第27話 夏の終わりの依頼
三月、白羽ことはは、走って逃げた。
八月の最後の日、白羽ことはは、走って追いかけた。
八月二十七日、火曜日の朝、七時。夏休みの学校は、蝉の声しかしなかった。
白羽さんのLINEは、前の晩に届いていた。拝啓から始まって便箋三枚分、要約すると、水野先輩のことを一つだけ覚えています、だった。毎朝、朝のホームルームの前に、二年B組の窓の下の花壇で、朝顔に水をやっていた三年生。白羽さんの席は、窓側の前から二番目だ。窓の下が、よく見える。
夏休みのあいだも、来ているかもしれない。だから、七時に花壇を見に来た。
校舎の角から、白羽さんが歩いてきた。制服だった。夏休みでも、学校に来るときは制服らしい。
「……おはよう、ござい、ます」
「おはよう」
「……墨田、くん」
昨日、門の前で一回だけ呼ばれた名前は、今日は、名前と「くん」のあいだに半拍あった。五月に、放送の原稿の間を「一秒、半」と決めた人だ。この人の半は、いつも要る。
七時五分に、花壇に、背の高い三年生が来た。
夏祭りの石段の上で、九月六日、ですね、と言って少しだけ笑った人だった。水野先輩は、物置からじょうろを出して水道で水を汲み、朝顔の鉢の列に、端から一つずつ水をやった。葉の裏まで、指で持ち上げて確かめていた。
俺たちは、渡り廊下の柱の陰にいた。柱の陰に隠れても、白羽さんの背筋は、柱からまっすぐはみ出していた。四月の変装第一号から、隠れ方は一つも上達していない。
水野先輩は、最後の鉢に水をやり終えると、ポケットから何か出して、鉢の縁に差した。厚紙のカードだった。それからじょうろを物置に戻し、朝顔の列をしばらく見て、帰っていった。
こちらには、一度も気づかなかった。気づかれなかったのは俺のおかげで、はみ出していた背筋のほうは、たぶん運がよかっただけだ。
カードには、細いペンの字で、こう書いてあった。
〔朝顔の水やり 二学期から、どなたか、お願いします〕
〔朝と、夕方の二回。土が乾いていたら、たっぷり〕
〔種は、十月に取れます。来年の分です〕
〔三年D組 水野〕
来年の分、と書いてあった。
来年、この人は、ここにいない。九月にも、もういない。自分では見られない花の、種の取り方まで書いてあった。
白羽さんが、カードの「来年」の字を、指でなぞった。四月に権田先輩の封筒の宛名を、六月に田辺の写真の裏の時刻をなぞったのと、同じ指だった。
夏祭りの石段で、返事の届かない日付を言われて、少しだけ笑った人だ。
書くことが、決まった。
◇
下書きは、その夜に書いた。
五つの約束の、最後の一つで手が止まった。次へ進める一言。水野先輩の次は、メキシコだ。
うちの居間には、父の辞書が壁一面に並んでいる。辞書を作る仕事をしている人の家には、たいていの国の言葉の辞書が、一冊はあるらしい。西和辞典は、下から二段目にあった。
一晩かけて、一語を選んだ。
八月二十八日、水曜日。白羽家の玄関では、今日も三つの番組が鳴った。一回目より、少しだけ慣れた。慣れたところで、口を挟めるようにはならなかった。
書院の奥の机で、下書きを読んだ。白羽さんは、一文ずつうなずいた。
決まった言い方の一文で、俺は聞いた。
「水野先輩は、本気だったと思う?」
白羽さんは少し考えてから、うなずいた。
「……同じじゃ、ない、です」
五月に、整理券の九番の、眼鏡の男子を聞き分けたときと同じ言い方だった。石段の上の「……好きです」は、振られて運をよくしたい人の声ではなかったらしい。だから、決まった言い方のまま書く。
読み終えると、白羽さんの人差し指が、空中で動いた。
〈わ・た・し・が〉
それから、下書きの、カードのことを書いた段落を指さした。読めないはずの俺の字の上を、迷わずに。
「……朝顔の、水やりを」
一語ずつ、置いた。
