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28 秋晴れの園遊会、焦燥の皇后

 咲き誇るのは花か娘か──秋の園遊会当日、空は秋晴れ。心地よい風が吹くたび、着飾った娘たちの髪飾りや襦裙の裾、帔帛が華やかに舞う。


 この日を待ち侘びていた娘が、一体どれだけいるだろうか。


 主催者は皇后・秦青薔。招待客の中には、青薔自ら選んだ娘もいる。


「こんなにも賑やかなのは、久しぶりだ」


「恐れ入ります」


 青薔の視線の先には、皇太后がいる。

 現皇帝と、徐慧の父・徐珏の実母だ。隣国の公主で、皇后となるため嫁いできた。

 そして今は、皇太后。


「白蓮も久しぶりに顔を出してくれて、わたくしは嬉しい」


「皇后様のお招きに感謝いたします」


 青薔は微笑みを崩さぬまま、自分の真正面に座る同い年の女性を見る。

 そこには穏やかな表情を浮かべる青陽郡主・蕭白蓮の姿がある。


 皇后の真正面に座るべきではないと、後宮の侍女が別の席へ案内しようとしたが、皇太后がそれを良しとしなかったのだ。

 皇太后にとって、皇后も郡主も息子の妻。

 せっかくの園遊会なのだから堅苦しいのはやめにしたい、という皇太后の願いを断れる立場の人間が、この場にいるものか。


「斉王は参加すると返事が来ていたけれど、いつ来るのかしら? 終わり際に一瞬顔を出すだけでは、参加したとは言えぬわ」


「大理寺へ立ち寄ってから向かうと言っておりましたので。もう少しお待ちいただけると」


「大理寺──随分と忙しくしているようね。職務に励むのは良いことだわ」


「恐れ入ります」


 白蓮の表情は崩れない。

 それは青薔も同じこと。


 ただ青薔の本心としては、徐慧には参加してほしくはなかった。

 例年通り仕事を言い訳に断れば良いものを、わざわざこの年に参加するとは……。


 今年の園遊会は特別なのだ。

 皇太子妃を見つけたい──いや、皇太子妃でなくとも良い。

 徐徹がほんの少しでも関心を持つ娘がいれば、青薔はすぐにその者を後宮へ招き入れるつもりでいる。


「皇太子殿下がご到着されました」


「徹が来たのだな」


 侍女の報告に、皇太后の顔に笑みが浮かぶ。


「お祖母様、母上、叔母上にご挨拶を」


 三人が揃う亭子に朗らかな笑顔を浮かべて現れたのは、万華国の皇太子・徐徹。


 園遊会のために尚服局が仕立て上げたのは、琥珀色の吉服。黄色は皇帝にのみ許される。

 そして皇帝にのみ許される黄色に近しい琥珀色をまとえるのは、皇太子や皇子たち。

 特に琥珀色は皇太子の色とされる。他の色には出せない威厳と権威が、この琥珀色にはあるのだ。

 そこに刺繍されているのは見事な赤い牡丹。金糸や銀糸が贅沢に使用されている。

 万華国において、牡丹は特別な花。身にまとうことを許されるのは皇族のみだ。


 園遊会に出席している娘たちは色とりどりの襦裙をまとっているが、徐徹と同じ色合いの者はいない。


 あの中に混じっても、徐徹は埋もれたりしないだろう。


「元気そうで安堵した。こっちへいらっしゃい」


 どのような立場にあろうとも、孫は可愛いものなのだろう。

 皇太后は徐徹を手招きし、すぐ隣の席に座らせる。


「もうすぐ慧も来る。陛下もいらっしゃれば、家族団欒ができたのに……」


 皇太后は寂しそうに笑う。


 それを横目に、青薔は心の中で呆れる。


 ──家族団欒だなんて、ばかばかしい


 青薔は数十年前のことを、今でも昨日のことのように思い出せる。

 あれはまだ、今の皇帝が皇太子の立場にあった頃のこと。

 当時の皇帝は、皇太子妃に二人の娘のどちらを選ぶかで迷っていた。


 それが秦青薔と蕭白蓮。

 どちらを選んでも申し分ない。

 だからこそ迷っていた。


 青薔は父親から皇太子妃に選ばれることを望まれていたし、青薔自身もそうなることを望んでいた。

 皇太子妃になり、いずれ皇后となる──それが父の願いであり、青薔の存在意義でもあったのだ。


 だが白蓮は違う。皇太子妃にも皇后にも興味がなかった。


 ただ恋慕う男の元へ嫁ぎたかっただけ。


 白蓮は徐珏と恋に落ちたのだ。


 それを知った皇太后が──当時は皇后だが、青薔を皇太子妃にと推薦し、迷う皇帝の背中を押す形となった。


 現皇帝である徐昌は意義を唱えることなく青薔を娶りはしたが、本心では白蓮を娶りたかったはずだ。

 青薔は知っている。

 白蓮と徐珏が互いに心を通わせる中、徐昌もまた、白蓮に思いを寄せていたことを。


 そして結ばれた恋人たちと、片想いのまま終わった男──徐昌は今でも白蓮のことを気にかけている。

 過去の思いは既に断ち切っているのかどうか、そこまではわからないが、表向きは弟嫁として気にかけているようだ。


 そんな人には見せることも話すこともできない、複雑な感情が入り混じる者たちが集まって、団欒などできるはずもない。


「とても素晴らしい吉服だ。──尚服局には褒美をやらねば」


「派手すぎる気はしますが、お祖母様のお気に召したようで何よりです」


 両親と叔父夫婦の過去など何も知らぬ徐徹は、穏やかに微笑んでいる。


 やはりどうにも雄々しさが足らぬ。背も伸び、声変わりも終え、見た目だけならば間違いなく成人男性。

 だが学問にばかり注力したせいなのか、それとも生まれつきのものなのか、徐徹には柔和な雰囲気はあれど、たくましさが足りないように見える。

 これで君主としての威厳を発揮できるのだろうか?


