3話 欠けたもの
次回は水曜日の20時〜更新予定
結局、昨夜はほとんど眠れなかった。
色々考えていた気もするし、同じ悪夢を見たような気もする。だが、はっきりとは覚えていない。家の中にいても気分は晴れず、仕方なく外へ散歩に出かける。街の至る所で提灯や、装飾品が飾られているのを見つける。今回の祭事は三日間行うらしく、初日である今夜に向けて街の人たちはそれはもう盛大に準備をしている最中だった。僕も何か手伝うことはないかと辺りを見回っていると、祖父と、町内会のメンバーがちらほら集まっているのを見つける。
「おはよう!じいちゃん。町内会の皆さんもお久しぶりです」
「おお!浜風さんとこの坊主じゃねぇか!大きくなったな」
「いやはや、子供の成長は早いね。今回の渡り守、お前さんがするんじゃろ?任せたぞ!」
「おはよう、海斗くん。昨夜は…あまり眠れなかったみたいだね。祭事まで時間があるから、よかったら家で寝てきなさい」
皆、相変わらずの明るさで、ご老体とは思えないほどとても元気な挨拶を返してくれる。
「そうしたいけど……すっかり目が覚めちゃって、逆に眠れないから体でも動かそうと思って。よかったら何か手伝おうか?」
「そうか……うーん、でもお寺の方の設営はとっくに終わっているし……」
「お!なら浜風さん、浜辺に転がしていた舟を桟橋に浮かべてきてもらうのはどうかね?」
「ああ!確かに、今回使う舟もどんなものか自分で確認もできるだろ。ちょうどいいじゃねぇか」
「……でも、海斗くんは…」
「大丈夫だよ、舟を桟橋の近くに浮かべてくるんだね。分かった」
「……本当に大丈夫かい?」
「もう、心配しすぎだよじいちゃん。平気、平気。じゃあ、行ってきまーす」
「「気をつけろよー!」」
祖父の心配そうな気配を尻目に海辺に向かって歩いていく。道中、色んな人に話しかけられる。今回の祭事で渡り守をすることも知られており、励まされ、背中を押され、各々好きに話してから別れていく。天気も相まって、今朝方沈んでいた気持ちが明るくなっていく。機嫌よく歩いて気がつけば海辺に到着していた。桟橋に向かうべく、砂浜をゆっくり歩く。すると、打ち上げられたのだろうか、一匹の衰弱したウミウシを見つける。見たことない珍しい色を持つそいつは小さい体で確実に一歩一歩進んでいるみたいだが、あまりにもゆっくりな動きに一人では海に戻る前に力尽きてしまうだろうと考えてしまう。
「……お前、なんでこんな所いるんだよ。ほら……もう来るなよ」
僕はため息をつき、そっとウミウシを持ち上げて海へ返した。海水につけた瞬間、一目散に逃げていく。さっきまで弱っていた姿が嘘みたいだと呆れながら見送る。
こんな海近い場所にいつまでもいられるかと思いながら、僕は改めて目的の桟橋へと進んでいく。その後ろ姿を見ているものがいると知らずに。
ウミウシを海に返して、桟橋に向かった僕はようやく目的の舟を見つける。今回の舟は前回最後に見た舟とは違い少し豪華に装飾が施されていたり、舟自体もなかなか大きいものだった。そういえば、今回の祭事は三日間だった。きっと、お山寺の爺さんを弔うためでもあるんだろう。今まで、沢山お世話になったから、その分恩返ししようと街の皆が考えたことだろう。嬉しいような寂しいような気持ちが押し寄せてくる。僕は砂浜に置かれていた舟を桟橋近くまで運び、海へ浮かべる。舟についている縄を桟橋に括り付けようと海に少し近づいたところ、ザパッと沖の方で何かが浮き上がっているのに気がつく。
「あれは……うわっ!?」
沖の方に意識がいき、目の前に迫ってくる大波に気が付かなかった。次の瞬間、視界が反転し、冷たい海水が一気に身体を包んだ。瞬く間に沈んでいく体と呼吸ができず、必死に上に上がろうともがきバタつかせる両手足。ふと、片足が重く何かに掴まれている感覚がした。海藻にでも絡まったのかと足に意識を向けると……黒い影が一人、僕の足を掴んでいた。
