第20話 女子大小路の名前が増える
名前は増える。
増えるだけなら、まだいい。
いや、よくはない。よくはないが、まだ机の上に置ける。名刺が二枚ある、表札が古いまま残っている、昔の帳面に違う呼び名がある、その程度なら、人間は「そういうこともありますね」という顔で済ませることができる。
問題は、名前がそれぞれ別の仕事を始めた時である。
正式名は案内を始め、旧名は過去を開け、俗称は勝手に人を呼び、略称は距離を縮め、隠し名は読まれないことに腹を立てる。こうなると、もう名前ではない。小さな担当者である。担当者が増えると、会議が増える。会議が増えると、議事録が増える。議事録が増えると、なぜか領収書が来る。
名駅西から来る。
来なくていい。
朝、怪異IT相談所の管理画面を開くと、女子大小路が増えていた。
女子大小路
女子大小路筋
女子大小路通
女子大小路界隈
女子部通学路
旧女子大裏筋
女学生帰宅確認路
女子大小路会合費対象区域
女子大小路名称整理会予定地
女子大小路本会議第二回関係地
女子大小路名称確認ログ受付窓口
女子大小路名前預かり返却待機欄
「やめろ」
声に出た。
朝一番に出す声ではないが、出たものは仕方ない。画面にこれだけ名前が並んでいたら、むしろ出ない方が不自然である。女子大小路名前預かり返却待機欄とは何だ。名前を預かるな。返却するな。待機するな。欄になるな。一つずつ腹が立つのに、全部まとめて女子大小路の顔をしているのがよくない。
同じ顔をして別の仕事を始めるな。
それはもう部署である。
地名が部署になるな。
白河さんからメッセージが来ていた。
瀬戸口さん。
白河家の帳面を確認したところ、「会合費」という言葉は、家ではあまり使わなかったようです。
祖母は「それは会合費ではなく、預かり銭です」と言っています。
また、「名前預かり」という記載もありました。
返却先は空白です。
会合費ではない。
預かり銭。
名前預かり。
返却先空白。
昨日、堀川の水面で見た文字と同じ流れだった。女子大小路会合費、帰宅確認費、名簿預かり料、返却先未記入。会合ではない。誰も集まっていない。少なくとも、会議室に座って、お茶を飲み、資料を配り、最後に「本日はありがとうございました」と言って解散するような会合ではない。
名前を集めていた。
帰ったかどうかを集めていた。
帰らなかった者を、帰らなかったまま閉じないために、金と帳面と名前で押さえていた。
そういう感じがする。
嫌な感じがする。
帳面の読めない行が、その感じを裏づけるとは限らない。
そこを勝手に埋めるのはやめた。
返信する。
写真を確認します。
「会合費」は会合費として扱わない方がよさそうです。
「預かり銭」「名前預かり」を優先します。
返却先空白の欄は、まだ埋めないでください。
送信。
すぐ返事。
承知しました。
空白のままにします。
なお、ホテルの受付台に「女子大小路名称整理会はこちら」と出ています。
こちらではありませんので撤去します。
受付台。
また受付台である。
ホテルの受付台は怪異のイベントスペースではない。女子大小路名称整理会はこちらではないし、そもそもどちらでもない。名称整理会を開催するな。名前を整理する会の名前を増やすな。整理するつもりで増やすな。片づけるために収納ボックスを買い足し続ける人間みたいなことをするな。最後に収納ボックスだけで一部屋埋まる。白壁の屋敷図にない部屋が増える。
やめろ。
つながるな。
返信する。
撤去してください。
破棄せず、表示名だけ控えてください。
名称整理会、名称検討会、名称確認会、名称保管会、名称返却会、女子大小路本会議第二回など、会の形を取るものは会として扱わないでください。
返事。
承知しました。
撤去しました。
表示名だけ控えました。
名称保管会はまだ出ていません。
「まだ出ていません、じゃない」
出る前提にしないでほしい。
白河さんが悪いわけではない。白河さんは正しい。正しく報告してくれている。でも、正しい報告がすでに嫌だ。こちらの仕事が、ホテルの受付台に浸み出している。それも嫌だ。
ホテルにはホテルの格式がある。怪異IT相談所の雑な表示を、高級ホテルの受付台に出すな。広小路のホテル前で、女子大小路名称返却会の案内をするな。通行人が困る。白河さんも困る。私も困る。