「……わたしが、します。……二学期から」
五月に、吉岡への手紙で〈も・っ・と〉と書いた人が、今度は、手紙の中身ではなく、自分の朝のほうを差し出していた。
「それ、追伸に書く?」
白羽さんは、首を横に振った。
「……本文に、入れて、ください」
追伸なら、俺は読まない。本文なら、俺も読む。どうして本文なのかは、聞かなかった。聞けば、何かが変わってしまいそうだった。
最後の一行は、アルファベットだった。
白羽さんは、筆を持ったまま、その一行をしばらく見ていた。
「……これは」
「スペイン語。メキシコの言葉」
白羽さんは、半紙で、その一語を練習した。
一枚目の「S」は、正座していた。二枚目の「S」は、背筋が伸びすぎて、ほとんど「I」になっていた。漢字なら手本より上手に書く人が、アルファベットの一文字に、半紙を十二枚使った。
「姉ちゃん、英語を、書いているー!」
書院の入口から、颯が実況した。
「……スペイン語」
俺が言うと、颯はすぐに言い直した。
「スペイン語を、書いているー!」
言い直しの速さだけなら、白羽家でいちばんかもしれない。
清書は、八月三十日の夕方にできた。
スペイン語では、感嘆符を、言葉の前にも逆さまにつける。白羽さんの手紙には、前にも後ろにも、つかなかった。
水野湊先輩へ
夏祭りで、気持ちを伝えてくださって、ありがとうございました。
返事は、九月六日の約束でした。先輩は、そのとき、少しだけ笑いました。
八月三十一日に日本を発つと、聞きました。だから、約束より早く、書きます。
わたしは、先輩のことを、一つだけ知っていました。
毎朝、ホームルームの前に、二年B組の窓の下で、朝顔に水をやる人です。わたしの席から、よく見えました。
この前の朝、先輩が、鉢にカードを差すのを見ました。二学期からの水やりを、誰かに頼むカードでした。種は十月に取れます、来年の分です、と書いてありました。
先輩は、自分がいなくなったあとのことまで、世話をする人なのだと思います。
だから、はっきり書きます。
わたしは、先輩とお付き合いすることはできません。
それは、水野先輩のせいではありません。でも、わたしの気持ちは、水野先輩と同じではありません。
朝顔の水やりは、わたしが、引き受けます。十月には、種を取ります。
先輩の新しい朝にも、水をやるものが、ありますように。
Suerte
白羽ことは
一語だけの最後の行は、幸運を、という意味だ。
清書の「S」は、十二枚の練習のおかげで、ちゃんとくねっていた。
◇
八月三十一日、土曜日。水野先輩の電車は、九時四十二分の予定だった。駅で、九時十五分に白羽さんと待ち合わせていた。
八時二十分に、白羽さんのLINEが届いた。
【白羽】拝啓 晩夏の候、墨田様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
いつもの書き出しだった。急いでいるようには、まったく見えなかった。
夏の終わりの挨拶が一枚目の半分まであって、書院の朝顔の話が少しあって、二枚目のまん中に、ようやく用件があった。先ほど、母が水野様のお母様からお電話をいただき、ご一家は一本早い、八時五十八分の電車にお乗りになるとのことでございます。
要約すると、電車が四十四分早くなった、だった。要約するのに、一分かかった。
残りは、三十七分だった。急ぎの用件でも、時候の挨拶は省かれないらしい。
俺は、走った。
駅の券売機で、入場券を二枚買った。改札の内側に入るには、切符か入場券が要る。手紙を渡すのは、ホームだ。
八時五十分。白羽さんは、まだ来ていなかった。電光掲示板のいちばん上に、八時五十八分が出ていた。
八時五十三分。駅前のロータリーの向こうから、白羽さんが走ってきた。
制服だった。手紙を渡しに行くとき、この人は、土曜日でも制服で来る。そして、全力だった。