「(お前は!?……昨夜見た影か!くそっ、息が……)」
影は黒い塊へと変形していき、どんどん自分にまとわりついていく。抜け出せない状況に息も長く続くわけもなく、どんどん視界が暗転していく。影に飲み込まれているからなのか、呼吸が続かないからなのか、どちらとも判断がつかないまま僕は意識を手放した。
『みつけた』
最後に聞こえたのは夢で見た声とそっくりだった気がした――――
『――――様、そろそろお戻りになられては?』
『なぁ、――――。お前はこの街が好きか?私は好きだ』
『そうですね……この街で貴方様に拾って頂いた御恩もあります。それにここは貴方様自身が作り上げた城でしょう?嫌いにならないはずがございません』
『はは、お前はそういうと思った……。いつか、この街に星を降らせてやりたい。私が、人であった時に好きだった星空を。お前は、どう思う?』
『……良い考えだと、思われます。自分も楽しみにしています』
『相変わらず、硬いな……お前は。だが、そうだな……楽しみに待っていろ!なんせ、この私が降らせる星なんだから!……いつか絶対お前に見せてやる』
――ええ、いつまでも待ちます。貴方様の降らせる星を――
懐かしいく、けれど知らない記憶が流れてくる。彼と懐かしい街を眺めていた気がする。思い出そうとすると頭の中がぐちゃぐちゃになり、激しい頭痛を感じて目を覚ます。すると、僕は知らない場所に立っていた。左右を見渡してみれば見たことの無い木々が並んでいたり、何故か空中の至る所に小魚らしき影が泳いでいたり、現実とは思えない光景が目の前に広がっていた。開いた口が塞がらず、後ずさってしまう。
「な、なんだ……ここ……あの泳いでる魚たちは何だ?……というかあの毒々しい色をした木々は何なんだ?」
とにかく、ここから離れて人に会わなければ。そう思い、徐に立ち上がり歩き出す。右も左もわからない状況の中で無闇に動くのは得策ではないが、今はそんなことを言っていられる場合ではなかった。なぜか目を覚ました時から嫌な胸騒ぎがする。一刻も早くここを立ち去りたいような、そんな衝動に駆られる。
【ヨ……ヨヨヨゴゼゼゼゼ、ヨゴゼ!】
「なッ!?」
目の前の状況に集中していたからなのか、僕は背後から伸びてくる影に気がつくのが遅れてしまう。油断してしまった。そう思った頃には時すでに遅く、僕の体は半分影に飲み込まれてしまっており次第にだんだんと身体中が痛み出す。締め付けられているような、体がギチギチと悲鳴をあげているのが伝わってくる。圧迫され、締め付けられているだけなのに、尋常じゃない痛みが体の至る所から感じ取れる。次第には中身までぐちゃぐちゃにされているような気分にさえなってしまう。
――痛い――
それしか、もう考えられなかった。
僕は、その痛みから逃れようと必死に手を前に伸ばしもがく。逃げるように、争うように。何とか苦しみから解放されようと必死に争うその姿が、夢の光景と重なって見えた。ああ、あの人もこんな気持ちだったのかな……そう思う頃には僕の意識は限界に近かった。
【ア……アア……ヤッド、テニイレタ……サイセイ……チカラ!ヤット、ツミカラ……カイホウサレル!モウ、クルシマズニ、スム!】
「――――ぁ……やめ、だ、だれか……たす……け…………」
ああ、死ぬのか。我ながら、つまらない人生を送っていたような気がするなと今までのことを振り返ろうとしてふと、気がつく。
――あれ?そう言えば、僕の名前……何だっけ?僕は……何だっけ?ああ……何でだろう……何も、思い出せない…………モウ、ドウデモイイカ……――
そう思い死を覚悟しながら、歪んでいく視界に身を委ねていたその時……
キンッ!