全員困るのに、名前だけ増える。
ノックがあった。
返事をする前に扉が開いた。
榊原小夜子だった。
「おはようございます」
「名前が増えています」
「増えましたか」
「増えました」
「どれくらい」
「町内会の回覧板に貼る名札が、夜中に全部妖怪になったくらいです」
「分かるような、分からないような」
「私も今言って分かりませんでした」
榊原さんは今日も黒い服だった。
手には紙袋がある。
「中身は」
「差し入れです」
「名前が増える食べ物では」
「たぶん違います」
「手羽先では」
「ありません」
「骨は」
「ありません」
「名駅西由来では」
「ありません」
「水辺で反省していませんね」
「していません」
「会合費で買っていませんね」
「買っていません」
「何ですか」
「鬼まんじゅうです」
「名前が強い」
「やめますか」
「食べます」
鬼まんじゅうを食べた。芋の角が舌に当たり、甘さが残る。名前は鬼だが、今のところ食べ方に仁義を求められることもない。私は皿に落ちた欠片も指で拾った。
鬼ではないし、まんじゅうと言うには少し違う気もする。だが鬼まんじゅうで通じる。そういう名前が一つ定着するまで、誰かは名前を増やしたり減らしたりしたのだろうか。朝から考えることではない。もう一つ食べている場合でもないが、手は伸びた。
複合機が鳴った。
紙が出た。
女子大小路名称差分
現在名:女子大小路
旧名:女子大小路筋
俗称:女子大界隈
帳面名:名前預かり
会計名:女子大小路会合費
用途の候補:帰宅確認費
怪異名:未了名簿
会議名:女子大小路本会議第二回
受付台名:女子大小路名称整理会はこちら
備考:名前が増えるほど、誰が呼んだか分からなくなります。
「受付台名を項目にするな」
紙に向かって言った。
紙は返事をしない。複合機も返事をしない。紙と複合機はいつもそうである。こちらにだけ言わせる。言わせて、記録する。最低である。
「会計名と、用途の候補が違いますね」
榊原さんが言った。
「そこが一番嫌です」
「女子大小路会合費」
「名前だけ聞くと、普通の会合費です」
「候補は」
「帰宅確認費。名簿預かり料。名前預かり。ただ、同じ役目の別名かどうかも、まだ分かりません」
「会合には見えませんね」
「会合として精算はできません」
「では、なぜ会合費に」
「柔らかく呼んだ可能性はあります」
「何を」
「帰っていない人の名前に関わる何かを。誰に何を頼んだ金なのかは、まだ読めていません」
「会合費にすると」
「お茶と饅頭くらいで済みそうに見えます」
「鬼まんじゅう」
「今は黙って食べてください」
私は管理画面を開いた。
女子大小路名称差分が勝手に増えている。画面の端で、項目がぴょこぴょこと増える。いや、ぴょこぴょこという可愛い動きではない。ぬるっと増える。ぬるっと増える項目はよくない。増えるならせめて申請してほしい。申請されても嫌だが、勝手に増えるよりはましである。
女子大小路名称検討会
女子大小路名称検討会準備会
女子大小路名称検討会準備会事前確認
女子大小路名称検討会準備会事前確認費
女子大小路名称検討会準備会事前確認費返却先空白
「増やすな!」
声が大きくなった。
準備会事前確認費返却先空白は、さすがに声が出る。名称検討会を検討するな。準備するな。事前確認するな。費用化するな。空白にするな。五段階で腹が立つ。ひとつの名称で、こちらの血圧を五回上げてくる。効率が悪いようで効率がいい。
嫌な効率である。
レビュー狐が来た。
廊下の奥から、こん、と鳴いた。
帳面を抱えている。
表紙には丸。
丸の横に、今日だけ小さく「名」と書かれていた。
「レビュー狐さん」
「こん」
「名前レビューですか」
「こん」
「出ていますか」
「こん……」
帳面を開く。
本文:女子大小路という響きがよい
星:なし
本文:女子大小路筋の方が歴史を感じる
星:なし
本文:女子大界隈は検索しやすい
星:なし
本文:未了名簿は怖すぎる
星:なし
本文:名前預かり、丁寧で好き
星:なし
「好きとか言うな」
「こん」
「名前預かりを好きになるな」
「こん」
「名前は商品ではありません」
