↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女子大小路 怪異IT相談所  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/20

第14話 デナイド停戦協議

ドリンクバーは、会議を呼ぶ。


 私は以前から薄々そう思っていた。

 飲み物を何度でも取りに行ける、という構造がよくない。人間は、終わらせるべき話を終わらせずに、もう一杯だけコーヒーを取りに行く。コーヒーを取りに行くと、ついでに氷の音を聞く。氷の音を聞くと、少し考える時間ができる。考える時間ができると、誰かが「それで言うと」と言い出す。

 それで言うと。

 この言葉が出た会議は、だいたい終わらない。


 そして、ファミレスには机がある。

 机があると資料が置ける。

 資料が置けると議題が増える。

 議題が増えると、議事録が生まれる。

 議事録が生まれると、私の名前がどこかに載る。

 私はそれが嫌だ。

 たいへん嫌だ。

 だが、今日の停戦協議はデナイドで行われることになった。


 正確には、なりかけている。

 まだ承認していない。

 私は承認していない。

 しかし、この街では、私が承認しないものほど先に席が用意される。


 朝、怪異IT相談所の管理画面には、新しい通知が出ていた。


 手羽先代理戦争 停戦協議

 場所:デナイド東新町店 窓側席

 議題:味未評価問題、実食要求、レビュー欄の星分離、声明欄の短文化、骨と胡椒の保管、その他

 参加予定:宇宙の海さん派、無頼坊主派、手羽先中立委員会、瀬戸口連平、榊原小夜子、レビュー狐、勘定守り、必要に応じて白河玲子

 備考:ドリンクバーあり


 私は通知を閉じた。

 三秒後、戻った。


 手羽先代理戦争 停戦協議

 備考:ドリンクバーあり


 備考を強調するな。

 そこが一番嫌なのだ。


 机の引き出しを開ける。

 紙が増えている。

 手羽先代理戦争:開戦。

 手羽先代理戦争:声明欄暫定整理。

 手羽先代理戦争:レビュー欄暫定対応。

 その横に、胡椒と骨の封筒。

 並びがもう仕事である。

 手羽先の仕事。

 そんな仕事があってたまるか。

 ある。

 今ここにある。


 問い合わせフォームには、手羽先中立委員会からメールが来ていた。


 件名:停戦協議の件

 本文:両派とも、デナイドでの協議には応じる意向です。ただし宇宙の海さん派は「ドリンクバーに黒胡椒はあるか」と確認しています。無頼坊主派は「氷は骨を冷やすものか」と確認しています。どちらも不穏です。助けてください。


