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三匹のこぶた、青春中  作者: まーサンタ


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21/22

第二十話 最後の風が吹く日。



 ――三月。


 桜のつぼみが、少しずつ膨らみ始めていた。


 校庭には、まだ冬の名残がある。


 けれど。


 風はもう冷たくない。


 蓮は教室の窓を開けた。


「春じゃん」


「まだ寒いよ」


 樹が言う。


「でも、冬じゃない」


 蓮は笑った。


「それでいいだろ」


 黒板には、卒業式までの日数が書かれている。


 あと少し。


 三年生が、この学校を去っていく。


 そして。


 自分たちも、あと一年でここを去る。


 そんなことを考えると。


 少しだけ不思議だった。


 ずっと続くと思っていた毎日が。


 本当は、少しずつ終わりへ向かっている。


* * *


 放課後。


 旧音楽室。


 五人が集まっていた。


 机の上には、これまで集めたものが並んでいる。


 古い校舎図。


 町の写真。


 昔の三人の写真。


 中庭の時計の下で見つけた箱。


 そして。


 五人で撮った写真。


「これ」


 美咲が一枚の写真を手に取る。


 夏祭りの日。


 五人で花火を見上げている。


 蓮が笑っている。


 樹が少し照れている。


 岳は相変わらず無表情。


 美咲は笑顔。


 湊は――ほんの少しだけ笑っている。


「懐かしいな」


 蓮が言った。


「まだ半年くらいだよ」


 美咲が笑う。


「半年って結構長いぞ」


「いろいろあったね」


 樹が言う。


 五人は黙った。


 噂。


 喧嘩。


 部活。


 進路。


 恋。


 秘密基地。


 夏祭り。


 そして。


 離れてしまった時間。


 全部が、この小さな部屋に残っている。


* * *


「なあ」


 蓮が言った。


「最初にここを見つけたときさ」


「うん」


 樹が答える。


「俺たち、三人だったよな」


「そうだな」


 岳が言う。


 蓮は黒板を見る。


 そこには、最初に見つけた言葉が残っている。


三人で見つけた町。

三人で守りたい町。


 その下には。


 自分たちで書き加えた言葉。


五人で見つけた町。

五人で守りたい場所。


 さらに。


そして、いつか次の誰かへ。


「これ」


 蓮が言う。


「消す?」


 樹が驚く。


「何で?」


「だって、もう俺たちだけの言葉じゃないだろ」


 岳が立ち上がる。


「じゃあ、残す」


「どうやって?」


「写真を撮る」


 岳はスマートフォンを取り出した。


「ここに残しても、いつか消える」


 シャッターを切る。


「でも、記録は残せる」


 蓮が笑う。


「岳らしい」


「何が?」


「レンガ」


「意味が分からない」


 樹が笑った。


* * *


 その日の帰り。


 五人は学校の中庭に向かった。


 古い時計。


 その下には、もう何もない。


 あの箱は旧音楽室に戻した。


 昔の三人が残した言葉も。


 五人の写真も。


 全部。


 あの部屋に置いてある。


「ここから始まったんだよな」


 蓮が時計を見上げる。


「正確には旧音楽室」


 岳が言う。


「細かい」


「事実」


 美咲が笑う。


 湊は時計の下に立った。


「ねえ」


 蓮が振り返る。


「何?」


「最初の三人も」


 湊は古い時計を見上げる。


「ここで、同じように話してたのかな」


「たぶん」


 樹が答える。


「卒業する前に」


「何を話したんだろうね」


 美咲が言う。


 誰にも分からない。


 でも。


 少しだけ想像できる。


 未来のこと。


 友達のこと。


 町のこと。


 そして。


 いつか離れること。


* * *


 風が吹いた。


 桜の枝が揺れる。


 蓮が空を見る。


「……最後の風かな」


「何が?」


 樹が聞く。


「冬の」


 蓮は笑う。


「もう春だろ」


 樹も空を見る。


「そうだな」


 風が五人の間を通り抜けていく。


 以前なら。


 風が吹くたびに怖かった。


 噂を運んで。


 言葉を運んで。


 人の心を揺らして。


 大切なものを壊していく。


 でも。


 今は違う。


 風が吹いても。


 五人は離れない。


* * *


「ねえ、蓮」


 美咲が呼ぶ。


「何?」


「来年もここ来る?」


「当たり前だろ」


「でも、クラス変わるよ」


「関係ない」


「部活も忙しくなるよ」


「それも関係ない」


「受験もあるよ」


 岳が言う。


「それは関係ある」


 五人が笑った。


「でも」


 蓮は少し考えてから言った。


「来られるときに来ればいいじゃん」


「うん」


 美咲が頷く。


「ずっと一緒じゃなくても」


 樹が言った。


「戻ってくればいい」


 岳が続ける。


「その方が現実的」


 蓮が笑う。


「岳、それ言うと感動しない」


「事実だよ」


「でも」


 湊が言った。


「それがいいと思う」


 四人が湊を見る。


「離れても」


 湊は少しだけ考えた。


「ここがあるなら」


 そして。


「また会えるから」


