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三匹のこぶた、青春中  作者: まーサンタ


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第九話 恋するこぶたは、眠れない。



 六月の終わり。


 梅雨の合間に、久しぶりの青空が広がった。


 朝から蒸し暑く、教室の窓は全開になっている。


 蓮は自分の席に座り、机の上に頬をつけていた。


「眠そうだな」


 樹が声をかける。


「眠い」


「昨日何時に寝た?」


「十二時」


「遅くないだろ」


「寝ついたのは二時」


「なんで?」


「……分かんない」


 蓮は大きなあくびをした。


 樹が呆れた顔をする。


「スマホ?」


「違う」


「ゲーム?」


「違う」


「じゃあ何?」


「……考え事」


「何を?」


「秘密」


「なんだよ、それ」


 樹が笑う。


 その後ろで岳が本を閉じた。


「昨日から三回目」


「何が?」


「ため息」


「数えてたの?」


「たまたま」


「絶対嘘だろ」


 岳は蓮を見る。


「何かあった?」


「何もない」


「なら、なんで眠れない?」


「……」


 蓮は答えられなかった。


 頭に浮かんでいるのは、昨日の美咲の言葉。


――「蓮には教えない」


 好きな人。


 美咲には、好きな人がいるのだろうか。


 もし、いるなら。


 誰なのだろう。


 考え始めると、止まらなくなる。


 そして。


 なぜ自分がそんなことを気にしているのか。


 そこが一番分からなかった。


* * *


 昼休み。


 蓮は弁当を食べながら、教室の向こう側を見ていた。


 美咲が友達と話している。


 笑っている。


 いつも通り。


「……」


「何見てるの?」


 樹が聞いた。


「別に」


「白石?」


「違う」


「まだ何も言ってないけど」


「……」


 蓮は箸を止めた。


「なあ、樹」


「ん?」


「好きな人ってさ」


「うん」


「どうやって分かるんだろうな」


 樹は少し考えた。


「その人のこと、よく考えるとか?」


「……」


「会えると嬉しいとか」


「……」


「他の男子と話してると、ちょっと気になるとか」


「……」


 蓮がゆっくり樹を見る。


「お前、なんでそんな詳しいの?」


「漫画で読んだ」


「漫画かよ!」


 樹が笑った。


 蓮も笑った。


 けれど。


 心の中では、さっきの言葉が何度も繰り返されていた。


――よく考える。


――会えると嬉しい。


――他の男子と話していると気になる。


「……全部当てはまる」


 蓮が小さく呟いた。


「何が?」


「何でもない」


* * *


 放課後。


 旧音楽室。


 四人が集まった。


「暑い」


 樹が窓を開ける。


 風が入ってくる。


 美咲の髪がふわりと揺れた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 樹が笑う。


 蓮は二人を見た。


 胸の奥が、少しだけざわついた。


「……」


「蓮?」


 美咲が声をかける。


「何?」


「さっきから黙ってるけど」


「別に」


「眠そうだね」


「昨日、あんまり寝てなくて」


「どうして?」


「考え事」


「何の?」


「……秘密」


 美咲が笑った。


「また秘密?」


「うん」


「じゃあ、お互い様だね」


 その言葉に、蓮は少しだけ動揺した。


「……そうだな」


 岳が黒板に新しく見つかった資料を貼っている。


 樹は町の地図を広げている。


 美咲は古い写真を整理している。


 いつもの旧音楽室。


 いつもの四人。


 なのに。


 蓮だけが、いつも通りではなかった。


* * *


「そういえば」


 美咲が写真を一枚持ち上げた。


「この人、知ってる?」


 古い写真。


 そこには、昔の中学生が何人か写っていた。


「知らない」


 樹が答える。


「岳は?」


「分からない」


 蓮は写真を覗き込む。


「……あ」


「何?」


「この人」


 写真の端に、一人の少年が写っている。


 笑顔で立っている。


 その少年の後ろには、今はもうなくなった古い商店があった。


「前に商店街のおばちゃんが話してた人じゃない?」


「そうかも」


 美咲が写真を受け取る。


「じゃあ、これも町の記録に入れよう」


「うん」


 蓮は美咲の隣に座った。


