↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶の海星  作者: あざらシ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

2話 海浜街の伝承

次回は1週間後に更新予定です


「ばあちゃん、ただいま」

「あらあら、海斗ちゃん!おかえりなさい、ささ、早くお上がり。今冷たい麦茶を持ってきましょうね」


 久しぶりに帰ってきた家の中は、懐かしい匂いと温もりがあり、変わらない祖母に安心する自分がいた。そんな空間に身を包み、思わず気が緩んでしまう。嬉しさをうまく隠しきれず、声が自然と弾んでしまう。

 

「そんな……気を使わなくていいのに。そういえば、じいちゃんは?」

「じい様は、今海辺に写真を撮りに行っているよ。そろそろ帰ってくると思うよ」

「そっか、じいちゃんも相変わらずだね」


 海育ちの祖父は小さい頃からよく海辺に行っては釣りをしたり、素潜りをしたり、ある時は船に乗って漁に出たり、それはもう海漢のような生活を送っていたらしい。そんな祖父は、大人になって写真家としての道を選んだらしく、今ではちょっと有名な海の写真家となっていた。小さい頃から海と共に育ったような祖父は、何故漁師ではなく写真家の道を選んだのか、小さい頃の僕は不思議に思い祖父に一度聞いたことがある。


『ねえ、じいちゃん。どうして海の写真ばっかり撮ってるの?写真ばっかりで飽きないの?一緒に海で遊ぼうよ!』

『そうさな……時に海斗、海は好きかい?』

『海?うん!キラキラしてて、静かだけど気持ちよくて、何だか……懐かしい感じがして……ううん、よくわかんないけど、海は大好き!』

『そうか、僕も小さい頃は好きだったんだ。でもね、僕は知ってしまったんだ……海の恐ろしさを』

『海の恐ろしさ……?それって、昔話に出てくる海人のこと?……親戚の叔父さんや叔母さんたちが皆言ってくるんだ。ぼくのこと化け物って、海人みたいだって……ねぇ、どうして海人なの?ぼくの父さんや母さんもそうなの?』

『……そんなことないさ。海斗は一人の人間だ。あの子達が必死に守った、我が家でたった一人の大事な孫だ。化け物な訳あるか!ただ……そうだね、親戚は僕たちのことが嫌いだからそう言われてしまうのも仕方ない。海斗にまで、こんなことを言わせて……本当に情けない、あの子達の代わりに幸せにすると誓ったんだけど……情けない』

『う……ううん、じいちゃんのせいじゃないよ……』


 この時は重い空気に耐えられなくて、結局詳しい話は聞けなかった。その後は無言で祖父と二人並んで夕日に照らされた海を眺めていた。

しばらくして、暗くなるまでに帰ろうと言われて、僕らは手を繋いで帰路についた。家に帰ると祖母が夕飯の支度をしており、いつも通りの日常に戻っていく。先ほどの重い空気も消え、小さいながらにこの話題はしない方がいいと自然に悟ったのか、以来祖父にも祖母にも聞かずに終わってしまった。ただ、あの時必死に僕のことを人間だと言ってくれた祖父の何かに懇願するような表情だけは忘れられなかった。


 「そうだ、今日帰ってくる途中に見たことないお爺さんと会ったんだけど、ばあちゃんなんか知らない?」

 

 ふとここに到着した時のことを思い出し、僕は駅のホームで出会った謎の老人のことを祖母に聞いてみる。

 

「おや?そうなのかい。もしかしたら、地方からおいでなさったお坊さんかね?もうすぐお祭りだからねぇ、この前まで祭事を行なっていた方が亡くなってしまってねぇ。その代わりの方なのかもしれないねぇ」

「え、お山寺の爺さん……亡くなったの?い、いつ?」

「ちょうど、一週間前かね?もういい歳だったし、『いつ亡くなってもおかしくなかった』ってお医者様は言っていたらしいね」


 帰ってきた返答に思わず驚いてしまった。お山寺とはこの街にある唯一のお寺で、長年続いてきた歴史ある建物であり、そこに住むお坊さんも由緒正しい人達ばかりで、後継者も古くからその血筋に関係する人ばかりがお寺の管理をしていた。そんなお山寺は街おこしの象徴でもあり、頼れる居場所でもあった。

 僕も小さい頃、お山寺の爺さんには何度か助けられた。恩返しをする前に逝ってしまうとは……。それに、亡くなったお山寺の爺さんが最後の後継者であったと記憶している。爺さんの後を継ぐ者がおらず、このままではお寺がなくなってしまうのでは?と嫌な想像をしてしまう。