 私は返信した。


 瀬戸口です。

 デナイドは中立会場ではなく、通常営業中の飲食店です。

 黒胡椒、氷、ドリンクバー、窓側席、伝票、メニュー、呼び出しボタンを派閥的主張に使用しないでください。

 実食判定は行いません。

 停戦協議は短時間で終わらせます。

 議事録は作りません。


 送信。

 三秒後、返信。


 議事録は既に準備されています。


 私は椅子にもたれた。

 準備するな。


 ノックがあった。

 私は返事をした。

 扉は返事の途中で開いた。

 榊原小夜子だった。


「おはようございます」

「議事録を作りましたか」

「作っていません」

「よかった」

「ただ、廊下に置かれていました」

「よくない」


 榊原さんは今日も黒い服だった。

 手には紙袋がある。

 私は身構えた。


「手羽先ではないですよね」

「違います」

「胡椒は」

「ありません」

「骨は」

「ありません」

「甘辛は」

「ありません」

「何ですか」

「サンドイッチです」

「安全」

「たぶん」

「たぶん」


 私はサンドイッチを見た。

 たまごサンド。

 安全そうだった。

 しかし、食べ物に絶対の安全はない。最近よく分かった。

 私は一つ食べた。

 うまい。

 普通にうまい。

 普通にうまい食べ物は、心を人間側に戻す。


「今日、行くんですか」

「行きたくありません」

「でも」

「行きます」

「デナイドへ」

「はい」

「ドリンクバーは」

「頼みません」

「無理では」

「なぜ」

「ファミレスで協議をしてドリンクバーを頼まないのは、逆に不自然です」

「自然さのために会議を強化したくありません」

「でも、飲み物がないと長くなります」

「飲み物があっても長くなります」

「そうですね」


 詰んでいる。

 飲み物があってもなくても長くなる。

 なら、せめて自分で終わらせるしかない。


 複合機が鳴った。

 紙が出る。


 手羽先代理戦争 停戦協議:議事進行案

 一、開会しない確認

 二、実店舗無関係確認

 三、味未評価問題

 四、レビュー星分離の扱い

 五、声明欄短文化への異議

 六、実食要求の保留

 七、ドリンクバーの非派閥化

 八、閉会できない場合の処理


「一がいいですね」

「開会しない確認」

「開会しなければ、会議ではありません」

「でも進行案です」

「そこが嫌です」


 裏を見る。

 裏にも文字がある。


 閉会できない場合、協議は実食判定会へ移行します。


 私は紙を裏返した。

 見なかったことにする。

 見た。

 もう見た。

 遅い。


 廊下の奥からログ語りの声がした。


「協議は、食べられなかった言葉が皿を求める場です」

「出ないでください」

「記録上、食べ物の争いは、最終的に食卓へ向かいます」

「向かわないようにしているんです」

「では、食卓の手前で止める必要があります」

「分かっています」

「ファミレスは、手前でしょうか」

「やめてください」


 嫌な問いである。

 ファミレスは食卓の手前か、食卓そのものか。

 考えたくない。

 たぶん、かなり食卓である。


 昼前、白河さんからメッセージが来た。


 瀬戸口さん。

 本日の停戦協議について、ホテルのロビーにも表示が出ました。

 「デナイド停戦協議 傍聴席はこちら」

 当ホテルは傍聴席ではありません。

 表示は剥がしましたが、三秒後に戻りました。


 私は返信した。


 承知しました。

 傍聴席ではない旨をこちらでも出します。

 骨・胡椒・声明文・投書箱が出た場合は触らずご連絡ください。


 すぐ返事。


 現時点では、骨はありません。

 胡椒もありません。

 ただし、ロビーの案内台に「ドリンクバーは隣の二階です」と出ています。

 隣とは、ヒノキドラッグのことである。ホテルの二階ではない。ヒノキドラッグの二階がデナイドである。こういうところを曖昧にすると、東新町はすぐ建物の上下関係を混ぜてくる。


 私は頭を抱えた。

 ホテルロビーが、隣のファミレスを案内している。

 してはいけない案内をしている。


 返信する。


 それも剥がしてください。


 返事。


 剥がしました。

 三秒後に戻りました。

 今度は「ドリンクバーではなく停戦バーです」と表示されています。


「悪化した」


 榊原さんが言った。


「停戦バー」

「嫌な店名ですね」

「ありそうではあります」

「ありそうだから嫌です」


 私は管理画面を開き、注意文を出した。


 デナイドは停戦バーではありません。

 ドリンクバーは派閥的主張、停戦儀式、実食判定、傍聴席案内には使用できません。

 ホテルロビーはデナイドへの怪異案内所ではありません。


 公開。

 表示。


 反映されました。


 白河さんからすぐ連絡。


 表示は消えました。

 ありがとうございます。

 なお、消えた跡に小さく「では現地で」と残っています。


 行くしかない。

 行きたくない。

 行くしかない。


 午後二時。

 私と榊原さんは、広小路通りを東へ歩いた。

 女子大小路の湿った気配を背中に置き、白河さんの勤める高級ホテルの静かな入口を通り過ぎる。入口のガラスは昼でも静かに光っていて、こちら側の雑さを映しすぎないようにしている。

 その先、東新町交差点の南西側にヒノキドラッグの白い光がある。二階にはデナイドの窓。南東側には外兎と女王ツアー。東西に広小路通り、南北に空港線。昼の街が、交差点で一度ごちゃりと結ばれている。

 今日は、その結び目の二階で停戦協議である。

 ただし、繰り返すがホテルの二階ではない。ヒノキドラッグの二階である。ホテルの隣、ヒノキドラッグの上、空港線の近く、外兎と女王ツアーの向かい。つまり、前回からずっと面倒な場所である。

