第13話 レビュー欄に骨を並べるな
レビュー欄は、だいたい荒れる。
これは怪異に限った話ではない。
人間だけでも十分に荒れる。星の数、文章の長さ、写真の角度、接客態度、味、値段、待ち時間、店員の声、隣の客、駐車場、席の狭さ、注文したものと違うもの、注文したものは合っているが思っていたものと違うもの、そもそも行っていないのに誰かの評判を聞いて腹が立ったもの。
レビュー欄には、店よりも客の輪郭が出る。
私はそう思っている。
店のことを書いているようで、実際には「私は何を許せない人間なのか」を書いてしまう場所なのだ。
たいへん怖い。
しかも星で数値化される。
人間の不満に星をつけるな。
朝、怪異IT相談所の問い合わせフォームにメールが来ていた。
差出人は手羽先中立委員会。
一名の委員会である。
件名:レビュー欄について
本文:声明欄は落ち着きました。ありがとうございました。ですが、今度は両派がレビュー欄に移動しました。短文フォーマットに従ったせいで、短く鋭いレビューが大量発生しています。助けてください。
私は画面を閉じた。
閉じても駄目である。
短く鋭い。
長文を抑えたら短文が増える。
怪異は、空気や水と似ている。押さえた場所とは別の隙間から出てくる。しかも、今回の隙間はレビュー欄だった。
最悪ではない。
最悪ではないが、かなり悪い。
レビュー欄は、燃えやすい。
添付画像を開いた。
宇宙の海さん派のレビューらしきものが並んでいた。
★★★★★
胡椒は星辰。皿は夜の港。実店舗は無関係。
★☆☆☆☆
甘辛に照りはある。夜はない。実店舗は無関係。
★★★★★
骨は航路標識。ただし胡椒後に限る。実店舗は無関係。
★☆☆☆☆
骨まわりを先に語る者は、空を見ない。実店舗は無関係。
私は目を細めた。
実店舗は無関係。
そこだけ守っている。
守っているのに荒らしている。
厄介なタイプの遵守である。
次の画像。
無頼坊主派。
★★★★★
骨まわりに仁義。甘辛は食後の誓い。実店舗は無関係。
★☆☆☆☆
胡椒は騒がしい。骨は黙る。黙る方が強い。実店舗は無関係。
★★★★★
照りは約束。皿に残る骨は証文。実店舗は無関係。
★☆☆☆☆
星辰を噛むな。肉を噛め。実店舗は無関係。
私は画面を伏せた。
うまい。
短いのにうまい。
腹が減る。
これが問題なのだ。
荒れているのに、文章としては妙に強い。星一つの悪口まで販促のように見える。手羽先の評判を落とすどころか、読んだ者の胃を起動させる。
実店舗は無関係。
しかし食欲は関係してくる。
たいへん困る。
ノックがあった。
私は返事をした。
扉は返事の途中で開いた。
榊原小夜子だった。
「おはようございます」
「レビュー欄が来ました」
「来ましたか」
「来ました」
「やはり」
「やはりではなく、来ないでほしかったです」
「レビュー欄は、来ます」
「怪異の季語みたいに言わないでください」
榊原さんは今日も黒い服だった。
手には紙袋がある。
私は身構えた。
「それは」
「差し入れです」
「手羽先では」
「ありません」
「骨は」
「ありません」
「胡椒は」
「ありません」
「甘辛は」
「少し」
「何ですか」
「みたらし団子です」
「寄せ方が斜め」
みたらし団子。
甘辛に寄っている。
いや、甘い。
甘辛と言えなくもない。
危険かもしれない。
だが、手羽先ではない。
骨もない。
私は一本受け取った。
受け取ってから気づいた。
「これ、無頼坊主派に寄りますか」
「団子です」
「でも甘辛です」
「瀬戸口さん」
「はい」
「そこまで考えると、何も食べられなくなります」
「それは困りますね」
「はい」
私は食べた。
うまい。
みたらし団子はうまい。
手羽先代理戦争と無関係であってほしい。心からそう願う。
「レビュー欄、見ますか」
「はい」
私は画面を見せた。
榊原さんは一通り読み、少しだけ首をかしげた。
「短くなりましたね」
「そこは成功しました」
「でも、鋭くなっています」
「そこが失敗しました」
「刃物のようです」
「手羽先なのに」
「骨がありますから」
「うまいこと言わないでください」
複合機が鳴った。
紙が出る。
手羽先代理戦争:レビュー欄波及
対象:宇宙の海さん派/無頼坊主派/レビュー狐
