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第〇〇九五話 アネクドート・魔法使いの元弟子ディーキチ

「じゃあ、見世物を見た者は、こいつらの器に、お代を入れてってくれるか?」

 挿絵(By みてみん)


 ディーキチがそう言うと、先ほどまでたかって観覧した客たちには、間違いなく死んでいると思わせた男女が歩み出た。器を持って取り巻きの前へ進み、わずかばかりの投げ銭を集めて回る。ここは王都から離れた、王家直轄の飛び地、ボコボの港町に近い、小さな町の広場だ。たまには流しの芸人の大道芸が披露されることもあって、市で買いものを済ませた人が集まる場所である。

 今日、大道芸に身を堕とすディーキチは、少し前まで魔法使いの弟子、つまり魔術師(マーゴー)だった。『だった』というのは、王国で知る人ぞ知る、『偉大なる錬金術師(アルケミスト)』ギェーモンに師事してきたからだ。ただし今は破門の身となっている。いつもおかしな格好に聞いたことのない(なま)りのある師匠だったが、どんな魔法使いも一目置く、すごい知識とひらめきの研究者であった。ほかの魔法使いと違って、世の中に自分の研究が役立てばなんでもいいのではない、オートマトン開発一筋という頑固者(がんこもの)でもある。

(今、お代の集金の言葉が、つい師匠(オヤジ)のしゃべり方に似ちまってたか ──)

 ディーキチに言わせると、この世の中、だますやつより騙されるやつのいるのが悪い、というのが座右の銘だ。こんな()(じょう)の悪いディーキチのような者が、そんな大魔法使いの弟子になれたのも、彼の人を(たぶら)かす舌先三寸の能力に由来する。とはいえ、たいした魔法の才はなかったディーキチ。そこで半年以上も務まったのは、ギェーモンが得意とするオートマトンの成型に、なかなかの実力を発揮したからだ。どちらかというと、芸術的な才能があったのだろう。今も、勝手に元師匠からくすねてきた『こいつら』の顔かたちや体つきを、必要に応じて変更するのは朝飯前だ。

(オレが、この二体のオートマトンくらいの報酬をもらっても、当たり前なんだよ)

 自分も精魂込めて造形を手伝い、これまでギェーモンが形にした作品の中でも、運動性能について最高品質のオートマトン拾弐号。そんな貴重なものを、古い仲間付き合いというだけで、久しぶりに訪ねてきた魔法使いの女、ルシーにやってしまう。それも、いくらがんばっても上手く動かせなかったらしい。今度は代わりになにかとんでもない巨大な ── しかし動かし方はすこぶる簡単、ただし初期世代のこの二体程度にしか動けない ── ものを、こそこそと作ってやっていた師匠(オヤジ)

(だったら拾弐号は返してほしかったよな、あの女、基本動作すらうまくできねえんだから)

 すこぶる燃費の悪いことを除けば、動作系に関して完璧なオートマトン拾弐号である。もちろん呪文暗号次第(スクリプトしだい)であろうが、煙突の上で激しいハルンダンスを踊る技でも、披露させられるはずだ。だが師匠(オヤジ)に難しい範囲となると、自分にとても手の届くわけもない。ギェーモンは彼自身も舌を巻く、膨大な魔力の使い手の、最高の魔法使いにして、はぐれ者のルシーにそれを託した。

 だがディーキチは、ギェーモンに話を聞く範囲からでも、ルシーをかなりいい加減なやつと感じている。だいたい人間にやすやすと騙されて悪事に加担する魔法使いなんて、どうなのか。よほど世間知らずか、頭がぬるいのにちがいない。しかも、先日滅ぼされた魔王の城に身を寄せていたはずだ。ギェーモンの気合いの入った野心作も、きっとろくなことには使っていないだろう。


 拾弐号の不平を(ほっ)(たん)に、文句が多いと言われてディーキチは破門された。いや実はそのほかにも、師匠(オヤジ)に黙ってオートマトンのエネルギー技術に興味があると近づいてきた、他の魔法使いへの技術漏洩。 ── これがバレたのが、破門に至った主因である。