「こん」
「レビュー対象ではありません」
「こん……」
レビュー狐は少ししょんぼりした。
かわいい。
しかし、だめである。
名前をレビューすると、名前が評判を持つ。評判を持った名前は使われたがる。使われたがる名前は出てくる。出てくる名前は、だいたい面倒を連れてくる。
私は管理画面に書いた。
名称レビューを投稿しないでください。
女子大小路、女子大小路筋、女子大界隈、未了名簿、名前預かりを、響き、歴史、検索性、怖さ、丁寧さで評価しないでください。
名前はレビュー商品ではありません。
ただし、記録上の名称差分は保存します。
公開。
レビュー欄が静かになった。
レビュー狐が丸を一つ描いた。
「それは」
「こん」
「記録」
「こん」
「なら可」
「こん」
勘定守りも来た。
算盤を持っている。
嫌な予感しかしない。
「会合費」
「会合費ではありません」
「預かり銭」
「それもまだ確定ではありません」
「帰宅確認費」
「出さないでください」
「名前預かり料」
「やめてください」
「名称整理会参加費」
「もっとやめてください」
「名称検討会準備会事前確認費」
「それは今、私が腹を立てたやつです」
「計上する」
「しないでください」
勘定守りの算盤が鳴った。
ぱちぱち。
嫌な音である。
金になると、名前はさらに強くなる。名前に金額が付く。金額が付くと、領収書が来る。領収書が来ると、名駅西が来る。この流れはもう嫌だ。名駅西を呼ぶな。太閤通口をこちらへ向けるな。
管理画面の下に、新しい表示が出た。
女子大小路会合費
請求先:未定
返却先:空白
支払方法:名前
「支払方法が名前」
榊原さんが言った。
「最悪です」
「名前で払うんですか」
「払わせません」
「払ったらどうなるんですか」
「たぶん、名前が取られます」
「嫌ですね」
「嫌です」
私は画面に書いた。
名前による支払いを禁止します。
女子大小路会合費は、会合費として精算しません。
預かり銭、帰宅確認費、名簿預かり料、名前預かり料を金銭請求に変換しないでください。
返却先空白の記録は、空白のまま保管します。
空白は請求先ではありません。
公開。
算盤の音が止まった。
勘定守りは不満そうだった。
「空白にも価値がある」
「あります」
「なら」
「売りません」
「つまらぬ」
「会計はつまらなくていいです」
勘定守りは帰った。
これで少し静かになる。
そう思った瞬間、外兎からメールが来た。
件名:券売機について
本文:券売機に「女子大小路名称定食」「旧名そば」「名前預かり親子丼」「返却先空白うどん」が表示されています。すべて売切です。
「外兎!」
なぜ券売機に出る。
なぜすべて売切。
売っていないものを売り切るな。
名前預かり親子丼とは何だ。返却先空白うどんは食べたくなさすぎる。旧名そばは少しありそうで腹立たしい。女子大小路名称定食は観光客向けに見える。見えるからだめである。
返信する。
すべて削除してください。
名称、旧名、名前預かり、返却先空白を通常メニューに変換しないでください。
売切表示も削除してください。
売っていないものを売り切らないでください。
返事。
削除しました。
通常メニューに戻りました。
続いて女王ツアー。
件名:景品棚について
本文:「女子大小路名称キーホルダー」「旧名アクリルスタンド」「名前預かりチャーム」「返却先空白タオル」が出ています。返却先空白タオルだけ、棚から落ち続けます。
「タオルにするな」
返却先空白タオル。
字面が嫌すぎる。
しかも落ち続ける。
返却先が空白だから棚に戻れないのか。
解釈したくない。
でも解釈できてしまう。
嫌だ。
返信する。
すべて撤去してください。
返却先空白を景品化しないでください。
棚から落ちるものは、棚に戻さず別袋で保管してください。
景品ではなく記録片として扱ってください。
返事。
撤去しました。
返却先空白タオルは別袋で保管しました。
別袋が増える。
白河さんの保管袋。
女王ツアーの別袋。
事務所の管理画面。
堀川の水面。
名駅西の領収書。
白壁の隠し部屋。
名前が袋と欄と水と紙を渡り歩いている。もう、名前というより荷物である。荷物なら送り状を貼りたい。しかし、送り状を貼ると返却先が空白になる。