 蓮は笑った。


「それで決まり」


* * *


 その夜。


 五人は旧音楽室に戻った。


 最後に、部屋を見回す。


 机。


 椅子。


 古い楽器。


 写真。


 黒板。


 そして。


 五人の写真。


 蓮が言った。


「なあ」


「何?」


「最初の『三匹のこぶた』ってさ」


「うん」


「本当は、三匹じゃなかったのかもな」


 樹が笑う。


「どういう意味?」


「だって」


 蓮は三人を見る。


「わらも木もレンガも」


「一人じゃ家にならないだろ」


 岳が静かに頷く。


「……そうだね」


 美咲が笑った。


「じゃあ、この話の三匹って誰?」


 蓮は少し考える。


 樹。


 岳。


 そして。


 自分。


 けれど。


 その後ろには。


 美咲がいる。


 湊がいる。


 家族がいる。


 先生がいる。


 先輩がいる。


 町の人たちがいる。


 そして。


 これから出会う誰かもいる。


「三匹は三匹だよ」


 蓮が言う。


「でも」


「でも?」


「三匹だけじゃ、青春できなかった」


 しばらく沈黙して。


「……それは、そうかも」


 樹が笑った。


 岳も。


 美咲も。


 湊も。


 笑った。


* * *


 帰り道。


 五人は並んで歩いていた。


 春の夜。


 空には星が出ている。


 蓮が少し前を歩く。


 樹が追いつく。


 美咲が二人の後ろを歩く。


 岳はその隣。


 湊は少しだけ遅れている。


 美咲が気づいた。


「湊」


「……ん?」


「早く」


 湊が顔を上げる。


「……うん」


 歩く速度を少しだけ上げる。


 五人の影が。


 街灯の下で重なった。


 昔。


 蓮は一人で笑っていた。


 樹は一人で頑張っていた。


 岳は一人で壁を作っていた。


 三人とも。


 それぞれの「家」の中にいた。


 けれど。


 出会った。


 ぶつかった。


 離れた。


 傷ついた。


 そして。


 もう一度、出会った。


 わらの家は。


 風に弱かった。


 木の家には。


 ひびが入った。


 レンガの家にも。


 扉がなかった。


 それでも。


 三人は知った。


 家とは。


 壊れないものではない。


 何度でも。


 帰ってこられる場所なのだ。


* * *


 翌朝。


 旧音楽室。


 誰もいない。


 窓から春の風が入ってくる。


 黒板に残された言葉。


五人で見つけた町。

五人で守りたい場所。

そして、いつか次の誰かへ。


 風が吹く。


 カーテンが揺れる。


 古い写真が少しだけ動く。


 けれど。


 壁から落ちはしなかった。


 窓の外。


 校庭の桜の枝に。


 一つ。


 小さな花が咲いていた。


 まだ一輪だけ。


 それでも。


 確かに春だった。


* * *


 その日の放課後。


「蓮!」


 樹の声が聞こえる。


「早くしろ!」


「待って!」


 美咲が笑っている。


「また蓮が遅れてる」


「岳、先行って!」


「嫌だ」


「なんで!」


「面倒だから」


 湊が少し離れたところで笑っている。


「……行こう」


「湊まで!」


 五人の声が重なる。


 校門を出る。


 それぞれ違う家へ帰っていく。


 明日になれば。


 また学校がある。


 また授業がある。


 また部活がある。


 また喧嘩するかもしれない。


 また悩むかもしれない。


 誰かを好きになるかもしれない。


 誰かと離れるかもしれない。


 それでも。


 歩いていく。


 自分の道を。


 それぞれの家へ。


 そして。


 いつかまた。


 帰ってくる場所へ。


 ――三匹のこぶた。


 わらと。


 木と。


 レンガ。


 違う材料で作られた三つの家。


 風に吹かれて。


 何度も揺れて。


 時には壊れて。


 それでも。


 最後には。


 自分たちで建て直した。


 だから。


 これは、狼に勝った話じゃない。


 風を止めた話でもない。


 風が吹いても。


 自分たちの足で立っていくことを知った、


 三匹のこぶたの話。


 そして――。


 誰かと笑った時間を、


 「青春」と呼べるようになるまでの話。


 春の風が吹く。


 五人の背中を、そっと押していく。


 蓮が振り返る。


「なあ!」


 四人が振り返る。


「来年も、ここ来ような!」


 樹が笑う。


「当たり前だろ!」


 美咲も笑う。


「もちろん」


 岳は少し考えて。


「予定が合えば」


「またそれかよ!」


 湊が少しだけ笑う。


「……たぶん」


「そこは『絶対』だろ!」


 五人の笑い声が。


 春の町に響いた。


 その声は。


 風に乗って。


 どこまでも遠くへ流れていった。


 そして。


 誰もいなくなった旧音楽室にも。


 春の風が吹き込んだ。


 古い写真の三人。


 新しい写真の五人。


 その二枚の写真を。


 柔らかな光が照らしている。


 まるで。


 昔の青春と。


 今の青春が。


 同じ場所で。


 静かに笑い合っているように。



――三匹のこぶた、青春中。


おわり。

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