背筋は、定規入りのままだった。腕は、肘から先が正しい角度で振られていた。膝は、体育の教科書の図のように上がっていた。全力で走っているのに、姿勢が一つも崩れていなかった。全力疾走の手本だった。書道の手本と、同じくらい正しかった。
ロータリーのタクシーの運転手が、窓から首を出した。バス停の列が、全員、同じ方向に首を回した。走る白羽ことはを見るのは、たぶん、ロータリーの全員がはじめてだった。俺も、はじめてだった。
「入場券」
差し出した一枚を、白羽さんは、走る速さのまま受け取って、改札を抜けた。封筒は、胸の前で両手に持っていた。走っているあいだ、封筒の角は、一度も折れなかった。
階段を上がると、電車がホームに入ってくるところだった。
三両目の乗り口の前に、大きなスーツケースが二つと、大人が二人と、背の高い三年生がいた。
ドアが開いて、発車のメロディが鳴りはじめた。
白羽さんは、水野先輩の前で止まった。息が、上がっていた。それでも、背筋は伸びていた。
封筒を、両手で差し出した。腰から上を、倒していく。
九十度で止まった。
水野先輩は、封筒を見下ろした。それから、受け取った。
「……九月六日より、早かったですね」
少しだけ、笑った。夏祭りの石段の上と、同じ笑い方だった。
メロディが終わった。水野先輩は電車に乗り、ドアが閉まった。動きだした窓の中で、水野先輩が封筒を開けるのが見えた。そこから先は、見えなかった。
電車は、八時五十八分ちょうどに出ていった。駅員さんは、手紙を渡し終わるまで発車を待ってはくれない。待ってくれるのは、字だけだ。
今日は、字のほうが、電車に間に合った。
白羽さんは、九十度のまま、電車の音が聞こえなくなるまで、頭を上げなかった。
◇
帰りは、天神坂の下まで、二人で歩いた。
白羽さんの息は、まだ少し上がっていた。前髪が一筋、額に張りついていた。それでも、背筋は定規入りだった。
三月、白羽さんは、吉岡の前から走って帰った。友だちがたくさん見ている前で、言葉が間に合わなくて、「ごめんなさい」とだけ言って、走った。五月の雨の文芸部室で、本人から聞いた話だ。
今日も、走った。今度は、逃げるためではなく、渡すために。
白羽さんは、走れる人だった。逃げるほうへだけではなく、追いかけるほうへも。
坂の下の分かれ道で、白羽さんが止まった。五月の終わりに、「ありが」の三文字で止まった場所だった。
「……墨田くん」
半拍が、なかった。走ったあとの人には、半拍ぶんの息が残っていなかったらしい。
「……間に、合いました」
ごめんなさいではなかった。報告だった。
「うん」
俺は言った。それから、一言だけ足した。
「速かった」
白羽さんの人差し指が、胸の前で動いた。褒められると、空書きが速くなる。夏祭りの夜、浴衣の袖がはためいたときより、まだ速かった。今日の制服は、半袖だった。はためく袖がないぶん、指の速さが、そのまま見えた。それでも、一字も読めなかった。
その夜、自分宛ての断り文句の、第九稿を書いた。夏祭りの夜に第七稿、書院から帰った夜に第八稿を書いていた。夏休みは、断り文句ばかり進む。
九月二日、月曜日。二学期の最初の朝。
二年B組の窓の下の花壇で、白羽さんが、朝顔に水をやっていた。じょうろの傾け方まで、正しかった。鉢の縁には、水野先輩のカードが、差したままになっていた。
昇降口のほうで、拡声器が鳴った。
「おはようございます! 週刊玉砕、二学期第一号です!」
百瀬の声だった。夏休みのあいだに、また少し大きくなっていた。
「文化祭特別企画! 公開告白、公開お断り! 恋文屋 vs 白羽ことは、決勝戦です!」
七月、終業式の日の学食で、決着は文化祭で、と叫んだ一年生は、本当に文化祭を用意してきた。