詰んでいる。
白河さんからメッセージが来た。
瀬戸口さん。
受付台は落ち着いています。
ただし、祖母から追記がありました。
「名前は消すより、扱い方を決める方がよい」とのことです。
私は画面を見た。
また白河家の祖母が強い。
一文で来る。
こちらが管理画面で汗をかき、レビュー欄を止め、券売機を止め、景品棚を止め、会合費を止め、空白を空白のままにしようとしているところへ、一文で来る。
名前は消すより、扱い方を決める方がよい。
正しい。
正しすぎる。
白壁の礼儀は、時々刃物のように正しい。
私は返信した。
その通りだと思います。
ただ、こちらでは扱い方を画面にします。
画面にしないと、怪異が勝手に定食やタオルにします。
返事。
承知しました。
定食やタオルは困りますね。
困りますね。
白河さんの文面が少しだけ柔らかい。
少し笑っているのかもしれない。
そう思った瞬間、私は少し救われた。
定食やタオルで救われる日が来るとは思わなかった。人生は分からない。できればもう少し違うもので救われたかった。
私は管理画面に新しい欄を作った。
また欄である。
欄だが、今回は隔離ではない。禁止だけでもない。呼び方を分けるだけだ。分ける。置く。預かる。返さない。呼ばせない。少し違う。
そう信じたい。
いや、信じたいだけかもしれない。
でも今はそれで進めるしかない。
女子大小路 名前の扱い
現在の道を指す名前:女子大小路
古い帳面に置く名前:女子大小路筋
白河家が預かった名前:女子部、名前預かり、預かり銭
会計に見えるが、まだ会計と決めない名前:女子大小路会合費
まだ返さない名前:預かり返し、返却先空白
呼ぶと会議になる名前:女子大小路本会議第二回
呼ばない名前:未了名簿
食べ物にしない名前:旧名そば、名前預かり親子丼、返却先空白うどん
景品にしない名前:名称キーホルダー、返却先空白タオル
最後に書いた。
名前は消しません。
ただし、勝手に仕事を始めないでください。
公開。
表示。
反映。
事務所の空気が、少しだけ変わった。
名前が減ったわけではない。むしろ、増えたままである。ただ、増えた名前が一列に並んだ。押し合いをやめた。勝手に券売機へ走るのをやめた。ホテルの受付台へ行くのをやめた。レビュー欄で響きを評価されるのをやめた。女王ツアーの棚から落ちるのをやめた。
たぶん。
今のところ。
廊下の奥からログ語りの声がした。
「名称は、削除ではなく、役割を与えられました」
「出ないでください」
「役割のない名前は、役割を探して徘徊します」
「怖いことを言わないでください」
「役割を与えすぎた名前は、部署になります」
「もっと怖いことを言わないでください」
「部署になった名前は、会議を開きます」
「本当にやめてください」
やめてほしい。
だが、正しい。
役割のない名前は、役割を探す。役割を与えすぎると部署になる。部署になると会議を開く。そうして女子大小路本会議第二回が水面に出た。
最悪である。
社会の仕組みと怪異の仕組みが似すぎている。
どちらか反省してほしい。
できれば社会の方が先に。
午後、堀川の件で連絡があった。
昨日の依頼者からだった。
件名:ご報告
本文:相手に連絡しました。返信はまだありません。でも、堀川の水面にはもう出ていないようです。ありがとうございました。
私は返信した。
水面に出ていないなら、ひとまず大丈夫です。
返信があるかどうかは、相手の時間に任せてください。
水に戻さないでください。
送信。
少しだけ息を吐く。
水は代わりに謝らない。だが、人に送ったものは水面から離れる。それはよい。全部が解決したわけではない。でも、よい。
よい、くらいで止めておく。
それ以上言うと、また何かに名前がつく。
同じ頃、白河さんからもメッセージが来た。
瀬戸口さん。
受付台、ロビー、案内板、いずれも通常です。
「女子大小路名称整理会」は戻っていません。
また、祖母が「名前預かりは、まだ返さなくてよい」と言っています。
まだ返さなくてよい。
よかった。
返却先空白に、無理やり返す必要はない。預かり物は返すまで終わらない。だが、返す相手が分からないまま返すのは、たぶんもっと悪い。
名前は消さない。