(だがあれだって、師匠(オヤジ)の研究がどんなに素晴らしいものかを、世間に教えたかったんだ。それをあの女が手伝ってくれるというから ──)

 だがその魔法使いが、弟子入り間もないディーキチなどに近づいてきたのは、すでに技術供与を断られていたからだ。 ── そんな裏話はクビになった後で知る。ギェーモンは嫌っていたものの、そいつがエネルギーシステムを利用して作ったものは、脈や(まき)がなくても湯が沸かせる設備。あるいは巨大な館の中全体でも温められる、人間に役に立つ魔法道具だ。それは公爵の領府にある城に納められ、ディーキチはこいつのメンテナンスに、月に何度か呼び出されていた。今となっては、こんな身分に落ちぶれてしまったディーキチにとって、ありがたい固定の収入源に他ならない。しかも余禄でオートマトンにもエネルギー補給が続けられる。


 そんな関係で領地をまたいで移動する機会もあるディーキチだ。しかし弟子入りする直前、好きな女のためについた大ウソのせいで、人相書きも出回る犯罪者であり、まともに関所は通れない。間道を通って山越えするのも、こいつらのおかげで苦ではないが、さすがに罪をおかした領地と、王都には入るのは不可能だろう。だが、もう事件から一年たち、それ以外の場所では公館以外の ── 宿や娼館への出入りも、問題ないのは確認済みである。犯罪者は、次から次へと更新されているのだ。


 破門を言い渡され、悔し紛れにこっそり参号と四号という、まだけっこう初期に造られたオートマトンを盗む。そして出奔(しゅっぽん)したのは一か月あまり前だ。シーバ山の裏側、人里からは見えない斜面にギェーモンの屋敷は建つ。そこでラボの仕事を手伝っている比較的最新型の個体(モノ)と比べ、たとえなくなっても、ギェーモンが困るはずはないという自信があった。

(こいつらができるといえば、命令されたものを拾って、歩いたり走ったりすることくらいだからな)

 そんな仕事でも行なえたから、ディーキチは彼らをくすねたのだ。衛士(えじ)に追われても、自分を抱えて駆けろと命じれば、人間にとても追えない速度を維持したまま、ガスの切れるまで走り続けてくれる。荷物運びにも、投げ銭集めにも不自由はない。


 まあ面倒くさがり屋のギェーモンなら、この程度のことで追ってはこないだろう。なにしろ、ルシーに作っていた超大型オートマトンの完成以降、ほとんど()()もりきりの師匠。飯も食わず睡眠もとらず、拾弐号に持たせられなかった『知性』とやらが授けられるという、新型オートマトンを絶賛開発中だ。きっと、こいつら二体がなくなったのを気づくことがあったとしても、そいつの完成後ではないだろうか。

 そんな二体を使い、ディーキチはこの広場で、『二体の死体に命が戻って生き返る』という、いつもの大道芸をやっていた。そのやり方は、まず広場などに陣取り、オートマトン二体が横たえられた状態で集客して、生死を客に確認させる。心臓は動いてないし、温かみもなく微かな息すら感じない。

 それからは、池があればそこへ沈めたり、顔の前に火を近づけたり、こんにゃく芋で作った柔らかい膜を顔に乗せたりするのだ。

 こうして周囲すべてに、生きてないと確認させてから、魔法のシーツというなんの変哲もないものをかぶせ、生き返らせてみせる。

 そういうパターンの見世物だけをくりかえし、この数週間あちこちの都市において小銭を稼ぎながらここまで流れてきた。

「しけた町だなぁ。まあ、魔王軍(ディアポロリウム)の侵攻騒ぎで、この辺りはどこも荒れちまったからなぁ‥‥」

 これでは数少ない楽しみの、娼館通いもかなわないと、集まった投げ銭の、額の少なさにうんざりする。いっそのこと隣のアビ侯爵領を越え、たまに仕事に出向くハーンナン公爵領、あるいはさらに向こうの王都近くまで流れて行こうか。などと考えるディーキチであった。

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