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女子大小路 怪異IT相談所  作者: 堀吉 蔵人


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16/20

第16話 骨による威嚇行為は禁止

骨は、残る。


 これは単純な事実である。

 肉を食べる。

 皮を食べる。

 軟骨を噛む。

 胡椒が舌に来る。

 甘辛が指に残る。

 紙おしぼりで拭く。

 皿を見る。

 そこに骨がある。

 骨は、食べ終わった後に残る。

 だから骨は厄介だ。

 食べた証拠になる。

 食べ終えた証拠になる。

 何かがあった証拠になる。

 つまり、骨は言い訳を許さない。


 私は骨が嫌いではない。

 手羽先を食べれば骨は出る。

 それは自然なことだ。

 だが、骨を並べるな。

 骨を送るな。

 骨で文字を書くな。

 骨で家紋を作るな。

 骨の写真だけをレビュー欄に上げるな。

 ましてやホテルのロビーに置くな。

 それはもう食べ物ではない。

 威嚇である。

 少なくとも、威嚇に見える。

 見えるものは、だいたい問題になる。


 朝、怪異IT相談所の問い合わせフォームには、白河さんからのメッセージが来ていた。


 瀬戸口さん。

 ホテルのロビーに、骨はありません。

 ただし、「骨はありません」という表示があります。

 撤去してよろしいでしょうか。


 私は画面を見た。

 骨はない。

 骨はないが、骨はありませんという表示がある。

 それは、骨の不在を示している。

 骨の不在を示すということは、骨がある可能性を呼び込んでいる。

 よくない。

 たいへんよくない。


 返信する。


 撤去してください。

 「骨はありません」も骨関連表示です。

 骨そのものがない場合も、骨の不在を案内しないでください。


 すぐ返事。


 承知しました。

 撤去しました。

 戻りません。

 なお、案内台の下に小さな紙がありました。

 「骨は語らず」と書かれています。


 私は目を閉じた。

 語るな。

 紙にも書くな。


 返信する。


 それも撤去してください。

 骨が語るかどうかの議論はホテルロビーに置かないでください。


 返事。


 撤去しました。

 戻りません。


 よし。

 朝一番で勝った。

 小さい。

 しかし、小さい勝ちは大事である。

 特に骨の場合、小さい負けがすぐ増える。


 机の引き出しを開ける。

 昨日の紙がある。


 実食差分確認:終了

 勝敗なし。

 実店舗無関係。

 骨処理済み。

 備考:瀬戸口連平、動揺。


 最後の行は、まだ消えない。

 私はそこを見ないようにした。

 見た。

 やはり消えていない。

 消えろ。

 消えない。

 複合機の紙は、妙なところだけ強い。


 昨日の実食差分確認は、勝敗なしで終わった。

 胡椒強めは一口目の印象が強い。

 甘辛強めは骨まわりと食後感が強い。

 実店舗とは無関係。

 レビューなし。

 星なし。

 骨は通常処理。

 どちらも冷める前に食えばうまい。

 そこまではよかった。

 いや、よくはないが、終わった。

 終わったはずだった。


 だが、食べれば骨が出る。

 骨が出れば、骨を見てしまう者がいる。

 骨を見た者は、意味をつける。

 意味をつけた者は、送る。

 送るな。


 ノックがあった。

 私は返事をした。

 扉は返事の途中で開いた。

 榊原小夜子だった。


「おはようございます」

「骨は持っていませんよね」

「持っていません」

「胡椒は」

「ありません」

「甘辛は」

「ありません」

「紙おしぼりは」

「あります」

「なぜ」

「手を拭くためです」

「それは普通ですね」

「はい」


 榊原さんは今日も黒い服だった。

 手には紙袋がある。

 私は一応確認する。


「中身は」

「差し入れです」

「手羽先では」

「ありません」

「骨は」

「ありません」

「何ですか」

「鮭おにぎりです」

「骨は」

「取り除いてあります」

「ありがとうございます」


 私は鮭おにぎりを受け取った。

 食べる。

 うまい。

 ただ、鮭に骨がないか少し気にしてしまった。

 よくない。

 骨への意識が過剰になっている。


「昨日の後、何か来ましたか」

「白河さんのところに、骨はない表示が出ました」

「骨はない表示」

「はい」

「もう骨ですね」

「そうなんです」

「骨の不在も骨になる」

「嫌な哲学です」


 複合機が鳴った。

 紙が出る。


 手羽先代理戦争:骨関連波及

 対象:ホテルロビー/レビュー欄/地図アプリ/券売機/景品棚

 状態:骨そのもの、骨の写真、骨の不在表示、骨に関する短文が増加中

 備考:骨は語らず。


「語らなくていいです」

「備考が詩的ですね」

「詩的になると悪化します」


 私は管理画面を開いた。


 骨による威嚇行為は禁止します。

 骨の配置、送付、家紋化、署名化、結界化、レビュー画像化、地図ピン化、景品タグ化、ホテルロビーへの設置、券売機横への陳列を禁止します。

 骨がないことの表示も禁止します。


 そこまで書いて、少しだけ手が止まった。

 禁止と書けば、とりあえず止まる。止まるのだが、それでよいのかは分からない。骨は止まっても、骨を置きたかった理由は残る。骨が理由を持つな、と思う。思うが、ここまで来ると、持っている。

