幕間① 出さない手紙・その一
墨田くんへ
これは、出さない手紙です。
出さないので、書けます。
声で言おうとすると、言葉が、間に合いません。でも、紙は、待ってくれます。出さない紙は、もっと、待ってくれます。
返事は、手紙で。来週の、金曜に。
これは、三百回、練習しました。
四月の、最初の週です。お風呂で、百回。鏡の前で、百回。颯に聞かれて、五十回。残りの五十回は、颯に、実況されました。
「おーっと姉ちゃん、ここで二百五十一回目の、返事は手紙でー!」
うるさかったです。
練習しすぎて、名前と、好きです、がそろうと、勝手に、出るように、なりました。スピーカーにも、出ました。久世くんの、見本にも、出ました。久世くんには、ごめんなさい、と言いました。たぶん、足りていません。
変装は、完璧だと、思っていました。
第一号は、髪と、姿勢で、ばれました。墨田くんが、そう言いました。
第二号では、釣り竿を、持ちました。川には、釣り人が、いるからです。髪と、姿勢は、まだ、出ていました。あとで、気づきました。
第三号では、ちゃんと、考えます。
放送に、はい、と言ってしまったのは、教室のスピーカーに、手紙で、と言った五秒後でした。
はい、は、わたしの言葉でした。
ひさしぶりに、口から、ごめんなさいではない、わたしの言葉が、出ました。
出たのが、それでした。
卵焼きを、いつもの倍の速さで、食べました。味は、覚えていません。
五月三十一日の、夜。
わたしは、枕に、顔を、うずめました。
ありが、って、何。
蟻か。
残りの二文字は、坂の下の、分かれ道で、空に、書きました。夕方で、指しか、見えなかったと、思います。
見えなくて、よかったです。
見えてほしかった、とも、思います。
どちらも、ほんとうです。
墨田くんの字は、象形文字に、近いです。
辞典の、余白の訂正は、ほんとうは、三つ、ありました。家で、下書きを、しました。
⑤は空腹ではありません、眠いです。これは、書きました。
⑥の、読めない、は、正しいので、直すところが、ありませんでした。
④の、照れ、は、照れではありません、と書こうとして、うそになるので、消しました。
放送の日の、カードは、読めませんでした。
三枚のうち、いちばん長い一枚に、しました。いちばん、たくさん、書いてあったからです。
何が書いてあるのかは、まだ、分かりません。
いまは、筆箱に、入っています。予備の、筆ペンの、となりです。
恋文を書かない理由は、向いてないから、ではないと、思います。
うそ、と書いたら、パンの話に、なりました。
パンは、おいしかったですか。
台帳は、十月まで、あります。毎日、一つずつ、減ります。
減るのが、少し、さびしいです。
ありがとう、は、いつか、声で、言います。
白羽ことは
追伸 最後の一行だけ、強く、書きすぎました。紙が、へこみました。出さないので、いいです。