状態:短文レビュー多発
備考:実店舗無関係文言は付与済み。ただし星評価が派閥化しています。
「星評価が派閥化しています」
「レビューですから」
「レビューを武器にするな」
「人間もよくします」
「それはそう」
廊下の奥から、小さな声がした。
「こん」
レビュー狐だった。
出てくると思った。
レビュー欄の話で出てこないわけがない。
小さな狐が、廊下の影から顔を出した。口に帳面をくわえている。目がいつもより泳いでいる。
しょんぼりしているようにも見えるし、星をつけたくてうずうずしているようにも見える。
「レビューしないでください」
「こん」
「まだ何も言っていませんね」
「こん」
「その帳面を置いてください」
「こん……」
レビュー狐は帳面を机の上に置いた。
表紙に星が五つ描いてある。
私はそれを裏返した。
裏にも星が描いてあった。
徹底している。
「状況を説明してください」
「こん」
「鳴き声だけではなく」
「こん……レビュー欄が、骨でいっぱいです」
「骨でいっぱい」
「こん。文字の骨です」
「文字の骨」
「短いレビューは、骨に似ています」
「嫌なことを言いますね」
ログ語りが廊下の奥から言った。
「短文は、肉を削いだ後の骨格です」
「出ないでください」
「記録上、レビューは経験の骨です」
「レビューの話になるとみんな骨を持ち出す」
レビュー狐が帳面を開いた。
中には、レビュー欄の転写がある。
狐なりに整理したらしい。
胡椒派レビュー例
五つ星:胡椒は星辰。
一つ星:甘辛は眠い。
骨派レビュー例
五つ星:骨は仁義。
一つ星:胡椒は軽い。
中立レビュー例
三つ星:どちらもおいしそう。
両派からの反応:軽薄。
「中立の三つ星が叩かれていますね」
「こん」
「両方うまそう、は駄目ですか」
「こん」
「なぜ」
「こん……両派にとって、どちらも、は裏切りです」
「面倒ですね」
「こん」
レビュー狐は、本当に困っているようだった。
いつもは五つ星をつけることそのものが喜びであるような狐なのに、今日は星に挟まれている。
五つ星は胡椒派に利用される。
五つ星は無頼坊主派にも利用される。
三つ星は中立として叩かれる。
一つ星は抗争になる。
星なしはレビューではない。
レビュー狐の存在意義が揺れている。
「レビュー狐さん」
「こん」
「星をつけないという選択肢は」
「こん……」
「苦しそうですね」
「こん……」
小さな狐が本当にしょんぼりした。
私は少し悪いことを言った気がした。
レビュー狐に星をつけるなと言うのは、鬼に角を外せと言うようなものかもしれない。
いや、鬼丸なら外せるのか。
分からない。
スマホが震えた。
宇宙の海さん派から通知。
レビュー狐へ。
星は夜に属する。
ゆえに五つ星は胡椒側の自然権である。
次に、無頼坊主派。
星は皿の外の飾りである。
真の評価は骨の残り方にある。
ただし五つ星は受け取る。
「受け取るんだ」
「派閥ですから」
「派閥は都合がいいですね」
「はい」
私は管理画面を開いた。
新規ページ。
レビュー欄に関する暫定注意
本文。
手羽先代理戦争に関する派閥的主張を、実店舗のレビュー欄へ投稿しないでください。
星評価を派閥表明、抗議、声明、威嚇、骨の配置、胡椒の散布、甘辛の署名として使用しないでください。
実店舗は本件と無関係です。
レビュー狐への圧力、星の帰属主張、三つ星中立への攻撃は禁止します。
私は手を止めた。
三つ星中立への攻撃は禁止。
何を書いているのだ。
しかし必要である。
公開した。
表示。
公開されました。
ただし、星の解釈について両派から異議があります。
「星の解釈で異議を出すな」
宇宙の海さん派。
星は夜にある。
夜は胡椒にある。
よって星は胡椒にある。
無頼坊主派。
星は店の評価である。
店は食後に決まる。
食後には骨がある。
よって星は骨にある。
レビュー狐。
こん。
私は深呼吸した。
星が争われている。
五つ星の所有権を争っている。
レビュー欄とはそういうものだったか。
そういうものだった気もする。
それが嫌だ。
榊原さんが言った。
「星を一度、外してみては」
「レビュー欄から?」
「はい」
「星なしレビュー」
「文章だけにする」