と何かが鋭い刃物のようなものに斬られた音が聞こえた瞬間
【ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!オノレオノレオノレェエ゙エ゙エ゙!】
断末魔と共に身体中を蝕んでいた痛みが徐々に消えていくのを感じ、歪んで見えた視界がだんだんと開けていくのが分かる。目を開けると目の前に満点の星空が広がっていた。それはまるで、昔から待ち侘びていた光景だったかのように懐かしく、心の中の足りないものが満たされていくような暖かい気持ちになる。
そう思ったのは一瞬で、すぐに違うと確信する。その星の様な輝きを浮かべた長髪を靡かせて、静かに武器を構え警戒するように前方を見据えている青年が影から僕を庇うように立っていた。
【ウラギリモノガ!ウラギリモノガ!ワレラトオナジナノニ、ナゼカバウ!?ナゼマモル!?】
「…………」
【ユルスモノカ!ユルサレルモノカ!ヨウヤク、ワレラノヒガンガ、ハタサレヨウトシテイタノニィ゙イ゙イ゙イ゙!!】
「……ッ!それで、また同じ悲劇を繰り返すことになると、貴様らこそまだ分からないか!……我らの罪は我らの問題。ならばこそ、もう一度罪を償わなければならない。許されようとするその行動が間違っていると分からないのか!?」
【シラヌシラヌ!イヤダ、イヤダ!モウ……カイブツニナド、ナリタク……ナ、イ……ア、ア……アアアア゙ア゙ア゙ア゙!!】
「チッ!自我を失ったか……おい、お前」
助けてくれた謎の青年と影が言い争っているのをしばらく眺めていると、その影がだんだんと形を変えていき、黒いヘドロのような化け物に成り果てていった先ほどの光景にあり得ない状況の連続だなと目を回し、固まってしまう。すると、いきなり青年に声をかけられて思わず驚き、肩を震わせてしまう。
「な、なん……でしょうか?」
「いいか?絶対にそこから動くなよ。誤って切ってしまってはいけないからな……」
「は、はい!」
“この星の輝きの元、闇を葬る。いざ行かん――破水、流星群――!”
謎の呪文を青年が唱えた後青年が持っていた刀が眩しいと言わんばかりに光輝き、振るった一刀はまるで夜空に降りかかる流星のようだった。その光景に見惚れていると、黒い化け物は光に溶けて消えていくのが見えた。戦いは終わったと言わんばかりに刀を鞘に納めた青年はゆっくりと歩き出し一度こちらを振り返ったかと思えば
「――――」
と何かを呟き、僕が来た道とは反対の木々が生い茂った森へと溶けて消えていった。その場には唖然として未だ固まったまま座り込んでしまっている自分だけが取り残されていた。
あの後、しばらくの間動けずにいると手の甲に何かが触れたような感触を感じ、視線を移せば綺麗な青色で片耳と思われる所には何やら飾りがついており、背中に花の模様が描かれた小さなウミウシがこちらを心配そうに眺めていた。
「うわっ!?……何だ、ウミウシか……。でも、見たことない色だなお前。模様も、新種なのかな?」
「――!」
「な、何だよ……って、お前どこかで見たことあるような……うーん、だめだ。ここにくる前のことが何一つ思い出せない……。そもそも、ここはどこで、なんでこんな所にいるんだ、僕は?」
必死にこれまでの記憶を呼び起こそうとすると、なぜか頭にもやがかかったようになり、思い出そうとしても上手く思い出せない。しかも、だんだんと頭痛までしてきたような気がする。脳が“これ以上は無理”と悲鳴をあげたところで僕は諦めざるを得なかった。こんな人もいない森の中で一人、また気を失ってしまっては今度こそ何が起こるかわからない。
「とりあえず、当初の目的であった人里に出よう。そうすれば何か手がかるがあるかもしれない」
歩き出そうとして、そういえばどちらに進めばいいのかわからないということに気がつき結局その場で立ち往生していると、先ほどのウミウシが突然前に飛び出してきて、何やら身振り手振りで伝えようとしてくる。ウミウシの動きをしばらく観察しているとふと、思い至る。
「……もしかして、ついてこいって言ってるのか?」
「!(こくこく)」
どうやら正解だったみたいで、ウミウシは嬉しそうに飛び跳ねていた。明らかに怪しい誘いに、さすがに警戒してしまう。そもそも、このウミウシはどこからきたのか、青年が去った後に現れたにしろここまで意思疎通ができるウミウシなど見たこともない。だが、今の自分にはこの誘いに乗るしか今の道はなかった。少しの警戒心を持ち、ゆっくりと進んでいくウミウシの後を追う。今思えば、ここが分岐点だったのかもしれないと後に後悔することになるとは、今の僕には考えられなかった。
ここまでの拝読ありがとうございます!
そして、お待たせしました!様子見つつではありますが、今日から改めてこの物語を更新していきます。皆様、改めて最後までお付き合い頂きますと幸いです。