 結び目の上に、さらに結び目を作るな。


 ヒノキドラッグの前を通ると、自動ドアが開いた。

 誰も入っていない。

 白い光が歩道に伸びる。

 その白い光の端に、小さな貼り紙があった。


 停戦協議参加者の方へ

 胃薬はこちら


「親切」

「親切ですね」

「買った方がいいでしょうか」

「中立性は損なわれないと思います」

「買います」


 私は胃薬を買った。

 会議前に胃薬。

 正しい。

 かなり正しい。

 ヒノキドラッグは、時々すごく現実に戻してくれる。

 現実に戻してくれる店の二階がデナイドなのは、少しよくできすぎている。


 階段を上がる。

 二階。

 デナイド。

 昼のファミレスの均一な明るさ。

 テーブル。

 メニュー。

 呼び出しボタン。

 ドリンクバー。

 窓側席。

 窓の外には、東新町交差点が見える。南東側に外兎と女王ツアー。少し西へ戻ればホテルと女子大小路。空港線の音が高いところから落ちてくる。

 便利すぎる。

 怪異にとっても、人間にとっても。


 店員さんに案内された席には、すでに札が立っていた。


 予約席

 手羽先代理戦争 停戦協議


「予約してない」

「されていますね」

「してない」


 私は店員さんに言った。


「あの、これ、予約した覚えは」

「お連れ様がお待ちです」

「お連れ様」

「窓側です」


 窓側を見る。

 いた。

 胡椒筋の者。

 骨まわりの者。

 手羽先中立委員会らしき人間。

 レビュー狐。

 勘定守り。

 なぜか鬼丸。

 鬼丸は席に収まりきらず、少し縮んでいる。

 かなり狭そうだ。


「鬼丸さん」

「腹が減った」

「帰ってください」

「停戦協議だろう」

「食べません」

「なら何をする」

「止めます」

「食わずに」

「はい」

「難しいな」

「難しいです」


 私は席に座った。

 座った瞬間、テーブル上のタブレットが光った。


 会議セット

 ドリンクバーつき

 停戦協議対応

 骨皿なし

 胡椒別皿不可

 甘辛保留不可


「会議セットが復活している」

「停戦協議対応ですね」

「対応しないでください」


 私は通常メニューに戻そうとした。

 戻らない。

 ドリンクバーの画面に戻る。

 タブレットが、私よりも協議に前向きである。


 榊原さんが言った。


「ドリンクバーだけ頼んでは」

「負けでは」

「飲み物がないと、もっと負けます」

「それはそう」


 私はドリンクバーを人数分頼んだ。

 頼んだ瞬間、タブレットに表示。


 停戦協議が開始されました。


「開始するな」

「でも飲み物を」

「頼みましたけど」

「では開始ですね」

「そういうシステムにするな」


 胡椒筋の者が言った。


「まず確認したい」

「短くお願いします」

「ドリンクバーに胡椒はあるか」

「ありません」

「ならば、夜はどこで補う」

「補わなくていいです」

「水だけでは夜が薄い」

「夜を飲まないでください」


 骨まわりの者が言った。


「氷はあるか」

「あります」

「骨を冷やすものか」

「飲み物を冷やすものです」

「骨も冷える」

「骨を入れないでください」

「入れぬ」

「絶対に」

「今は」

「今は、じゃない」


 手羽先中立委員会の人は、細い男だった。

 疲れた顔をしている。

 中立が人間の形を取ると、こういう顔になるのかもしれない。


「本日はよろしくお願いします」

「よろしくしたくはないですが、進めます」

「ありがとうございます」

「中立委員会さん」

「はい」

「お名前は」

「名乗ると派閥に登録されそうなので」

「賢い」

「ありがとうございます」

「では、中立委員さんで」

「はい」


 レビュー狐は椅子の上に座っている。

 帳面を持っている。

 星は描いていない。

 えらい。

 勘定守りは算盤をテーブルに置いている。

 置くな。

 鬼丸はメニューを見ている。

 見るな。


「まず確認します」


 私は言った。

 言った瞬間、タブレットが震えた。


 瀬戸口連平が発言しました。


「その機能を切れ」


 私はタブレットの設定を探した。

 ない。

 デナイドのタブレットに、発言検出機能などあるはずがない。

 あるはずがないものがある。

 それが最近の日常である。


「本日の目的は、実店舗への波及を止めることです。宇宙の海さん、無頼坊主、その他実在する店のレビュー欄、地図アプリ、予約、券売機、景品棚、ホテルロビーには干渉しない。ここまではよろしいですね」