 骨は通常のごみ処理に従って処理してください。

 実店舗は本件と無関係です。


 公開。

 表示。


 公開されました。


 私は少しだけ安心した。

 十秒後、スマホが震えた。


 無頼坊主派 見届け人。


 件名:異議

 本文:骨による威嚇ではありません。骨による意思表示です。


「来ると思いました」


 返信する。


 意思表示であっても、第三者から威嚇に見える場合は禁止します。

 骨は食後に処理してください。

 意思表示には文章を使ってください。


 三秒後、返信。


 文章では骨が残りません。


「残さなくていい」


 声に出た。

 榊原さんが少し笑った。


 今度は宇宙の海さん派からメールが来た。


 件名:確認

 本文:胡椒による結界は、骨による威嚇に含まれますか。


 私は返信した。


 含まれません。

 ただし、胡椒による結界も別途禁止です。


 返信。


 では、胡椒による星図は。


 返信する。


 店先、ホテルロビー、券売機、景品棚、地図アプリ、レビュー欄では禁止です。


 返信。


 では、皿の上では。


 私は少し考えた。

 皿の上。

 皿の上で胡椒が星図に見えるくらいなら、もう仕方ない気もする。

 食べ物の範囲だ。

 しかし、それを認めると広がる。


 返信する。


 食事中の皿の上で、本人の内心に限り可。

 共有、撮影、投稿、声明化は禁止です。


 返信。


 内心の夜は自由か。


 私は額を押さえた。

 自由でいい。

 そこまで取り締まりたくない。


 返信する。


 内心は自由です。

 ただし、内心をレビュー欄に出さないでください。


 返事はなかった。

 勝ったのか。

 いや、たぶん内心で夜を見ている。

 それはもう知らない。


 昼前、外兎からメールが来た。


 件名:券売機横について

 本文:券売機横に、骨の形に切られた紙が三枚置かれています。実物の骨ではありません。撤去してよろしいでしょうか。


 私は返信した。


 撤去してください。

 骨型の紙も骨関連物として扱います。

 券売機横への配置は禁止です。


 添付画像を開く。

 外兎の券売機横。

 白い紙が三枚。

 骨の形。

 それぞれに文字。


 未判定

 差分確認済

 冷める前


「冷める前」

「昨日の備考ですね」

「複合機のせいです」


 返信が来る。


 撤去しました。

 ただし、「骨なし親子丼」が再表示されました。


「戻るな」


 私は追記した。


 骨なし親子丼、未判定そば、差分確認定食、冷める前セット、骨処理済うどんを禁止します。


 外兎から返信。


 消えました。

 ありがとうございます。

 通常メニューのみです。


 通常。

 いい言葉である。

 外兎が通常に戻るだけで、私は少し救われる。


 女王ツアーからもメールが来た。


 件名:景品棚について

 本文:手羽先型キーホルダーの一部が、骨だけになっています。タグは「仁義」「食後」「骨処理済」「瀬戸口連平、動揺」です。撤去してよろしいでしょうか。


「最後」


 私は頭を抱えた。

 なぜ景品棚に私の動揺が出る。

 骨と関係ない。

 いや、昨日の紙にあった。

 あったから出た。

 複合機の紙は、やはり危険である。


 返信する。


 すべて撤去してください。

 骨のみキーホルダー、骨関連タグ、人物の心理状態タグは禁止です。

 特に「瀬戸口連平、動揺」は即時撤去してください。


 返信。


 撤去しました。

 ただし「未承認動揺」は残っています。


 名前を消して、状態だけ残したらしい。

 それでも、昨日の実食差分確認で動揺した未承認調停人など、一人しかいない。


「それ、私のことだろ」


 榊原さんが言った。


「名前は書いていませんね」

「そういう問題ではないです」


 私は追記する。


 未承認動揺も禁止します。


 返信。


 撤去しました。


 小さな火を消す。

 まただ。

 外兎。

 女王ツアー。

 ホテル。

 レビュー欄。

 券売機。