 

「そうなんだ……じゃああのお寺ってどうなるの?」

「取り壊しにはならんよ。なんせこの街の大事なお祭りが、お寺が無くなるとできなくなるからねぇ」


 この街では毎年、“海祭事”と呼ばれる祭りが行われる。

お山寺で一晩中お経が読まれる中、人々は折り鶴を小舟に乗せ、代表者――渡り守がそれを海へ運ぶ。そして祭事に使われる松明を使い小舟ごと燃やす。この街では、海祭事が亡くなった人の為の送り火であったり、願い事であったり、そういう年に一度のお祈りを行うための大事なお祭りらしい。古くからの伝統行事であり、曰く、言い伝えである海人から街を守る為にお経を読んだり、燃やしたりする事で、結界を張っているのだとか。実際のところその真実を知る人は、もう随分前に亡くなってしまっている。つまり、真実は闇に葬られ、言い伝えだけがひとり歩きしているような感じだ。今では騒いで楽しめるこの街で唯一の娯楽のようにもなっている。


「じゃあ、今年のお経を読み上げる人はそのお爺さんがするのかな?」

「そうじゃないかねぇ……まぁ、街のみんなは祭りが中止にならなくて済んだと喜んでいたよ。ただ、よそ様からきた方にこの街のお経が読めるのかどうか……心配だねぇ」

「確かに……お山寺の爺さんがいつも読み上げていたお経って、都会じゃあ全然聞いたことがないものだったよ」

「この街の古くから伝わる大事な経だよ……。その昔、この街に生まれ育った人達の思いが込められている。それを忘れないように経で残し、読み上げ続ける事で、今の街の人達に受け継がれていくんだよ」

「!じいちゃん、おかえりなさい。遅かったね?」


 玄関の入り口には、いつの間に海辺から帰ってきたのか、カメラを首からぶら下げた状態の祖父がいた。どうやらいい写真が撮れたらしい、少し声色が明るい気がする。


「ただいま。それと……おかえりなさい、海斗くん」

「うん!ただいま、じいちゃん」


 僕は海が嫌い、だけどこの街は大好きだ。温かい二人が迎え入れてくれたこの家が、昔から僕のことを甘やかして、そっと見守ってくれた街の人達が、僕にとって何よりも大切な宝物である。

 

「さぁ、じい様も帰ってきたことだし、そろそろお夕飯の支度をしましょうかね」

「あ、手伝うよ。ばあちゃん」

「おやまぁ、気を使わなくてもいいのにねぇ……ありがとうね海斗ちゃん」

「ううん、僕がしたいだけだから……気にしないで」


 祖母について行こうと歩き出した時、不意に祖父から呼び止められる。

 

「ああ、そうだ……海斗くん、少し話したいことがあるんだけど……いいかな?」

「話したいこと?うん、いいけど……あとでじいちゃんの撮影部屋に行けばいい?」

「ああ……ごめんね」


 何の謝罪か聞こうとしたが、祖父は既に部屋へ移動しており、聞くに聞けなかった。いつも通りの何気ない帰省。変わらない二人の様子と久しぶりの懐かしい街中に癒されようと思っていたが、どうやら今回は何か、いつもとは違うみたいだ。漠然としないが、この街に降り立ってから胸騒ぎが治まらない。駅のホームで出会った謎の老人、何度も蘇る昔の懐かしい記憶、帰宅した祖父の申し訳なさそうな様子。何かが起ころうとしている前触れだろうか、不安になりながらもどうか、平和に夏休みを過ごせますようにと願ってみる。


 夕飯の支度を手伝い、ひと段落ついたところで祖父に呼ばれていたことを思い出し、撮影部屋までの廊下を進んでいく。ふと、外を見ると辺りはすっかり日が落ち、夜の虫達が鳴いている音が聞こえる。それに加え、海岸の波打つ静かな音もする。こうしていると、都会でいる時のギラギラしたビル街などの風景が懐かしい。ああ、帰ってきたんだなと実感する。都会では見られない夜空の輝きが美しく、ちらりと視線を少し下に向けると、遠くに見える海に月が反射して浮かび上がっている。しばらくぼーっと眺めていれば、岸辺の方に誰かがポツンと立っているような影が見えた気がする。もう少し近くで見ようと窓の方に近づいていき、そして……見えた。それは、黒い塊のようで、影のようでもある歪な形をしていた。ゆらり、ゆらりと、月明かりの下で揺れている。まるで、アガクヨウニ……。それでも僕はそいつから目が離せなかった。決して逸らしてはいけない、この目に焼き付けなければ――コレハボク(ワタシ)ガオカシタツミ――そいつと目が合った気がした。