「実店舗は無関係」

 胡椒筋の者が言った。

「実店舗は無関係」

 骨まわりの者も言った。

「そのわりに、味は関係あると言って揉めています」

「味は関係ある」

 二人が同時に言った。

「そこが問題です」


 中立委員さんが、弱々しく手を上げた。


「できれば、味を語る場所と店の評価を分けたいです」

「正しいです」

「声明欄とレビュー欄は分けました」

「はい」

「でも、味:未評価が残っています」

「はい」

「両派がそこに怒っています」

「はい」

「食べないと、味は未評価のままです」

「はい」

「食べると、停戦協議ではなく実食判定会になります」

「はい」

「詰んでいます」

「はい」


 正しい。

 中立委員さんは、疲れているがかなり正しい。

 正しすぎて、救いがない。


 胡椒筋の者が言った。


「食わずに味を分けるから歪む」

「本日は食べません」

「なぜ」

「停戦協議だからです」

「停戦とは、武器を置くことだ」

「そうですね」

「われわれの武器は言葉ではない」

「何ですか」

「味だ」

「余計に置いてください」


 骨まわりの者が言った。


「味を置くことはできぬ」

「では持ち込まないでください」

「持ち込まれている」

「どこに」

「胃に」

「まだ食べてないでしょう」

「記憶がある」

「過去に食べた記憶を持ち込まないでください」

「無理だ」

「でしょうね」


 鬼丸がメニューから顔を上げた。


「手羽先はないのか」

「ありません」

「ファミレスだぞ」

「デナイドです」

「チキンはある」

「頼まないでください」

「なぜ」

「燃えます」

「揚げ物だからか」

「違います」

「違うのか」


 レビュー狐が、そっと帳面を開いた。

 私は見た。


「星はつけないでください」

「こん」

「今日は協議です」

「こん」

「協議に星をつけない」

「こん……」


 狐は帳面を閉じた。

 えらい。

 かなりえらい。


 勘定守りが算盤を弾いた。


「ドリンクバー人数分」

「それは会計ですね」

「停戦協議費」

「計上しないでください」

「胃薬」

「それも計上しないでください」

「未食欲」

「それはもっと計上しないでください」

「食べていないものへの欲は増えている」

「増えていますが」

「負債だ」

「違います」

「腹は貸し借りを覚える」

「嫌なことを言いますね」


 タブレットがまた震えた。


 議題三:味未評価問題


「勝手に議題を進めるな」


 画面には選択肢が出ている。


 味未評価を維持する

 実食判定へ移行する

 暫定的に文章評価へ統合する

 ドリンクバーで流す


「四つ目」

「ドリンクバーで流す」

「押したらどうなるんですか」

「押してみますか」

「押しません」


 胡椒筋の者が言った。


「文章評価へ統合する、は認めぬ」

「なぜ」

「言葉は味の影だ」

「影で十分なこともあります」

「影だけを食う者はいない」

「今日は食べない話をしています」

「だから影では足りぬ」

「堂々巡りですね」


 骨まわりの者が言った。


「味未評価を維持するなら、未了である」

「未了でいいです」

「未了は骨が残る」

「残さないでください」

「未了の骨だ」

「概念の骨まで出すな」


 中立委員さんが小さく言った。


「暫定的に、味は『未判定』ではどうでしょう」

「未評価と何が違いますか」

「未評価は逃げに見えます。未判定なら、手続き中に見えます」

「なるほど」

「手続き中なら、両派も少し待てるかもしれません」

「待てますか」

 私は両派を見た。


 胡椒筋の者は黙った。

 骨まわりの者も黙った。

 黙ったということは、少し効いている。

 手続きは強い。

 白河さん的な力である。


「では、味:未評価を、味:未判定に変更します。ただし実食判定には移行しません。停戦協議中は、味判定を保留します」

「保留」

 胡椒筋の者が言った。

「保留は冷める」

「保留」

 骨まわりの者が言った。

「保留は骨が乾く」

「文句を言うな」

 私は言った。

「未評価よりましでしょう」

「ましではある」

 胡椒筋の者が言った。

「未了よりはよい」

 骨まわりの者が言った。


 私は設定を変更した。


 味:未評価

 を

 味:未判定

 へ変更。

 停戦協議中、実食による判定は行いません。


 公開。

 反映。


 タブレットが震えた。


 味未評価問題:暫定解決

 味:未判定


 私は少し息を吐いた。

 一つ進んだ。

 ほんの一つ。

 だが、こういう時は一つでも大きい。


 その瞬間、ドリンクバーの方から氷の音がした。

 からん、と。