 景品棚。

 この街は、ひとつの言葉をどこまでも運ぶ。

 昨日の備考まで運ぶな。

 せめてそこは置いていけ。


 レビュー狐が来たのは、昼過ぎだった。

 廊下の奥から、こん、と小さく鳴いた。

 帳面をくわえている。

 今日は帳面の表紙に星ではなく丸が描かれていた。

 昨日、星ではなく丸を描いたからだろう。

 かわいい。

 いや、今はそこではない。


「レビュー狐さん」

「こん」

「骨の写真をレビュー欄に上げましたか」

「こん」

「上げていない」

「こん」

「では誰が」

「こん……骨だけ写真が増えています」


 レビュー狐は帳面を開いた。

 転写がある。


 写真のみ

 骨一本

 本文なし


 写真のみ

 骨三本

 本文:語らず


 写真のみ

 骨を丸く並べたもの

 本文:食後


 写真のみ

 骨を交差させたもの

 本文:仁義


「レビューではない」

「こん」

「怖い」

「こん」


 レビュー狐が怖がっている。

 レビュー狐なのに。

 レビュー欄に強いはずの狐が怖がっている。

 それはかなりまずい。


「星は」

「こん」

「ついていません」

「こん」

「星なしの骨写真」

「こん」

「それはレビュー欄ではなく、現場検証です」


 廊下の奥からログ語りの声がした。


「骨写真は、食後の記録から食事の不在を切り離したものです」

「出ないでください」

「肉がなく、味がなく、残骸だけがある。ゆえに受け手は意味を補います」

「怖い分析をしないでください」

「骨だけの写真は、語らないことで過剰に語ります」

「やめてください」

「記録しました」

「しないでください」


 私は管理画面を開いた。


 レビュー欄に骨だけの写真を投稿しないでください。

 本文の有無にかかわらず、骨のみ画像は威嚇・派閥表明・意味の過剰付与として扱います。

 食後の記録を投稿する場合は、料理全体、実店舗無関係表示、通常の食事記録であることを明記してください。

 ただし本件では、食後画像投稿自体を控えてください。


 公開。

 表示。


 反映されました。


 レビュー欄を見る。

 骨写真が消えていく。

 一本。

 三本。

 丸。

 交差。

 消える。

 よし。

 レビュー狐が小さく息を吐いた。


「こん」

「よかったですね」

「こん」

「丸は」

「こん」

「今日は描いてもいいです」

「こん!」


 レビュー狐は帳面に丸を一つ描いた。

 かわいい。

 だが、評価ではない。

 記録である。

 そこは大事だ。


 午後二時、白河さんからメッセージが来た。


 瀬戸口さん。

 ホテルロビーは落ち着いています。

 ただし、お客様から「近くに手羽先の店はありますか」と聞かれました。

 通常の観光案内として対応しました。

 骨は出ていません。


 私は返信した。


 ありがとうございます。

 通常の観光案内で問題ありません。

 骨が出ていないのが何よりです。


 返事。


 同感です。

 なお、お客様は「骨の話ですか」と少し不思議そうでした。

 こちらの説明が過剰だったかもしれません。


 私は少し笑った。

 白河さんでも、骨に引っ張られる。

 この案件はよくない。

 ホテルの人に「骨が出ていない」と言わせてしまう案件はよくない。


 榊原さんが言った。


「白河さんも巻き込まれていますね」

「申し訳ないですね」

「でも、対応が早いです」

「はい」

「瀬戸口さん、嬉しそうですね」

「嬉しそうではありません」

「少し」

「少しです」

「正直ですね」

「言わないでください」


 スマホが震えた。

 鬼丸からだった。


 件名:骨

 本文:骨は食えるか。


「食べないでください」


 私は即返信した。


 骨を食べないでください。

 手羽先の骨は通常処理してください。

 骨による威嚇行為は禁止です。


 返信。


 威嚇ではない。栄養。


「違う」


 返信する。


 栄養でもありません。

 食べないでください。


 返信。


 では、両方うまかった。


