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第4話 先生の「めっ!」

「……お前が、こいつらの親玉か?」

ナキが問いかける。

目の前に立つゴブリンは、他のゴブリンとは明らかに違っていた。

身長はナキよりも高い。

緑色の肌にはいくつもの傷跡が走り、片方の頬には古い裂傷の跡が残っている。

手には、他のゴブリンが持っていた粗末な棍棒よりも太く、重そうな武器。

その姿を見ただけで分かる。

こいつが、この群れのリーダーだ。

「……オレ、ゴブリン…オサ」

低く、しゃがれた声。

ナキは鉄パイプを構え直した。

「そっか」

一歩、前へ出る。

「じゃあ、お前と話をつければいいんだな」

ゴブリンの長が武器を振り上げた。

「グオオオッ!」

次の瞬間。

地面を蹴って、一気に距離を詰めてくる。

「っ!」

ナキは横へ飛んだ。

直後、さっきまで立っていた場所を武器が叩きつける。

ドォン!

土が跳ねる。

「うわ……!」

思わず声が漏れた。

「今の、まともに食らったらヤバいやつじゃん……!」

ナキは距離を取る。

だが、ゴブリンの長は止まらない。

もう一度、武器を振り下ろす。

ナキは鉄パイプで受け止めた。

ガキィン!

「くっ……!」

腕が痺れる。

重い。

想像以上だ。

「……へぇ」

ナキは少しだけ笑った。

「流石にちょっと怖いな…」

ゴブリンの長が唸る。

「グルァッ!」

今度は横薙ぎ。

ナキはしゃがんでかわす。

そのまま懐へ潜り込んだ。

「近い方が得意なんだよね」

拳を握る。

「そらっ!」

ドンッ!

腹へ一撃。

ゴブリンの長の巨体がわずかに揺れる。

だが。

「……マジか」

倒れない。

むしろ、ゴブリンの長はナキの腕を掴んだ。

「しまっ……!」

そのまま投げ飛ばされる。

「うわっ!」

ドサッ!

背中から地面に落ちた。

「いってぇ……!」

ナキは顔をしかめる。

そして。

なぜか、少しだけ懐かしい感覚がした。

こういうの。

昔は、よくあった。

殴られて。

殴り返して。

気づけば周りが止めに入っている。

高校生くらいの頃。

ナキは、今よりずっと喧嘩っ早かった。

売られた喧嘩を買って。

くだらないことで頭に血が上って。

自分でも呆れるくらい、よく殴り合っていた。

別に、特別な武術を習っていたわけじゃない。

ただ、喧嘩の数だけ身体が覚えていった。

距離の取り方。

相手の動き。

殴られる前の空気。

そして。

「……そういや、俺」

ナキはゆっくり立ち上がった。

「元ヤンだったんだっけ」

昔の自分を思い出して、少し苦笑する。

保育士になってからは、喧嘩なんてする理由もなかった。

子どもたちの前で怒鳴り合うことなんてない。

怪我をさせるようなことなんて、もっとない。

だから忘れていた。

自分が、本気で殴り合えるくらいには強かったことを。

「……でも」

ナキはゴブリンの長を見る。

「今は、喧嘩するためじゃない」

拳を握り直す。

「守るためだ」

その言葉と同時に、ゴブリンの長が再び突っ込んできた。

ナキは真正面から迎え撃つ。

武器を振り下ろされる直前。

身体を半歩ずらす。

そして、腕を取った。

「そこ!」

ぐっと引き寄せる。

ゴブリンの長の体勢が崩れた。

ナキはそのまま足を掛ける。

「せーのっ!」

ドォン!

今度はゴブリンの長の巨体が地面に叩きつけられた。

「……どうだ!」

ナキは息を切らしながら見下ろす。

ゴブリンの長は起き上がろうとする。

だが、ナキは拳を振り上げた。

そこで。

止めた。

「……」

拳は、ゴブリンの長の顔のすぐ横で止まっている。

殴れば倒せる。

…けれど。

ナキは拳を下ろした。

「俺は、お前を殺しに来たんじゃない」

ゴブリンの長がナキを見る。

「ナゼ、キタ?」

ナキは真っ直ぐ答えた。

「ここ、子どもが寝る場所の近くなんだよ」

「……コドモ?」

「そう」

ナキは振り返る。

森の向こう。

その先には、古びた教会がある。

そして、そこではレンが眠っている。

「俺は、あの子を守りたい」

ゴブリンの長は黙った。

ナキは続ける。

「お前らが何で人間を襲ってるのかは知らない」

「……タベルモノ、ナイ」

ゴブリンの長が呟いた。

「モリ、タベモノ…スクナイ。ニンゲン、タベモノ…モッテル」

「……なるほど」

ナキは少し考える。

腹が減っている。

生きるために食べ物が必要。

それは、人間もゴブリンも同じだ。

「食べ物がないから、人間を襲ってるってことか」

ゴブリンの長が頷く。

「……そう」

ナキは腕を組んだ。

「事情は分かった」

そして。

人差し指を立てる。

「でも」

ゴブリンの長を見る。

「人間襲ったら、めっ!」

「……?」

ゴブリンの長が首を傾げる。

ナキはさらに真剣な顔になる。

「めっ、だから」

「……メッ?」

「そう。めっ」

その瞬間。

ナキの身体から、淡い光が広がった。

【固有職業:保育士】

その文字が、ナキの視界に浮かぶ。

「……え?」

ナキ自身も驚く。

光はゴブリンの長へと届いた。

ゴブリンの長の身体が、ほんの一瞬だけ強張る。

まるで。

本気で叱られた子どものように。

「……ニンゲン、オソウ」

ゴブリンの長が呟く。

「……ダメ?」

ナキは目を丸くした。

「そう!」

思わず声が大きくなる。

「ダメ!」

ゴブリンの長が肩を落とす。

「……メッ」

「うん。めっ」

「……ワカッタ」

ゴブリンの長はゆっくり立ち上がった。

そして、自分の武器を見る。

「ニンゲン、オソワナイ」

「……本当に?」

「ヤクソク」

ナキはしばらくゴブリンの長を見つめる。

やがて。

ふっと笑った。

「……よし」

右手を差し出す。

「じゃあ、仲直りな、ごっさん!」

ゴブリンの長改めごっさんは、その手を見る。

「…ゴッサン…?」

「ごっさんって呼ぶことにした!名前がないと不便だろ、あと握手!」

「……アクシュ?」

「そう」

ごっさんは恐る恐るナキの手を握った。

ぎゅっ。

「痛っ!」

思った以上に力が強い。

「お前、握力まで強ぇのかよ!」

ごっさんは首を傾げた。

「……ナカヨシ?」

「そうそう」

ナキは笑った。

少し離れた木の陰。

そこから、その一部始終を見ていた小さな少年がいた。

レンだった。

「……すごい」

レンは呟く。

ナキは強い。

だけど、強いからといって相手を倒し続けるわけじゃない。

必要なら戦う。

でも、相手が話を聞いてくれるなら、手を伸ばす。

レンは胸の奥に、初めて見る「強さ」の形を感じていた。

その夜。

レンはまだ知らない。

今日見た背中が。

いつか自分が目指すものになることを。

そしてナキ本人も。

自分の「保育士」という職業が。

剣や魔法とはまったく違う形で、この世界を変えていくことを。

まだ、知らなかった。

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