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追憶の海星  作者: あざらシ


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1話 故郷

次回は明日の20時〜更新予定


 ジリジリと体を焼く、太陽の眩しい光。それは、暑い夏が始まった合図だった。

期末試験が終わり、一学期も残りわずか。

僕――浜風 海斗は、今日もいつも通り登校し、授業が終われば一人暮らしの寮へ帰る、そんな日々を送っていた。ふと、壁に吊るされているカレンダーを見てみれば、夏休みまで残り一週間を切っていた。

 夏休み。学生にとってその長い休みは、日常から少しだけ解き放たれる、自由の象徴のようなものだ。各々が遊びに出かける計画を立てたり、普段しないことに挑戦したり、課題や宿題に追われながらも楽しげに過ごしている。かく言う僕も、夏休みは田舎の祖父母の実家に帰る予定である。


「…………今日はここまで。もうすぐ夏休みだからと言ってくれぐれもハメを外しすぎないように!残りの登校日もしっかり受講するように」

「「はーい」」

「それでは、皆さん事故のないよう帰り道には気をつけてください。さようなら」

「「さようなら〜」」


 今日の終わりを告げるチャイムが鳴り、帰りのホームルームを終え、一人一人教室から出ていく。僕はカバンにしまった携帯を取り出し、イヤホンを耳に着けながら教室を出る。携帯から流れる波の音、それを聞くたびに世界に僕だけが取り残されたみたいな感覚になる。静かで寂しいと感じてしまうが、それでいて優しくも安心できる。そんな気持ちだ。

 物心着く頃には両親はすでに他界しており、親戚の家をたらい回しにされ続け、祖父母宅に預けられるまでは僕に居場所などなかった。僕を捨てていく親戚たちは決まって同じ台詞を吐き捨てた。


『あの親にしてこの子ありってことかしら……相変わらず気持ち悪い。まるで“海人”ね』


“海人”


 それは故郷に伝わる御伽話に出てくる海の怪物だった。なんでも厄災だとか、疫病神だとか言われている。

僕自身、お化けが見えるわけでも、超能力や天才的な頭脳を持つわけでもない。どこまでも普通で平凡な自分が何故そこまで言われないといけないのか今でも分からない。

幼い頃、海で溺れ死にそうになったことがあると祖母に聞いた。随分と昔のことだからその時の記憶がごっそり無くなっており、今となっては海とは真逆の都会に住んでいる。それに、幼い時のトラウマはたとえ記憶では覚えていなくとも、体が覚えており、僕は海辺に近づけなくなった。

それでも、心のどこかでは海を嫌いになれず、塩の香りがする故郷を少し恋しいと感じている。幸い、自分の性格もあってか都会では、友達といえる親しい相手がおらず、それなりに空き時間を見つけては実家から送られてくる写真と故郷の波風の音を聴き、平和な日々を送っている。

何だかんだ、思考と行動が矛盾している自分に内心笑いながら、“しょうがない”と割り切っている。こうして、僕は今日も一人ぼっちの帰り道を波の音と共に歩いていくのだった。


 寮に帰り、明日の支度を終えた僕は帰省のための準備を着々とスーツケースにまとめながら、いつもの定期連絡をする。実家の祖母に電話をかけると、すぐに繋がった。


「もしもし、ばあちゃん?近々、そっちに帰る予定なんだけど……え?急だねって…いや、何だか久しぶりに帰りたくなって……」


 親がいない僕をここまで育ててくれた祖父母たちに少しでも負担を減らしてやりたくて、中高一貫の学校に入学し、こうして寮生活に勤しんでいる。最初は二人とも“気にしなくていい”“そんな早くに一人暮らしを考えなくていい、もっと甘えなさい”と反対していたが、あまりに僕が頑固で何度言っても無駄だと理解すると祖父は


『なら、せめて週に何回でもいいから必ず連絡してきなさい。何か困ったことがあれば気にせずたくさん頼りなさい。どこにいても僕たちは海斗くんの味方だよ。そのことを決して忘れてはいけないよ?』


そういうと優しく温かい表情を浮かべ、温かい手の平で僕の頭を撫でながら言い聞かせるように約束事を取り付けた。あまり家におらず、一緒にいる時間も長くなく、本人も話すのが下手なのか会話らしい会話をしたことが無かった祖父からまさかそんな事を言われるとは思っておらず、当時の僕はこんなにも愛されている事を受け止めきれず、思わず泣いてしまった。あの時の記憶は一生忘れないだろう。

 そんなこんなで僕は二人を心配させまいと週に二回、多い時は三回ほど連絡を取っている。大体は祖母に電話を掛けており、今日あった事の報告から学校での生活、都会での暮らし、最近はどんなことをしているか等を長々と話し合っている。たまに、祖母と一緒に祖父も受け応えしてくれる時があり、二人の声が聞けた日はちょっとだけ気分が上がる。


「うん、うん、大丈夫だよ心配しないで。確かに去年までは進学のために単位を取るのに必死でなかなかそっちに顔出せなかったから……今年こそは帰りたいし、久しぶりにあの懐かしい塩の香りに包まれたいんだ……。うーん、まぁ海辺には流石に行かないよ。ばあちゃんも言ってたでしょ?僕にとっての海は一番の天敵だって。大丈夫、大丈夫!それに、僕は海が苦手なんだよ……。なんで昔は平気だったんだろうね?はは、うんうん、わかってる。十分気をつける、じゃあ、ばあちゃんも元気で。おやすみ」


