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第十三章 ただの猫

王都は陥落した。


アルフォンス三世は生きて捕らえられた。


北方部族の長は、王を殺さなかった。


「死なせるには惜しい」


そう言ったという。


何が惜しいのか。


王本人には分からなかった。


地下牢に入れられた。


小さな窓が一つ。


そこから王都の一角が見えた。


戦が終わると、市民は戻り始めた。


焼けた家を直す者。


壊れた店を開く者。


道端で物を売る者。


国が誰のものになろうと、人は暮らしていかなければならない。


ある午後。


窓の向こうを白い猫が歩いた。


アルフォンスは立ち上がった。


「ミルク」


声は届かない。


猫は市場に入った。


魚屋の前で止まる。


店主が魚の切れ端を投げた。


猫は食べた。


少しすると少女がしゃがみ込み、猫の頭を撫でた。


猫は逃げなかった。


やがて少女の膝に乗った。


ただの猫として。


侯爵ではない。


紋章もない。


馬車もない。


俸禄もない。


それでも猫は幸せそうだった。


アルフォンスは長い間、それを見ていた。


数日後。


牢の扉が開いた。


入ってきたのはエドガーだった。


「生きていたか」


王が言った。


「はい」


「ヴァルターは」


「東門で戦死しました」


アルフォンスは目を閉じた。


しばらく沈黙が続いた。


「多くの民を逃がしました」


エドガーはそれだけ付け加えた。


王は壁に背を預けた。


「私は、間違っていたのだろうな」


宰相は答えなかった。


「猫を愛したことが」


「それは違います」


アルフォンスが顔を上げる。


エドガーは窓の外を見た。


「猫を愛することは、悪いことではありません」


「なら、何が悪かった」


しばらく、何も聞こえなかった。


市場から人の声がする。


荷車の車輪が石畳を転がる。


遠くで子供が笑っている。


エドガーは王に向き直った。


「陛下は、猫をご覧になりすぎました」


「……何?」


「そのために、人間をご覧にならなくなった」


王は黙った。


宰相は続けた。


「兵士が寒さに震えても見なかった。農民が税に苦しんでも見なかった。家臣が諫めても聞かなかった。猫の機嫌だけは、毎日ご覧になっていた」


アルフォンスは膝の上で手を組んだ。


そこには猫はいない。


「猫が国を滅ぼしたのではないのか」


エドガーは首を横に振った。


「いいえ」


答えは静かだった。


「猫は、何もしておりません」


王は目を閉じた。


長い沈黙の後。


「では、私か」


宰相は答えなかった。


答える必要はなかった。


窓の外。


白猫が少女の腕から降りた。


市場の石畳を歩き、小さな路地へ消えていった。


誰も道を空けない。


誰も頭を下げない。


誰も侯爵閣下とは呼ばない。


猫はそんなことを少しも気にしていなかった。


ただ腹が減れば魚を求め。


眠くなれば暖かな場所を探し。


気に入った人間がいれば、その膝に乗る。


それだけだった。


王国が滅びても。


王が牢に入っても。


猫は猫であり続ける。


人間が勝手に冠を被せただけだった。


そしてその冠の重さで潰れたのは、猫ではない。


国だった。


アルフォンスは小さな窓から空を見上げた。


晴れていた。


昔と何も変わらない青い空だった。


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