幕間② 赤ペンの余白
シラノの文体 分析ノート 最後のページ
九月二十四日。図書室から帰って、書く。ここからは、赤で書く。
一、良いところは、一通に一つだけ。二つは書かない。一つだけのほうが、本当のことに聞こえる。
二、「ごめんなさい」と書かない。読めるものは全部読んだ。一度も書いていない。
三、断る理由は、いつも同じ形。「それは、〇〇のせいではありません。でも、わたしの気持ちは、〇〇と同じではありません」。相手のせいに、絶対にしない。
四、相手の言葉で書く。押忍。ど真ん中。対局。韻。それでも、感嘆符は一つも使わない。白羽さんの声のまま書いている。
五、比喩が、ほとんどない。使うときは、一通に一つ。それも、相手が自分で言った言葉から作る。
六、最後の一行で、相手に明日やることを渡す。落とし物のお知らせ。グラウンドの中からのパス。次の一局。
七、良いところは、その人をちゃんと見ていないと書けないことばかり。この人は、人の顔色ばかり見ている。
八、追伸は書かない。追伸が読まれるあいだ、耳をふさいでいる。
九、字は、たぶん、ひどい。見たことはない。でも、清書を人に任せる人の字は、たいていひどい。
十、たぶん猫背。
書き手 墨田文也。二年B組。
あの人の文章を、一行で言うと。
冬の朝の窓。息をかけると、字が浮かんでくる。
……字がひどい人の字が浮かんできて、どうするの。消す。
静かな水。
……水のたとえは、六月に図書室で失敗した。井戸のつもりが、水筒になった。消す。
あの人の文章は、あの人の声。
……これは比喩になっていない。見たままだ。消す。
九月二十一日の二回戦で読まれた一枚は、あの人が、自分に宛てて書いた断り文句だった。白羽さんの声で書いてあった。
自分を振る手紙でも、書き方は、ほかの手紙と同じだった。一つも手を抜いていなかった。
本人には、「舞台の一枚も、ね」とだけ言った。どちらの一枚か、聞かれなかった。聞かれたら、困った。
中学二年の冬に、わたしも一度だけ、比喩を一つも使わない手紙を書いたことが
これは分析ではない。やめる。
今日、本人に言った。悔しいけど、好きな文章。比喩なしで。
言ったあと、耳が熱かった。たぶん、気づかれていない。
毎週、下書きを見せて、とも言った。理由は、勝負のため。
と、書いておく。
あの人は、比喩を使わなくても書ける。
わたしは、使う。
比喩は、鎧。