「レビュー狐が死にませんか」
「死にはしないと思います」
「しょんぼりはしますね」
「はい」
レビュー狐がこちらを見た。
やめてほしい、という目をしている。
私は目を逸らした。
しかし、星が火種なら一時的に星を外すしかない。
人間社会でもよくある。評価軸を消す。点数を見せない。コメントだけにする。だいたい別のところが燃えるが、今は仕方ない。
私は設定を変更した。
手羽先代理戦争関連レビューについて、星評価を一時非表示にします。
文章のみ表示します。
星は内部的に保持されますが、派閥的主張には使用できません。
公開。
画面が固まる。
少し待つ。
表示。
反映されました。
レビュー欄を見る。
星が消えている。
胡椒は星辰。皿は夜の港。実店舗は無関係。
甘辛に照りはある。夜はない。実店舗は無関係。
骨まわりに仁義。甘辛は食後の誓い。実店舗は無関係。
胡椒は騒がしい。骨は黙る。黙る方が強い。実店舗は無関係。
星が消えると、ただの短歌の殴り合いみたいになった。
いや、短歌ではない。
だが、星がないだけで少しだけ落ち着く。
レビュー狐は悲しそうに帳面を見ている。
「星は内部的に保持されています」
「こん」
「見えないだけです」
「こん……」
「あとで戻します」
「こん?」
狐の耳が少し立った。
戻す約束をしてしまった。
大丈夫だろうか。
分からない。
だが、今はこれでいい。
その時、別の通知が来た。
外兎からだった。
件名:券売機レビューについて
本文:券売機の「手羽先中立定食 売切」ボタンが消えた代わりに、「レビューなしそば」「星抜き親子丼」「骨なし定食」が表示されています。弊店では取り扱っておりません。
「外兎に飛びました」
「券売機ですね」
「星を消したらメニューになるんですか」
「レビューと注文は近いのかもしれません」
「近くないです」
添付画像を見る。
外兎の券売機に、たしかに見慣れないボタンがある。
レビューなしそば
星抜き親子丼
骨なし定食
胡椒別皿
甘辛保留
「甘辛保留」
「保留されていますね」
「定食で保留するな」
私は外兎向けの注意文を追加する。
星評価の非表示は、券売機のメニュー項目ではありません。
レビューなしそば、星抜き親子丼、骨なし定食、胡椒別皿、甘辛保留は実在しません。
券売機への反映を禁止します。
公開。
反映。
外兎から返信。
消えました。
代わりに「中立水」が出ました。
「水なら」
「駄目です」
「ですよね」
私は再度更新。
中立水も禁止します。
返信。
消えました。
小さな勝利である。
しかし、こういう小さな勝利が積み重なると、なぜか負けている気がする。
今度は女王ツアーからメール。
件名:景品棚について
本文:手羽先型キーホルダーのタグが、星なし版に変わりました。胡椒派、甘辛派、骨派、未定、棄権、瀬戸口に加え、レビュー狐が追加されています。景品化は望ましくないと判断しています。
「判断がまとも」
「女王ツアーも困っているんですね」
「瀬戸口タグがまだあるのが嫌です」
添付画像。
手羽先キーホルダーの棚。
タグ。
胡椒派
甘辛派
骨派
未定
棄権
瀬戸口
レビュー狐
中立水
「中立水、残ってる」
「強いですね」
「水なのに」
私は景品化禁止を再掲した。
人名、妖怪名、役職名、派閥名、飲料名を手羽先型キーホルダーの分類として使用しないでください。
特に、瀬戸口、レビュー狐、中立水は禁止します。
公開。
反映。
女王ツアーから返信。
撤去しました。
ただし「未承認調停人」は残っています。
「私だ」
「瀬戸口とは書いていませんね」
「そういう問題ではないです」
私は追加する。
未承認調停人も禁止します。
返信。
撤去しました。
疲れる。
レビュー欄を対応しているはずなのに、券売機と景品棚まで直している。
レビューは街に漏れる。
星はメニューになり、メニューは景品になり、景品はタグになり、タグは人名になる。
名前がつくと面倒になる。
何度も同じところへ戻る。
昼過ぎ、白河さんからメッセージが来た。
瀬戸口さん。
ホテルのロビーに、レビュー狐様宛ての投書箱が出ています。
「星を返してください」と書かれています。
撤去してよろしいでしょうか。
私は即答した。