 いつものやりとりを終え、僕は電話を切る。夏休みまで残り一週間、それまでに荷物を詰めなければと思いながら手を動かしていると、ふと考える。そういえば久しぶりに帰るとはいえ、何故急に帰りたくなったのだろうか。確かに実家が恋しいと思うことは多々あったが、普段はこんなにも無性に帰りたいと思うことはなかった……。何故か……胸の中がモヤモヤして、不安が取れない。


 

 その日の夜、夢を見た。深い深い海の底に沈みながら、誰かが地上の光に手を伸ばしている。必死に上へと這い上がるために、光を見失わないように。手を動かして、もがいて、足掻いて、必死に。何分何時間そうしていたのかわからない。だんだんとぼやける視界には、手が、体が、別のものへと変わっていく光景が見える。

 これは誰なのか、何故海の中にいるのか、自分のようで自分じゃない“それ”は、何かを永遠と呟き、光を求めながらその体を海に委ね、下へ下へと形を変えながら沈んでいく。薄れ行く視界の中で、星を浮かべたような青年が見えた。それが何だか懐かしい気配を感じた気がした。

 

 ハッと目を覚ます。時計を見ると秒針は五時を指していた。ちょうど夜が明けたところで、辺りはまだ薄暗く、太陽もまだ登っていなかった。頭はまだ冴えておらず、しばらくぼーっとしてしまう。ふと、ベッド横にある鏡が目に入り、いつもの自分を写していた。ただ、瞳からこぼれ落ちる涙がいつもと違う目覚めだったのだと理解する。先ほど見た夢のせいなのか、どうして自分はこんなにも泣いているのか分からなくなる。追い付かない思考の中で静かに流れていく涙は、布団の上を濡らしていく。まるで夢の中の海を連想させた。

 あの後、結局寝付けず朝から嫌な気持ちを抱えながら過ごさなければならなくなり、気分が下がっていく。起きるにしてもまだ早く、だからといって二度寝をする気分にもなれなくて、仕方なく押し入れから引っ張り出してきた本を読んで、時間を潰す。気がつけば外も明るくなり、時計は七時を指していた。重たい腰を渋々動かし立ち上がる。制服に着替え、軽く朝食をとり、持ち物を確認し終えるとちょうどいい時間になり寮を出る。目覚めは最悪だったが、久々にゆったりとした朝を過ごせたので、これはこれでいいかなと思いながら登校する。


「……そういえば、最後に見たあの人……なんだったんだろう?……まぁ、所詮は夢の中の出来事だし、気にしなくてもいいか」


 

 あの夢を見た日以降、何度か同じ夢を見たりしたが、それ以外は何もなく、いつも通りの日常を過ごし、気がつけばあっという間に夏休みを迎えていた。今僕は、電車に揺られながら、都会から田舎へ変わりゆく景色を眺めている。多くのビル街や人溜りからだんだんと畑や川といった風景に変わっていき、人も少なくなっていく。電車を何度か乗り換え、気がつけば車両内は凄くがらんとしていた。トンネルを抜け、広い海が広がる景色が見えてくると、懐かしい塩の匂いが漂ってくる。長い電車旅を終え、ようやく駅のホームに降り立つ。相変わらず人っ子ひとりいない、古びた駅は昔見た景色と変わらず、自分がこの街に帰ってきたことを知らせているように思えた。


「懐かしいな……はは、この看板のボロボロ感、何も変わってない」

「……ふむ、君はこの街の生まれかい?」

「!」

 

 当時、旅立った時と変わらない景色に懐かしくも嬉しさを感じていると、いつの間に隣にいたのか、謎の着物を着た老人に話しかけられる。

 

「え……ええ、そうです。両親が昔、ここの海で出会ったらしく、諸事情で都会に上居したんですが、この度、祖父母に会いに帰省してきました」

「なるほどのぉ……通りで……失礼、私は最近この街にきたしがない旅人でねぇ。この街は静かで落ち着く場所だね……君は、この街は好きかい?」

「え、えっと……」


 核心をつかれ、思わず黙り込んでしまう。確かに祖父母がいるこの街は別に嫌いではない、だが好きだとも言い難い。何故ならこの街はほとんどが海に囲まれており、閉鎖的になっている。津波が来たら一瞬での見込まれてしまうだろう。海は嫌いだ、でも嫌いだからといって街自体が嫌いかと言われるとそうではない。聞かれた問いの答えに言い迷っていると、老人は何か納得したような表情を浮かべ頷いてみせた。


「…………すまない、少々答えにくい質問だったかな。だが、そうだな……どうやら君は、厄介な星の元に生まれてしまったみたいだね。愛し、愛され、だからこそ恨み、憎しみ、怒りに溺れる……長い時を経てもその因果は変わることはないだろう」

「?因果……?あの、それって、どういう……」

「君が抱えているものは君が思うよりも厄介で逃れる術はない。だが、そうだな。一つ助言を、未来は未確定。一つの選択でその先の未来を確かなものにさせることになろうとも、運命というものは変えられる。それは全て、君次第だ。君は決して後悔しない道を行くんだよ」

「後悔、しない道……」

「それじゃあ、私はそろそろ行くよ。またね」

「あ……はい、さようなら」


 老人の言われたことが何だか引っ掛かる。小さくなっていくその背中をしばらく見つめた後、僕も実家への道を歩き出す。その足取りは少し重く、視線はだんだんと下へ落ちていく。今回の帰省に関しては不安が募るばかりだ。そして、後に僕はここに来たことを後悔することになる。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

今回は長編小説に挑戦してみました!

長い付き合いになりますがどうぞ、最後まで楽しんで貰えると幸いです。

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