 肩が少し近い。


 それだけで、心臓が変な動きをした。


「……」


 蓮は慌てて少し離れる。


「どうしたの?」


「何でもない!」


「そう?」


「うん!」


 美咲が首を傾げる。


 岳がちらりと二人を見る。


 何も言わない。


 樹も気づいているようだった。


 でも、何も言わなかった。


* * *


 帰り道。


 今日は四人ではなかった。


 樹は部活。


 岳は図書室。


 美咲と蓮だけが、校門を出た。


「……」


「……」


 二人とも、なぜか静かだった。


「蓮」


「ん?」


「今日、変だよ」


「そう?」


「うん」


「どこが?」


「いつもより、よく喋る」


「それ、変なの?」


「逆」


 美咲が笑う。


「いつもより、無理して喋ってる」


「……」


 図星だった。


「分かる?」


「分かるよ」


 美咲は少し前を歩く。


「蓮って、笑ってるときほど、何か隠してるから」


 蓮の足が止まった。


「……俺、そんな分かりやすい?」


「うん」


「そっか」


 蓮は苦笑した。


「じゃあ、聞かないの?」


「聞いてほしい?」


「……分かんない」


「じゃあ聞かない」


 美咲は優しく笑った。


 その距離感が、蓮には心地よかった。


 聞かれたくない。


 でも。


 気づいてほしい。


 そんな矛盾した気持ちだった。


* * *


 交差点に差しかかった。


 美咲が立ち止まる。


「私、こっち」


「あ、そっか」


「じゃあ、また明日」


「うん」


 美咲が歩き出す。


「……美咲!」


 蓮が呼んだ。


「何?」


 振り返る。


「好きな人って……」


 言葉が出かかった。


 けれど。


「……何でもない」


 美咲は少しだけ笑った。


「そっか」


「また明日」


「うん。また明日」


 美咲が去っていく。


 蓮はその背中を見送った。


 聞けばよかった。


 でも。


 聞けなかった。


 もし。


 もし、美咲の好きな人が自分じゃなかったら。


 その答えを聞くのが怖かった。


* * *


 その夜。


 蓮はベッドに横になっていた。


 時計は午後十一時。


「……眠れない」


 目を閉じる。


 今日のことを思い出す。


 美咲の笑顔。


 「また明日」という言葉。


 肩が少し近づいた瞬間。


 そして――。


「好きな人……」


 呟いた。


 スマートフォンを見る。


 メッセージを開く。


 美咲との会話。


 最後のメッセージは、


『また明日』


 それだけ。


 蓮は文字を打つ。


『好きな人って誰?』


 しばらく画面を見つめる。


 そして消す。


 もう一度打つ。


『明日、旧音楽室来る?』


 送信。


 すぐに既読がついた。


『行くよ』


 蓮の胸が跳ねた。


『そっか』


 それだけ返して、スマートフォンを伏せる。


 なのに。


 眠れない。


 窓の外では、夏の夜風が吹いていた。


 カーテンが静かに揺れている。


「……俺、好きなのかな」


 初めて。


 蓮はその言葉を、自分自身に向けて口にした。


 答えは出なかった。


 けれど。


 眠れない理由だけは、もう分かっていた。


 ――会いたい。


 明日、会える。


 そのことが、嬉しい。


* * *


 翌朝。


 教室へ向かう廊下で、蓮は樹と岳に会った。


「おはよう」


 樹が言う。


「おはよ」


 蓮が答える。


 岳が蓮を見る。


「今日は眠そうじゃない」


「うん」


「寝た?」


「三時間」


「それは寝たとは言わない」


 樹が笑った。


「何で?」


「分かんない」


 蓮は笑った。


 今度の笑顔には、少しだけ照れが混じっていた。


 そのとき。


 廊下の向こうから、美咲が歩いてくる。


 蓮の視線が自然にそちらへ向いた。


 美咲も気づいた。


「おはよう」


「おはよう」


 たったそれだけ。


 なのに。


 蓮の胸は、昨日より少しだけ速くなった。


 樹が岳を見る。


 岳も樹を見る。


 二人とも何も言わない。


 ただ。


 なんとなく分かっていた。


 三匹のこぶたのうち、一匹が。


 どうやら恋という風に吹かれ始めたらしい。


 そしてその風は。


 これまで三人を包んでいた「友情」という家の中にも、少しずつ入り込み始めていた。

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