撤去してください。
返事。
撤去しました。
三秒後に戻りました。
今度は「星は預かっています」と書かれています。
私は天井を見た。
昼の時点で、もう疲れている。
「ホテルへ行きますか」
「行きたくありません」
「でも白河さんの職場です」
「行きます」
行くしかない。
白河さんの職場に投書箱が出ている。
しかもレビュー狐宛て。
ホテルのロビーは郵便局ではないし、神社でもないし、狐の受付でもない。
榊原さんと一緒に、広小路通りを東へ歩く。
女子大小路の湿った気配を背中に置く。
白河さんの勤める高級ホテルの入口が見えてくる。東新町の交差点から見れば西側、広小路沿いにあるホテルだ。入口のガラスは昼でも静かに光っていて、こちら側の雑さを映しすぎないようにしている。
その先、交差点の南西側にヒノキドラッグの白い光があり、二階にはデナイドの窓が見える。南東側には外兎と女王ツアー。東西の広小路通りと南北の空港線が交わるところで、昼の街がまた結び目になる。
今日は、その結び目に星が絡まっている。
見えない星だ。
レビュー欄から一時的に外された星。
そんなものが街に絡まるな。
ホテルのロビーに入る。
白河さんがいた。
背筋がまっすぐで、少しだけ困っている。
その困り方も整っているので、困っていると気づくまでに少し時間がかかる。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
「投書箱は」
「こちらです」
案内台の横に、小さな箱が置かれていた。
白い箱。
上部に細い投入口。
正面に文字。
星は預かっています
レビュー狐様
「預かるな」
「はい」
「中身は」
「確認しておりません」
「正しいです」
「ただ、箱が少し鳴ります」
「鳴る」
「はい。小さく、こん、と」
レビュー狐が事務所にいるはずなのに、ここでも鳴る。
レビューは分散する。
狐も分散するのかもしれない。
嫌な考えである。
私は箱を持ち上げようとした。
重い。
紙の箱のはずなのに重い。
中に投書が入っているのか。
いや、もっと違うものが入っている気がする。
星か。
非表示にした星が入っているのか。
そんな馬鹿な。
でも、この街では馬鹿なことほど物理的になる。
「開けますか」
白河さんが言った。
「開けたくありません」
「ですが」
「開けます」
私は箱を開けた。
中には、紙が大量に入っていた。
小さな紙。
それぞれに星が描かれている。
五つ星、三つ星、一つ星。
そして、一枚だけ星ではなく骨が描かれていた。
もう一枚には胡椒の点。
さらに一枚には、甘辛そうな照りの線。
レビューの部品が、ばらばらに入っている。
「レビュー欄から外した星ですね」
榊原さんが言った。
「外しただけで、消えていない」
「はい」
「ホテルに集まった」
「なぜホテルに」
白河さんが静かに言った。
「傍聴席だったからでしょうか」
「嫌な継続性ですね」
私は管理画面を開いた。
レビュー星の非表示設定を見る。
内部保持。
たしかに、内部的に保持されている。
内部とはどこか。
システムの中のはずである。
しかし今、ホテルのロビーの投書箱にある。
内部が外に出ている。
たいへんまずい。
ログ語りの声が、なぜかロビーの端から聞こえた。
「非表示とは、消去ではありません」
「出ないでください」
「見えないものは、置き場所を探します」
「探さないでください」
「星は評価の残骸です」
「残骸をホテルに置くな」
「レビュー狐が呼ばれています」
「呼ぶな」
白河さんは、ログ語りの声がしたあたりを見た。
顔色は変わらない。
強い。
ホテル勤務は怪異耐性を上げるのかもしれない。
「瀬戸口さん」
「はい」
「星を戻すしかないのでは」
「戻すとレビュー欄が燃えます」
「隠すとロビーに出ます」
「詰みですね」
「枠を作るのがよいかと」
「また枠ですか」
「はい」
枠。
また白河さんの正論である。
消すのではなく、枠を決める。
長文の時と同じ。
星も、消すのではなく、置き場所を決める。
私は設定を変更した。
星評価を再表示します。
ただし、手羽先代理戦争関連レビューの星は、味・体験・文章・派閥表明を分離してください。
