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三匹のこぶた、青春中  作者: まーサンタ


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20/22

第十九話 冬の町に、春の気配。



 二月。


 朝の空気は、まだ冷たい。


 吐いた息は白く、校庭の隅には冬の名残のように、薄い霜が残っていた。


 けれど。


 少し前とは、何かが違っていた。


 風が、ほんの少しだけ柔らかい。


 日が落ちるのも、少しだけ遅くなった。


 春はまだ遠い。


 それでも。


 どこかにいる。


 そんな気がした。


* * *


「先輩、今日で最後なんですよね」


 放課後のグラウンド。


 樹は神谷直人の隣に立っていた。


「ああ」


 神谷は笑った。


「卒業だからな」


 サッカー部の練習は、いつもと同じだった。


 ボールを蹴る。


 走る。


 声を出す。


 でも。


 今日だけは、少し違って見えた。


 樹は神谷のプレーを見つめる。


 最後の練習。


 何度も追いかけた背中。


 自分が目標にしてきた人。


「先輩」


「ん?」


「俺……」


 樹は少し迷った。


「先輩みたいになりたいです」


 神谷は一瞬、驚いた顔をした。


 そして笑う。


「俺みたいにならなくていいよ」


「え?」


「木村は木村だろ」


 樹は黙った。


「俺も昔、先輩の真似ばっかりしてた」


「そうなんですか?」


「うん。でも、途中で気づいた」


 神谷はグラウンドを見る。


「誰かを目標にするのはいい。でも、最後は自分の道を歩かないといけない」


 樹はその言葉を聞いていた。


「お前は、お前のままで頑張ればいい」


 神谷はそう言って、樹の肩を叩いた。


「じゃあな」


「……はい」


 神谷が歩いていく。


 樹はその背中を見送った。


 寂しかった。


 でも。


 不思議と、前ほど怖くなかった。


 自分にも。


 自分の道がある。


 そう思えた。


* * *


 翌日。


 昼休み。


 蓮と美咲は、校舎裏のベンチに座っていた。


「寒い」


 蓮が言う。


「じゃあ、なんで外に来たの?」


「教室だと人が多いから」


「蓮って、人が多いところ好きじゃなかった?」


「昔はね」


 美咲が蓮を見る。


「昔?」


「なんか最近、静かな方がいい」


「へえ」


「何だよ」


「変わったなって」


「樹にも岳にも言われる」


 蓮は笑った。


「美咲は?」


「何が?」


「変わった?」


「私?」


「うん」


 美咲は少し考える。


「……前より、自分のこと考えるようになったかも」


「へえ」


「三人のことばっかり考えてたから」


「三人?」


「蓮と樹と岳」


「俺たち?」


「うん」


 美咲は笑った。


「三人が喧嘩したとき、何とかしなきゃって思ってた」


「……ごめん」


「なんで蓮が謝るの?」


「いや」


 蓮は空を見る。


「俺、結構面倒だっただろ」


「うん」


「即答?」


「でも」


 美咲は続けた。


「今は、ちょっと違う」


「何が?」


「蓮がちゃんと自分のこと話すようになった」


「……そうかな」


「うん」


 蓮は少し照れた。


「美咲も」


「何?」


「前より俺のこと見てる」


「……気のせい」


「絶対そう」


「知らない」


 美咲は顔を背けた。


 蓮も笑う。


 二人の間に、冷たい風が吹いた。


 でも。


 その風は、もう嫌なものではなかった。


* * *


 その日の夜。


 岳は父親に進路希望調査票を渡した。


「これ」


「……見せてみろ」


 父親が紙を見る。


 しばらく黙っている。


「本当に、これでいいのか?」


「うん」


「成績だけなら、もっと上も狙える」


「分かってる」


「そうか」


 父親は紙を机に置いた。


「なら、最後まで自分で考えなさい」


 岳は顔を上げた。


「……いいの?」


「お前が決めたことだろ」


「うん」


 岳は小さく頷いた。


 父親はしばらく考えてから言った。


「ただし」


「何?」


「途中で迷ったら、相談しろ」


 岳は少し驚いた。


「父さんに?」


「父親だからな」


「……分かった」


 岳は笑った。


 父親も、ほんの少し笑った。


 大きな変化ではない。


 でも。


 岳にとっては十分だった。


 自分の壁に。


 初めて小さな扉ができた気がした。


* * *


 放課後。


 旧音楽室。


「全員いる?」


 蓮が確認する。


「いる」


 樹。


「いるよ」


 美咲。


「いる」


 岳。


「……いる」


 湊。


「よし」


 蓮が机に資料を広げる。


 町の古い地図。


 昔の写真。


 発表会の資料。


 中庭の時計の写真。


 そして。


 最初に見つけた古い紙。


「これさ」


 蓮が言った。


「結局、何だったんだろうな」


 岳が資料を並べる。


「少し待って」


 古い校舎図。


 昔の町の地図。


 写真。