 誰も取りに行っていない。

 見ると、ドリンクバーの前に小さな札が立っていた。


 未判定水


「水に反映するな」

「中立水の次ですね」

「進化しないでください」


 私は立ち上がり、札を外した。

 外したら、三秒後に戻った。

 戻るな。

 私は管理画面を開き、追記する。


 未判定、中立、保留、停戦等の語をドリンクバーの飲料名として使用しないでください。


 公開。

 札が消えた。

 今度は戻らない。

 小さな勝利。


 席に戻ると、外の女王ツアーの電飾が一瞬強く光った。

 タブレットが震えた。


 女王ツアーより提案:大当たり停戦演出


「却下」

「早いですね」

 榊原さんが言った。

「早くしないと鳴ります」


 私は却下を押した。

 押した瞬間、外から小さく効果音が聞こえた。

 たぶん間に合わなかった。

 しかし大当たりまではいかなかった。

 よしとする。


 次の議題が勝手に出た。


 議題四:ドリンクバーの非派閥化


「それは必要です」

「必要ですね」

「嫌ですが、必要です」


 胡椒筋の者が言った。


「黒い飲み物は夜に近い」

「コーヒーを取らないでください」

「茶は」

「茶も派閥にしない」

「炭酸は星か」

「星ではありません」

「気泡は」

「気泡です」

「星に似る」

「似るだけです」


 骨まわりの者が言った。


「氷は骨に似る」

「似ていません」

「白く、固く、残る」

「溶けます」

「骨も、時間で」

「詩的にしないでください」

「水は食後を洗う」

「ドリンクバーを食後の儀式にしないでください」


 私は利用規約を作る。


 デナイド停戦協議におけるドリンクバー利用規約

 一、飲料を派閥的象徴として扱わない。

 二、コーヒーを夜、炭酸を星、氷を骨、水を中立または未判定と呼ばない。

 三、ドリンクバー前で声明を出さない。

 四、飲料の色、温度、気泡、氷の個数を主張の根拠としない。

 五、おかわりは自由だが、議題を増やさない。


 公開。

 タブレットが震えた。


 ドリンクバーの非派閥化:暫定承認


 榊原さんが言った。


「五が大事ですね」

「おかわりで議題が増えるのが一番危険です」

「確かに」


 中立委員さんが、泣きそうな顔で言った。


「ありがとうございます」

「まだ終わっていません」

「でも、少し楽になりました」

「それならよかったです」


 その時、白河さんからメッセージが来た。


 瀬戸口さん。

 ホテルロビーの傍聴席表示は消えました。

 ただし、新しく「協議結果はこちら」と出ています。

 こちら、とはデナイドのようです。

 なお、デナイドは当ホテルの二階ではありません。隣のヒノキドラッグ二階です。


 私は返信した。


 協議結果は後ほど怪異IT相談所に掲載します。

 ホテルロビーへの結果表示は禁止します。

 表示は剥がしてください。


 返事。


 剥がしました。

 戻りません。

 現在のところ、骨も胡椒もありません。


 よし。

 ホテル方面は止まった。

 少しずつ、止まっている。

 今日はいけるかもしれない。

 そう思った瞬間、タブレットが震えた。


 議題五:実食要求の保留


 来た。

 本丸である。

 胡椒筋の者と骨まわりの者が、同時にこちらを見た。

 鬼丸も見た。

 レビュー狐も見た。

 勘定守りも見た。

 中立委員さんは、見ないふりをした。

 賢い。


「実食は行いません」

 私は先に言った。


「なぜ」

 胡椒筋の者。


「なぜ」

 骨まわりの者。


「なぜ」

 鬼丸。


「鬼丸さんは黙ってください」

「腹が減った」

「でしょうね」


 私は続けた。


「実食をすると、停戦協議ではなく判定会になります。判定会になると、勝敗が必要になります。勝敗が出ると、代理戦争が拡大します。したがって、今日は食べません」

「判定せねば、味は未判定のまま」

「未判定でよいです」

「逃げだ」

「手続きです」

「冷める」

「保留です」

「骨が乾く」

「記録です」

「うまいものは」

「今日は出ません」


 私は言い切った。

 言い切った瞬間、ファミレスの空気が少し硬くなった。

 店員さんが遠くで水を運んでいる。

 普通の客が普通に食事をしている。

 その普通さに助けられる。

 ここは店だ。

 怪異の会場ではない。

 それを忘れてはいけない。


 中立委員さんが、恐る恐る言った。


「では、実食ではなく、実食条件の整理だけしてはどうでしょう」

「条件」

「どこで、誰が、何を、どのように食べると判定ではなく確認になるか」

「確認」

「勝敗ではなく、両派の主張の差分を確認する」

「差分確認」

