第二話 わらの家は、笑っていた。
翌日の昼休み。
藤原蓮は、教室の中央で笑っていた。
「だからさ、それ絶対先生気づいてたって!」
「マジで?」
「うん。あの顔は絶対そうだった」
「蓮、見てたの?」
「見てた見てた。俺、先生の顔見るの得意だから」
周りから笑い声が起こる。
蓮も笑う。
いつもの光景だった。
誰かが話しかければ答える。
冗談を言えば笑う。
困っている人がいれば、軽い調子で声をかける。
蓮は、クラスの中心にいることが多かった。
「藤原って、ほんと明るいよな」
誰かが言った。
「そう?」
「悩みとか、なさそう」
「あるよ」
「え、何?」
「昨日の晩飯、何食ったか思い出せない」
「それ悩みじゃないだろ!」
また笑いが起こる。
蓮も笑った。
――こうしていれば、大丈夫。
蓮はそう思っていた。
* * *
放課後。
「蓮」
教室を出ようとしたところで、女子の声がした。
振り返ると、白石美咲が立っていた。
「何?」
「昨日、旧音楽室にいたでしょ?」
「え?」
「見た人がいるって」
蓮の表情が一瞬だけ固まった。
「何それ」
「なんか、石田くんと一緒だったって」
「ああ、それ?」
蓮は笑った。
「ちょっと探検してただけ」
「探検?」
「そうそう。秘密基地探し」
「中学生が?」
「中学生だからこそだろ」
美咲は笑った。
「変なの」
「だろ?」
そのとき、教室の後ろから岳が通り過ぎた。
「石田くん」
美咲が声をかける。
岳は足を止めた。
「何?」
「昨日、蓮と何してたの?」
「紙を見つけた」
「紙?」
岳はポケットから昨日の紙を取り出した。
美咲が目を丸くする。
「何これ?」
「分からない」
「三つ見つけろって……何を?」
「それを調べてる」
蓮が割り込んだ。
「俺たち、探偵だから」
「誰が?」
岳が冷静に返す。
「そこは合わせろよ!」
美咲が笑った。
「三人でやってるんだ?」
「そう」
「樹くんも?」
「たぶん」
「たぶんって……」
美咲は呆れたように笑った。
「じゃあ、頑張ってね。探偵さん」
「任せろ」
美咲が教室を出ていく。
蓮は手を振った。
そして、誰も見ていないところで、ほんの少しだけ息を吐いた。
――秘密を知られるのは、嫌だった。
でも。
自分でも理由は分からなかった。
* * *
その日の放課後。
三人は旧音楽室に集まった。
「で?」
樹が机に紙を置く。
「何を探すんだ?」
「それを考えるところからだろ」
蓮が腕を組む。
「三つって書いてあるんだから、何か三つあるはず」
「学校にあるものなんて、いくらでもある」
「じゃあ、片っ端から探す?」
「時間の無駄」
岳が言った。
「石田は相変わらず冷たいな」
「冷たいんじゃなくて効率の話」
「はいはい」
樹が紙を見つめる。
「これを書いた人は、何を知ってほしかったんだろうな」
「昔の生徒じゃない?」
蓮が言った。
「この学校で大切なものを三つってことは、学校生活で大切なもの」
「友達とか?」
「勉強とか?」
「部活とか?」
三人はそれぞれ考える。
「……意外と普通だな」
蓮が言った。
「じゃあ、蓮にとって大切なものは?」
樹が聞いた。
「俺?」
「うん」
「そりゃ……」
蓮は少し考えた。
「友達」
即答だった。
樹は笑った。
「お前らしいな」
「だろ?」
岳は黙っていた。
「岳は?」
「別に」
「大切なものないの?」
「あるけど」
「何?」
「言いたくない」
「なんだよそれ」
「言いたくないものは言わなくていいだろ」
その言葉に、樹が少しだけ黙った。
蓮は笑って誤魔化した。
「じゃあ、俺たちの大切なものを探すんじゃなくて、昔の三人が大切にしてたものを探すんじゃない?」
「昔の三人?」
「この紙を書いた三人」
「三人って決まってないだろ」
岳が言う。
「でも、三つって書いてある」
「だから?」
「なんとなく」
「根拠がない」
「いいんだよ。青春なんだから」
「意味分からない」
樹が吹き出した。
「お前ら、ほんと面白いな」
「だろ?」
蓮は笑った。
その笑顔を見ながら、樹はふと思った。
蓮はいつも笑っている。
でも――
本当に笑いたいときだけ笑っているのだろうか。
その疑問は、すぐに消えた。
* * *
数日後。
クラスでは、ある噂が広がり始めていた。
「ねえ、聞いた?」
「何?」
「藤原くん、最近石田くんと一緒にいるんだって」
「えー、意外」
「しかも木村くんも」
「何それ。三人で何してるの?」
「さあ」
噂は、少しずつ形を変えていく。
旧音楽室。
古い紙。
三人だけの秘密。
そして――
「なんか、変なことしてるらしいよ」
誰かが言った。
蓮は、その会話を廊下で聞いていた。
けれど、何も言わなかった。
笑って通り過ぎた。
「気にすんなよ」
後ろから樹が言った。
「別に」
「気にしてる顔してる」
「してないって」
「蓮」
樹が呼び止める。
「嫌なら、俺が言ってやるけど」
「いいよ」
「でも……」
「大丈夫」
蓮は笑った。
「俺、こういうの慣れてるから」
その笑顔は、いつもと同じだった。
明るくて。
軽くて。
何も気にしていないように見えた。
けれど――
その日の帰り道。
蓮は一人で歩いていた。
スマートフォンを見る。
クラスのグループには、何件ものメッセージが届いている。
その中に、自分の名前が出ている。
冗談。
からかい。
悪意のない言葉。
けれど、一つだけ。
胸に引っかかる言葉があった。
「藤原って、誰にでもいい顔するよな」
蓮は画面を閉じた。
空を見上げる。
「……別に、いいじゃん」
誰もいない道で呟く。
そして、いつものように笑った。
――わらは軽い。
だから、風が吹けば揺れる。
けれど。
まだ春の風は優しかった。
だから蓮は、自分の家がどれほど脆いのかを知らなかった。
そして、風は少しずつ強くなっていく。
そのことを知っているのは、
まだ誰もいなかった。