 私は止まった。

 昨日の言葉が戻ってきた。

 鬼丸は、食べた。

 両方うまいと言った。

 その言葉は、実は一番危険である。

 胡椒派にも甘辛派にも寄らない。

 ただ、うまいものはうまい。

 それは中立に見える。

 いや、中立よりも危険だ。

 中立はまだ迷う。

 鬼丸は迷わない。

 両方食う。

 両方うまい。

 それで終わる。

 その終わり方は、派閥にとっては脅威である。


 私は返信しなかった。

 返信しないうちに、宇宙の海さん派からメールが来た。


 件名:鬼丸について

 本文:鬼丸氏は危険な中立者です。一口目の夜を認めながら、甘辛も食った。


 続いて無頼坊主派。


 件名:鬼丸について

 本文:鬼丸氏は危険な中立者です。骨まわりを食いながら、胡椒も食った。


「来た」

「両方から危険視されていますね」

「鬼丸さんが」

「それはそうかもしれません」

「なぜ」

「どちらも食べるから」

「そうですね」


 鬼丸からまたメール。


 件名:危険

 本文:俺は危険か。


 私は返信した。


 この件では、かなり危険です。

 理由は、両方をうまいと言うからです。


 返信。


 うまいものをうまいと言うのは危険か。


 私は少し黙った。

 昨日も同じことを言われた。

 この件では危険。

 だが、本当は、うまいものをうまいと言うことは悪くない。

 むしろ一番まともだ。

 だからこそ、手羽先代理戦争では危険なのだ。

 まともすぎるものは、狂った場では武器になる。


 返信する。


 普通なら危険ではありません。

 ただし、手羽先代理戦争では危険です。

 両派が意味をつけるからです。


 返信。


 意味は食えぬ。


 私は画面を見た。

 鬼丸が時々、核心だけを雑に殴ってくる。

 意味は食えぬ。

 その通りである。

 星辰も仁義も食えない。

 食えるのは手羽先である。

 骨は食うな。

 そこは別。


 複合機が鳴った。

 紙が出る。


 手羽先代理戦争:危険な中立者

 対象:鬼丸

 理由:両派の主張を摂取しつつ、勝敗を言わず、どちらもうまいと発言。

 備考:意味は食えぬ。


「備考が強い」

「鬼丸さんの言葉ですね」

「強いですね」

「雑ですが」

「雑だから強いんです」


 私は紙を見た。

 危険な中立者。

 鬼丸。

 似合う。

 かなり似合う。

 だが、これを放置すると、鬼丸が派閥抗争の中心になる。

 それはまずい。

 鬼丸は強い。

 強い上に食べる。

 そして雑に核心を突く。

 こんなものを中心に置くと、街が壊れる。


 管理画面を開く。


 鬼丸氏を危険な中立者、調停人、判定者、味覚代表、食後代表として扱わないでください。

 鬼丸氏の「どちらもうまい」「意味は食えぬ」は、個人の感想であり、派閥主張ではありません。

 鬼丸氏へ骨、胡椒、甘辛ダレ、追加手羽先を送付しないでください。


 公開。

 表示。


 反映されました。


 三秒後、鬼丸からメール。


 件名:追加手羽先

 本文:送ってよい。


「よくない」


 返信する。


 送ってはいけません。

 受け取っても食べないでください。


 返信。


 受け取ったら食う。


 私は追記した。


 鬼丸氏へ送付された手羽先は、到着前に無効化します。


 返信。


 ひどい。


 ひどくない。

 必要である。


 午後三時。

 東新町周辺からのメールが落ち着いた。

 外兎の券売機は通常。

 女王ツアーの景品棚も通常。

 ホテルロビーも通常。

 レビュー欄の骨写真も消えた。

 胡椒結界も出ていない。

 甘辛署名も出ていない。

 鬼丸への手羽先送付も、今のところ発生していない。

 よし。

 いける。

 そう思った瞬間、手羽先中立委員会からメールが来た。


 件名:手羽先部会について

 本文:両派が、「骨による威嚇行為は禁止」に従う代わりに、正式な話し合いの場として手羽先部会を設置したいと言っています。中立委員会としては、部会化すると終わらなくなる気がしています。助けてください。