「はい」

「システムっぽくなってきましたね」

「瀬戸口さん向きかと」

「嫌な向き方ですが、使えます」


 白河さんがいたら頷きそうだ。

 条件を決める。

 枠を決める。

 勝敗ではなく差分。

 味の優劣ではなく、主張の違い。

 これなら、すぐ食べなくて済む。

 たぶん。


 私はタブレットのメモ欄に書いた。


 実食判定ではなく、実食条件確認とする。

 目的:勝敗判定ではなく、両派の主張差分を整理する。

 実施時期:未定。

 実施場所:実店舗ではない中立的な場所を検討。

 実店舗の営業・評価・レビューとは切り離す。

 食後の星評価は禁止。

 骨・胡椒・甘辛を証拠として持ち帰らない。

 鬼丸の参加は要検討。


「なぜ俺が」

 鬼丸が言った。


「食べすぎるからです」

「食える」

「だからです」


 胡椒筋の者が言った。


「差分確認なら、受ける」

 骨まわりの者も言った。

「勝敗でなければ、保留できる」

「では、今日はそこまでです」

「今日は」

「はい。今日は」


 タブレットが震えた。


 実食要求:保留

 次回、実食条件確認


 私は深く息を吐いた。

 終わった。

 いや、終わってはいない。

 保留である。

 しかし、保留にもよい保留と悪い保留がある。今日の保留は、たぶん少しだけよい保留だ。

 少なくとも、今ここで手羽先を食べる流れは止まった。


 その時、外兎からメールが来た。


 件名:券売機について

 本文:「実食条件確認定食」が出ています。売切表示です。


「消します」


 私は即座に管理画面へ追記した。


 実食条件確認は定食ではありません。

 券売機への反映を禁止します。


 返信。


 消えました。


 女王ツアーからもメール。


 件名:景品棚について

 本文:「差分確認キーホルダー」が出ています。


「消します」


 追記。


 差分確認キーホルダーは禁止します。


 返信。


 消えました。


 小さな火を消す。

 消して、消して、消す。

 消火器ではない。

 管理画面で消す。

 これが怪異ITである。

 嫌な仕事だが、かなり仕事ではある。


 停戦協議は、そこで終わった。

 開会しない確認は失敗したが、閉会はできた。

 これは大きい。

 閉会できる会議は、まだ人間側にある。


 会計はドリンクバー人数分だけだった。

 勘定守りが算盤を弾いた。


「未食欲は未精算」

「精算しなくていいです」

「腹は残る」

「残りますね」

「では次回」

「次回にしないでください」


 鬼丸は不満そうだった。


「食わなかった」

「食べませんでした」

「腹が減った」

「外兎に行かないでください」

「なぜ分かった」

「分かります」


 レビュー狐は帳面に、小さく星を描きかけて、消した。

 えらい。

 かなりえらい。

 私は少しだけ頭を下げた。


「今日はありがとうございます」

「こん」


 狐は少し得意そうだった。


 ヒノキドラッグの階段を降りると、夕方だった。

 東新町交差点は、昼よりも光が増えている。

 南西側のヒノキドラッグの白い光。

 その二階のデナイド。

 南東側の外兎と女王ツアー。

 広小路通りを西へ戻れば、白河さんのホテルと女子大小路。

 空港線の音が、上から落ちてくる。

 今日は食べなかった。

 しかし、食べなかったことで、余計に腹が減った。

 手羽先代理戦争は、味を出さなくても胃を動かす。

 かなり悪質である。


 事務所に戻ると、複合機の紙が出ていた。


 手羽先代理戦争:デナイド停戦協議

 対象:宇宙の海さん派/無頼坊主派/中立委員会/ドリンクバー

 対応:味未評価を味未判定へ変更。ドリンクバー非派閥化。実食要求を保留し、実食条件確認へ移行。

 備考:会議セットは未承認。ドリンクバーあり。閉会成功。


 私は紙を見た。

 閉会成功。

 珍しくよい言葉だ。

 少しだけ、救われる。


 夜、白河さんからメッセージが来た。


 瀬戸口さん。

 ロビーの表示は消えたままです。

 本日はお疲れさまでした。


 私は返信した。


 ありがとうございます。

 そちらもお疲れさまでした。

 ホテルに骨が出なかっただけで、今日は勝ちです。


 少しして返事が来た。


 同感です。


 私はスマホを伏せた。

 天井を見る。

 蜘蛛がいた。

 今日も何も言わない。


「閉会成功だってさ」


 蜘蛛は答えなかった。

 当然である。

 だが、今日はそれでいい。

 会議が終わる。

 それだけで、十分にありがたい夜もある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。