だが、動かさない。
閉じない。
だが、開けすぎない。
またその辺りである。
その辺りは、地図にない。
でも、仕事はだいたいそこにある。うちの事務所の場所も、地図上ではもっと分かりやすくあってほしいのだが、そういうことを言い出すとまた名駅西がこちらを見るのでやめる。
返信する。
ありがとうございます。
名前預かりは、しばらく保留ではなく「預かり中」として扱います。
返却先が分かるまで、返却処理はしません。
返事。
承知しました。
預かり中、ですね。
預かり中。
私は記録に保管場所と確認日を入れた。白河家の帳面、ホテルで預かった領収書と封筒、こちらに届いた画像。空白の返却先は空白のままにして、次に確かめる欄だけ残す。完了にはできないが、どこへ置いたかまで分からなくなるのは避けたい。
確認日を入れるだけで、また仕事が増えた気がした。実際、増えている。名前を預かったうえに、見る日まで決めてしまった。
複合機が鳴った。
紙が出る。
女子大小路名称増殖案件:暫定対応
対象:現在名、旧名、帳面名、会計名、怪異名、会議名、受付台名、商品名、景品名
対応:削除せず、扱いを分離。会合費は会合費として扱わない。名前預かりは預かり中。返却先空白は空白のまま。女子大小路本会議第二回は会議ではなく名称確認ログへ変更。
補足:会合費の正体は未確定。名称確認ログは継続監視。
備考:名前は、消すより預かる方が面倒です。
「そこは面倒でいい」
言ってから、紙の角を揃えた。引き出しは、また少し閉まりにくくなっていた。
夕方、外へ出た。ホテルへ向かう通りの明かりがあり、東新町の方へ車が流れていく。ヒノキドラッグの白い光と、その二階のデナイド。信号待ちの人がスマホを見て、青になってから慌てて顔を上げた。
私も看板の文字を追いかけかけて、やめた。今日だけで十分見ている。ポケットのスマホが震えたので、結局また名前を読むことになった。
白河さんから、短いメッセージが来た。
瀬戸口さん。
ロビーは通常です。
本日はありがとうございました。
私は返信した。
こちらこそ、ありがとうございました。
通常が一番です。
返事。
はい。
ただ、通常にも名前がありますね。
私はしばらく画面を見た。
通常にも名前がある。
白河さんは、時々さらっと怖いことを言う。
通常。
平常。
日常。
営業中。
受付中。
預かり中。
名前は増える。
増えるのだ。
消しても、減らない。
なら、見ているしかない。
いや、見ているしかない、などと言うとまた何かが見られたがるので、画面を伏せた。伏せても通知は消えない。知っている。知っているが、伏せたかった。
事務所に戻ると、管理画面に最後の通知が出ていた。
女子大小路本会議第二回
状態:名称確認ログへ変更済
議題:名前の所有者について
結果:所有者未確定
扱い:預かり中
次回:未定
「未定は予定ではありません」
私は画面に向かって言った。
表示が一度だけ揺れた。
次回:なし
よし。
少なくとも、今日は会議にならなかった。
正確に言うと、会議ではなく名称確認ログで止まっている。止まっているという言葉も信用できないが、少なくとも椅子と湯呑みはまだ出ていない。
会議にならなかっただけで勝ちと言っていいのかは分からないが、少なくとも負けではない。会議は開かれた瞬間に、机と椅子と議事録と、なぜか湯呑みと領収書を連れてくる。名前の話をしていたはずが、いつの間にか「次回までに各自確認」と書かれた紙が増える。あれは怪異でなくても十分怖い。
だから、次回がないのはよい。
とてもよい。
ただし、なしと書かれたものほど、どこかで待っていることがある。
そこが嫌だった。
天井を見る。
蜘蛛がいる。
今日も何も言わない。
「蜘蛛は名前、増えないよな」
蜘蛛は答えなかった。
少し足を動かした。
「いや、勝手に増やすなよ。蜘蛛一号とか。あと蜘蛛二号とか。増えたら管理できんからな」
当然、蜘蛛は答えなかった。
私は天井から目を逸らした。
管理画面を見る。
女子大小路の名前は、まだそこにある。
消えていない。
ただ、今は勝手に会議を開いていない。
「……今は、な」
声に出してから、少し嫌になった。
そういうことを言うと、だいたい出る。