派閥表明としての星は、レビュー総合点に反映しません。
新しい項目を作る。
味:
文章:
派閥:
実店舗との関係:無関係
公開。
反映。
ロビーの投書箱が震えた。
中の紙が、ふわっと浮いた。
星が紙から剥がれる。
光ではない。
小さな印刷の星のようなものが、空中に少し浮いて、それぞれの紙へ戻っていく。
骨の絵は骨のまま。
胡椒の点は点のまま。
甘辛の線は線のまま。
だが、投書箱は軽くなった。
白河さんが言った。
「消えました」
「戻りました」
「レビュー欄へ?」
「たぶん」
「燃えませんか」
「燃えにくくはしたつもりです」
スマホを見る。
レビュー欄が変わっている。
宇宙の海さん派
味:未評価
文章:★★★★★
派閥:胡椒
実店舗との関係:無関係
無頼坊主派
味:未評価
文章:★★★★★
派閥:骨
実店舗との関係:無関係
中立委員会
味:未評価
文章:★★★
派閥:中立
実店舗との関係:無関係
レビュー狐
味:未評価
文章:★★★★★
派閥:狐
実店舗との関係:無関係
「狐は派閥ではない」
「でも表示されています」
「狐派」
「かわいいですね」
「かわいいですが駄目です」
レビュー狐からメールが来た。
件名:星が戻りました
本文:こん。ありがとうございます。狐派とは何でしょうか。
私は返信した。
狐派ではありません。
レビュー担当です。
派閥欄への狐表示は禁止します。
返信。
こん。
画面を見る。
狐派が消えた。
レビュー担当になった。
よかった。
小さな勝利である。
しかし、すぐに別の通知が来る。
宇宙の海さん派。
味:未評価とは何事か。食え。
無頼坊主派。
味:未評価とは逃げである。食え。
中立委員会。
食べる流れになりそうです。助けてください。
私は目を閉じた。
結局そこへ行く。
食べ物の話は、最後には食べる話になる。
文章、星、レビュー、派閥。
全部遠回りだった。
いや、遠回りではない。
食べずに食べ物を語ろうとすると、街がその不足を埋めようとする。
実食。
昨日の夜に来ていた言葉が、また近づいてきた。
白河さんが静かに言った。
「食べていないものの味は、評価できませんから」
「正論です」
「はい」
「正論が一番怖い時があります」
「そうですね」
私はホテルのロビーの投書箱を撤去した。
今度は戻らなかった。
少しだけ安心した。
白河さんが箱を預かり、館内資料ではないものとして処理してくれるらしい。
ホテルは強い。
事務所に戻る頃には、夕方になっていた。
デナイドの窓に明かりが入り、ヒノキドラッグの白い光が強くなり、外兎の券売機が夕飯の顔をして、女王ツアーの電飾が昼よりも遠慮をなくしていた。
空港線の音が上から降る。
広小路を車が流れる。
女子大小路の方では、夜の看板が少しずつ目を覚ます。
この街は、食べ物の匂いと、名前と、光と、古いものが混ざる時間に一番おかしくなる。
怪異IT相談所に戻ると、複合機の紙が出ていた。
手羽先代理戦争:レビュー欄暫定対応
対象:レビュー欄/レビュー狐/実店舗無関係表示
対応:星評価を味・文章・派閥へ分離。派閥星は総合点に反映しない。狐派をレビュー担当へ修正。
備考:味は未評価。実食要求が増加中。
私は紙を引き出しに入れた。
手羽先代理戦争の紙が増える。
開戦。
声明欄。
レビュー欄。
並ぶと、どんどん仕事っぽくなる。
仕事っぽくなるほど、逃げられなくなる。
夜、問い合わせフォームにメールが届いた。
差出人は手羽先中立委員会。
件名:停戦協議について
本文:レビュー欄はいったん落ち着きました。しかし、両派が「味:未評価」に納得していません。中立的な場所で、実食を伴わない停戦協議を提案したところ、「食わずに何を止めるのか」と言われました。デナイドでの協議は可能でしょうか。ドリンクバーがあります。
私は画面を閉じた。
デナイド。
やはり来た。
ドリンクバー。
やはりある。
会議になる。
絶対になる。
榊原さんが横から言った。
「デナイドですね」
「言わないでください」
「でも」
「言わないでください」
天井を見る。
蜘蛛がいた。
今日も中立である。
私は言った。
「お前、星いくつだ」
蜘蛛は答えなかった。
当然である。
たぶん、それが一番よいレビューだった。