 ハッと、気がつけば座り込んでしまっていた。何度か瞬きをして、恐るおそるもう一度窓の外を見る。もう先ほどの影はどこにも居らず、見えるのは街灯りと海と綺麗な夜空。音がなくなったような周りはまるで幻覚だと言われているようで、うるさいほどの虫達の声が辺りに響き渡っている。いや、うるさいと感じてしまうほど、自分自身が先ほどの光景に恐怖しているからかもしれない。嫌な汗が頬を伝う、ドクドクと心臓が鳴り響く。明らかに人ではない影、あれこそがこの街の伝承でもある“海人”なのだろうか。考えれば考えるほど脳裏に焼き付いていく。もうこれ以上、思い出したくなくて、急いでその場を離れる。自然と早足になってしまうのは仕方がない。逃げるように歩いていると、いつの間にかもう部屋の前まで来ていた。

 扉を開こうと手を伸ばした時、ふと思う。あの時感じたもの、【あの縋るような瞳】を僕は……知っている気がした。どこかで悲鳴のような遠吠えが聞こえた気がした……。


 部屋に入ると祖父が誰かと通話している姿があった。話に夢中になっているのか、僕のことはどうやら気づいていないみたいだった。終わるまで祖父が今日撮ってきた写真を少し見て時間を潰す。何枚かはこの街の風景だったり、生き物だったりを中心に撮っていた。しかし、後半の数枚はどれも同じ角度から撮った海辺の写真ばかりだった。納得がいくまで撮っていたのだろうか、二、三枚ぐらいをテーブルの上に並べて、見比べているとあることに気がつく。


「……これ、さっきのアイツが立っていた場所じゃないか……?」


 何度見返してみても同じだった。まさに影がいた場所で、どうして祖父が今日これを撮ってきたのか。偶然にしては不可解すぎる現実に思わず背筋が凍る。今日は明かりをつけて寝ようと密かに頭に刻む。しばらくすると、ようやく電話を終えた祖父が向かいの椅子に座る。


「すまない、待たせてしまったね。おや?写真を見ていたのか……どうだい?今回の作品は」

「どれも綺麗だよ。でも、何枚か全部同じ画角で撮っているのがあるんだけど……」

「ああ、この写真か。これは昔、僕が写真家になろうと決めた時に見た風景だよ……本当はここに“ウミノウユ様”のお社が立っていたんだけど、遠い昔に解体してされてしまったんだ」

「“ウミノウユ様”?確か、祭事に祀られている時の神様だったような……?」

「そう、この街の大事な海神様だよ。そうそう、話だったね……。実は明日の祭事のことなんだが……今回、渡り守は海斗くんになってしまったんだ……。帰省したばかりで、しかも海が苦手な君に、こんな役目を頼んでしまって……本当に、すまない」

「渡り守……そっか……今年は、僕なのか……ううん、じいちゃんたちのせいじゃないよ。ちょっと海に入るのは怖いけど、大丈夫……。それに、渡り守をすることで少しでもこの街に恩返しができるなら……喜んで引き受けるよ」


 祖父は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、部屋を出る。その後ろ姿を眺めながら、僕は考える。きっと、祖父は僕が渡り守をしないと言えば自分が代わりに請け負うと宣言していただろう。祖父自身も不用意に海には近づかない。昔も海は好きじゃないと言っていたことだ、写真を撮る時だってある程度の距離を取ってからカメラを構えている。僕と違うところは、苦手でも自ら海辺の風景を撮るために近づいていることだろうか。

 僕は写真を撮る時の祖父の表情が好きにはなれなかった。まるで何かに取り憑かれた強い執着を抱いているような雰囲気があるから。それは、年々ひどくなっているようにも見える。ふと、嫌な予感が体に走る。もしも、引き受けないとあの時言っていれば、もし今回の渡り守が祖父ならば、祖父は祭事の後、この家に戻ってきたのだろうか。この街で昔、一人の渡り守が行方不明になったと聞いたことがある。彼は、年々海に対する執着心が強く、度々訪れては必ず沖の方まで泳いでいたらしい。その様子は何かを探しているようだったらしい。そこまで考えて、僕は頭を必死に横に振る。ここ最近はよくない考えばかりしてしまう。気を取り直して、選ばれてしまった渡り守のことでも考えようと頭を切り替えるように僕も部屋を後にして、今日を終える。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

一人称をどうするかで凄い悩みました。

次回も楽しんで貰えると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。