 それらを重ねていく。


「……」


「どう?」


 樹が聞く。


 岳は黙っている。


「岳?」


「これ」


 岳が指を差した。


「全部、同じ場所を指してる」


「どこ?」


「ここ」


 古い地図の一点。


 現在の校舎図の一点。


 写真の背景。


 そして。


「中庭」


 美咲が言った。


「時計のところ?」


「たぶん」


 湊が立ち上がる。


「行ってみる?」


 蓮が笑った。


「行こう」


* * *


 中庭。


 古い時計が立っている。


 長い間、誰にも気にされていない時計。


 五人はその下を調べた。


「何もないぞ」


 樹が言う。


「もう少し右」


 岳が指示する。


「ここ?」


「違う」


「じゃあここ?」


「……そこ」


 樹がしゃがむ。


「ん?」


 土の中に。


 小さな金属が見えた。


「箱?」


 蓮が拾い上げる。


 古びた小さな箱だった。


 五人が顔を見合わせる。


「開けてみよう」


 美咲が言う。


 蓋を開く。


 中に入っていたのは。


 一枚の紙。


 そして。


 古い写真。


 そこには。


 あの三人。


 昔の中学生三人が写っていた。


 紙を開く。


 そこには、こう書かれていた。


いつか、この町を好きになる三人へ。


 蓮が息を呑む。


「……俺たちのこと?」


「たぶん違う」


 岳が言う。


「でも」


 美咲が笑う。


「今の私たちには、ぴったりだね」


 樹は写真を見る。


「この三人も、ここで何かしてたんだな」


「俺たちと同じように?」


 蓮が聞く。


「たぶん」


 湊が写真を裏返す。


 そこには短い文章があった。


町は変わる。

人も変わる。

だから、残したいものを自分たちで見つけてほしい。


 五人は黙って読んだ。


 何年も前。


 この学校にも。


 自分たちと同じように。


 友達と笑い。


 喧嘩をして。


 悩んで。


 卒業していった人たちがいた。


 その人たちの「青春」が。


 今、自分たちの手の中にある。


* * *


 帰り道。


 空は薄いオレンジ色だった。


「春、来るな」


 蓮が言った。


「まだ早いだろ」


 樹が笑う。


「気温的には、もう少し先」


 岳が言う。


「そういう意味じゃないでしょ」


 美咲が笑った。


「……でも」


 湊が空を見上げる。


「来ると思う」


 四人が湊を見る。


「何が?」


「春」


 湊は答えた。


「まだ寒いけど」


 少しだけ笑う。


「来ると思う」


 蓮が笑った。


「湊が言うと、なんか信じられるな」


「何それ」


 樹が笑う。


 五人の笑い声が、冬の町に響いた。


* * *


 旧音楽室に戻る。


 誰もいない部屋。


 五つの椅子。


 壁に貼られた写真。


 黒板には、


五人で見つけた町。

五人で守りたい場所。


 という言葉。


 湊が黒板の前に立った。


 チョークを手に取る。


「何してる?」


 蓮が聞く。


 湊は、その下に一行を書き足した。


そして、いつか次の誰かへ。


 蓮はその文字を見つめた。


「……いいじゃん」


「うん」


 湊が答える。


 美咲が写真を見る。


「この場所も、いつか私たちがいなくなるんだよね」


「三年生になって」


 樹が言う。


「卒業して」


 岳が続ける。


「別々の高校に行くかもしれない」


 蓮が言った。


 少しだけ寂しい。


 でも。


 以前のような恐怖はなかった。


「それでも」


 美咲が言う。


「ここで過ごしたことは、なくならないよ」


 誰も否定しなかった。


 湊が写真を見つめる。


 昔の三人。


 今の五人。


 違う時代。


 違う人たち。


 でも。


 同じように。


 この町で笑っている。


* * *


 帰り道。


 五人は並んで歩いていた。


 冬の風。


 冷たい空気。


 白い息。


 それでも。


 少しだけ暖かく感じた。


 蓮が言う。


「なあ」


「何?」


 樹が振り返る。


「俺たちってさ」


「うん」


「結局、何を見つけたんだろうな」


 岳が答える。


「町じゃない?」


「それだけ?」


「それだけじゃない」


 美咲が言う。


「居場所とか」


 樹が続ける。


「友達とか」


 湊が言った。


「自分自身とか」


 蓮は少し考えた。


 そして。


「……青春?」


 四人が笑った。


「何それ」


「最初からそれ言ってたじゃん」


「そうだっけ?」


「そうだよ」


 笑い声が重なる。


 空を見上げる。


 冬の空。


 まだ春ではない。


 けれど。


 遠くの木の枝に。


 小さな芽が膨らんでいた。


 誰にも気づかれないほど、小さな芽。


 それでも。


 確かに。


 そこにあった。


 ――冬の町に、春の気配。


 それは季節のことだけではなかった。


 五人の中にも。


 新しい季節が、静かに始まろうとしていた。

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