの辛い話を聞いて故郷の友人や親戚に届けてあげることくらいなら、きっと出来るでしょうから」
――さっきも述べましたが、キモン君と僕は身元が知れるとかなりヤバいことになってしまうので、あまり動き回らないほうが安全だとは思うのですが、でもキモン君はこういう事を見捨てておけない性分なので、当然こうなります。――
歴史家-ヘカタイオス
「フムフム、ところで現場にはわしの弟子が一人、調査のためすでに前乗りしておる。君たちも覚えているかな、あのケルソネソス(津軽半島)の最後の宴でわしについて来ておった若者なのじゃが」
小早川家の次男-キモン
「あっ、ヒッポダモスですね、もちろん良く覚えています。というより、彼はあの後もアッティカ(長州)に訪ねて来てくれて、ペルシャ軍の情報などを教えてくれたりしていましたから」
歴史家-ヘカタイオス
「――キモン君、軽率じゃぞ。いつ何時も、それらの件は知らぬ事にしておきたまえ。君たちは『多少は面識があるがその程度の間柄』、という設定じゃ――」
小早川家の次男-キモン
「失礼しました、ええ、彼とは一年ほど前に宴をともにしたことがあり、とても意気投合したのですが、今では先生の助手として先輩後輩になりますので、きちんと挨拶をしなければなりませんね」
歴史家-ヘカタイオス
「フムフム、それでよろしい。――ここは大王のお膝元じゃ、どこに大王の目や耳が潜んでおるやもしれぬからな。これから行くアンペという町も、捕われのミレトス(柔①)人を監視しておる場所なのじゃから、何事も抜かり無くやり過ぎなほど用心しておいたほうが良いじゃろうて――」
小早川家の次男-キモン
「はい、気をつけます」
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