 従兄の斉王という存在が、より一層、徐徹を弱々しく見せる。

 徐徹が文人ならば、徐慧は武人──次代の君主に相応しいのは果たしてどちらか……。


「斉王殿下がご到着です」


 大臣どものふざけた噂話が脳裏に蘇った瞬間、今まさに聞きたくもない名前を聞いてしまった。

 青薔は作り慣れた皇后の笑みを浮かべ、視線を亭子の外へと向ける。


 園遊会というだけあって、宮中の庭には数えきれないほどの秋の花々が飾られている。

 その中にあっても、着飾った娘たちの華やかさは負けず劣らず。

 皆、この日のために入念な準備をしてきたことだろう。


 誰が皇太子の関心を引くのか──そればかりを考えていたが、どうやら園遊会の主役は遅れて来た斉王の登場により、取って代わったらしい。


「まぁ……」


 どの娘が、あるいは侍女が先に感嘆のため息を漏らしたのか。

 園遊会に招待された娘たちだけでなく、侍女をはじめとする使用人たちの視線さえも奪い、こちらへ向かってくる黒い影──それが斉王・徐慧だった。


 この華やかな場で黒を選ぶなど、目立って仕方がないではないか。華やかな色を好む性格ではないことは重々承知していたが、こんな場でもその好みを貫くとは。


「皇太后様、皇后様、皇太子殿下に拝謁いたします。──母上にご挨拶を」


「立つが良い。慧、そなたもこちらへいらっしゃい」


 亭子の外で跪く斉王・徐慧に声をかけたのは、皇太后。


「まぁまぁ、なんと見事な……」


 目の前を通り過ぎる徐慧の吉服を、青薔は盗み見るように観察する。黒かと思ったら、紺色ではないか。

 いや、光の当たり具合によっては青にも見えるし、紫ががったようにも見える。


 それに徐慧が動くたび、銀糸で刺繍された紋様が玉のように輝く。

 まるで夜空で煌めく星のようだ。


 あれは麒麟……?


 裾や袖に施された紋様はささやかながらも丁寧さと確かな技巧が光る。

 だがやはり、目を引くのは大きく刺繍された銀の麒麟。


 麒麟は瑞獣として縁起が良い。古くから用いられてきた図案だ。

 それをまさか、銀一色で刺繍するとは。


「ご健勝で何よりです、皇太后様」


「楽にせよ。──なんと見事な刺繍だろうか。それにこの布……もしや天狼銀絹布では?」


 右に徐徹、左に徐慧を座らせた皇太后の視線は、徐慧の吉服に注がれている。


「ご存知なのですか?」


「聞いたことがある。実物を目にしたのは此度が初めてだが、話に聞く通りだ。──尚服局が?」


「いえ、これは都の繍坊が仕立てたものになります」


「都の? この天香に天狼銀絹布を扱える匠がいたとは! どこの繍坊なのだ?」


 皇太后の瞳に宿るのは、好奇心の色。


 それを前に、徐慧は少しの躊躇いを見せつつ口を開く。


「花仙楼という名の繍坊です。聞いたことがあるのでは?」


「花仙楼! もちろん聞いたことはある。都一の繍坊と名高い、あの花仙楼なのだな? 妃嬪たちも贔屓にしていると聞いている」


 繍坊の名を聞いて納得した様子の皇太后は、改めて徐慧の吉服に目をやる。


「とろけるような絹の手触り、見事としか言いようのない刺繍──これは花仙楼にも褒美を与えねば」


「市井の繍坊が仕立てた衣です。皇太后様のお手を煩わせる必要はないかと。こちらで十分な褒美を与えますので」


「皇太后様のお褒めの言葉は、繍坊の者に伝えておきます」


 白蓮が微笑み、言葉を添える。


「──仕立てた者たちに会ってみたいものだ」


 皇太后と徐慧のやり取りを、青薔は無表情に見つめる。


 皇太后が白蓮と徐慧を気にかけているのは周知の事実。

 だが公の場では、なるべく皇太子である徐徹を気にかけてもらいたいものだ。


「二人とも、少し散策しては? 園遊会なのです、花を愛でねば」


 青薔の声かけに、徐徹は渋々といった様子で立ち上がる。

 徐慧は相変わらず愛想のない顔で、先に亭子を出た徐徹の後に続く。


 二人の背中を見送りながら、青薔は心の中で思わずにはいられない。

 あの後ろ姿──似ている。亡き父である徐珏にも似ているのは当然として、先代皇帝にも見間違えそうだ。

 文武両道に優れ、不正を許さず奸臣と判明すれば証と共に躊躇いなく切り捨てた先代皇帝。


 青薔は自分の愚かな考えを振り払うように、視線を息子にのみ集中させる。

 あの子は皇太子なのだ。次の皇帝になるのは、わたくしの息子──。


 皇太子に冊立されれば安堵すると思っていたのに、不安は次から次へと湧き出てくる。

 それもこれも、徐慧と白蓮のせいだ。


 あの二人がいなければ、こんな不安、一瞬で消え失せるというのに。


 青薔は自身が待ち望んだ園遊会がようやく始まったのに、心は石がのしかかったように重い。

 秋晴れの澄んだ空とは大違いだ。


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