第十二章 猫は王を救わない
夜。
城門の外で戦いが始まった。
東門ではヴァルターの兵が避難民を守っていた。
西では敵兵が城壁へ梯子をかけている。
アルフォンスは猫宮殿へ向かった。
王宮から馬車なら十分ほどの距離。
だが馬車を操る御者はもういなかった。
王は歩いた。
途中、何度も転びそうになった。
王都の通りには荷物を抱えて逃げる市民が溢れていた。
誰も王に頭を下げなかった。
王だと気づかない者もいた。
気づいても無視する者もいた。
猫宮殿に着く。
そこだけは静かだった。
白い壁。
広い庭。
噴水。
王国中の金を使って作った場所。
アルフォンスは大広間に入った。
猫たちはいた。
ミルク。
ノワール。
マリアンヌ。
皆、いつもと同じだった。
「ミルク」
白猫が顔を上げた。
王は膝をついた。
「お前だけだ」
猫は瞬きをした。
アルフォンスは抱き上げた。
「人間は皆、私を裏切った」
遠くで大きな音がした。
城門が破られた。
ミルクの身体が強張った。
「大丈夫だ」
王は抱き締めた。
「私が守る」
次の瞬間。
ミルクは暴れた。
王の腕に爪を立てた。
「痛っ」
手が緩む。
猫は床に飛び降りた。
そして走った。
開いた窓から庭へ。
「ミルク!」
王は追った。
庭へ出る。
他の猫たちも騒ぎに驚き、次々と逃げていた。
壁を越える。
木に登る。
茂みに潜る。
「待て!」
王は叫んだ。
「私はお前たちの王だぞ!」
猫は振り返らない。
そのとき。
アルフォンスは昔の宰相の言葉を思い出した。
猫は裏切らないのではない。
忠誠を誓っていないだけだ。
アルフォンスは庭に立ち尽くした。
猫たちは最初から何も求めていなかった。
爵位も。
俸禄も。
宮殿も。
馬車も。
国政へ関わる権利も。
すべて自分が勝手に与えた。
自分が勝手に意味を持たせた。
猫は猫だった。
ずっと。
王だけが、それを見ていなかった。




