第40話 班決め
「出席番号、一番から六番。一班」
十月十八日、金曜日の朝のホームルームで、北条先生が名簿を読み上げていく。
修学旅行は、来週の火曜日から四日間の京都と奈良だ。
「七番から十二番。二班」
俺は廊下側のいちばん後ろの席で、こっそり指を折っていた。
白羽が十七番で、墨田が十八番だから、あいだには誰もいない。
五月の現代文で、白羽さんが随筆を四ページ最後まで読みきってしまった日、次の番だった俺は、一行も読まずに済んだ。
つまり、六人ずつ区切るなら、十三番から十八番が同じ班になる。
逃げ道、どこにもないよな?
「十三番から十八番。三班」
来た。
窓側の前から二番目の席で、白羽さんがくるりと振り返り、まっすぐ廊下側のいちばん後ろを見た。
それから、右手の人差し指で、空に四文字を書く。
〈よ・ろ・し・く〉
いつもより少しだけゆっくりで、向かい合って左右が逆なのに、ちゃんと読める速さだった。
心臓が、一回、変な跳ね方をする。
そこでようやく、教室の三十八人が気づいた。
「え、白羽さんと墨田、同じ班?」
「文化祭で振った人と、振られた人じゃん」
「玉砕確率、百パーセントの人だ」
「京都、気まずくない?」
同じ三班の斎藤が、半分楽しそうに、俺の肩をばしばし叩いてくる。
「墨田、で、京都で告白すんの?」
「……あ」
口が、いつもの形に開いた。
待て。九月の文化祭のあとから、俺の「あ、うん」は、学校じゅうで肯定ということになっている。
ここで「うん」まで言ったら、京都で告白する男の完成だろ。
「……い、いや」
「いや? しないの? するの?」
「……班長が決まってから考える」
自分でも、何を言っているのか分からない。
北条先生が、名簿で教卓をとんと叩いた。
「はいはい。各班、班長を決めろ。三班は」
しーん。
誰も手を挙げず、斎藤は急に窓の外を見はじめ、残りの三人は筆箱の中身を数えはじめた。
北条先生の目が三班の上をすべって、廊下側のいちばん後ろで止まる。
「墨田。最近、よく名前を聞くな」
「……え」
「班長」
「……あ、うん」
「決まり」
しまった。今度は、言ってしまった。
文化祭で名前が売れたと思ったら、その結果が班長らしい。勘弁してくれ。
◇
「白羽先輩! 好きです!」
昼休みの学食に、百瀬の拡声器が響く。
白羽さんから先週の告白への返事を受け取り、黙って読んで、数取器を押して〔96〕。すぐに次の告白を言うのが、いつもの金曜日の流れだ。
「……返事は、手紙で。来週の、金曜に」
練習した一文が、いつもの半拍で出る。
来週の金曜は、十月二十五日で、二年生は修学旅行の最終日だ。
百瀬が、拡声器を構え直した。
「じゃあ、お返事は」
「十一月一日!」
学食の二百人が、声をそろえた。
百瀬より、先だった。
七月の終業式の日、この一文が夏休みに引っかかって、百瀬が「九月六日です!」と叫んだのを、学食の全員が覚えていたらしい。三か月で、学食が勝手に翻訳するようになっている。
「……それ、あたしが言うやつです!」
百瀬が、拡声器ごと地団駄を踏む。
白羽さんは学食をぐるりと見まわしてから、二百人に向かって、ていねいに頭を下げた。
「……十一月、一日に」
拍手が起きた。何の拍手だよ。
撤収の前に、百瀬がくるりと柱のほうを向いた。
「墨田先輩! 京都の特派員、お願いします! 一年生は、行けないので!」
新聞部のデジカメのストラップが、柱の陰の俺の首に、ひょいと掛けられる。九月に取り返されたはずのカメラが、また戻ってきた。
どうやら俺は、班長と特派員を兼ねて京都へ行くらしい。荷物が増える一方だ。
◇
「墨田、ちょっと来い」
放課後の昇降口で、俺の鞄が、後ろからがしっとつかまれた。捕手の大森の左手で、捕られた球は逃げられない。
連れていかれた柔道場には、振られ男子の会の二年生が六人、輪になって座っていた。大森、岩城、吉岡、桂木、田辺、音無で、修学旅行に行く全員だ。
輪のまん中では、三年生の権田先輩が、腕を組んで正座している。
「班長に、なったって聞いたっス」
話が早すぎないか。まだ半日しかたっていない。
「京都で、白羽さんに告白するやつが出るかもしれないっス。……俺は、行けないっス」
三年生は、修学旅行に行かない。行けない分、権田先輩の目はもう赤くなりかけていた。
「だから、京都組に頼むっス。振られたやつが出たら」
六人が、ごくりとつばを飲む。
「隣に、座れっス」
それだけだった。会則の第五条、会員が泣いているときは、黙って隣に座る。京都でも、やることは変わらないらしい。
「振られた日こそ、清水の舞台。隣に座るぜ、それが俺らの部隊」
岩城が小声で韻を踏むと、誰も拍手しなかったのに、全員がうなずいた。
「で、班長は、白羽さんの隣を歩く係っス」
「そんな係はないです」
「あるっス。班長っスから」
ないって。
柱にもたれていた吉岡が、ふっと笑った。
「墨田は、見守る側じゃないだろ」
五月の河川敷で、糸のない釣り竿の話をしてからずっと、吉岡にはたいてい見えている。
俺は、答えなかった。答えたら、たぶん全部ばれる。
耳もふさがなかった。ふさぐと、また別の誤解をされる。
◇
その夜、スマートフォンが震えた。
【白羽】拝啓 秋冷の候、墨田様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
便箋三枚分のうち、一枚目は時候の挨拶で、二枚目は班長就任のお祝いだった。おめでとうございます、と三回も書いてある。おめでたくはない。
三枚目の最後の一行が、用件だった。
京都で書く便箋は、何枚あれば足りますか。
京都で手紙を書く予定なんて、一つもない。でも白羽さんは、旅先でも告白されると思っているらしいし、たぶん正しい。
少し考えて、返した。
【墨田】三十枚あれば、足りると思う
三分後に、また震える。
【白羽】拝啓 秋冷の候、ご助言、まことにありがとうございました。念のため、五十枚持ってまいります。
念のためで二十枚増えた。律儀すぎるだろ。
結論から言うと、五十枚あっても、足りなかった。




