↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三匹のこぶた、青春中  作者: まーサンタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/22

第十八話 壊れた家に、もう一度灯りを。



 十一月の終わり。


 朝の空気は、もう完全に冬だった。


 校門の脇に立つ木々は葉を落とし、風が吹くたび、乾いた葉が校庭を転がっていく。


 蓮は教室の窓から外を眺めていた。


「寒そう」


 隣で美咲が言う。


「外?」


「うん」


「じゃあ、出なきゃいいじゃん」


「蓮は?」


「俺も出ない」


「じゃあ、二人とも冬眠だね」


「それ、いいな」


 蓮が笑う。


 美咲も笑った。


 以前なら、もっと簡単に笑えていた。


 でも今は。


 笑ったあとに、少しだけ考える。


 ――この笑顔は、本物だろうか。


 そんなことを考えるようになった。


 けれど。


 今日の笑顔は、少しだけ違った。


 無理をしなくても笑えた。


* * *


 放課後。


 旧音楽室。


 蓮が扉を開ける。


「……うわ」


 部屋の中には、古い楽器や資料が積み重なっていた。


 夏の頃より、ずっと狭く感じる。


「これ、こんなに物あったっけ?」


 後ろから樹が入ってきた。


「五人になったからじゃない?」


「人数のせいにするなよ」


 岳が続いて入る。


「物が増えたんだよ」


「岳、そういうところだぞ」


「何が?」


「そういうところ」


 岳は意味が分からないという顔をした。


 美咲も入ってくる。


 最後に。


 湊。


 五人が揃った。


 蓮は部屋を見回した。


「……なんか」


「うん?」


「狭くなったな」


 樹が笑った。


「五人いるからだろ」


「前は三人だったもんな」


 その言葉で。


 一瞬だけ。


 部屋が静かになった。


 三人。


 蓮。


 樹。


 岳。


 かつての「三匹」。


 その頃のことを思い出す。


 でも。


 岳が言った。


「……片付けようか」


 蓮が顔を上げる。


「え?」


「このままだと何もできない」


「確かに」


 美咲が袖をまくる。


「じゃあ、やろう」


 湊も無言で古い机を動かした。


「おい、湊」


「何?」


「意外と力あるんだな」


「蓮が弱いだけ」


「ひどい」


 五人が笑った。


* * *


 掃除は思った以上に大変だった。


 古い楽譜。


 壊れた譜面台。


 使われなくなった教科書。


 何年も前の掲示物。


「これ、いつの?」


 美咲が古いプリントを拾う。


「平成……」


 岳が日付を見る。


「かなり前」


「すご」


 樹が言った。


「この学校、物捨てなさすぎだろ」


「だから、僕たちの秘密基地ができた」


 岳が言う。


「なるほど」


 蓮が頷く。


「じゃあ、物を捨てない学校に感謝だな」


「そういう問題じゃない」


 岳が呆れる。


 そんなやり取りをしながら。


 五人は少しずつ部屋を片付けていった。


 机を動かす。


 窓を拭く。


 床を掃く。


 壁の写真を整理する。


 そして。


 最後に残ったのは。


 一枚の古い写真だった。


「これ……」


 湊が手に取った。


 昔の中学生三人。


 肩を組んで笑っている。


 以前、三人が見つけた写真だった。


 蓮がその写真を見る。


「最初は、俺たち三人だったんだよな」


「うん」


 樹が頷く。


 美咲が写真の裏を見る。


「何か書いてある?」


 湊が裏返す。


 古い文字。


 そこには。


家は、一人で建てるものじゃない。


 と書かれていた。


 五人が黙った。


「……これ」


 岳が言う。


「今の俺たちみたいだな」


 蓮が笑った。


「確かに」


「最初は三人だった」


 樹が続ける。


「でも、三人だけじゃなかった」


 美咲が言う。


「私たちが入って」


 湊も。


「俺も入った」


 蓮は写真を見る。


「……家って」


 少し考えて。


「材料だけじゃないんだな」


 誰も答えない。


 でも。


 誰も否定しなかった。


* * *


 その日の夜。


 蓮は家に帰った。


「ただいま」


「おかえり」


 母の由美が台所から顔を出す。


「今日は遅かったね」


「ちょっと掃除してた」


「学校で?」


「うん」


「珍しい」


 蓮は冷蔵庫を開けながら言った。


「友達と」


 由美が少し笑う。


「友達?」


「うん」


「最近、学校の話しなかったから」


 蓮の手が止まる。


「……そうだっけ」


「そうだよ」


 由美は笑っている。


「でも今日は話したね」


「うん」


 蓮は少し考えた。


「……母さん」


「何?」


「友達ってさ」


「うん」


「ずっと一緒にいないと、友達じゃないのかな」


 由美は少し考えてから言った。


「そんなことないんじゃない?」


「じゃあ、離れても?」


「戻ってこられるなら、いいんじゃない?」


「戻ってくる?」


「だって家もそうでしょ」


「家?」


「出かけても、帰ってくる場所があるから家なんじゃない?」


 蓮は黙った。


 そして。


「……そっか」


 小さく笑った。