 私は画面を閉じた。

 閉じた。

 開いた。

 やはり同じだった。


 手羽先部会。

 やめろ。

 部会はやめろ。

 会議より悪い。

 部会は、親会議にぶら下がる。資料を作る。議事録を作る。次回を作る。分科会を作る。担当者を作る。責任の所在を曖昧にしながら、仕事だけを増やす。

 手羽先部会。

 絶対に駄目である。


「部会が来ました」

「来ましたか」

 榊原さんが言った。


「やはり」

「やはりじゃないです」

「骨が禁止されたので、会議体に逃げたんですね」

「逃げ方として最悪です」

「でも、理由は残っています」

「それを今言わないでください」

「最悪です」

「でも自然です」

「自然に最悪なことをしないでほしい」


 私は即座に管理画面を開いた。


 手羽先部会の設置を禁止します。

 部会、分科会、小委員会、作業部会、骨処理班、胡椒星図班、甘辛仁義班、実食差分確認班、鬼丸対策班を設置しないでください。

 既存の中立委員会を増員する場合は、一名から二名までとします。

 ただし、派閥関係者は委員になれません。


 公開。

 表示。


 反映されました。


 中立委員会から返信。


 ありがとうございます。

 二名まで増員可能とのことですが、誰も来ません。

 引き続き一名です。


 私は少し申し訳なくなった。

 一名の委員会。

 大変だろう。

 しかし、増えたら増えたで派閥化する。

 中立は孤独である。

 たいへん気の毒である。


 白河さんからメッセージが来た。


 瀬戸口さん。

 ロビーに「手羽先部会 傍聴席はこちら」と出ました。

 撤去しました。

 戻りません。

 骨はありません。


 私は返信した。


 ありがとうございます。

 部会は設置しません。

 骨がないことも確認しました。


 返事。


 承知しました。

 当ホテルとしても、部会は困ります。


 当ホテルとしても。

 白河さんの文面が少しだけ硬い。

 ホテルが公式に困り始めている。

 まずい。

 いや、すでにまずかった。


 夕方、私は広小路通りへ出た。

 確認のためである。

 行きたくはない。

 しかし、街の骨を消した以上、街が本当に落ち着いたか見なければならない。

 榊原さんも来た。

 レビュー狐も来ようとしたので、事務所に残した。

 星や丸をつける可能性があるからである。


 女子大小路の湿った気配を背中に置き、広小路を東へ歩く。

 白河さんの勤める高級ホテルの静かな入口が見える。ロビーの中は落ち着いている。骨はない。骨はない表示もない。傍聴席もない。

 よし。

 その先、東新町交差点の南西側にヒノキドラッグの白い光がある。二階にはデナイドの窓。昨日のドリンクバーの気配は、今日は薄い。

 南東側には外兎と女王ツアー。外兎の券売機は通常。女王ツアーの景品棚にも、少なくとも外から見える範囲で骨はない。

 広小路通りと空港線が交わる。

 車の音。

 夕方の光。

 看板。

 人の流れ。

 普通の街に見える。

 この普通が、どれだけありがたいことか。


「落ち着いていますね」

 榊原さんが言った。


「そうですね」

「骨は」

「見当たりません」

「胡椒は」

「見当たりません」

「甘辛は」

「匂いは少し」

「それは普通の飲食店です」

「そうですね」


 普通。

 普通である。

 食べ物の匂いがする。

 店がある。

 客が歩く。

 信号が変わる。

 それだけでいい。

 手羽先は食べればいい。

 骨は捨てればいい。

 レビューはほどほどにすればいい。

 なぜそれが難しいのか。

 難しいのだ。

 人間も妖怪も、食べ物に意味を載せる。

 意味は食えないのに。


 その時、空港線の方から、鬼丸が歩いてきた。