* * *


 同じ頃。


 樹は母の真紀と夕食を食べていた。


「今日、部活どうだった?」


「普通」


「足は?」


「大丈夫」


 真紀は樹を見る。


「本当に?」


「……うん」


「無理してない?」


 樹は少し黙った。


「前は」


 真紀が言った。


「頑張ってるなら、それでいいと思ってた」


「今は?」


「今もそう」


 真紀は笑う。


「でもね」


「うん」


「頑張ることと、無理することは違うよ」


 樹は箸を止めた。


「毎日ちゃんとやってるじゃない」


「……」


「結果が出ない日があっても、それはなくならないよ」


 樹は俯いた。


「俺……」


「うん?」


「友達とも、サッカーとも、ちゃんと向き合いたい」


「じゃあ、そうすればいい」


「両方?」


「両方」


 真紀は笑った。


「全部完璧にする必要なんてないでしょ」


 樹も笑った。


「母さん、たまにいいこと言うな」


「たまに?」


「……毎日」


「遅い」


 樹の家に笑い声が響いた。


* * *


 岳の家。


 夕食のあと。


 岳は父親と向かい合っていた。


「進路希望調査」


 父親が言う。


「そろそろ決めないとな」


「うん」


「成績を見る限り、選択肢は多い」


「……父さん」


「何だ?」


 岳は少し迷った。


「僕」


「うん」


「自分で決めたい」


 父親の手が止まった。


「何を?」


「進路」


「もちろん、お前が決めることだ」


「でも」


 岳は続けた。


「成績がいいからここ」


「将来困らないからここ」


「そういう理由だけで決めたくない」


 父親は黙っている。


「僕が何をしたいのか」


「それを考えてから決めたい」


 長い沈黙。


 岳は少し怖かった。


 否定されると思っていた。


 けれど。


「……そうか」


 父親はそれだけ言った。


「考えてみなさい」


 岳は顔を上げた。


「うん」


 それだけ。


 でも。


 岳にとっては大きな一歩だった。


* * *


 翌日。


 放課後。


 旧音楽室。


 蓮たちは、壁に写真を貼っていた。


「これ、ここでいい?」


 美咲が聞く。


「いいんじゃない?」


 樹が答える。


 岳が写真の位置を少し直す。


「ちょっと右」


「岳、細かい」


「曲がってるから」


「分かんないって」


「僕には分かる」


 湊が笑う。


「何?」


「いや」


「笑った?」


「笑ってない」


「絶対笑っただろ」


 五人が笑う。


 壁には。


 町の古い写真。


 地域交流発表会の写真。


 夏祭りの写真。


 そして。


 新しい一枚。


 五人で撮った写真。


 美咲が言った。


「これ、タイトルつけようよ」


「何?」


「五人で見つけた町」


 蓮が首を振る。


「違う」


「じゃあ?」


 蓮は黒板にチョークを走らせた。


五人で見つけた町。

五人で守りたい場所。


 五人がその文字を見る。


「……いいね」


 樹が言った。


 岳も頷く。


「前よりいい」


 湊は少しだけ笑った。


* * *


 片付けが終わった。


 旧音楽室は、以前とは少し違っていた。


 物は減った。


 写真は増えた。


 机の位置も変わった。


 そして。


 五つの椅子が並んでいる。


 蓮が座る。


「来週も来ようぜ」


 樹が言う。


「部活がある日は遅れるかも」


「俺も塾の日は無理」


 岳が続ける。


 美咲が笑う。


「じゃあ、来られる人だけ」


 湊が頷く。


「それでいいと思う」


「なんだよ」


 蓮が笑う。


「前より適当じゃん」


 岳が言う。


「その方が続く」


「……なるほど」


 蓮は少し考えて。


「じゃあ、約束な」


「約束」


 樹が答える。


 美咲も。


 岳も。


 湊も。


 それぞれ頷いた。


* * *


 帰る時間。


 五人は学校を出た。


 夜の校舎。


 冬の空気。


 吐く息が白い。


 校門を出てしばらくして。


 蓮が振り返った。


「あれ?」


「どうした?」


 樹が振り返る。


「電気」


 旧音楽室の窓だけが。


 まだ明るかった。


「消し忘れた?」


 岳が言う。


 湊が振り返る。


「俺、消してない」


「じゃあ誰?」


 蓮が聞く。


 誰も答えない。


 美咲が笑った。


「……いいじゃん」


「え?」


「今日くらい」


 五人はしばらく、その灯りを見つめた。


 そして。


「帰ろう」


 美咲が言った。


「うん」


 五人は歩き出した。


 校舎の中。


 誰もいない旧音楽室。


 五つの椅子。


 五人の写真。


 黒板に残された言葉。


五人で見つけた町。

五人で守りたい場所。


 そして。


 窓から漏れる小さな灯り。


 それは。


 かつて壊れた「家」が。


 もう一度、灯った証だった。


 わらも。


 木も。


 レンガも。


 どれも完璧ではない。


 それでも。


 誰かがそばにいて。


 帰ってくる場所があるなら。


 家は、もう一度建てられる。


 冬の夜。


 旧音楽室の灯りは。


 静かに五人を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。