 かなり目立つ。

 少し縮んでいるが、やはり目立つ。

 手には何も持っていない。

 よかった。

 少なくとも、手羽先は持っていない。


「鬼丸さん」

「腹が減った」

「でしょうね」

「外兎に行く」

「手羽先ではないですね」

「そばだ」

「なら、まあ」

「親子丼も食う」

「普通の範囲です」

「普通か」

「たぶん」


 鬼丸は少し考えた。


「どちらもうまかった」

「それは言わないでください」

「胡椒も甘辛も」

「言わないでください」

「だが、意味は食えぬ」

「それは、まあ」

「食えるものを食えばよい」

「それができれば苦労しません」


 鬼丸は不思議そうな顔をした。


「なぜだ」

「皆、食べ物に意味を載せるからです」

「意味は重いか」

「重いです」

「腹は膨れるか」

「膨れません」

「ならいらん」

「そう言い切れるのが、鬼丸さんの危険なところです」


 鬼丸は笑った。


「危険か」

「かなり」

「では、危険な中立者だな」

「自称しないでください」

「気に入った」

「気に入らないでください」


 榊原さんが少し笑った。

 笑うところではない。

 いや、少し笑うところかもしれない。

 鬼丸はそのまま外兎へ向かった。

 券売機の前で立ち止まる。

 普通にそばと親子丼を押した。

 よし。

 普通だ。

 普通の食事だ。

 このまま何も起きなければいい。


 外兎の券売機が一瞬だけ光った。


 危険な中立者セット


「消します」


 私は即座に管理画面を開いた。


 危険な中立者セットを禁止します。


 券売機の表示が消えた。

 鬼丸は普通に食券を持って店内へ入った。

 よし。

 勝った。

 小さい。

 しかし大事だ。


 事務所に戻ると、複合機の紙が出ていた。


 手羽先代理戦争:骨による威嚇行為対応

 対象:骨配置/骨写真/骨型紙/骨関連表示/手羽先部会/鬼丸

 対応:骨による威嚇行為禁止。レビュー欄骨写真削除。券売機・景品棚・ホテルロビーへの波及抑制。手羽先部会設置禁止。鬼丸氏を危険な中立者として扱わない。

 備考:骨は止まったが、骨を置きたかった理由は残存。

 備考:意味は食えぬ。


 私は紙を見た。

 備考。

 意味は食えぬ。

 今日はこれでいい気がした。

 いや、よくはない。

 だが、少しだけいい。


 夜、白河さんからメッセージが来た。


 瀬戸口さん。

 ロビーは落ち着いています。

 骨も、骨がない表示も、部会案内もありません。

 本日はお疲れさまでした。


 私は返信した。


 ありがとうございます。

 そちらもお疲れさまでした。

 骨が出なかっただけで、今日はかなり勝ちです。


 返事。


 同感です。

 ただ、骨が出ないことを勝ちと呼ぶ日が来るとは思いませんでした。


 私は少し笑った。

 本当にそうだ。

 私も思わなかった。


 机の引き出しに、今日の紙を入れる。

 手羽先代理戦争の紙がまた増えた。

 開戦。

 声明欄。

 レビュー欄。

 デナイド停戦協議。

 実食差分確認。

 骨による威嚇行為対応。

 並べると、ひどい。

 ひどいが、進んではいる。

 たぶん。

 少しずつ、火を小さくしている。

 そう信じたい。


 天井を見る。

 蜘蛛がいる。

 今日も何も言わない。


「骨による威嚇行為は禁止だよな」


 蜘蛛は答えなかった。

 当然である。

 だが、答えないことで、今日も何も置かなかった。

 骨も。

 意味も。

 星も。

 仁義も。


 私は少しだけ、蜘蛛のその何も置かなさを見習いたかった。

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